陰謀
出動が掛かり、さくっと終わらせて駐屯地の一班の部屋に帰って来た時、カサンドラは居間のソファーに座っていた。後ろにいつもの侍女が控えている。
私は思わず後ずさった。そう言えば前回は頬を張られたんだった。
オスカーがカサンドラを見て眉を顰める。
「オスカー様」
カサンドラが嬉しそうに立ち上がった。
「以前も言ったが、何故あなたがここにいる?ここは部外者立ち入り禁止だ」
「ここに来なければオスカー様にお会いできないではないですか」
「何故会う必要がある」
「お話をしたいのです。せっかくご無事にお戻りになったのにどうしてお目に掛かれないのです?」
「家族でもないあなたと会う必要性を全く感じない」
「領主を継がないとお伺いしましたが、わたくしそれでも構わないとお伝えしたくて参りました。伯爵夫人にもそれは喜ばれて……」
人の言葉を聞かない人だなぁ、と私はある意味感心した。
後ろからマルクがボソッと「……また強制退場させるか……」と言うのをオスカーが聞きとがめた。
「また、っていうのはどういう事だ」
「……オスカーが消えた時に文句たれに来たんだよ……リリーに二発平手くらわしてた」
オスカーの表情が一気に険しくなった。
「カサンドラ嬢」
「あ、あらそれは、その娘を庇ってオスカー様があちらの世界に落ちたとお伺いしたので」
オスカーの剣幕にカサンドラは怯んだ。
オスカーは腰の剣に手を掛ける。
「すぐに消えろ。今後一切俺たちの目に触れるところに来るな」
カサンドラの後ろの侍女が慌てた。
「お嬢様、お暇しましょう」
「でも」
「お嬢様」
侍女はカサンドラの手を強引に引っ張る。
カサンドラは視線をオスカーから外さないが、侍女に引きずられて扉から出た。
出るや否やオスカーが扉を乱暴に閉めた。
「全く、吐き気がする。リリー、済まなかった。そんな事があったのか」
私は曖昧に頷いた。
その扉が再び開いた。思わず皆で扉に注目するが、班長が頭をかきかき入って来た。
「また来たの。彼女も頑張るねぇ」
「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。俺のいない時にも来たとか?」
オスカーが困ったように詫びた。
班長が扉の方を見やる。
「そうだったねぇ。リリーちゃん、トラウマとかなってない?」
私は首を横に振った。
「弱ってたのはあの時だけです。その後はオスカーを探すことに集中できたから」
「あのお嬢さんも思いつめなきゃいいけどねぇ」
***
馬車の中でカサンドラは扇子を握りしめていた。
「オスカー様が、あの平民の娘と一緒になるなんて、有り得ないわ。わたくしは小さな頃から今までずっとお慕いしているのに」
「ギーゼン伯爵夫人もカサンドラ様がオスカー様とご結婚されることを願っておられましたもの。きっと叶いますとも」
「そう、そうよね。伯爵夫人はわたくしの事を嫁にと願ってくださっているもの」
「お嬢様、きっと良いようになりますとも」
「エッダ、お願いよ」
「私にお任せくださいませ」
「……そうね。今までも上手く行ってたものね」
「いつも通り決して足のつかないように致します」
エッダの瞳がほの暗く揺れた。
***
その休養日に、私は休暇に備えて家族へのお土産を買いに町へ出ていた。エルマ姉さんが付き合ってくれた。オスカーは班長の野暮用に付き合わされていたからだ。
ニックには欲しがっていた辞書、テオには鍛錬用の模擬刀、エミには可愛いピンクのワンピースを買う。母には新しい包丁、父には良いお酒をエルマ姉さんに選んでもらった。
「あんたはもう少し自分のものも買いなさいよ」
「特に欲しいもの無いんですけど」
「まったく!何でもう少しお洒落しようとか口紅の一つでも買うとかしないの」
「いつ使うんです?」
「オスカーとデートする時に要るでしょ!」
私はまた顔が熱くなった。
「……普段から寝起きの姿とか見られてるのに今更な気がして……」
「ああ、もう!これだから年中一緒にいるってのは!たまにオシャレするから効果絶大なんじゃないの!」
「そういうものですか?」
「そういうもんよ!」
言いながらエルマに強引に服屋に連れて行かれ、私に服を選んでくれた。
「これ買いなさい。似合うから。何なら着て帰って、オスカーを驚かせなさい」
渡されたワンピースは自分ではとても選ぶ事の無い可愛らしいデザインだった。
「絶対似合わない……」
「似合うわよ。あんた自分が結構可愛い顔してるの分かってないでしょ。いっつも男の子みたいな恰好ばっかりして、勿体ない」
エルマの見立てたワンピースを着て全身を鏡に映すと、私はなんだかこそばゆく感じた。試着室へ入って来たエルマが満足そうに頷くと延ばし放題の私の髪を実に手早く編み込んでアップにしてくれた。
「自分で払うのよ、高給取り」
「勿論です」
会計を済ませて外へ出る。荷物がかなり増えたが、仕方がない。エルマが半分持ってくれた。
「ちょっと、歩き方!一直線におしとやかに歩く!」
「ハイ!」
「足元見ない!背筋伸ばす!」
日が傾いていた。街の大門がもうすぐ閉まるという時間だった。
目の前にそいつらが現れた。
「ちょっと顔貸してもらおうか、お嬢さん方」
いかつい顔をした所謂ゴロツキが絡んできたのである。
人気の無い路地を近道だからと選んだせいだったのかもしれない。
「ちょっと、何よあんたたちは」
「年増の方には用は無いんだ。そっちのリリーさんにちょっと用があってね」
ブチ、と何か切れるような音がした。私は恐る恐るエルマ姉さんを見る。
うわぁ、エルマ姉さんの極短い導火線に火をつけたけど、この人たち無事に済むかなぁ……
「私に何の用ですか」
私はエルマ姉さんを庇うように、ゴロツキに一歩踏み出した。
「悪いねぇ、あんたに恨みは無いんだがねぇ。化けて出ないでくれよ」
ゴロツキの手にナイフが光った。
「リリー、やっておしまいなさい」
エルマが私の荷物を全部ひったくった。
「なめんじゃねえぞ、このガキ」
飛びかかって来る男たちに向かって、私は術布を大きく展開した。
男たちが目を剥く。
そしてなす術もなく術布の中に捕らわれた。
私は術布の周りを一気に地面に固定した。
こうして、一瞬で男たちは文字通り一網打尽となったのである。
エルマが術布の上から男たちを蹴る。
「馬鹿ね!喧嘩売る相手が間違ってるわよ!こちとら魔獣相手に戦ってるんだからね!」
エルマ姉さんは備品室から出た事無いのでは、とは思ったが口に出すのは止めておいた。
「エルマ姉さん、それ物理結界だから何やっても中にはダメージ無いです」
「気分よ、気分」
「警護兵呼んできてもらってもいいですか?」
「分かった。荷物置いてくからね」
***
エルマは警護兵三人と一緒に班長とオスカーを連れて来た。途中でばったり会ったのだと言う。
オスカーは私の格好を一目見ると片手で口を押えた。そう言えばエルマに選んでもらったワンピースを着ていたんだった。
私は不安になってしまった。
「似合わないよね」
「……いや」
「あたしが見立てたのよ。どう?グッジョブでしょう?」
エルマがどうだ、とばかりに胸を逸らす。
オスカーは答えなかったが、なんか耳が赤い。
見てたら私まで顔が赤くなってきた。
「初々しいねぇ」
班長までニコニコとこちらを見ている。
「あの、この光る布を取ってもらえませんか?」
警備兵に言われて、術布の端を少し地面から剥がした。
一人ずつ警備兵が捕縛していく。全員捕縛し終わったのを確認して、術布を消した。
「な、何だったんだ、今のは」
ゴロツキの一人が呆然としながら呟いていた。
警備兵が呆れたように言う。
「お前ら誰にちょっかい掛けたと思っているんだ。我々が束になって掛かっても敵わない王国随一の修復師だぞ?」
「修復師って、裂け目を治すだけだろう?」
フェリクス班長がゴロツキに近づいた。
「はいちょっと、ごめんねぇ」
言いながらその頭に手を当てる。白い光が班長の手からゴロツキの頭に流れる。
「な、何だってんだ!ぎゃ!」
「素直になりなさいよ。でないと無駄に苦しいよ」
それを見ていてオスカーが瞠目した。
「……あれは?」
「あ、そうか。オスカーは班長のあの力見た事無いよね。ほら、あのあっちの世界から来たベニグノにもああやって意思疎通してたの。班長の魔力融通の副作用って精神感応系らしくて」
「……やたら察しがいいのはそれか」
「犯罪者の取り調べには便利この上ないよね。修復師より犯罪捜査の方が向いてそうなのに」
「修復師の方が圧倒的に希少だからな」
私は目を丸くした。
「精神感応の能力者よりも?」
「そうだな。魔術師団には精神感応出来るヤツ結構いるぞ」
エルマが班長に尋ねた。
「で、誰の差し金か分かりました?」
「うーん。取り敢えず直接依頼した男の顔は分かったよ。絵師に書いて貰って黒幕探そう」
エルマが言う。
「リリーが狙いですよ。あたしじゃなくて。ハッキリ言いましたもん」
オスカーが難しい顔をした。
「心当たりは一つしかないが、尻尾を捕まえるまでは対策しておかないといけない」
「対策?私を狙って来ても返り討ちにしちゃうけど」
寝込みでも襲われない限り、私は対処できるだろうし、寝込みを襲う為には騎士団の巣に忍び込まなければならないのだ。
だが、オスカーが心配そうに私を見る。
「リリーは滅多な事にはならないだろうが、君の家族には警護を付けよう」
私は目を丸くした。
「あんな村まで行くかなあ」
「念の為だ。すぐ手配する……エルマさんにも出来れば警護付けたいが」
エルマは眉間に皺を寄せた。
「あたしに?そんなにヤバい相手なの?おお怖、付けて、警護。か弱きお姉さんなんだから」
「リリーの交友範囲が狭いのが助かる。コルネリアは大丈夫だろう。リリー、口にする物にも十分注意するように」
私はコクコク頷いた。口にする物……毒に気を付けろってこと?騎士団の食事は大丈夫よね?
でも、そんなに色々気を付けないといけないんだ。
心当たりって誰だろう。
私が思い当たるのは一人しかいない……
班長がため息をついた。
「早い事黒幕迄たどり着かないといけないねぇ。」
「班長、よろしくお願いします」
オスカーがフェリクスに頭を下げた。
「仕方ないね。全力でやるかぁ。修復師を狙ったんだからねぇ。ただでは済まないね」




