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後日談

 メリアリルとアイリスが再びの強打で元に戻って一週間が経った。


 放課後になり学院の昇降口を一人で出たアイリスは、人生が大きく変わったと最近のことを思い返す。


 入れ替わっていたときのように連日メリアリルの部屋に泊まる、ということはなくなったが、勉強を教えてもらったり計画を詰めたりするためにアイリスは部屋を訪れるようになった。


 メリアリルと話をするようになって、アイリスは学院でようやく友人らしい友人を得ることができた。メリアリルのほうが友人だと思っているかは知らないが、これを逃す手はないのでアイリスは友人だと言い張る。


 以前は情報を上手く掴むことができず、なんとなく焦って日々を過ごしていたのだが、メリアリルはアイリスが把握しているかちゃんと聞いてくれる。やはり彼女は世話焼きだ。

それにメリアリルは常に落ち着いていて、……いや公爵令息の件は除くが、アイリスは必要以上に焦らなくて済むようになってきた。

 学力の改善に関してはまだ始めたばかりだが、メリアリルは上手く教えてくれる一方容赦がないので嫌でも成績はあがるのではないかとアイリスは思っている。


 そのメリアリルだが、今日は例のファンクラブの集まりがあるとのことで、明日の授業まで会う予定はない。

元に戻った翌日からは、何の憂いもなく集まりに出ることができると喜びを溢れさせていた。たった一回のことだったのに大げさな、と思ってはいけないのだろう、多分。


 集まりに向かうメリアリルを見送ったアイリスは、今夜は自習をするつもりで寮へ足を進めていた。

ふと、近くに人が寄ってきた気配を感じてそちらを見ると、今はあまり近づきたくない人物が笑顔を向けていた。思わず立ち止まって半歩下がる。


「こんにちは」

「こっ、……こんにちは……」


 アーサー・ガイル・ラドクリフ公爵令息である。

相変わらず優しそうな微笑みを浮かべているが、メリアリルから優秀すぎるスペックを散々聞かされたアイリスは、到底自分が敵う相手ではないと畏怖を感じている。


 彼の隣に歩いていたのだろうか、アーサーの斜め後ろに立っている、前にも見た男子生徒が若干遠い目をしている。彼が帰りを促してくれないかと期待したが、特に何も言う様子はない。何故だか無言で応援を送られた気がするのは気のせいだろうか。

 うろうろと彼らの間を行き来するアイリスの視線を気にもせず、アーサーは会話を続けてきた。


「今日はバーチェス嬢と一緒ではないんだね」


 ただ偶然目があってしまったから挨拶をしただけかと思いきや、アイリスが誰だかわかっていて声を掛けたらしい。アイリスからすればすぐにでも立ち去りたいところだが、そんな失礼なことをしたら後でメリアリルに何を言われるかわからない。


「は、はい。メリアリル様はその……えーっと」

「……いつものかな?」


貴方のファンクラブの集まりに行っています、などと正直に本人に言えるわけもなく言葉を探していたが、アーサーは思い当たったらしく苦笑を浮かべて続きを察してくれた。


「彼女も相変わらずだね。……ねえ、少し話をしないかい? 今日は時間があるんだ」


 びしり、と見事に固まるアイリスは内心大声で悲鳴を上げていた。

何故メリアリルではなく自分に話しかけたのか、場所を変えてまで話すことがあるのか、これはファンクラブに睨まれないのか、もし断ったらどうなるのか。

 ちらりとアイリスがアーサーの顔を見上げると、彼はそれは素敵な笑顔を見せてくれた。隣の彼は眉間に指を当てている。


「……よ、ろこんで……」


 アイリスは大人しく従うことにした。





 近くのベンチに腰掛け、簡単に自己紹介をする。もっとも、アーサーのほうはアイリスのことを軽く知っているようだった。

 アーサーと一緒にいた男子生徒はライナスといい、彼の友人であり護衛役でもあるらしい。今はベンチに座った二人の前に立っている。

顔立ちは平凡に見えるが、アーサーの隣にいるからそう思ってしまうだけかもしれない。アーサーによく振り回されているらしく、苦労人のオーラが出ている。


 何を言われるか戦々恐々しながらアイリスが言葉を待っていると、ライナスからそんなに緊張しなくていいと声が掛かった。


「この人はちょっと面白そうだったから一度話をしてみよう、くらいの気持ちで話しかけたんですから」

「あっはは、まあ否定はしないけど」

「は、はあ……」


気安い掛け合いにどう反応していいかわからず曖昧な返事をするアイリス。アーサーはその反応に肩をすくめると、アイリスが心配していることを言い当てた。


「こうやって僕と話をしていると、ファンクラブの人に何か言われないか気にしてる?」

「ぅえっ!? ……ま、まあ……はい……」


気にならないわけがない。筆頭であるメリアリルがあれだけ熱狂的なのだ。それに、ファンクラブに所属していなくても彼のファンは大勢いるだろう。何故貴女が、と言われてもおかしくはない。

 アーサーはそれについては大丈夫、と言う。


「バーチェス嬢がトップにいるからね。ファンクラブのメンバーは規律を守る者たちだ。まあ、それが出来なければ解散させているさ」


 そういえばファンクラブ入会の第一条件は規律を厳守することだった、とアイリスは思い出した。本人には黙認されているだけで公認ではないし、誰かに迷惑を掛けるのであればアーサーには解散させる権利があるだろう。


「それに今君は彼女の友人だろう? もし何かあれば、バーチェス嬢は公平な判断を下してくれるだろう。君の行動に問題があるのであれば教えてくれると思うし、相手に問題があれば対処の方法を一緒に考えてくれるのではないかな」


 メリアリルが聞いたら狂喜乱舞だろう。むしろ勢い余って失神するかもしれない。

 確かに彼の言う通り、メリアリルは公平に物事を見ている。全面的にアイリスの味方をしてくれるわけではないが、偏った見方をしないというのは有難いことだ。


 何度もアイリスが頷くと、ライアンがぼそりと付け足した。


「……まあ、アーサー様の邪魔をしない、ということが彼女の一番有難いところですが」

「あー……それには同意する」


人気があるというのはやはり大変らしい。そしてその友人というのも色々と大変なのだろう。彼の場合は当人にも振り回されているようなので苦労が倍増していそうだが。


 感心したのと少しの同情で気の抜けた声を出すアイリスに、アーサーは微笑を向ける。


「彼女との縁を大事にすることだ。君とバーチェス嬢が、お互いに良い影響を与えることを願っているよ」


 綺麗な顔が微笑を浮かべるのを見て、アイリスは思わず頬を染めた。





 一方その頃、メリアリルは。


「さて、皆さま集まりましたね。では始めましょう」


 学院でサロンに使う部屋の中でも広めの部屋。そこにはメリアリルを始め、様々な学年の男女が着席していた。男女に関わらず、アーサーのファンは大勢いるらしい。たまに教師も参加するので、本当に人脈が侮れない規模になっている。

皆集いの開始を告げるメリアリルに注目しキラキラと目を輝かせている。

 そしてメリアリルは、ファンクラブ開始時の恒例の宣言をする。


「まずは、アーサー様ファンクラブの規律の復唱から」


 ファンクラブに入会している学生が、学内で一番生き生きしているのはこの集まりであるとかないとか。





「あの組織のまとめ方には学ばされることがあるよ。量も質も良い情報が多く集まるみたいだし」


 含みのある笑顔でそう語るアーサーにアイリスは引き気味だ。何故情報の詳細を知っているのかは考えないことにする。きっとアイリスが知らなくていいことだ。


 ところで、といたずらっぽい表情をしたアーサーが少しこちらに体を近づける。反射で上体を反らしたアイリスの反応を見ると、苦笑しながら体制を戻した。隣に座って話をしているだけでも人の目が気になるのに、近づかれたら逃げたくなる。意識的かは知らないが心臓に悪い。


「一週間と少し前だったかな、バーチェス嬢の様子が少しおかしかったんだ。あの時は君も隣にいたはずだけど、何かあったのか知ってる?」

「え゛」


 今度こそアイリスは声が出るのを抑えられなかった。


 知ってる? と疑問形で聞いてはいるが、間違いなく何かあると確信しているだろう。以前メリアリルが言っていた不自然だったら気付かれるというのは本当だった。忘れてくれていればよかったのに。


 だらだらと冷や汗を流して黙りこくるアイリスを、何故だか面白そうに見つめてくるアーサー。

このまま黙っているのは非常にまずい。特に何もないと適当に誤魔化しすしかない。そう決意したアイリスが口を開いたその時。


「そうだな……まるで彼女の中に別人が(・・・・・・・・)入ったみたいな(・・・・・・・)感じだったかな」


 アイリスは動揺のあまりベンチから飛び跳ねるように立ち上がった。ついでに持っていた鞄も取り落とす。

口を開けっぱなしにしてアーサーを凝視すると、彼は驚いたようで一度目を丸くする。

それからゆっくりと目を細めるのと同時に口の端を持ち上げた。


「エイミール嬢」

「わ、わたしは何も悪いことはしてません!あとはメリアリル様に聞いてください!失礼します!」

「あっ」


 落とした鞄を引っ付かんで拾うと、アイリスはアーサーが止める間もなく走り去った。メリアリルが見ていたら走るなと怒られていただろうが、今のアイリスに気にしている余裕など無い。


公爵令息、怖い。鋭すぎる洞察力である。

一部に関してはアイリスが墓穴を掘っただけとも言えるが。


 しかしこの状況、やましいことがあるから逃げましたとしか言いようがない。だとしてもアイリスには、あの場で追求されれば一から十まで全部話してしまう予想しかできなかった。基本的に嘘が吐けない性格なのである。


 そうしてアイリスが次に取った行動は、メリアリルの部屋に行くことだった。

元に戻ってからもけっこうな頻度で入り浸っているため、メリアリルのメイドたちにも慣れられてきた。メリアリルに用事があると言えば待たせてくれるだろう。

 予定にない訪問に苦言を呈されるかもしれないが、今回ばかりは許して欲しい。緊急事態だ。話を聞いたメリアリルが卒倒しなければいいのだが。


「助けて下さいメリアリル様ー!」


 そんなメリアリル、今は趣味を満喫している真っ最中である。





「……あれは怖がられましたね」

「ふふふ、そうみたいだね」


 一方、アイリスに逃げられた二人。

堪えきれないというように吹き出したアーサーをじとりと睨み付け、ライアンはわざとらしく大きな溜め息を吐いた。


「わざわざ調査するようなものでもなかったのでは?」

「癖のようなものだよ。いやあ、そんなことが起こることもあるんだね」


 実は彼、メリアリルとアイリスについて調査をさせていたのである。額を強打したことによって入れ替わったのかもしれない、という調査結果を聞き大笑いしていた。さすがに調査をした方もこの結論には困惑気味だった。

すぐに不自然さも消えてしまったため確証は得られなかったのだが、今のアイリスの態度で確信に変わった。

 調査を命じた本当の理由が、なんか面白そうなことになってるみたいだから、というのは当人たちだけの秘密である。立場上、猫を被るのはお手のものだ。


 笑い混じりに言うアーサーにもう一度溜め息を吐くと、ライアンはアイリスが走り去った方向を見て心底同情した様子で呟いた。


「……厄介な人に目を付けられましたね」


 メリアリルとアイリスの騒動はもう少し続く……?


完結です。読んでいただきありがとうございました。

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