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六畳間の映画館

 あなたは夢を持っていますか?

 この質問に、子供であれば大半は元気な返事が返ってくると思う。

 だが、そう聞かれて即答できる大人はどうだろう。果たして、どれほどの人間が『まだ追い続けている』あるいは『夢は叶った』と答えられるだろうか。

 確かに、子供の頃の夢と大人になってからの夢は違うかもしれない。たとえば音楽でビッグになる、と公言していた男が、家庭を持った途端に堅実な職に就き、家族を守ることに幸せを見いだして、そのこと自体を夢とする場合もあるだろう。

 それを別に悪いとは思わないし、むしろ普通じゃないかとすら感じる。だいたい基本的に夢追い人というのは、少なからず周囲に迷惑…………とは言い過ぎだが、なんらかの影響を与えることが多いのだ。

 さあ、では大人と子供の間はどうだろうか。

 子供と大人の中間。特に成人したての大学生なんて、我が国の法律では大人と見なされていても、世間一般ではまだまだひよっこの若造であるし、実際精神的にも成熟しきっていないことの方が多い。

 中卒、高卒で社会に出て働いている人間の方が、よっぽど『大人』だったりもする。

 私なんかがその最たる例で、つい先日二十歳の誕生日を迎えたばかりの大学生である。

 胸を張って言うほどのことではないかもしれないが、一応、私にも夢はあるし、今でもその目標に向かって進んでいるつもりだ。

 正直言って、私が選んだ道はあまり一般的ではないが、幸いにも両親から反対されることもなく、それどころか激励の言葉までもらっている。そのことについては、大いに感謝するところだろう。声援を背に受けながら、夢に向かって歩き続けることができるのだから。


 こんこん、とノックの音が響いた。

「はーい」

 返事をして筆を止め、立ち上がる。

「おう、がんばってるな。あまり無理するなよ」

 ふすまを開けて入ってきたのは父さんだった。

 湯気の立つマグカップを二つ持っている。

「ほら、少し休憩したらどうだ」

 言いながら、その片方を私に向かって差し出す。

「ん、ありがと。…………とりあえず座ったら?」

 受け取ったカップを文机に置いて、部屋の隅に積んである座布団を引っ張り出し、適当に放り投げようとして、何とか手を止めた。

 あぶない。気を抜くとついやってしまいそうになる。

 何食わぬ顔で父さんの前に優しく座布団を敷くと、苦笑された。

「なかなか、苦戦しているみたいだな」

「どっちの話?」

「両方だ」

 座布団の上で膝を折りたたんでカップの中身をすすりながら、もう一度父さんは笑った。

 どうでもいいけど、和室で正座してコーヒー飲むっていうのは、多少変な気がしないでもない。

「おかげさまで、ぼちぼち筆は進んでます」

 私も座椅子に座り直して、カップに口を付けながら答える。

「そうか。締め切りは、来週だったな」

「うん、何とか間に合うと思う」

 そう、私は今まさに、ある脚本賞に向けて執筆の真っ最中なのである。

 初めての応募に四苦八苦しながらもどうにかやっていけてるのは、ひとえに両親のおかげだ。

 特に父さんは、よくこうやって深夜に私の部屋を訪れて、応援してくれる。

「そういえば」

「なに?」

「どんな話を書いてるんだ?」

 お…………っと。

 意外とまでは言わないが、唐突なその質問に思わず身構えてしまった。

 書き上げるまでは何も聞かないだろうと勝手に思っていたのだが、案外私が考えているよりも気にかけてくれているようだ。

「いや、言いたくないならいいんだ」

「ん、別にいいよ。隠すものでもないし」

 答えて私は、執筆中の作品の内容を口にした。


 ある少年の話だ。

 少年には、一人のとても仲の良い友達がいた。

 その友達は話を作るのが上手くて、よく少年に自分の創作話を聞かせてくれた。

 少年も、友達の物語が大好きだったし、たまには少年の方からも話を考えては語ったものだった。

 また彼らは二人でよく本を読んだり、映画を見たりした。

 場所は少年の部屋。

 六畳の和室に古いテレビとビデオデッキ、それから本棚。

 二人にとって、そこは素晴らしい場所だった。

 そして少ない小遣いの中からお金を出し合い、週に一度ビデオをレンタルしてきては、二人だけで上映会を楽しんだ。

 彼らはどんな世界にでも行けたし、心躍るような冒険もできた。

 この楽しい時間が、いつまでも続くと思っていた。

 ところがある日、友達が家庭の都合で引っ越すことになってしまう。

 二人は悲しみながらも、再会を約束して別れる。

 やがて時は流れ、成長した少年の前にかつての友人が現れて――――

 

「っていう感じなんだけど」

「おいおい。さわりの部分だけで、内容に全然触れて無いじゃないか」

 不満顔でそう言う父さんに、私は笑顔で答える。

「続きは、完成してからね」

 聞かなければ良かった、などとぼやいていた父さんだったが、ふと何かに気づいたように再び問いかけてきた。

「なあ、この話ってもしかして」

 お、やっぱり分かったかな?

「うん、まあ。父さんが考えてる通りだと思うよ」

「あいつの話か」

「正直、ちょっと悩んだところはあったけどね。気を悪くしたならごめん」

「いや、そんなことはない。ただ、お前がこれで賞を取ったりしたら、あいつがまた夢枕に立ちそうだなと思っただけだ」

「ああ。それはあるかもね」

 そう言って、二人で顔を見合わせて笑う。

「よし。そろそろ俺は行くぞ。がんばれよ」

 すっかり冷めてしまっているであろうカップの残りを一息であおり、父さんは立ち上がった。

 それから私の持っていた空のカップも受け取り、ふすまを開ける。

 部屋を出る前に私の方を振り返り、思い出したように問いかけてきた。

「ところで、この話のタイトルって決まってるのか?」

 私は、にっこり笑って答える。

「もちろん。タイトルはね…………」


「『六畳間の映画館』」


                                           終

六畳間の映画館、これにて終了となります。

ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございました。

拙い文章ではありますが、この作品を読んで何かを感じて頂ければ幸いです。

皆様から頂いた評価や感想を糧に、また次の執筆に励んでいきたいと思います。

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