【第1章完結】30 浮かび上がる正体
本話で第一章(部)が完結となります。
翌日、私はミラベルと共に寮へ戻っていた。
ラビリンス学園の寮を出発するときに抱えていた心配は、嘘みたいに晴れた。
というのも、ミラベルが伯爵家の後継者になることからすっかり興味を失い、王太子の婚約者になることを目指し始めたからだ。
王太子の婚約者候補というワードは、ミラベルの思考を大きく変化させたみたいだ。
単純すぎる彼女の性格に、辟易する。
その一つが、寮へ連れて行く従者のことだ。
はじめはメイドを連れて寮へ戻る気でいたのに、それを取りやめた。
理由はいたって浅はかで、私がメイドを必要としないと訴えたからである。
姉の私がメイドを伴っていないのに、自分だけ従者を連れているのは、体裁が悪いと考えたみたいだ。
自分が我が儘だとか、何もできない令嬢だと思われるのは不都合だから不要であると、伯爵夫妻に説明していた。
見栄を張って困ればいい。そう考える私は、ミラベルの考えを応援してあげたわよ、もちろん。
我ながら意地悪だな、とは思うけれど、ミラベルと伯爵夫人の極悪さには、まだまだ敵わないはずだ。
まあそんなわけで、行きと同じくミラベルと2人きりの馬車で、王都の寮まで帰っているのだ。
ただ行きと違うのは、ミラベルが超絶ご機嫌に喋り続けている。マシンガントークで。
ミラベルの性格は酷くねじ曲がっているし、一緒にいるとネガティブな感情に引きずられるから、できるだけ関わりたくない。
こちらはそう願っているのに、急に降ってわいた王太子の婚約者候補という話を自慢したくて仕方ないのだろう。
自分は未来の王妃だとアピールするミラベルは、私を散々侮辱して、喜んでいるのだ。
はじめのうちは、単純な子で幸せな性格だと、内心笑っていたが、適当に聞き流すのも、もういい加減、嫌気がさしてきた。
そんなタイミングで、ミラベルがアルフォンスの話題を持ち出した。
「最近あんたがおしゃべりになったのは、仲良くしてるあの平民に影響されているからなの?」
「別にそんなことはないわよ。今までは、しゃべる必要がなかったから静かにしてただけだし」
元々のリリアーヌが物静かな理由は、彼女のことを家族がないがしろにしていたからなのに。
それを棚に上げて、よくもまあ、そんな質問をしてくるものだ。そう思う私は、冷静さが乱れるような、心の中のざらつきを感じた。
「ふんっ、でも所詮、影響を受けたのが平民だから、あんたのしゃべり方は下品なのよね」
「ミラベルと大して変わらないでしょう」
周囲に人がいないと、「あんた」呼ばわりしてくる人物に、品がないとか言われたくない。
ただ、前世生粋の日本人の私は、お嬢様言葉に慣れていないのは事実だけどね。
もしかして、好感度を上げたいと思っていたリュカの個別ルートに入れなかったのは、この言葉遣いのせいだろうかと、少しだけ心配になってきた。
そんなことを考えていたら、ふと疑問が湧いてきた。
今、急に降ってきた話によって、ミラベルは伯爵家の後継者になりたがっていない。
そうなれば、平民のアルフォンスと私が恋に落ちて結ばれても、問題はないのではないかしら?
そんなことを考えて顔を綻ばせていると、ミラベルが吐き捨てるような強い口調でアルフォンスの悪口を言い出した。
「あのアルフォンスって、鼻に付くのよね。平民のくせに高貴な生徒が通うラビリンス学園に通って、身の程をわかっていないのよ。自信家な男とあんたなんて、よくお似合いじゃない」
「そんな言い方、アルフォンスに失礼だわ。取り消しなさい」
「あの平民に関して当然のことを言ったまでよ。正論を突かれて怒っていてダサいわね。利用されているだけなのに、アルフォンスに本気なんて、あんたって、なんだか滑稽よね」
「いい加減になさいよ」
散々好き放題言うミラベルを睨んだ。
だが私が感情むき出しにしている姿が、ミラベルにとって嬉しかったのだろう。
ミラベルは満足そうに微笑んで、侮辱が続く。
「私が王太子の婚約者候補になっていることに、嫉妬しているんでしょう。あんたなんかが家督を継ぐのはおかしいと思っていたけど、本当に良かったわ。私ってばついてるのよね」
昨日、伯爵が言っていた話では、もうすぐ16歳の成人年齢を迎える王太子と年頃が合い、嫁がせても構わない令嬢は伯爵家にいるのか確認されただけ。
それくらいの話のはずなのに、どうしてそこまで飛躍しているのだろう。
王太子ともなれば、他国の王女を嫁にする展開だってあるはずだ。
むしろ他に有力者がいれば、伯爵令嬢が選ばれる可能性は、ないのじゃないかしら。
自分の美貌と器量の良さに自信があるようで、おめでたい性格をしている。
そう思って、冷たくあしらった。
「そもそもミラベルは、婚約者候補ではなくて、国内の結婚適齢期の令嬢の状況を探っている王室に報告されただけでしょう」
「その土俵にも乗れなかったあんたとは違うの。このあとは自分で王太子の気を引けばいいんですもの、楽勝だわ」
「随分と自信があるのね」
「当然よ。私はこれまであらゆる勉強をしてきたからね」
「でも私にはちっともわからないわ。どうして王太子に興味があるわけ? 他にも高位貴族の令息がいるじゃない」
「そんなの簡単よ。王妃は他界してるから、王太子に嫁いでも、周りにうるさい女がいないでしょう。でもベルナールやダミアンは違うわ」
「え? そうなの?」
「あんたは本当に社交会に疎いのね。彼らの母親は夫人会を仕切るくらい手厳しくて、めんどくさい存在なのよ。そんな女たちが暮らす家の中でいびられて暮らすなんて、まっぴらごめんなのよ。それなら爵位が下でも、伯爵家の方が断然居心地がいいじゃない」
うわっ! 思っていた以上に計算高い返答であんぐりしてしまった。
ちなみにベルナールもダミアンも攻略キャラの2人だ。
私には到底、手も足も出ないと思っているような、難易度が高めの存在である。
ライバルでないことにホッとしたけど、どうやって好感度を上げるのか、今は想像もできない。
「ふ~ん。頑張って王太子の婚約者を目指して頑張ってね。私は知らないから」
投げやりに言って、そっぽを向いた。
そういえば、前世の妹からも、王太子の話なんて聞いたことがなかったな。
正直言って、そんなキャラがいるなら、攻略対象にするんじゃないの? このゲームを考えた制作陣のセンスを疑ってしまう。
なぜだ?
……まあいいや。
どうせ私には関係ない話だし。
そんな風に思ったところで、私の未来に光明が差した気がした。
ミラベルが望むものが、伯爵家の後継者から王太子の婚約者に大きく方向転換したわけだ。
ってことは、私は殺されないんじゃないかしら。
もしも仮に私がアルフォンスと結ばれたいと願ったとすれば、ミラベルとかち合うこともないし、丸く収まる。ミラベルの目指す方向が180度変わったとなれば、伯爵夫人だって、私に手出しする気はない。
それどころか、王太子妃という強い味方をつけたとなれば、伯爵家の当主が私であろうと、のさばり続けるだろうし……。
それは歓迎しないけど、そうよ! そうだわ!
だってミラベルは、名前も顔も知らない王太子に心酔しているのだから、私が大人しく伯爵家の後継者になって欲しいのよ。
土壇場になって、こんなラッキーなことが起きるとは思わなかった。
少し心が舞い上がった私は、右耳に着けたイヤリングに触れ、小さく揺らした。
アルフォンスから預かったイヤリング。それと一緒に添えられた言葉の数々に胸躍らせて、口角が緩んだ。
だがそのときだ──。
心の奥に妙にしっくり来ない違和感を覚えた。
いや、正しく言うなら、表と裏を返せば、ピッタリと嵌るパズルのピースが見つかった感じに、胸のつかえが取れた……。
少しも嬉しくない方向で……。
今、目の前に座るミラベルが想いを寄せている相手。名前も顔も知らない高貴な人物。
それと、平民なのに高貴な人間にしか見えない男性──。
それが表裏に重なっている気がしてならない……。
このパズルを見つけてから、緊張なのか、不安なのか、表現しきれない思いが溢れ、私の呼吸が浅くなっているのを感じる。
だって……私の中で、アルフォンスが王太子なのではないかという筋書きが浮かんだうえ、それを否定するネタが一つもないのだ。
この世界は、所詮クリアしないと死ぬゲームなのだと、無情にも私に突きつけているようだ。
もしもアルフォンスが、渦中の王太子であれば、私は彼の口から正体を聞いてはいけない。絶対に。
ミラベルがロックオンした相手と、恋人ごっこのようにイヤリングを受け取っているのだ。
冷え切った指先が小さく震えているのがわかる。
アルフォンスが他の令嬢に触れている姿を見るのは嫌だし、それがミラベルなんて絶対に許せない。
嫌だ。違うって言って。
アルフォンスは平民で、私とずっと一緒にいてくれるんだよね。
絵も言われぬざわめきに心が占拠されていた私は、後に起きることなんて知る由もなかった。
第1章(部)の完結までお付き合いいただき、ありがとうございます。
次話からは、第2章の裏ルートとなります。
大変恐縮なのですが、第2話の投稿まで、しばらく空きます。
全力で、第2部を書き上げているところでございます!!!!
そのため、ブックマーク登録をしていただき、投稿のタイミングがわかるようにしていただけると、大変うれしいです。
すぐに連載せずに大変恐縮ですが、2月の投稿再開を目指しています。
この先も、裏ルートと瑞貴をよろしくお願いいたします。




