二組目(幸せってなんでしょう)
顔貌は悪くないけど、黒髪黒眼の私
今後は、正々堂々、傷物として、この国の婚姻制度から外れます
「それでは、双方合意のもとでの婚約の解消でよろしいですね」
両家の顧問弁護士が立会いのもと婚約解消の書類にサインをした時、
心の中で『ウェーイ』と叫んだことは内緒です。
そして、ふわっふわの水色の髪をかきあげながら『ごめんね』と言った彼に
『あなたの幸せが私の幸せよ』と心にもないことを言ったのも。
神様、運命の出会いに感謝します。
良かった~彼の運命の相手が貴族のご令嬢で。
(しかも今度は釣り合いが取れたお家らしいです)
運命のお相手が平民だったのなら、婚約中から愛人持ちの男と結婚でしたよ。
貴族の結婚は政略と謀略で恋愛の入る隙なんかこれっぽっちもないですからね。
運命の人を見つけた婚約者さまには心の底からおめでとうと言いたいです。
それにしても、なんで私だったんだろう。
家柄と言っても、かろうじて釣り合いが取れるギリギリの爵位だし
取り立てて裕福ってほどでも、権力者が一族にいるって訳でもないです。
小さい頃からぼっちが好きで、おしゃれより読書が好きの変わり者(家族調べ)
ご令嬢のたしなみであるお茶会も興味なかったし、招待されたことも数えるほどの社交性のなさ。
こんな私の行く末を心配した両親が、家督を兄に譲った後、
敷地内の離れで私と三人、余生を過ごす計画を立ててたぐらい。
しかも、黒髪黒眼のこの容姿。この世界で闇の魔力を連想させ不吉とされる姿は
ひとめぼれで押し切るには、無理すぎてマイナス要素しかないんですけど。
私の唯一誇りは、我が一族初の王立学院への推薦をいただいたことだけって。
(王様から直々の推薦になりますので大変名誉なことですが)
そんな世間の結婚市場から外れたところにいた私に、公爵家からの名告りは、
私もですけど、両親、兄、メイドに至るまでの一大ニュースでした。
だからと言って、婚約者様に瑕疵があるとか、嗜好がアレな訳でもなく、
本当にできたお方で、婚約の定例お茶会は欠かさない。誕生日どころか、
ちょっとしたことでのお花やプレゼントは当たり前の気遣いのできる人。
家柄、容姿、人柄どれを取っても申し分ないお方で、婚約期間中、なんで私と?というか家門と?という思いがぬぐえなかったのよね。
そんな婚約者様に『仕事に打ち込みたいから婚約を解消して』とは、
家格も下の私からは口が裂けても言えなかった訳です。
今後は、正々堂々、傷物として、この国の婚姻制度から外れていいんですよね~
ヒャッホーウ!
野心むき出しで、心置きなく勉学と就活に邁進することができます。
目指せ官僚、果ては王妃付きの侍女長。エリート街道突っ走ってみせますよ。
ふふふふふ。
そして、婚約者様のお家から慰謝料をいただきました。
一応、心変わりは婚約者様ってことになるかららしいです。
「お気遣いなく~」ってご辞退申し上げましたけど
「こちらの気持ちが許せないから」とのことで押し切られました。
学院卒業後、お一人様の為にありがたく使わせていただきます。合掌。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
婚約解消してからしばらくして、いつものように学院の研究室に行くと、
珍しく、王弟殿下お一人で書物をしていらっしゃいました。
王弟とは言っても、側妃様のお子様で継承権から言うと第七番目くらい。
殿下とあまり年の違わない甥である王太子殿下には、
すでにお世継ぎがお生まれになっていらっしゃいますので、
継承権はないに等しいって王弟殿下、自らおっしゃってました。
それでも、王族の証である金髪碧眼の見目麗しいお姿をしていらっしゃいます。
闇属性の容姿の私からしたら、ちょっとした憧れの存在でもあります。言わないけど。
そして、たまに隠れて凝視てるのは秘密です。
「婚約破棄されたんだって?ルチア」
「挨拶もなしにいきなりですか?クロード。
それに、破棄じゃありません。か・い・しょ・う、婚約解消。白紙撤回です」
殿下とは、学園の頃からの腐れ縁で、敬うってことは失念中です。
2つ違いでしたけど、卒業してからも学園にやってきては
試験前だろうがお構いなしに、王宮の細々とした雑用を押し付けていく暴君で
王族じゃなきゃと何度思ったことか。
そのくせ、何度もドキドキさせられたり……。
私、金髪コンプレックスなのかも。
学院に上がってからも、気がつけば同じ教授の元、今に至るって感じで
敬う気持ちはこれっぽっちも持てない私は、いずれ不敬罪で捕まりそうです。
「ルチアのことだ、婚約破棄って言っても腹の中じゃ喜んでるんじゃないか?
ダニエルもかわいそうに」
「だから、破棄じゃないですって!」(ダニエルって誰?)
「いいじゃないか。これから独り身同士、仲良くやろう」
そう言って、机に向かい書類をまとめる姿は普通の事務官ですよ、殿下。
独り身っていうけど、末弟とはいえ、未だに婚約者のいない殿下は稀有な存在です。
中身はともかく見た目はいいのに。
「そうだ。クロードはお昼食べました?」
「いや、まだだけど」
「私もまだなんですよ。一緒に行きませんか?聞きたいこともあるし」
私の知らない裏の社交というか貴族の世界。
なんで、私が公爵家に選ばれたのか知りたいです。
好奇心が抑えられない私を見て何かを察した殿下は鼻根を押さえてます。
うーん、私の知らない裏がありそうです。ますます興味が湧いてきました。
「それじゃ、軽く食べるものを買って中庭で話そうか」
「えー、クロードの侍女がついてお茶のセットに優雅なランチじゃなくて?」
「馬鹿、俺の侍女なんていないし、そんな経費の無駄遣いを国が許すか」
絶賛、敬うの忘却中です。
学院のカフェテリアで肉とチーズが挟んであるパンと果実水を買って
中庭のベンチに座ります。王弟殿下とのランチですけど驚くほど庶民的ですね。
殿下はパチンと指を鳴らして防音の魔法をかけます。スマートにやれるところが憎らしい。
「単刀直入に聞きますけど、なんで私が公爵家の婚約者に選ばれたんですか?」
「うーん、いきなり聞くか」
そう言って珍しく深刻な顔をしています。殿下、かなり困ってますね。
でも早くアンサーください。
「ここだけの話にしてもらいたいんだけど------
ルチア、君、聖女なんだよ」
「えぇぇぇっ!せ、せ、聖女って」
頭が真っ白になるって経験、初めてしました。
聖女といえば、伝説の力で国を守って清めるって人ですよね。
雰囲気的に白とかピンクとか金が相場じゃないですか。
私、黒髪黒眼のガチ闇属性な容姿なのに、ありなんでしょうか?
「うーん。確かに聖女って言っていいのか微妙だけど……。(やっぱり)
ルチアは小さい頃、魔力検査したよね」
「もちろん。普通は一時間ぐらいで終わるらしいのに、私は1日かかりました。
闇属性のこの容姿のせいだと思うんですけど。残念なことに”魔力はなし”でした」
「その時に、魔力はないけど、加護があることがわかったんだ。
君がこの国にいる限り国は守られ安寧だと。君の一族には稀に出るみたいだね、
加護持ち。過去にも何人かいたみたいで王宮に文書が残っていたよ。」
「だから国外に出さないよう王太子に嫁がせる話も出た。
ただ、すでに婚約者が内定してたのと、闇属性の容姿は国民感情を考えると
王妃にはどうなのかって話になって……」
「それなら公爵家しかないんじゃないかと。
ルチアの加護は国の極秘事項で、適当な家門に嫁がせるわけにはいかないからね」
なるほど。能天気なお父様はこの事は知らされてないだろうなぁ。
と、いうことは......
「王立学院への推薦もその一環ですか?」
実力が認められたと思ったのに、史上最大のコネ入学なら凹みます。
「ルチアは誰が見ても結婚願望が恐ろしく希薄だったからね。
とりあえず役人として国に縛り付けた方が効果的と判断されたのも大きいけど。
推薦は実力。だって、学園は首席で卒業したよね?」そうでした。
「はぁ。なら、この国にとどまる限りは好きにしていいってことですか?
もう、無理に婚約者を選ばなくてもいいんですよね。」
「それが、そうもいかないんだな」
と、殿下がニヤニヤと私に笑いかける。
不気味です。なんか嫌な予感がするんですけど。
「そのうち王家から使節が行くと思うけど」
「ど、どういうことですか?」
「公爵家が手を引いたから、私が名告りを上げた」
と言うと、殿下が急に立ち上がり膝をつき私の手を握ります。
「ルチア=アシュトン、学院で初めて会ってからずっと愛していた。
知性に輝く黒曜石の瞳が僕を虜にした。
君がいないと息をすることもできなくなる。
どうか、死が二人を分かつまで、私を君の半身にしてくれないか」
身分は違いますけど、今まで悪友と思っていた殿下からの
甘々なプロポーズは、死にたくなるくらい恥ずかしいです。
顔と耳に身体中の血が全部集まったみたいに熱いです。
それにしても、プロポーズの場所としては。な学院の中庭でも
王族だとカッコよく見える不思議。役得ですよ、殿下。
いや、そんなことより、
「あ、ありがたいお申し出ですけど、私、婚約解消したばかりだし。
それに殿下を好きかどうかもわからないのに……」
「うーん、でも無関心とは言わないよね?
だって、他人に興味のないルチアが、私だけは名前で呼ぶもの」
他人に興味がないっていうのは言い過ぎです。
でも、言われてみれば、元婚約者様のお名前、思い出せません。
というか今の今まで呼んだことなかったです。
もしかしてさっき殿下が言ってたダニエル様が
元婚約者様のお名前なのかもって思い始めてます。
ずっと『婚約者様』としか呼んでませんでしたし、
結婚したら『旦那様』とお呼びすればいいかと思って、彼の名前のこと考えたこともなかったです。
「ちょっと待って。王族に黒髪黒眼はダメだって言ってませんでした?」
「王妃にはちょっとって話。今は王太子に子供も生まれたから、問題ないよ。
どう転んでも私が王位に就くことはなさそうだし」
気がつくと、殿下ってば手は握ったまま寄り添うように座ってます。
パーソナルスペースはどこに?
「本当はもう少し、時間をかけて口説きたかったんだけど
まさか、こんなに急にルチアから話が来るとは思わなかったから」
墓穴?私墓穴掘りました?
それより、殿下、いえクロードの顔が近いです。目が真剣です。
どうしたらいいのー
「クロード、待って。......あの、心の準備が」
あー、らしくない。しおらしくなってる私。
侍女長になる野望は何処へ。
「あまり時間はあげられないよ。ルチア。心を決めて」
そう言って唇の横にキスを一つ。
真っ赤になった私は野望を全て忘れ、小さく「はい」と頷いたきり
中庭のベンチで固まったのはお約束です。