シュタート家の没落
フェリクスのイメージを直接頭に叩き込まれた絵師と警備兵たちが、ほどなくゴロツキ達に金を渡した男を捕まえた。その男の脳内から再び指示を出した組織を割り出し、一斉摘発を掛ける。
たかだか修復師風情と考えていたらしい組織の頭は、随分安く仕事を請け負ったらしい。割に合わなかったと牢でブツブツ言う羽目になった。
フェリクスだけではなく複数の魔術師による精神感応調査で依頼者がシュタート家の侍女だと証拠づけられた。
「シュタート伯爵家は爵位と領地を没収、伯爵とカサンドラ嬢は毒杯による死刑、侍女のエッダは火刑となったよ」
班長の言葉に私は言葉を失った。
「わ、私一人へのあの程度の嫌がらせでそこまでですか?」
「いや、余罪が多かったんだ。一番酷いのがバルツァー伯爵令嬢の件だ」
私は絶句した。
あの優しい伯爵令嬢がギーゼン領から帰る途中に襲われて亡くなった事件である。迷宮入りだと思われていた事件だ。もう三年ほど経つだろうか。あの事件までカサンドラの仕業だったなんて。
「リリーちゃんだからゴロツキを返り討ちに出来たけどねぇ。殺すつもりだったのは間違いないね」
シュタート家の侍女を精神感応能力者が取り調べると、他にも余罪が出てきた。シュタート伯爵も政敵の粛清や陰謀にエッダとその組織を使っていたようなのである。
シュタート家の黒い部分が浮き彫りとなったのだった。
「迷惑を掛けました」
オスカーが班長に謝る。
「いや、オスカー君のせいじゃないでしょ」
「しかし」
「ご両親にも報告するの?」
「はい。うちも無関係ではありませんから」
「だよねぇ」
オスカーはエルマ姉さんにも謝った。エルマは盛大にため息をつく。
「結局あんたがグズグズ態度決めないからじゃない」
「……返す言葉も無い」
オスカーはこの一件でかなり落ち込んでいた。私への暴行未遂はともかく、バルツァー伯爵令嬢の事件を止められなかったのが悔しいらしい。
「オスカーは悪くないよ?」
私はそっとオスカーの手を取った。
「せめてもっと早くにあの家の特殊性に気付いていれば良かった。カサンドラの事をただの我儘娘と思ってしまっていた。カサンドラの前でバルツァー伯爵令嬢と話をしたのが恐らくきっかけだったのだろうと思うと、やり切れない」
「ずっとヴェルゲにいたんだから気づきようが無いよ」
オスカーは私を見ると少し微笑んで、私の頭を抱き寄せた。
オスカーは特別休暇を貰ってギーゼン領へ報告に行った。伯爵は絶句し、夫人は倒れてしまったらしい。その後、バルツァー伯爵領へ向かい、事情を説明して頭を下げ、令嬢の墓前に報告をしたとの事だった。
***
ようやく私の休暇がやって来て、私はオスカーと帰省した。両親はオスカーの前にカチコチに固まっていたが、弟たちが先にオスカーと打ち解け、そんなうちに父が一緒に酒を酌み交わしたりして、うちの両親とは上手く行きそうなので私は胸をなでおろした。
私は妹のエミのベッドにお邪魔し、オスカーはペトラ村の一軒だけの宿屋に泊った。そこから毎日うちに通ってくれる。
母に聞かれた。
「結婚式はどうするの?住んでいるヴェルゲでするの?それともギーゼン領でするのかしら?私達、あなたの晴れ姿見に行きたいんだけど、行けるかしら?」
「え?それは勿論見てほしいし、出席して貰いたいけど……」
その辺りはまだ全く白紙だった。
順番として、まずリリーの両親の許可を貰わなければとオスカーが言ったからなのだが。
「私はヴェルゲの街でやりたい気もするけど、やっぱりギーゼン領かなぁ」
オスカーも頷く。
「そうだな。ようやくギーゼンの母がその気になったみたいだし、ヴェルゲで行うとまた文句を言われそうだ。こちらのご両親には負担を掛けるが」
「どこへでも行くわよ……ちょっと気後れするけど」
そんな話をしていると休暇はあっという間に終わり、西駐屯地に帰って来る。
帰るとエルマとコルネリアに捕まった。
「ドレスどうするのよ」
ワクテカでコルネリアが聞いて来る。
「何でもいい、って言ったら、オスカーが手配してくれるって」
「あんた、何でもいいってのは無いでしょう!」
「リリーらしいっちゃ、らしいけど」
二人から盛大にため息をつかれた。
「まあ、オスカーが作るなら、この子が自分で選ぶよりよっぽど良いもの作るだろうしね」
エルマ姉さんが言うと、コルネリアも頷いた。
「この子に作らせたら、あちこちケチる事間違いないもんねぇ」
私の評価って……
がっくり肩を落としてしまう。
コルネリアが続けた。
「とりあえず、美容液や化粧水とか買いに行きなさい。そのボサボサの髪と日焼けしてる肌を結婚式までにピカピカに磨かなきゃ」
エルマが胸を一つ叩く。
「エルマ姉さんにどーんと任せなさい」
取り敢えず毎日風呂はエルマと一緒に入り、色々スパルタ指導で肌磨きをする羽目になったのである。
***
王都の魔術師団棟の地下室。
そこにベニグノは居た。毎日のように精神感応能力者によっての取り調べがある。
ベニグノの精神は疲弊していた。
一番初めのフェリクスとかいう男はまだ良かった、とベニグノは思い出す。ベニグノの境遇を哀れに思い、優しく接してくれた。だが、王都へ連れてこられてからの取り調べは、昼夜を問わないし、厳しい。
次元の亀裂を作る剣の製法を問われたが、こちらに該当する言葉が無かったり、魔石が存在しなかったりして複製はどうにも作れないようだった。
ベニグノだって、故国でどれほど苦労を重ねてあの剣を作ったか。
剣の複製が不可能だと分かると、次は故国の地図を作らされた。どこに魔物がいて、どこが人間の居住地か。一体何を知りたいと言うのだろう。
ベニグノはそれほど旅をしていない。分かるのは次元の向こう側の世界のごく一部、故郷の周りだけである。詳細に語らされるうちに、望郷の念が溢れ、帰りたくて帰りたくて叫び出しそうになった。
どうやったら帰れるだろう。
あの剣さえ手に戻れば、帰れるのだ。
この王都はおそらく故郷の村の近くだとベニグノは予想した。
帰りたい。
帰りたい……
だが、ベニグノは知らなかった。瘴気を詰めて捨てる手段が無くなったためか、火竜に燃やされたためか、魔物の勢力図が変わってしまった事を。故郷の村が既に魔物に覆いつくされた事を……




