教え子達
「……なるほどねぇ」
ぽつりと呟いたのはシンだった。
その一言に、ユージンが不思議そうに首を傾げる。
「シン? 何か知ってそうな感じだね」
「あぁ」
シンは苦笑を浮かべながら、目の前で煙草を燻らせるカリファへ視線を向けた。
「この人はルミナリア最高戦力の一人だよ」
その言葉に、レオンたちの表情が一斉に変わる。
「え?」
「最高戦力?」
シンは一本、指を立てた。
「親父」
二本目。
「ディルクさん」
そして三本目を立てる。
「カリファ・メーベル」
三本の指を並べたまま、小さく笑う。
「ルミナリアでその名前を知らねぇ奴はいない。それくらい有名な人だ」
「……は?」
レオンの目が大きく見開かれる。
「教官やファルガって……そんなにすげぇ人だったの……?」
「そこからなの……」
ユージンは思わず額へ手を当てた。
「レオン」
「な、何だよ」
「教官だけじゃないよ。学園にいる教官たちは、みんな一流の魔導士なんだ」
呆れたようにため息を漏らす。
「知らなかったの……?」
「うるさいな!」
レオンが頬を膨らませる。
ユージンは深いため息を吐くしかなかった。
そんな二人のやり取りをよそに、アズールだけは黙ってカリファを見つめ続けていた。
元近衛騎士である彼だからこそ理解できる。
目の前の女性が纏う気配の異質さを。
力を誇示しているわけではない。
威圧しているわけでもない。
それでも一歩でも油断すれば、次の瞬間には喉元へ刃を突き付けられている。
そんな錯覚すら覚えるほど、研ぎ澄まされた殺気が自然と滲み出ていた。
――強い。
アズールは改めてそう確信する。
そんな視線にも気付いているのか、カリファは肩を竦めた。
「まぁ……そういう事だ」
気怠そうに頭を掻きながら、紫煙を吐き出す。
「それで?」
煙草を咥え直し、レオンたちへ視線を向けた。
「私はあんたらの護衛を任された訳なんだが」
眉をひそめる。
「リヴァリアに行くんだろ?」
「えぇ」
レオンは素直に頷いた。
「とりあえずゼルガリアに向かおうと思う」
「ゼルガリア?」
「あぁ」
レオンはそのまま説明を続ける。
「そこからリュクシアへ繋いでもらうつもりだ」
「……は?」
カリファの動きが止まった。
今度はユージンが補足する。
「僕たちはリュクシアの入国許可証を持っています」
「……は?」
「なので、リュクシアまでは転移装置で飛べるはずです」
「…………」
ユージンは淡々と言葉を続ける。
「問題は、そこからですね」
数秒の沈黙。
そして。
「おいおいおいおい!」
カリファが思わず大声を上げた。
「待て待て待て!」
片手で頭を押さえ、信じられないものを見るような目を向ける。
「入国許可証?」
「はい」
「リュクシアって言えば亜人の国だぞ?」
「そうですね」
「人間がそう簡単に入れる場所じゃねぇんだぞ?」
「そうですね」
「しかも、お前らみてぇなガキが何でそんなもん持ってんのよ!?」
至極もっともな反応だった。
レオンたちは顔を見合わせる。
そして全員が首から提げていた金属製のプレートを取り出した。
亜人王国リュクシア。
正式な入国許可証。
カリファは無言で一枚ずつ目を通していく。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
見たことのない意匠ではある。
だが細部に至るまで精巧に作り込まれた装飾。
王国印。
刻印。
偽造品とは思えない完成度だった。
何より――。
目の前に立つ子どもたちの瞳には、嘘をついている様子が微塵もない。
「……マジ?」
「マジです」
ユージンが即答する。
「え?」
「え?」
「いやいやいや……」
カリファは再び額を押さえた。
「何やったらそんなもん貰えんの?」
レオンたちは揃って微妙に視線を逸らす。
その様子を見ていたアズールは、仲間たちの顔を順番に見回した。
そしてアイシャの胸の中で、嫌な予感だけがどんどん膨らんでいく。
「……何した?」
「まぁ……色々です」
ユージンは満面の笑みを浮かべた。
「とりあえずゼルガリアへ向かいましょう」
「おい」
「向かいましょう」
「おい」
見事なまでに話を逸らされた。
カリファは盛大なため息を吐く。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
むしろ興味が湧いてくる。
ディルクが自分を同行させた理由も、少しだけ理解できた気がした。
「……なるほど」
ぽつりと呟く。
口元には、いつの間にか小さな笑みが浮かんでいた。
「確かに退屈はしなさそうだ」
そうして一行は転移施設の中へと歩き出す。
目指す先は、ゼルガリア。
そして、その先に広がる亜人王国リュクシア。
さらにその向こう――。
長きにわたり国を閉ざし続ける謎多き国家、リヴァリア。
新たな旅路が、今、静かに幕を開けようとしていた。




