12 魔草採取③
「もしかして、3人は左に向かおうとしているの?」
怪訝そうな声の正体はミラベルだった。
彼女は、クラスの女子2人を従えるようにして現れた。
それもやはり彼女のグループメンバーは、昨日の朝、一緒にいた2人の令嬢だ。
「ミラベルは、今、裏山に着いたの?」
「ふふっ、そんなわけがないでしょう。私はここに、一番先に到着したのよ」
「じゃぁ、どうして──」
そこまで言いかけた私は言葉を失い、彼女の手元を見て眉根を上げてしまった。
なぜなら私の感情をイラつかせるように、魔草をすでに持ってるのだ。それも凄く誇らしげに。
そのせいで一瞬、悔しそうな表情を見せてしまった。
そうすれば、私の表情が変化したことに気づき、嬉しそうに笑っているようにも見える。
ミラベルに対し、腹立たしさというか、敗北感みたいな感情を抱き、思わず罵声を言いそうになった。
そんな感情が起きたのは、本物のリリアーヌが、母を奪われたと知ったやるせない感情が蘇ったからだと思う。
悔しかったよね、リリアーヌ。
本物の彼女は、今、どこにいるのかな。
リリアーヌに見せてあげられるかわからないけど、私は絶対に彼女たちに負けないから。
それどころか、ぎゃふんと言わせてやるからね!
内心、鼻息を荒くしている私とは裏腹に、アルフォンスとリュカは、声をかけて来たミラベルに対し、好意的な反応を見せ、笑顔で振り返っていた。
「さすがミラベルだね、もう魔草を採って来たんだ」
ミラベルの手に握られた、2株の魔草に視線を向けるリュカが言った。
リュカに褒められたことで気をよくしたのだろう。
とびきりの笑顔を見せると、聞いてもいないのに、ベラベラと語ってきた。
「そうよ。私がこの場に着いた途端に発する魔力が消えたのよ。そのせいで、すぐ近くにあるのに誰も正面の魔草に気づいていないんだもの。運が良かったわ」
「へぇ〜、それは凄いね」
そう一言返したリュカが、先を急ごうと踵を返そうとすれば、引き留められた。
「左には魔草は生えていないわよ。クラスの皆は右に向かっているし、同じ方向に進んだ方がいいんじゃないかしら。収穫ゼロなんて、リュカやお姉様の成績が心配だわ」
うわぁ~。リリアーヌに死ねと言っていたミラベルが、私のことを心配したわよ。すごく嘘くさくてムカつく。
こんな優しい口調で心配して、人を騙していくんだ。
どっちの顔が裏か表かわからないミラベル相手では、この身体の持ち主だったリリアーヌが、妹の本性を見破れなくても、仕方ないなと、納得する自分もいた。
私の成績なんて、少しも心配していないミラベルなのに、姉を心配する妹のような発言を始めるものだから、ふざけるなと言いそうになった。
でも、ここはリュカとの初回イベントの最中だ。喧嘩を始めるような言動は、絶対に駄目だから! そう自身を説得した。
心配してくれる妹に対し、いきなり喧嘩を勃発させる令嬢なんて、婚約者はおろか、友達にもなってくれないもの。
腹立たしいが、ここは大人になって、ちゃんと我慢した。だから、自分を褒めてあげたいわよ。
まあ顔は引きつっているだろうが、それは許して欲しい。
己の心に「微笑むんだ!」と暗示をかけたが、ミラベルだけには無理そうだし。
そんな風に自分自身の感情と戦っている私をよそに、リュカが優しく微笑み返していた。
「助言は嬉しいけど、リリアーヌが左を強く推してくれたから、私たちは左へ行くって決めたんだ」
「魔法が使えないお姉様の意見を聞いてあげるなんて、リュカってば本当に優しいのね。だけど、それだと魔草は見つけられないんじゃないかしら?」
そう言ったミラベルは、私をちらりと見てきたが、それ以上のことはしてこない。
さすがだ。自分の汚点になることは、見えるところではやらない徹底ぶり。本当にずる賢いのね。
その言葉に反応したのは、ミラベルとグループを組む令嬢だ。
2人揃って「そうですわ」と賛同している。
彼女らの名前を思い出そうとしたが、はい残念。他人に興味のない元来のリリアーヌが、クラスメイトの名前と顔をきちんと覚えているはずもなかった。
もうここは、私が昔飼っていたハムスターの名前をつけておくかというわけで、咄嗟にあだ名を考えた。
髪が金髪の令嬢は、キンクマハムスターに似ているから、あずきちゃん。
瞳がグレーの令嬢は、ジャンガリアンハムスターに似ているから、ももちゃん。
私の中で区別できればいいから、それで十分だろうと思っていれば、あずきちゃんが口を開いた。
「ミラベルの言っていることは、本当に皆さんのことを想ってですわ。私たちのグループが2株の魔草を手に入れられたのは、全部、ミラベルのおかげなのに、これを私たちに譲ってくれるといっているのですから」
その言葉を聞いたももちゃんも、瞳をキラキラさせて告げた。
「そうなんです。私はミラベルのように慈愛に満ちた人を見たことはないわ。本当はライバルを蹴散らしたいはずなのに、正しい道を教えてくれているのなんて、尊敬するわ。ですから私たちと一緒に右へ行きましょう」
ミラベルのよいしょの言葉と、一緒に右へ来るべきだという熱弁に、思わず面食らった。
どうやらミラベルは、聖母マリアのような人格者ということを売りにしているみたいだ。
先ほどから、所々に含まれるミラベルの悪意に乗せられていれば、終わりだったわね。
私だけが彼女の本性を知っている。
それをこのメンバーの前で、感情的にぶつけても、落ちこぼれの姉の言いがかりに過ぎず、四面楚歌になっていた。そういうわけだ。
2人の令嬢は、ミラベルを賞賛しているけど、いつまで続くだろうか?
人を平然と突き飛ばすミラベルは、人格者では絶対にない。
自分に都合が悪くなれば、あっという間に手のひらを返す。そんな人間だ。
ミラベルに傾倒しているあずきちゃんとももちゃんが心配で、歯がゆいものがある。
今のところ、尊敬されまくりのミラベル。彼女から、これだけの熱烈ラブコールをされて、リュカはどんな反応をするのだろう。
そう考えて顔を覗き込むと、案外彼は冷静だった。
「アドバイスをありがとう。だけどアルフォンスも左を勧めているから、私たちは左に行くよ」
「そうなのね。だけどお姉様は、昔から我が儘なところがあるから、無茶を言って困らせないでね」
私を見て穏やかに微笑んだミラベルが、ありもしないことを、さもさも真実のように言ってきた。
昨日の小テストでは、クラスで4位という好成績を収めたミラベルの言動は、やけに真実味を帯びている。
こうした噓の積み重ねで、学園での私の立場を悪くしていくつもりなのだろう。
私がいなくなれば、伯爵家を継ぐのは、必然的にミラベルになるのだ。
ミラベルとしては、婿をもらうとなれば、自分に都合のいい男を選べばいいだけとなる。
嫁に行くのとは違い、選択肢がだいぶ変わってくるため、私を一刻も早く追い出したいのだろう。
不快なくらいに彼女の感情が、ひしひしと伝わってくる。
こんなときは、中身がアラサーで良かったなと思う。ミラベルの思惑を知りながら、肝が据わった態度を貫けるんだから。
「普段、我が儘なんて言ってないと思っているけど、2人に迷惑をかけないように頑張ってくるわね。ミラベルも気をつけてね」
にこっと笑って、ミラベルたちに別れを告げてきた。
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