9.会議
ジルハーツが会議室に到着した時には、すでに席の半分くらいが埋まっていた。
今日は朝から各班の班長・艦長・副艦長が集まっての定例会議の日だ。
ジルハーツは第1整備班の班長である。
室内に入ったジルハーツは、毎回なんとなく決まっているいつもの席に着く。
と、程なくして隣の席に操縦班・班長であるメルキューレが座った。
その名の通り、スカイコード艦の操縦を主とした仕事とする班だ。
「よぉ、調子はどうだ? ジル」
メルキューレは口調はまるっきり男だが、戸籍上は疑いも無く女である。見た目も妖艶な美女そのもの。
性格も歳も似通った2人は同僚であると同時に自他共に認める親友同士でもある。
「悪くない。そっちは?」
「寝不足」
不機嫌丸出しで告げたメルキューレはタバコを取り出し火をつける。
班長の平均年齢は31。そのほとんどが喫煙者ということもあってか会議室に禁煙マークはない。
ジルハーツもポケットからタバコを取り出したが、それは火をつける前に背後から伸びてきた手に奪われてしまった。
「朝から吸うな。体に良くない」
言ってジェイクはジルハーツの隣に座る。メルキューレとは反対の位置だ。
「おやおや、心配性のダンナがきたよ」
と、メルキューレがからかいだすのはいつものこと。
「ダンナ言うな」
ジルハーツはタバコを取り返すとポケットにしまう。
見張りが現れてしまったので吸うのは諦めた。
「お前ら恋人って感じじゃねぇんだもん。夫婦夫婦、それも熟年夫婦だっての。逢瀬が定例会議くらいってどうなんだよ」
「夜はたまに会ってるぞ」
「『たまに』ねぇ…。もっとラブラブするもんじゃないの?普通」
「俺は俺だ。普通なんて知らん」
ジルハーツをはさんで、メルキューレとジェイクが言い争いにもならないじゃれ合いを始めるのもいつものことだ。
「んなこと言って、ジルに愛想つかれても知らねぇぞ」
ぐっ…、とジェイクが言葉に詰まる。
「メル。その辺にしとけ。始まるぞ」
ちょうどグレンとフィルフォードが姿を現し、ジルハーツは窘めた。
2人は会話をやめて姿勢を正す。
ジェイクが機嫌を損ねそうな雰囲気だったので、テーブルの下でそっと手を握ってやったら倍以上の力で握り返された。
(馬鹿力め…)
ジルハーツが改めて辺りを見回すと、いつの間にか席はすべて埋まっていた。
さすがに班長という肩書きを持つ者が遅刻することはまずない。時間通りだった。
まずは全員で朝の挨拶を交わし、フィルフォードからこれから先1ヶ月ほどの大まかな予定が報告される。
次の依頼の内容、作戦の内容、滞在期間などなど。
もちろんあくまで予定なので途中で変更になることなどザラではあるが…。
いつもながら完結でわかりやすいフィルフォードの話の内容に、各班からの質問もほとんどなく、それは数十分ほどで終わる。
次に各班からの定例報告へと移り、それも特別問題もなくスムーズに終わりかけた時、今度はグレンが口を開いた。
「クオレンから戦闘班の人員増加について話がある」
グレンがそう言って1人の男に目線を送る。と、それを受けたクオレンが席を立った。
グレンよりも幾分か年上の彼は、組織の中での頭脳的な役割をしており、いうなれば参謀。
依頼の受理判断、作戦を立てたり、人事を担ったりする。
特別班は設立してないものの、なんとなくフィルフォードと2人で一部では頭脳班を呼ばれていたりする。
とりあえずものすごく頭の回る男だ。
「前にも議題には出したかと思うが、現在、戦闘班におけるリーレイ・コークスの負担が著しく大きい。戦闘班計11名のうち術師がわずか3名。術師の増員を至急の課題としたい」
クオレンの発言に、うなずく動作を見せるものがちらほらと。
「と、いうことなんだが、何か意見はあるか?」
グレンが皆に言葉を投げかけるように見せかけて、その視線は一点、ジェイクに向かっていた。
戦闘班の班長である立場を思えば当然の流れと言えば流れである、が。
若干、嫌そうに眉を顰めつつ、ジェイクは発言するため席を立った。
「クオレン殿の口振りだと、もうすでに候補が何人かいるように感じたのですが…」
「あぁ、仮にもスカイコードの術士となる者だからな。それなりに名を馳せている者を選んだ」
後はそこから厳選するだけ、とでも言いたそうな様子である。
組織内に留まらない情報通のクオレンのことであるから、そう言うのであれば間違いなく実力者ではあるのだろう。
ずいぶんと手の早いことだ、と思ったら、
「また、艦長に勝手に連れてこられたら困るからな」
そこが本音らしい。
それがローウェを指していることは、この場にいる誰もが知っている。
組織のトップに向かってもクオレンこの言いようも、慣れてるのかグレンは気にした様子は無かった。
静かにジェイクの回答を待っているように見える。
仕方なく、ジェイクは一つ息をついた後、
「最終的な決定をリーレイに任せること。それをご了承いただけるのであれば賛成です」
そう口にする。
「一介のクルーに最終判断を任せるのか?」
「リーレイを単なるクルーの1人とカウントするのであれば、そうですとしか答えようがないですね」
クオレンの苦言もさらりとかわして、ジェイクは言うことはもうないとでも言うようにさっさと席についてしまった。
クオレンからはさらなる反論は無い。
リーレイが現在の戦闘班の核であることは周知の事実であるからだ。
となればあとは艦長の意見である。
皆がグレンに注目した。
「クオレン」
名を呼ばれてクオレンは無言でグレンに目を向ける。
「近いうちにその候補者とやらとリーレイを対面させろ」
「…やっぱりかよ」
ジェイクの意見に従うようなその指示に、クオレンは不満の声をあげる。
が、何かを反論される前にグレンは強い視線で彼を黙らせた。
「今回あがっているのはその件だけだったよな。では解散。速やかに仕事に戻れ」
そう告げるなり、グレンはフィルフォードを伴って部屋を出て行ってしまった。
そんなワンマンな態度もいつものことで、集まった者たちも、ため息をついたり肩をすくめたり、反応はさまざまだが特に不平不満が飛び交うことはない。
残されたクオレンも悔し気に頭を掻いていたものの、すぐさま気持ちを切り替えたのか、段取りを整えるべくさっそうと部屋を後にした。
ジルハーツも立ち上がると、隣で今だ難しい顔をして座っている恋人を見下ろした。
「優秀な魔術師が来るといいな」
そう言葉をかけたジルハーツに対し、やはりジェイクは眉間にしわを寄せたまま、
「いや、無理だろう」
と、一刀両断した。
—
一方、早々に部屋を後にしたグレンらは。
「あれじゃ反感を買うのでは?」
会議室から自室へと戻る途中、フィルフォードに声をかけられ、
「これだけの大所帯だから多少なりは覚悟の上だ」
前を歩くグレンは、振り返らずに答えた。
「答えが決まっているなら、わざわざジェイクに振らないでもよかったでしょうに」
「一応、班長のお伺いを立てた形にしたほうがいいだろうが。俺だって少しは考えたんだぞ」
何故責められるのかわからないといった様子のグレンにフィルフォードは呆れるばかりである。
が、そんなフィルフォードの様子にもグレンは軽く笑うだけだ。
「お前はどう思う?」
「新しい魔術師候補なんて連れてきたって、リーレイが気に入るわけ無いですよ」
抽象的な質問の意味も正確に捉え、フィルフォードは答える。
術師を増員しようとしたのは何も今回だけの話ではない。
リーレイの術師に対する許容範囲の極端な狭さが、今の術師の人数に反映しているだけの話だ。
「リーレイ並みの術師がそうそういるとは思えませんしね」
一緒に戦うならせめて己と同等、それがリーレイの希望である。
クオレンの情報網がどれだけ広いのかは知らないが…。
「それで言うなら、ローウェは奇跡ですよ。リーレイが気に入る術師なんて皆無かと思っていましたから。あの子が黒なら最高でしたけどね」
「青だから、リーレイは気に入ったんだと思うがな」
「……ロズウェルの影響ですか?」
フィルフォードの問いかけに、初めてグレンが足を止めた。
「また、懐かしい名前が出てきたもんだ」
ちょうどサンデッキにかかる通路の半ば、青々とした快晴の空に顔を向ける。
その視線はその空よりもずいぶんと遠くを見つめているように見えた。
「国を出たのはもう3年も前の話か…」
スカイコードを結成した年。
そして当時王宮に仕える魔術師であったリーレイを引き抜いたのも同じく3年前。
その時のリーレイは若干16歳にしてもうすでに王宮黒魔術師のトップにいた。
そのリーレイと並んで有名だったのが同じく王宮の青魔術師のトップであったロズウェルという名の少女。
そしておそらく、リーレイが術師として唯一認めていた人物。
彼女も一緒に引き抜くつもりでいたのに、かたくなに拒まれてしまった。
それももう3年も前の話か。
「ずいぶん遠くまで来たもんだ…」
はじめはわずか十数名のクルー。それが今では何倍もの大所帯だ。
スカイ・コードの名も広く伝わった。
けれど…、
「まだまだだな…」
そう、グレンは結論づける。
「これ以上、巨大組織にするつもりですか?」
「そりゃそうさ。一国の王の座を捨ててきたんだ。それに見合うものでないと困る」
ニヤリ。
グレンが不敵に笑った。