リリー十四歳
ピリピリピリ!
修復師棟に非常招集の笛が鳴り響いた。
ホールに修復師が集まってくる。
事務官の声が響いた。
「ヨッホ地区にて亀裂発生。大きさは中型以上と推定される」
「中型以上?今一班は休養日で二班と三班は出動中じゃないか……何故こんな日に限って」
四班のゲラルトが呟く。四班班長のヘンドリックが難しい顔をした。
「中型以上はうちの手には余る。一班は誰も残っていないのか?」
事務官が苦い顔をした。
「休養日に駆り出すと特別手当が必要になる」
「だが、人の命には代えられんだろう?どうせマルクは寝ているに違いないから部屋にいるだろう」
事務官がさらに苦い顔をした。
「ならヘンドリック班長がヤツを起こしてくれるか?」
「むむむ……」
二人は揃って一班の部屋の扉を開けた。居間には誰もいない。仕方なく二人は「マルク」と書かれた個室の扉を強く叩いた。
「休養日申し訳ないが、出動を頼めないか?亀裂が大きく、四班の手に余りそうなのだ」
その時、バタンと大きく開いたのはマルクの部屋ではなく隣のリリーの部屋の扉だった。
中からリリーが飛び出してきた。
「出動ですか!特別手当ですね!私が行きます!」
***
私は十四歳になっていた。
さっさと出動して、さくっと亀裂を閉じて、戻って来たら部屋にオスカーが帰っていた。
「あ、オスカー。ただいま~」
「どこへ行ってた?」
「出動してた。特別手当ゲット!」
この四年の間にオスカーやマルクとはタメ口で話すようになっていた。非常時に「オスカー先輩」は長すぎると言われたのである。一班の修復師同士は同格だと説得されたのだ。班長にだけは年も離れているし、敬語を続けている。
「一人で?」
「ゲラルト達四班と一緒」
「サイズは?」
「中型だけど丸かったから、色々魔物が通り抜けてた」
オスカーがため息をついた。
「お前な、せめてマルク連れて行け。四班じゃ役に立たないだろ」
「マルクが起きる訳無いじゃん」
オスカーは確か十九歳だったと思う。ますます美形に磨きが掛かって、騎士団の女性騎士やヴェルゲの街の娘達の憧れの的らしい。そのせいか、いつも一緒にいられる私がよく嫉まれたりする。
でも、この人は貴族のご子息なのだ。伯爵家の一人息子なのだ。平民を相手にする訳が無いのだ。
そんなお貴族様とタメ口きけるだけでありがたいのだと私は思うようにしていた。
「オスカーはまた本屋?」
「手に入れたい本が届いたと連絡があったからな」
「本、好きねぇ」
「お前ももう少し読めばどうだ?」
「本お高いですから」
お給金全額お小遣いのオスカーとは違うのだ。私のお給金は随分上がったが、実家の弟たちを上の学校に入れてやりたい。それに欲しいものも少ないし。必要なものは備品室から貰えるし。
***
「ちょっとリリー、美味しいスイーツ仕入れたんだけど、部屋に来ない?今日はまだ休養日でしょう?」
風呂で備品室のエルマ姉さんに誘われた。
「あ、はい今日中は休養日です」
「さっき休みなのに出動したんだって?エライエライ」
エルマ姉さんも修復師棟に住んでいる。三階の隅の部屋である。尋ねて行くと先に騎士のコルネリアが座っていた。
「こんばんは、リリーちゃん」
「コルネリアさん!」
私はこの二人に懐いていた。二人は実によく私を可愛がってくれる。エルマ姉さんは多分私より十歳以上は上らしいが、本人に年齢の話は厳禁だった。コルネリアさんはオスカーと同期で同い年だと言うから五歳上である。二人とも私の至らないところを指摘もしてくれるし、愚痴も聞いてくれる。
「さ、今日仕入れて来たタルトよ」
タルトには季節の果物がどっさり盛られ、上をゼリーでコーティングされていた。
思わず涎を垂らしそうになった。
タルトを平らげ、エルマ姉さんの紅茶を頂いていた。
「リリー、あんた、今日も特別手当貰えるんだって?」
エルマ姉さんの言葉に私は勢いよく頷く。
「ハイ!頑張りました」
「良く稼ぐね、リリーちゃん」
コルネリアが目を丸くした。
「何か欲しいものでもあるの?」
「そういう訳じゃないんですけど」
「コルネリア、この子実家に仕送りしてるから」
「全額じゃないでしょ?」
「はい、親が必要な分だけしか取らないので」
「良いご両親じゃないの」
「残りはどうしてるの」
「使い道も良く分からなくて……とりあえず貯めてます」
エルマとコルネリアはうんうんと頷いた。
「リリー、あんたたちの仕事は結構危険じゃない。貯めとくのはいい事だと思うよ」
「え?仕事で怪我したりしたらその後は年金貰えるから安心しろって言われましたけど」
「リリーちゃん、公傷は年金出るけど、怖くなって辞めたくなることもあるじゃない?」
コルネリアの言葉に私は目を丸くした。
「今のところはそんな事は無いと思うんですけど」
「私はあるよ、怖くなって辞めたくなったこと」
「え、コルネリアさん程の腕前で?」
「何言ってんのよ。もう私じゃリリーちゃんに敵わないのに」
エルマ姉さんが口を挟む。
「それに、あんた結婚する時の持参金とか準備物とか、自力で貯めないといけないんじゃないの?」
「結婚!考えた事無いです」
「考えておかなきゃ」
私は考え込んだ。どうにもピンと来ないのだ。
「でも私の育った村だと、適当にみんなくっついて、自分たちだけで何とかやっていくのが当たり前なんですけど」
「あんたね、もうそこらの村人じゃないんだからね、国の一級修復師なんだよ?」
エルマに怒られた。
「そうそう、それに嫁ぎ先によっては持参金がかなり要る事になるわよ」
「そんなおうちの人と結婚しません!」
エルマとコルネリアが顔を見合わせた。
「あんた、マルクもオスカーもそういうお家だよ!」
「なんでその二人が出てくるんですか!」
私は慌てたが二人は意にも介さない。
「それ以外にあんたの周りに釣り合う男いないじゃない」
「一級修復師と二級や三級修復師じゃ、相手の立場が無いわね」
「修復師と結婚するって決めつけないでくださいよ!」
私の必死の抵抗にエルマは肩をすくめただけだ。
「騎士団の連中も結婚には持参金要ると思うよ?」
「そうね。殆どが騎士爵持ってる貴族だものね。出身は平民も居る事は居るけど、実際の所は貴族の次男以下が多いよね」
「どっちにしろあんたの稼ぎの方が多いわ。オスカーかマルクにしときな」
エルマに言われて私は困り果てる。
「マルクは結婚みたいに面倒な事する訳無いですし、オスカーはお貴族様ですよ?」
「あー、奴は伯爵令息だっけ?」
エルマ姉さんが腕組みした。
「らしいです」
私が頷くと、コルネリアは同期なので詳しいらしく、補足を始めた。
「確か、長男だったと思いますよ。えーと、一人息子で妹がいるとか」
「家継がないのね。修復師やってるって事は」
エルマの疑問にコルネリアが答える。
「父親は領地を継いでほしがってるみたいですよ」
私は目を丸くした。
「領地?え?継ぐ?」
「オスカー・ギーゼンでしょ?彼の名前。ギーゼン領主の息子よ。ちょっとリリーちゃん、四年も同じ部屋で同じ仕事で、そういう話しないの?」
家族の話、私は沢山するけれど、オスカーの家族の話はそう言えば殆ど知らなかった。
「班長のご家族の話は沢山聞くんですけど……」
「オスカー君、どこから見ても美形だし、仕事できるし、リリーちゃん気になったりしないの?」
「鬼教官を?」
オスカーには会話の八割は怒られている気がする。
大体、もうこれだけ一緒にいれば家族同然である。格好つけようもないほど駄目な所も何もかも知られているのだ。
夏の暑い日など下着一枚で居間に出て怒られたりしているし、ジュースと間違ってワインを飲んで酔っ払って介抱させたこともあるのだ。あの時もどれだけ怒られたか。
「面倒見は良いけど怖いお兄ちゃんにしか見えません」
嘘をついた。
お兄ちゃんな訳が無い。
向こうは私を妹にしか見えていないだろうと思う。今まででもお貴族様だと思っていたが、領主の息子と聞いてますます遠い存在に感じた。どれだけ手を伸ばしても届く気が全くしない。
今の状態でいいのだ。十分、満足している。同じところに住んで、同じ仕事をしている。
いつでも話ができる。
二人が揃ってため息をついた。
「いずれにせよ、出来るだけ貯めときなさい」
私は頷く他無かった。




