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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第一章 転生先でも奴隷!?
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1-9 奴隷の一日(昼)

 警察駐在所から船着き場に戻ると、マッコウは大きく背伸びをした。


「うーん! 昼前の仕事が終わったー! よし、メシでも行こうぜ!」

「お、おう」


 堅枠大はマッコウに言われるがまま、舟に乗り込んだ。


 最初はあれほどあった木箱が、今は無い。舟の中央はがら空きで、尾部にマッコウが立ち、舟先に堅枠大が座っているだけ。その光景が、仕事が一段落ついたという空気を強めていた。


 マッコウは舟を南に進めた。


 堅枠大には土地勘が無いので、自分たちが今どのあたりに居るのかが彼にはわからない。彼はマッコウに現在地を訊こうと思ったが、マッコウは上機嫌に鼻歌を歌っている。そんな相棒の呑気さに、堅枠大は質問をする気を無くししまった。


(まあ、奴隷寮に戻るんだろうな。食事の時間に遅れたらめちゃくちゃ怒られそうだな。なにせ俺たち奴隷なんだし。これまで荒い扱いを受けなかったのは、俺たちが貴重な労働力だからなんだろう。まあ、どうせ裏には厳しい規律があるに違いない)


 堅枠大は自分の想像を修正しつつ、マッコウの指示に従って方向提示を続けた。


 十分後、二人は都市部の端に来ていた。


 水路の先には高さ十メートルほどの壁があった。ところどころに通行口があるそれは灰色で、左右に長く伸びていた。見渡してみると、この壁が正方形にこの都市を囲っているというのがわかった。どうやら、これは城壁のようなものらしい。


 また、都市の中央には一つの塔が立っている。その高さは城壁のおよそ二倍。塔の屋根は三角錐の形をしていて、その下には数人が立てそうな空間があった。


 今まで、堅枠大はこのようなことにも気づかなかった。午前中の仕事を経たことで、少しは周囲を見る余裕も彼には出てきたようだ。


 堅枠大が街を観察している途中、マッコウが正方形の船着き場に舟を泊めた。

 予想外の停泊に、堅枠大の意識は自身の付近へと戻る。


(あれ、ここは奴隷寮じゃないぞ?)


 彼はそう思いながらも、マッコウに付き従うことにした。


 マッコウは舟を下り、堅枠大を引き連れて階段から道路へと上がる。マッコウは歩きながら少し遠くを見て、ガッツポーズをとった。


「よし、空いてるな! カタワク、あの店に行くぜ!」


 そう言ってマッコウが指し示す先には、赤黒い建物があった。やはりどう見ても奴隷寮ではない。


 堅枠大は疑問が湧き上がりすぎて頭が破裂しそうになった。我慢の限界が来そうなので、彼は疑問の一つを吐き出すことにした。


 堅枠大はおそるおそる口を開く。


「な、なあ、マッコウ。俺たち奴隷寮に戻るんじゃないのか?」


 彼の問いに、マッコウは眉をひそめながら口元を上げる。


「ん? なに言ってんだカタワク? 奴隷寮に戻ってもメシは無いぜ。出るのは朝だけさ。昼と夜は自分たちでどうにかしねえとな」


「そ、そういうものなのか……」


 堅枠大は落胆せざるをえなかった。


(まさかの朝一食のみかよ……マジか。それ以上食べたければ自分で用意しろってことか。奴隷にそんな金有るのか? まさか、給料が全部食費で消えてしまうってタイプの生活か? 働いて食って寝るだけじゃねえか!)


 新たな情報によって暗い想像が勝手に膨らみ、堅枠大は顔を歪めた。


 そんな彼を元気づけるかのように、マッコウは堅枠大の首に右腕を回して左手で目的地を指差した。


「だから! オレたちは今からあの店に行くってわけよ! びっくりするほど美味いぜ! さ、ゴーゴー!」


 男二人は密着したまま、道路を歩いていった。


 目的の店の前には、メニューらしき立て看板が置かれていた。もちろん、堅枠大には一文字も読めなかった。


 扉を開けて中に入ると、チーズのような匂いがした。中にはカウンター席が七つに、テーブル席が四つの計十一席。そのうちテーブル席四つとカウンター席三つが埋まっていた。客は男性が五人と女性が二人。机や椅子は木製だった。


 堅枠大とマッコウはカウンター席の真ん中に並んで座る。


 すると、店主らしき男性が奥から現れてガラスのコップを二つ差し出してきた。整った円筒状のコップの中には透明な水がなみなみと注がれている。店主は痩せ型だが筋肉質で、赤の短髪、年齢は三十代ほど。店員は男性一人のようだ。


 店の主人はいかつい笑顔をマッコウに向ける。


「らっしゃい! マッコウさん、今日は何にしましょう」


「いつもので。あ、こいつにも。新しい相棒のカタワクっていうんだ」


「マッコウさん、相棒が見つかってよかったですね! カタワクさんもよろしく! では、お二人にいつもの二つ……わかりやした! 少々お待ちくだせえ!」


 店主は満面の笑みを浮かべて奥の厨房へと消えていった。


 壁で隔てられた厨房からは、なにやら炒める音が聞こえてくる。向こうで何が作られようとしているのか、堅枠大にはまったく想像がつかなかった。


 堅枠大はそこで喉の渇きを感じた。


 午前中にかなりの肉体労働をしたせいだろう。体も疲労を訴え始めている。それを自覚すると、空腹感も襲ってきた。


 彼はとりあえず、出された水を飲んだ。常温より少し冷たい程度だったが、それが疲れた体にはちょうどよかった。水分補給によって、体は少し元気を取り戻した。


 堅枠大は水を飲み干し、店内をもう一度見渡した。


 空席は残り二つで、店はわりと繁盛しているようだった。だが、店員は主人一人。そのうえ、客に急いでいる様子は無い。


(あれ? 昼時ってもっと慌ただしいもんだよな? 主人が忙しそうなのはそういうものだとして、客層はどう見ても俺たちと同じ奴隷なんだけど……仕事は? 急がなくていいのか?)


 堅枠大は首をかしげる。

 そうしていると、左横のマッコウが彼に話しかけてきた。


「カタワク、仕事には慣れたか?」


「ん? あぁ? ……ああ! 仕事のこと!? ちょっと働いたくらいだから何とも言えないけど、少しは慣れてきたかな」


 堅枠大は我に返り、マッコウに応える。

 すると、マッコウは自分の胸に両手を当てて目を輝かせた。


「そりゃあよかった! カタワクさぁ、なんかずっとキョロキョロしてるし、難しい顔してるし……もしかしたらこの仕事が嫌なのかもって、オレちょっと心配してたんだぜ」


「いやいや、心配するほどのことじゃないって。ただ、この国もこの仕事も初めてで、緊張してるだけだからさ」


「そっか。それなら、昼からも大丈夫そうだな」


 マッコウは朗らかに笑った。


 そのとき、堅枠大はチーズの匂いが強くなるのを感じた。彼がカウンターの向こう側に目を向けると、店主が二人分の料理を持って奥から出てくるのが見えた。


「マッコウさん、カタワクさん、お待たせしました! いつもの二つです!」


 店主は威勢のいい声を出しながら、二人の前に昼食を置いた。


 堅枠大の目の前にあったのは、見たことも無い食べ物だった。煮込まれた米に細切れの野菜と挽き肉がふんだんに混ぜ込まれていて、チーズと赤色のソースが全体に絡みついている。表面には炙られたような焦げ目がある。その料理は陶器製の白い皿に乗せられていて、昼食としては十分すぎるくらいの量だ。皿の端には木製のスプーンが添えられている。


 堅枠大は、奴隷にあるまじき豪華な食事に目を疑った。


(え……? これをこんなに食べていいの?)


 彼は疑念と申し訳なさを感じて隣のマッコウを見る。


「お~、これこれ! いやぁ、やっぱ昼はこれだよ! 美味そうだなぁ!」


 だが、その相棒は料理を見るや否やさらに目を輝かせていた。何かを訊いて水を差すのが非常に悪いことのように思えたので、堅枠大は何も言わないことにした。


「天の恵みに感謝して、いっただっきまーす!」


 マッコウは上機嫌で顔と胸の前で手を縦に切り、勢いよく食べ始めた。


 堅枠大はそれを見て、口を付けないわけにはいかなくなった。代金のこと、仕事のこと、食事内容のことなど、聞きたいことは山ほどある。しかし、今は同居人兼先輩の好意を無下にする場面ではない。


「て、天の恵みに感謝して……いただきます」


 堅枠大は控えめに食前の挨拶をして、スプーンをとった。


 スプーンで料理の端をすくい取ると、チーズが糸を引いて伸びた。その黄色い糸が千切れたところで、彼はそれを口に運ぶ。


 その瞬間、彼は目を見開いた。


(う、美味い! チーズと米がいい感じに混ざり合って、細かく切った野菜と挽き肉が甘みと旨みを出してる! これは牛肉だな? そして、野菜はニンジンとキャベツと……あとはよくわからん! この赤いソースの原料はトマトか? ああもう、そんなのどうでもいい。下手すりゃ元の世界のものより美味いぞ!)


 それから、堅枠大は夢中で食べ進めた。


 よく噛んで味わい、呑み込んだらすぐに次を口に入れる。すくって入れて噛んで呑み込んで、またすくう。そのループが途切れることはなかった。途中、店主がコップに水を入れてくれたが、堅枠大はそのことにすら気づけなかった。


 気づいたときには、皿の上には何もなかった。

 自分が完食したのだと悟り、堅枠大は皿の端にスプーンを置く。


(朝に続き、昼まで美味しく食べてしまった……いったいどうなってるんだ? 俺たちは奴隷じゃないのか? いや、メシだけは美味いという可能性もある。労働が過酷でも、食事が良いからなんとかやっていけてるタイプのやつだ。たぶんそうだ、絶対そうだ。騙されないぞ)


 堅枠大は安心しかけた自分を戒め、周囲を見渡した。


 客は何人か入れ替わっているが、店内のまったりとした雰囲気は変わっていない。新しい客たちも奴隷のようだが、彼らに疲れている様子は無く、全員明るい表情をしていた。


 堅枠大が店内のあちこちに視線を向けるその横で、マッコウがスプーンを置いて顔と胸の前で手を縦に切った。


「ふぅ……これで今日も命を繋げます。ごちそうさまでした……主人! 今日も美味かったぜ!」

「へいどうも!」


 左横のマッコウとカウンター越しの店主が気軽に声を掛け合う。

 二人の声に、堅枠大はハッとして前に向き直り、手を縦に小さく切った。


「これで、今日も命を繋げます。ごちそうさまでした……」


 彼は小声でそう言って、食事を終えた。馴染みの無い作法のため、恥ずかしさを感じてしまった。マッコウのように堂々と言えるようになるには少し時間がかかりそうだった。


 堅枠大が締めの挨拶をした直後、マッコウは残りの水を飲んで立ち上がった。


「よし、カタワク行こうぜ!」


 マッコウはそう呼びかけ、店の奥へと歩き出した。

 堅枠大は慌ててコップを右手に取り、満杯の水を喉に流し込んでいく。


(あれ? いつの間に注ぎ足されたんだ? ああ、俺が食べてるときに店主が入れてくれたんだな。それに気づかないくらい、俺は食べることに集中してたんだな)


 飲んでいる途中、彼はそのことにようやく気付いた。


 堅枠大は水を飲み干し、マッコウの後を追う。

 マッコウと主人は奥のカウンター端で会計をしていた。


「トリゾ二つで220カーマです」


「はいよ! あ、カタワク、しばらくはオレが奢ってやるから」


 マッコウは何の気なしにそう言いながら、銀色の貨幣二枚と少し大きめの銅貨二枚をカウンターの上に置く。


 堅枠大は申し訳ない気持ちを抑えられなかった。


「いや、そんな。あんな豪華な料理、新入りが奢ってもらうわけには」


「でもお前、まだ給料も配給も貰ってないんだろ? 心配すんなって。後でちゃんと奢り返してもらうからさ」


「は、はぁ……」


 笑顔で金を出すマッコウに、堅枠大は引き下がるしかなかった。


 今の彼は金を持っていないため、何をするにしても今はマッコウに頼らなくてはいけない。先輩の言う通りこれは前借りなのだと、堅枠大は自分を納得させた。


 二人が話しているうちに、店主は貨幣の数を確認し、その四枚をカウンター下のスペースへとしまい込んだ。


 会計を終え、マッコウは出口に向けて歩き出した。


「主人! またカタワクと一緒に来るぜ!」

「お待ちしてます! まいどありー!」


 マッコウと店主の元気な声が店内に響く。

 堅枠大はマッコウに続いて外に出た。




 店の扉を閉め、二人は歩いて船着き場に向かう。

 その途中、マッコウは笑顔で堅枠大に話しかけてきた。


「美味かっただろ?」

「まあ、うん。かなり美味かった」


「そうだろそうだろ? また行こうぜ。別のメニューも美味いから、いろいろ試してみるといいぜ」


 そう言う、マッコウは得意げな顔をしていた。

 船着き場に着くと、マッコウは舟の前で大きく背伸びをした。


「さーってとっと!」


 気合を入れるかのような彼の声が、堅枠大の絶望を呼び覚ました。昼食の余韻が一気に吹き飛んでしまう。


(あぁ、これから地獄の労働が始まるのか。これまでは序章に過ぎないよなぁ……そう。午前はプロローグ。本当の始まりは午後からなんだ。これからが果てしなく長いんだ。あんなにゆっくりと昼食をとれただけでも幸運だったんだよ)


 堅枠大はため息をついた。


 そんな暗い考えにとりつかれている彼をよそに、マッコウは勢いよく舟に乗り込む。そして、あろうことかマッコウは舟の中央で仰向けになったのだった。


 堅枠大は驚愕のあまり目玉が飛び出そうになった。


「え!? お前なにしてんの!?」

「なにって。見てわからないか? 昼寝だよ昼寝。今日は絶好の昼寝日和だぜ」


 マッコウは目を細めて空を指差す。


 空は青く、白い雲がほどよく点在している。日差しも穏やかで、何もしていなければ自然と眠ってしまいそうな陽気だった。


 だが、マッコウの言うことを堅枠大は受け入れられなかった。


「え? だって仕事は? 昼からだってあるでしょ!? 昼メシ食ったらすぐに仕事を再開するもんじゃないの!?」


「今は昼休みだから休んでいいんだって。というか、休まなきゃダメ。というわけで、カタワクも来い来い。一緒に昼寝しようぜ」


 マッコウは手招きをする。その声はすでに眠そうだった。

 それでも、堅枠大は昼寝に抵抗があった。


「で、でも、まだ仕事中だし……」


「一応、先輩のオレが言ってるんだからいいんだぜ? だからほら、ここ来いって」


 マッコウは自らの右隣を手で軽く叩く。

 先輩権限をここで使われ、堅枠大は断りにくくなってしまった。


「はぁ……まあ、そこまで言うなら」


 彼はしぶしぶ舟に乗り、マッコウの右隣で仰向けになった。


 マッコウは満足そうな笑みを浮かべ、目を閉じる。そして、すぐに寝息を立て始めた。


 相棒の静かな呼吸音を聞きながら、堅枠大は空を眺める。


 大人の男が二人も舟の上で横になると、さすがに狭い。だが、堅枠大はこの狭さがどこか心地よく感じ始めていた。


(本当にこんなにゆっくりしてていいんだろうか? 俺たち奴隷だよな? みんな笑ってるし、ちゃんと食べてるし、テキパキ働いてるし、金は持ってるし……なんか変だ。とてつもなく変だ。違和感しかない。何か、とてつもなく大事なことが隠されてる気がする)


 堅枠大は疑念を強めていく。


 暖かな気温のなか、時折風が吹く。水面がざわつき、舟がほのかに揺れる。眠気を感じるなというのが無理な状況だった。


(あぁ、でも、日差しが気持ちいいな……ちょっとくらいなら寝てもいいよな? こんなにいい天気なんだし、マッコウも寝てるし。そう、ちょっと目を閉じるくらいなら許されるはず……)


 堅枠大は眠気に負け、そっと目を閉じた。





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