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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-8 奴隷の一日(午前)

 朝食後、堅枠大とマッコウはそれぞれ準備を済ませ、仕事場に移動した。

 手ぶらで出発し、水路沿いを歩いて五分。その場所に職場はあった。


 仕事場は二階建ての青い建物で、正方形の船着き場に面している。船着き場には木製の舟が十隻以上泊められていた。


 そして、時刻は午前十時。一階の白いエントランスホールに約四十人の奴隷が集まった。堅枠大とマッコウは奴隷たちの中心で静かに立つ。


 雇い主のジャーガンが奥の扉から現れ、奴隷たちと向かい合った。


「えー、では今日の仕事を始めます。まずは連絡事項から」


 ジャーガンはなにやら話し始める。

 堅枠大は絶望感で頭が一杯だった。


(あぁ……とうとう仕事が始まってしまう……奴隷生活が始まってしまう……ボロボロになるまで働かされて、使えなくなったら捨てられるんだ。そんな人生がまた始まるんだ。あぁ、やだやだやだやだ。いっそ死んだほうがマシだっての)


 彼は迫りくる奴隷労働に恐怖を感じていた。

 その感情は増すばかりで、ジャーガンの話など一単語すら彼の耳に入ってこなかった。


「おい、カタワク、カタワク!」


 そこにマッコウの声が聞こえてくる。

 マッコウが堅枠大の肩を揺らしたことで、彼の意識が現実に戻って来た。


「な、なに?」

「ジャーガンさんが呼んでるぜ」


 マッコウに言われて、堅枠大は前に立つジャーガンを見る。短髪髭面の大男と目が合い、堅枠大は震え上がりそうになった。だが、彼は自分を抑えつけて平静を装う。


 ジャーガンは愉快そうに微笑んだ。


「おっ、やっと反応したか。カタワク、みんなに自己紹介をしてくれないか?」

「は、はい……」


 堅枠大は緊張しているふりをして恐怖感を隠す。


 ジャーガンの笑顔が余計に怖く感じた。本当の悪人は善人のふりをして現れるものだと、堅枠大は知っていたからだ。


 彼は怯えながら歩き出し、前に出てジャーガンの隣に立つ。それから奴隷たちに向き合った。


 四十人程度の奴隷のうち、約十人が女性で、他は男性だ。彼ら彼女らは列を作ることなく、自分の視界を確保できる場所に立っている。その全員が、リラックスした様子で堅枠大を見つめていた。


「は、初めまして。カタワクと申します。今日からここでお世話になります。水運業、というより運送業は初めてなので、いろいろとご迷惑をおかけするかと思いますが、みなさん、どうかよろしくお願いいたします」


 堅枠大は無難な挨拶をして大きく頭を下げた。

 彼の自己紹介が終わった直後、奴隷たちがそれぞれに口を開く。


「よろしくー!」

「そんな堅っ苦しくしなくていいってー!」

「カタワクくん、ようこそー!」


 奴隷たちが堅枠大に対して好意的な言葉を投げかける。仕事開始前の朝礼が新人の歓迎会へと変わったかのような雰囲気だった。


 ただ、奴隷たちは騒ぐようなことはせず、一分も経たたないうちにこの場は静まった。

 お祝いの空気を保ったまま、ジャーガンが再度話し始める。


「カタワクは昨日この国にやって来たばかりで、出身はかなり遠いところだそうだ。記憶もあまり無いらしい。あと、聞いての通り、翻訳魔法をかけているから、普通の人に比べると魔力の消費が激しい。仕事のことだけでなく、普段の生活のことも、みんなでサポートしてやってくれ」


 彼の言葉が終わるや否や、ホールの中央付近から手が高く上がった。その手の主は、マッコウだ。


「はいはーい! 任せてください!」


 彼が元気にそう言うと、周囲の奴隷たちは微かに笑いつつも堅枠大に温かな声を送った。


「マッコウだけじゃなく、俺も頼れよ!」

「私にもねー!」

「遠慮なんてしなくていいからな!」


 奴隷たちの言葉に、堅枠大は自分の恐怖心や緊張が和らいでいくのを感じた。

 彼らはすぐに静かになり、ジャーガンは大げさに咳払いをする。


「では、これで朝礼を終わります。今日も事故や怪我が無いよう、各自仕事に励んでくれ。解散」


「おう!!」


 ジャーガンの締めの言葉を合図に、奴隷たちは一斉に動き出した。


 建物の奥に向かう者もいれば、倉庫から荷物を運び出す者もいれば、何も持たずにそのまま舟に乗って漕ぎ出す者もいる。力仕事をする女性も二組存在していた。


 奴隷たちの怒涛の仕事ぶりを見て、堅枠大は言葉を失った。みな、嫌々ではなく、自ら進んで働いているような雰囲気を出していたからだ。


 立ち尽くす堅枠大にマッコウが歩み寄る。

 それと同時にジャーガンが堅枠大の肩を叩いた。


「頑張れよ、カタワク! マッコウは仕事の指導と国の案内を頼んだぞ!」

「了解であります!」


 ジャーガンとマッコウは明るい笑みを浮かべていた。ニコニコという擬音が聞こえてきそうなほどの雰囲気だった。


 そんな状況に、堅枠大はますます困惑した。


(なんだこの仕事にあるまじき明るい雰囲気は……ジャーガンと奴隷の良好な関係といい、奴隷たちの働きぶりといい、いったいどうなってる? ……はっ! 洗脳型のブラック企業がこんな感じだ! 騙されるな! 過重労働で充実感を得てしまう分、俺の元職場よりもタチが悪いぞ! 洗脳される前に逃げ出さないと死ぬ!)


 と、彼の疑念は膨らむばかりだった。




 そして、堅枠大の初仕事が始まった。


 奴隷たちのほとんどが建物から出て行った頃、堅枠大はマッコウとともに倉庫から木箱を運び出して舟に載せていた。木箱は元デスクワークの堅枠大がなんとか運べる程度の重さがあった。それを、マッコウは軽々と持ち上げていた。


 舟は木製で、全長三メートル、幅は一メートルほどある。その舟の中央に木箱を十個載せ、舟先に堅枠大が座り、船尾にマッコウが木製のオールを持って立つ。実際に舟を漕ぐのはマッコウだけで、堅枠大の仕事は方向提示だった。


 そのやり方は舟に乗る前に教えてもらっていた。前進するときは右手を前に伸ばし、停止するときは両手を横に広げる。後進は両手を高く挙げ、右折は右手を横に伸ばし、左折は左手を横に伸ばす。注意喚起は両手を横に伸ばして上下に振る。


 堅枠大は先頭に座ったまま、頭の中で方向提示の方法を反芻した。

 ちょうどそのとき、後ろからマッコウの元気な声が上がった。


「よし! 準備完了! じゃあ、しゅっぱーつ! 前進! その次は左折だぜ!」


 堅枠大は相棒の指示通り、右手を前に伸ばした。


 舟が進み、正方形の船着き場を行く。出口に着く前に、舟の速度が一旦緩む。堅枠大は急いで両手を横に伸ばし、舟が止まると同時に左手だけを横に出した。


 左右を見て、他の舟が来ていないことを確かめる。


「安全よし! 左折します!」


 堅枠大が大きめに声を出す。それにマッコウが応えてオールを動かし、舟は左へと曲がりながら水路へと進入した。


 水路を直進しながら、舟はスピードを上げていく。速度が安定した頃にはジョギング程度の速さになっていた。積載物が多く、そのうえ一人で漕いでいるにしては速い。


 堅枠大は少し不安になった。


「なんか速くないか?」


「そりゃあ、オレの漕ぎ方が上手いからさ! ……というのは冗談で、この舟もオールも魔道具なんだ。オレの魔力を使って前に進む力を大きくしてるんだぜ。と、オレ自身が魔法で水を操ってるってのもあるけどな!」


 マッコウは舟を漕ぎながら得意げに話す。


 魔道具という単語が頭に引っかかるが、それ以上に堅枠大はマッコウが最後に言った内容が気になって仕方なかった。


「お前魔法使えるのか!?」


 堅枠大は右手を前に伸ばしたまま、左半身を後ろに向けてマッコウを見る。

 マッコウは苦笑いをしていた。


「まあ、少しだけな。水をちょっと操るくらいしかできねえけど。というか、そんなに驚くことでもないぜ。この国で育った人間なら、誰だって何かしらの魔法は使えるもんだ」


「そういうもんなのか……なんかすげえな」


 堅枠大はそう言って前に向き直る。


 上の道路を歩く人々も、水路で行き違う同業者も、皆が魔法を使える。彼はそう思うと、自分が異なる世界に来たという実感が強くなった。


「俺も、なにか魔法を使えるようになるのかな……この世界の人間じゃない俺でも……」


 堅枠大は一人呟く。

 そのとき、彼の無意識が警告を鳴らした。


 彼はそれに従って反射的に周辺を見渡す。何度も顔の向きをすばやく変え、自分を監視しているような人物を探した。


 元の世界の職場では、仕事中に少しでも私語をしたら怒鳴られていた。手を出されることもあった。今の堅枠大は名実ともに奴隷だ。いつジャーガンが、ジャーガンの放った監視役が、はたまた後ろのマッコウが、牙を剥いてくるかわからない。


 堅枠大は怯えながら周辺に気を配った。

 しかし、彼が危惧するような事態はまったく起こらなかった。


「ん? どうした、カタワク?」

「い、いや、なんでもない……」


 後ろからマッコウの能天気そうな声が聞こえてきたことで、堅枠大の警戒は解かれた。同居人であり先輩でもある彼には、何かを怖がっているかのような様子はまったくない。


 堅枠大はひとまず胸を撫で下ろし、方向提示に専念した。


 だが、いつ何があるかわからないので、彼は自分からマッコウに話しかけることはしなかった。




 それから十分ほど経ったところで、マッコウが声を上げた。


「カタワク! あそこが最初の目的地だ。手信号頼むぜ!」

「わ、わかった!」


 堅枠大は緊張しつつも、両手を横に広げて停止の合図をする。


 周囲にそれを知らせるべき舟はいないが、いつでもどんなときでも方向提示をすることで安全性が増す。堅枠大はそれを、この短い時間で何となく理解していた。


 舟は小さな船着き場に泊まった。

 マッコウは舟とオールを固定して、木箱を覗き込む。


「えーと、リーリス書店さんは……これとこれだな。カタワク一つ持ってくれ」

「わ、わかった」


 堅枠大は立ち上がり、マッコウが指し示す木箱へと両手を伸ばした。


「腰だけで持ち上げると体壊すからなー。踵とか膝も使ってやれよー」


 マッコウはそうアドバイスすると、しゃがんで荷物を持ち、全身をバネのように使って軽々と立ち上がった。舟の上であっても、彼の体勢はまったく崩れていない。


(水運奴隷の先輩なだけあって、慣れてるな)


 堅枠大は素直に感心しつつ、マッコウの真似をして木箱を一つ持ち上げた。


 荷物は少し重い。書店に運ぶのだから、中身は本か何かなのだろう。それなら水運じゃなくて陸運でやればいいのにと堅枠大は思った。しかし、彼は運送業に関してはこの世界どころか元の世界のこともほとんど知らないため、深く考えるのは止めることにした。


 堅枠大はマッコウとともに階段を上がる。


 そこから歩いて何軒か通り過ぎると、道路沿いに本を並べている店があった。扉は無く、入り口が大きく開いているので中の本棚まで見える。数人の客が本を物色している様子も目にすることができた。


 マッコウは正面から書店に入る。


「リーリスさーん! ジャーガン国内水運からのお届け物でーす!」


 彼が奥に向かってそう呼びかけると、会計カウンターらしき木机の後ろに座っていた老男性が立ち上がった。


 その老人は腰が曲がっていたが、足取りはしっかりとしていた。老人はマッコウの前まで歩き、腰の後ろに両手を回したまま配達人を見上げる。


「おうおう、頼んでいた外国の魔法書か。あとは……歴史書や小説なんかも頼んでおったの。そこに置いといてくれ」


 老人はカウンターの前を指差す。


 マッコウと堅枠大は言われた通りの場所に木箱を並べて置いた。その直後、マッコウは背筋を伸ばして店主の老人に体を向ける。


「料金は前払いで頂いてますので! では、またのご利用を!」

「ま、またのご利用を」


 元気ハツラツなマッコウに続き、堅枠大も先輩の真似をして言葉を紡ぐ。


「はいよ。いつもありがとうな」


 店主はにこやかな顔をしていた。

 お礼の言葉を受け取った後、堅枠大はマッコウの後ろをついて店を出て行った。


「なんか、すごいあっさりしてるな」


 初めての配達を終えて、堅枠大の口から出た感想がそれだった。


 奴隷なのだから、自分たちはもっと荒い扱いを受けるものだと彼は思っていた。だが、実際はビジネスライクなやり取りだったため、彼は少し拍子抜けした。


 堅枠大の言葉に、マッコウは首をひねる。


「そうか? どこもこんなもんだぜ? さあ、次だ次! 昼メシまでに配り終えようぜ!」


 マッコウは明るく声を上げて舟へと駆け出した。


「お、おう!」


 堅枠大は戸惑いながらも、マッコウを追った。


 それから二人は舟に乗り、配達を再開した。


 飲食店、食料店、家具屋、薬屋、魔道具職人、国務所などに荷物を届けた。マッコウは一切地図を見なかったが、彼に迷う様子はなかった。それだけではなく、彼は頭の中で最短ルートを選んでいるようだった。


 堅枠大にとって、初日から様々な場所に重い荷物を届けるのは緊張の連続だった。だが、悪いことは一切起こらず、怒声もまったく飛んでこなかった。それどころか、よろけたときには配達先の人に心配までされてしまった。


(やっぱり、なんか変だぞ)


 彼は想像と現実のギャップに良い意味で戸惑いながらも、仕事をこなした。


 最後の届け先は警察駐在所だった。


(この世界、というかこの国にも警察があるのか。まあ、憲兵みたいなもんかな。なんか偉そうだなあ)


 と、堅枠大は思っていたのだが、やはり現実は彼の想像を裏切った。


「お、ジャーガン国内水運の奴隷たちか。いつもありがとな」

「自分たちで運ぶには遠いし重いから、助かったよ」


 警官らしき二人の男性は、堅枠大とマッコウに対してにこやかな態度を見せた。身分は奴隷よりも上のように思えるが、それを鼻にかけるような様子は微塵もなかった。


 警官たちの服装は、サイズの合った青い長袖シャツと長ズボンに、深緑色のマントと黒色のブーツ。これが警察の制服なのだろうと、堅枠大は推測した。


「またのご利用を!」


 堅枠大とマッコウは二人同時にそう言って、駐在所から離れた。





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