28 実家へ帰る①
寮の部屋で過ごしていれば、この建物の管理人が部屋まで来て、アルドワン伯爵家の馬車の到着を知らせてくれた。
いよいよラビリンス学園の寮の前まで、私とミラベルを迎えに屋敷の人間が来たのだ。
◇◇◇
乗らない選択肢はなかった。だから仕方なく乗ったわよね。
だって腹を括っていたんだから。
だが内心、ああぁ~憂鬱だ。寮に帰りたい。
そんなネガティヴワードを何度叫んでいるか、わからない。
それに馬車という乗り物は、思っていた以上に乗り心地が悪い。
舗装されていない悪路のせいで、ガタガタと揺れるものだから、座っているだけでも疲れるし。
挙句、対面する席にミラベルが座っているのが、気まずすぎる。
逃げ場のないこの馬車の中で、口を固くつぐんだ私の心の中は、早く時間が過ぎてくれないかと思っているわけだ。
話題のミラベルとは、寄り道することなく伯爵家の屋敷へ向かっているため、半分の距離は進んだと思う。
だが、まだ折り返し地点だと思えば、気が重くてたまらない。
妹のミラベルと同じ空間で過ごすことを覚悟していたはずなのに、想像以上に気まずい時間を過ごしているのだから。
なぜ、生徒たちが一斉に帰省しているかというと、親元を離れて2週間のタイミングで、困ったことを実家で相談しておくようにと言われている。
そんな理由で、この週末の帰郷は、学園側が推奨していることなのだ。
入学時は、従者を学園寮に連れてくるのは禁止されているのだが、これ以降は、従者を自室に住まわせることができるみたいだ。
まあ、学園が考えることも理解できる。
なんといっても、ラビリンス学園の生徒はかなり高位な貴族ばかりだ。
お金も権力もある彼らを放っておけば、大名行列ができるくらい多くの従者を連れてきてもおかしくない。
これまで何不自由なく暮らしてきた令嬢と令息が突然、寮生活を始めるとなれば、さぞかし困惑して、大袈裟な準備をしかねないのだから。それに、自己顕示欲のために多くの従者を雇う金があるのだと、学園中のみんなに自慢もしたいだろうし。
歴代の先輩たちによる、やらかしの数々で今のルールに決まったらしい。入学2週間は従者を連れて来ることなく、1人で寮生活を送るようにと。
入浴さえ従者に手伝ってもらう彼らにとって、単身での寮生活は、毎日がある意味サバイバルだったに違いない。
なので一度実家に帰り、今後の生活に必要なものを調達してくるように。従者は1人まで連れてきていい。そう説明された。
リリアーヌの記憶を辿ると、ミラベルは2週間後に帰省するのを心待ちにしていたみたいだし、この学園の大半の生徒にとって、大事な日なのね。
今朝、ほとんどの生徒が嬉しそうに、各々の実家へ帰省を始めたわけである。
もちろん私は違う。
自分にとっても、リリアーヌにとっても、領地にいるアルドワン伯爵のことを父親だと思っていないから、微塵も会いたい気持ちはない。
それに、自分のことは自分でやるのが当たり前の私が、伯爵に頼みたいことなんて、あるわけないし。
今頃、寮内はほとんど生徒が残っていないはずだ。平民のアルフォンスを除いては。
彼は1人で過ごしていると思うと心配だし、会えなくて、ちょっぴり寂しい。
伯爵家に帰ることが気鬱だし、彼の声を聞いて元気をもらいたいという、子どもじみた感情も湧いてくる。
恋する乙女みたいなことを言って、こればかりは自分勝手だなって思うけど、彼が近くにいなくて、人恋しくて、たまらない。
彼は市井に繰り出しているのかな?
なんだろう……。
アルフォンスだけ楽しく、伸び伸びと過ごしているのは、それはそれで少し妬ける。
できれば彼も同じくらい、私がいなくて詰まらない時間を過ごしていればいいのに。そんな、やきもちじみた感情が心の中を占拠している。
彼との恋を望んでいないし、発展させてはいけないってわかっているのにな。ほんと馬鹿だな、私。
「ふぅ~」
っと、小さくため息が出た。
彼と魔道具の買い物の方が、間違いなく100倍楽しい時間だったのに。残念。
私は、一緒にいたくもないミラベルと、馬車の空間を共にしているのだから。苦痛だ。
伯爵領へ帰りたくない気持ちが大きかったが、それはできない選択だった。
ミラベルが余計なことをアルドワン伯爵と伯爵夫人に吹き込まないか監視するため、どうしても一緒に帰らなければならなかったのだから。
私の知らない所で、ミラベルから父親が言いくるめられる事態だけはなんとしても避けたいし。
そのため、屋敷へ戻ったら、とびきり元気に過ごす。そう決めている。
元気に笑っている私が、この世から消えたいと考えるわけがない。そんな風に思わせてやる。
実家の帰省に、あり得ない目標を掲げ、到着する前から、すっかり疲れているんだけど。
私の元凶ともいえるミラベルは、ずっと目を閉じている。何を考えているのかわからないが、寝ているのか? 起きているのか? それさえもはっきりしない。
日ごろはおしゃべりなミラベルだが、今はやけに静かで、気味が悪い。
普段なら、これ見よがしに嫌味を言ってきそうなのに、この馬車に乗ってから、一言も口を聞いてこないのだ。
学園内の課題で、私が想定外の好成績を修めているのが、気に入らないのだろう。
魔法が使えない不出来な姉のはずが、授業中にさらっと超希少なSランクポーションを作ったのだ。ミラベルは、さぞかし悔しかったようで、あれから私に話しかけてこないのだから。
少しの困惑はあるものの、あなたの計画どおりに進まずに、ざまぁみろと、内心舌を出しているんだけどね。
本当に舌でも出そうかと思っていると、しばらく目を閉じていたミラベルが、静かに開眼し、口を開いた。
「……ねえ、あのSランクポーションは、今日は持って来ていないのよね?」
「うん、マリエットにあげたから、今頃はオクレール公爵領にあるんじゃないかしら」
平坦な口調で喋るミラベルの心境も、確認の意図もわからない。
とはいえ、無駄に隠し立てする必要もないため、そのまま事実を伝えた。
ポーションを受け取ったマリエットも、土日を利用して屋敷へ帰っている。
出発直前まで、弟との約束を果たせると、心底喜んでいたから、Sランクのポーションを、手放して良かった。そんな感情しかない。
友達になったマリエットのことを思い浮かべ、顔を綻ばせていると、ミラベルが、いやらしいくらいニヤリと口角を上げた。
私の手元にSランクのポーションがないことが、よほど嬉しいみたいだ。
「ふーん、そう。現物がないのに、Sランクのポーションを作ったと報告しても、お父様に嘘だと思われるわね。だから、そのことは黙っていたほうがいいわよ」
「何を言ってるの? 私の報告に、ミラベルが頷けばいいだけじゃない」
「ふん、あんたの味方なんてしないわよ。もしもお父様から聞かれても、私は否定するわ。幼いころから優秀な私と比べ、なんの取柄もないあんたの立場はわかっているでしょう。アルドワン伯爵家では、あんたの言葉は信用がないの」
「はいはい、別にミラベルに期待してないから、勝手にすればいいわ」
「自慢したいのに残念だったわね」
「ねえ、そういえばあんた、耳に何を着けてるの?」
「ああ~、これはアルフォンスのイヤリングよ。ちょっと預かっているの」
「あんたって本当に滑稽よね。片耳だけのイヤリングなんてダッサいのに、平民と恋人ごっこをして何が楽しいの?」
「そんなの私の勝手でしょう。それに、学園では身分なんて関係ないのよ」
「無能な人間ほど、身分は関係ないとかいうのよね。社交界では身分が全てなのよ。アルドワン伯爵家の家名に泥を塗るような友好関係は、やめた方がいいわよ」
「悪いけど、私の交友関係にまで口出ししないでよ」
「へぇ〜、あんたってあの平民が好きなんだ」
「そうだったら何かミラベルに関係あるの?」
「だってアルフォンスって男は、どうみてもあんたにベタ惚れでしょう。見ててうざいくらい、あんたを好きなのがわかるもの」
「ち、違うわよ。仲がいいだけよ」
「どうかしらね。今朝だって食堂で密会して、もう身体の関係があるのね。驚いたわ」
「あるわけないでしょう」
「否定しても無駄よ。アルフォンスがあんたにキスを迫ってるのが聞こえたもの。でもね、私からあなたに教えてあげる」
得意げに顎を上げるミラベルに、苛立ちを覚えつつも、思わず聞き返してしまった。
「な、何よ……」
「アルフォンスが、あんたに興味があるのは、伯爵家の後継者だって知ってるからでしょうね。爵位にたかったヒモ男に愛されてると勘違いして、身体まで許すなんてとんだ無様な女ね。もう令嬢として終わったわね」
「だから私はアルフォンスとは、そういう関係じゃないわよ」
「いいのよ。事実は関係ないの。あんた生娘でないという噂だけで、クラスのみんなはあんたに白い目を向けるだけだから」
ミラベルみたいな存在に、アルフォンスは食堂で悪口を言われたのだと思うと、反吐が出そうだ。
つい怒りに任せて、口走ってしまった。後悔先に立たずとは、このことだろう。
それをあとになって思い知らされるのだが。
「ミラベルの勝手にすればいいわ。でも、アルフォンスに何かしたら、絶対に許せないからね」
そう言ってミラベルから顔を背けると、車窓から景色を眺めた。
ああぁ~、もう限界。息が詰まりそうだ。
早く馬車から降りたい。そんなことを考えながら、小さく息を吐いた。
◇◇◇
疲労困憊で到着した伯爵家。
馬車から降りるや否や、目をらんらんと輝かせたミラベル。彼女は、屋敷のドアを従者に開けてもらった直後、玄関にいた父親に熱い抱擁をすると、顔をすり寄せている。それもめちゃくちゃ大げさに。
「うわぁ~ん、お父様~、会えない間、毎日寂しくて泣いていましたわ」
「そんなことはないだろう。ミラベルならたくさん友達ができたんだろうから、私のことなんて忘れていたんじゃないか」
「私はお父様が大好きだから、会えるのを楽しみにしていたんです。今日、やっと会えて嬉しいです」
「ああ~、私もかわいい娘に会えなくて寂しかったぞ」
「絶対私の方が寂しかったはずよ。だって、初めての場所で不安だったんだから」
その言葉に気分を良くした父親は、「そうか、そうか」と嬉しそうに目じりを下げ、ミラベルの頭を撫でていた。
そうして私の存在に気づいたようで、父親はゆっくりと顔をこちらに向けた。
「リリアーヌに話がある。まあ、食事をしながらでいいんだが」
その言葉に対し、ミラベルが私よりも先に反応した。彼女には関係ないはずなのに、いつもしゃしゃり出てくるのだと、うんざりしながら言動を見守った。
「ええ~、なんの話でしょうか? 私も気になりますわ」
「まあ、焦らなくても、話は逃げていかないから、食事の支度が整うまで少し時間はあるし、まずは2人とも、くつろいでいなさい」
そう言われたため、リリアーヌが以前使っていた自室で、長旅の疲れを癒すことにした。
私たちの到着を待っていたため、このあと少し遅めの昼食を家族で摂るみたいだけど、そのための心の準備も必要そうね。心がザワザワするもの。
◇◇◇




