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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-22 守りたいもののために

 堅枠大とアスラは火竜と予備隊の戦いを横目で見ながら、二人揃って悪い微笑みを浮かべていた。


「ここからでも間に合う方法が、一つだけありますよ……リサさん」


「ああ、そうだね。もちろん、リサにも最大限協力してもらわないといけないけど」


 そう言う二人を、リサは眉をひそめながら見つめる。

 それからすぐに、彼女は二人が何をしようとしているのかを察した。


「ま、まさか……あたしに移動魔法を使えって言うんじゃないだろうな……ふざけんなよ! キーテス様じゃねえんだから、カタワクをあそこまで飛ばすのは無理だって!」


 リサは火竜を指差しながら怒鳴り声を上げる。

 そんな彼女に対し、アスラは涼しい顔で首を横に振った。


「移動魔法は使わないけど、カタワクは火竜まで飛ばすよ」

「は?」


 リサは怒りで顔を歪めたまま、怪訝そうにアスラの目を睨みつけた。

 そこに、カタワクが追い打ちをかける。


「文字通り、俺を火竜のところにまで飛ばすんですよ」

「ま、まさか……アスラがカタワクを投げ飛ばす……そのつもりか?」


 リサは開いた口を塞げなかった。

 自分の見当違いであってくれとリサは思った。


 しかし、彼女が冗談のつもりで言ったその言葉に、アスラと堅枠大は愉快そうに口元を歪ませて頷いた。


「ええ、その通りだよ」

「そうです。俺は今から人間冷凍弾です」


 この二人には、嘘や冗談を言っている様子は無い。本気だ。アスラが堅枠大を火竜に向けて投げ飛ばすという無茶苦茶な作戦を、この二人は本気で行動に移そうとしている。


 リサは眉を吊り上げた。


「バカかてめぇらは! 頭狂ったのか!? そんなことマジでやる気かよ! カタワクが無事じゃ済まねえぞ! カタワクが火竜まで届くか!? 左手を火竜にぶつけられるか!? 第一、その作戦じゃ魔力の封印解除はここでやるしかねえじゃねえか! そんなことしたら火竜に気付かれるじゃねえか! リスクが高すぎる! このまま火竜の足元まで走るほうが百倍マシだ! 都市を多少破壊されても国が滅ぶわけじゃねえ! 時間短縮のためだけに、そんな危ないことを認められるわけねえだろうが!」


 リサは二人にまくし立てる。


 彼女の意見はもっともだった。火竜氷結隊がやるべきことは、火竜を確実に氷漬けにすること。下手に焦って失敗でもすれば、それこそヒューライ国が壊滅的被害を受けることになる。


 リサはあくまでも国全体の防衛を考えていた。

 だが、堅枠大はそうではなかった。


 彼は険しい表情でリサと目を合わせる。そして、都市の南区を指差しながら声を張り上げた。


「あそこには! 俺とマッコウの行きつけの店があるんだ! 破壊されてたまるか! 二度と食えなくなったらどうすんだよ! ええ!?」


 堅枠大は丁寧語を忘れてリサに言葉をぶつける。


 そう。南区の防壁近くには、堅枠大がこの世界に来て初めての外食をした店がある。米と挽き肉と細切れの野菜に、トマトソースとチーズを絡ませて煮て炙った、トリゾという料理を出す店だ。その店はもともとマッコウお気に入りのところだったのだが、あれ以降は堅枠大も頻繁に通うようになっていた。


 リサとは違い、今の堅枠大が守ろうとしているのはとても小さなものだった。


 あきれたような笑いが、リサの口から漏れ出る。


「は、はは……あはははは……なんだよ、それ……はは……小せえ……ほんと小せえな……しかも、えらく具体的じゃねえか……はは、ははは……」


 リサは引き攣った顔で堅枠大を眺める。


 彼の目は本気だった。たった一つの店を守るために、この特異体質者は大きな賭けに出ようとしている。だが、その小さな理由の裏には、これ以上の被害を出さないという彼の大きな決意も見て取れた。


 この国は三日前、南の農地の大部分を火竜に焼かれてしまった。その光景を目の当たりにした堅枠大だからこそ、火竜の暴力によって失われてしまう物に対してより強い具体性を感じている。


 彼が守ろうとしている小さなものは、ただの代表に過ぎない。

 リサはそれを感じ取り、口元を大きく上げた。


「あはははははは! くっくっ、ふははははははっ! 気に入った! 気に入ったぞカタワク! あたしの全部を賭けて協力してやるよこの大バカ野郎が!」


 リサは腹を抱えて大声で笑う。

 それからすぐに彼女は表情を引き締めた。


「守護の力よ、我が力を最大限に使い、この者をあらゆる危険から、そして死の危険から守りたまえ!」


 リサは堅枠大に向けて両手を伸ばし、叫ぶように詠唱する。


 堅枠大の体を、青と緑の光が包み込む。それらは火竜氷結隊出発時にかけられていたものよりも遥かに大きな力を持っていた。


「防御魔法の強化および不死魔法の二重掛け! これなら、どんな速さで火竜にぶつかっても絶対に死なないから安心しろ!」


「ありがとうございます! リサさん!」


 堅枠大は彼女に笑いかけながら、急いで左手のグローブを脱ぎ、手首のブレスレットを外してその場に投げ捨てた。


 それから間髪入れずに、彼は仰向けになって両足をアスラに差し出す。

 アスラは彼の両足首を手で掴み、息を強く吐き出した。


「魔力制御停止! カタワク! 覚悟は出来ているかい!」

「そんなもの、とっくに出来てる!」


「さすがはカタワク! 王宮に殴り込んできただけのことはあるね!」


 アスラは口元を大きく上げる。

 そして、彼女は堅枠大の足首を掴んだまま、自分の体を回転させ始めた。


 ハンマー投げの要領で、アスラの回転は加速していく。彼女の体は特異体質の身体能力強化によって赤く光る。だが、彼女の身体は完治していないため、強化魔法に耐え切れなかった。腕の皮膚が裂け、そこから血が噴き出る。それでも、アスラは痛む様子を微塵も見せずに回り続けた。


 堅枠大にも強力な遠心力がかかっていた。だが、リサがかけた防御魔法のおかげで、彼は苦痛を感じなかった。


 アスラの回転速度が最高に達する直前、リサが再び堅枠大に向けて両手を伸ばす。


「魔力遮断の障壁よ、この者の左手から消え去れ!」


 彼女の叫び声とともに、堅枠大の左手首で青い光が弾け飛んだ。


 その直後、彼の左手に膨大な量の魔力が流れ込んだ。特異体質の氷結魔法が発動し、左手周辺の空気が一瞬にして白く凍りつく。


 すべての準備が整った。

 アスラは狙いを定め、雄叫びを上げる。


「うおりゃああああああああああああああああああああああああ!」


 その絶叫とともに、彼女は一キロメートル先の火竜に向けて堅枠大を投げ飛ばした。


 壮絶な回転速度とアスラの馬鹿力により、彼の体は猛烈な速さで宙に投げ出された。体が焼けそうなほどのスピードで彼の体は高度を上げていく。


「うわあああああああああああああああああああああああああ!」


 飛翔体となった堅枠大は、思わず絶叫した。


 アスラのコントロールは見事なもので、堅枠大の体は火竜の胴体に向けて進んでいる。彼が通った後ろでは、凍りついた空気が白い放物線を描いていた。


 中間地点を過ぎたあたりで、堅枠大の体が落ち始める。


 体感的には、彼は火竜へと一直線に向かっていく。そんななかで、堅枠大は必死で体勢を整えながら、左手に全魔力を集中させていった。


 恐怖はあった。

 だがそれ以上に、この国を守るという意思のほうが強かった。




 堅枠大が人間冷凍弾として放たれた直後、バーンに限界が訪れた。


 火竜の右手がバーンの左を直撃する。これまで彼を守ってきた防御魔法が、ここでとうとう破られてしまった。青い防壁が砕け散り、老戦士の体が晒される。


 火竜の手は止まらず、その勢いのままにバーンを薙ぎ払った。


「ぐあああああああああああああああああああっ!」


 バーンは苦痛に満ちた声を上げる。叩き飛ばされた彼の体は地面に激突し、予備隊から遥か遠く離れた所にまで転がっていった。


「じいさん!」

「ど、どうしよ!」


 バーンが倒され、訓練生たちの間に動揺が広がった。


 この戦況を握っていたのはあの退役軍人だった。それが戦線から離脱してしまったことで、予備隊の士気は急激に下がっていった。


 火竜は息も絶え絶えになりながら、地面に倒れたバーンを眺める。


「はぁ、はぁ……手こずらせおって……だが、この国の戦力はこれで失われた。我の勝利は揺るがぬ! このまま、すべて、破壊してくれる! ぐははっ! ぐははははははっ!」


 火竜は勝ち誇ったように高笑いをする。


 ようやくこの国の戦力を叩き潰すことができた。たった一人で立ち向かってきた女戦士といい、少数にもかかわらず痛手を与えてきた正規軍といい、何度も何度も攻撃をしかけてきた寄せ集めの軍隊といい、あの老人といい、小国にしては手強かった。


 だが、火竜はそれらの強者たちをすべて打ち砕いてきた。その者たちを殺すことなく、火竜は自らの強さを示すことができた。これで、火竜は人間やその他の種族からより畏怖される存在となるだろう。


 あとは都市を破壊して勝利の痕跡を残すのみ。火竜は勝利の確信から笑いが止まらなかった。


 そのとき、突如として、悲鳴とともに強大な魔力が近づいてきた。

 火竜はそれに驚き、一瞬で笑いを止める。


「な、なんだこの力は!?」


 火竜は魔力が近づいてくる方向に顔を向けた。


 東に昇った朝日が逆光となっていて、視界が良好であるとは言えない。だが、人のようなものが遥か上空から斜めに落ちてくるのは見えた。その物体の周辺では、空気が白く色づいている。


 その人間、堅枠大は降下しながら絶叫し続けた。

 そして、火竜と堅枠大の目が合う。


 その瞬間、火竜はこれまでにないほどの危機感を抱いた。全身が震え上がるほどの恐怖が心の底から爆発的に広がっていく。


 あの人間に触れられたら、自分は死んでしまうかもしれない。

 火竜は得体の知れない直感に従い、口を大きく開けた。


 今からすぐに炎を吹き出せば、触れられる前にあの人間を消し飛ばすことができる。そう考えた火竜は目を見開き、飛来してくる人間を見据えながら火炎噴射の準備を開始した。


 火竜の喉奥がわずかに光り始める。

 堅枠大はそれを目撃し、絶望感のあまり声が出なくなった。


(気づかれた! ヤバイ! もうダメだ! 終わった!)


 彼は思わず目を閉じてしまう。


 やはり、人間冷凍弾作戦は無謀だったのかもしれない。リサの言う通り、当初の接近作戦を続けたほうが確実だったのかもしれない。魔力の暴走開始から時間が経てば経つほど、堅枠大という危険な存在に火竜が気づく可能性は高まるのだから。これ以上の被害を出さないという彼の意思は、ただの傲慢に過ぎなかったのかもしれない。


 堅枠大は自分の甘さを後悔した。彼は自分の命とヒューライ国の無事を諦めた。


 だがそのとき、彼の頭の中で老婆の声が響いた。


「やれやれ、ようやくわたしの出番だねぇ」


「アリィさん!?」


 どこからともなく聞こえてきたその声に堅枠大は驚き、瞬時に目を開ける。

 聞き慣れたその声は、いつもと変わらない、のんびりとしたものだった。


 アリィの声が聞こえた直後、都市の中央にそびえ立つ塔から一本の矢が放たれた。その矢は強力な風を纏い、一キロメートル以上離れた火竜に向かって一直線に進んでいく。その様子はまさに、風が針となって空間を貫いていくかのようだった。


 アリィは火竜氷結隊から離れた後、都市中央の塔に上り、物見スペースで待機していた。堅枠大の護衛として、火竜氷結隊六人目の隊員として、彼女は静かにその時を待っていたのだ。


 老射手が放った矢は火竜の左目を狙っていく。


 それは、火竜にも視認できていた。だが、火竜はそれに対応できなかった。堅枠大と豪速の矢という二つの脅威が同時に迫り、どちらに対処すべきか火竜は咄嗟に判断できなかった。


 いや、たとえ判断を下せていたとしても、行動には移せなかっただろう。


 意識が、東から落ちてくる人間に、あまりにも向きすぎていた。体力が、ヒューライ軍との戦いで、あまりにも消耗しすぎていた。そして、向かってくる矢が、あまりにも速すぎた。


 火竜が堅枠大に向けて炎を吹きつけようとする。

 その寸前、アリィの放った矢が火竜の左目を貫いた。


「ぐあああああああああああああああああああああああっ!」


 火竜は悲鳴を上げながら体勢を大きく崩す。


 矢を包み込んでいた強力な風が、火竜の左目を抉るように回転する。火竜はその威力と痛みに成されるままとなり、頭を下に向けて口から炎を漏らしてしまう。


 目を射抜かれてもなお、火竜の体は堅枠大の軌道から逸れてはいなかった。


「サンキュー! アリィさああああああああああああん!」


 堅枠大は感謝の言葉をアリィに届けようと精一杯叫んだ。


 あの塔に肉声が届くわけがない。自分には連絡魔法は使えない。そうわかっていても、堅枠大はアリィが応えてくれたような気がしてならなかった。


 彼は再び火竜に目を向ける。

 左手を突き出しながら、彼は火竜の胴体中央に向けて落ちていく。


(これは、この国のみんなが繋いだ一撃だ! 絶対に外さない!)


 堅枠大は体中の魔力すべてを、そして今なお捧げられ続けている国民たちの魔力すべてを、特異体質が宿った左手に集めていく。


 氷結の力は暴走に暴走を重ね、ついには堅枠大自身の体をも蝕み始めた。左腕が氷に覆われ、肩が凍りつく。


 それでも、堅枠大は怯えなかった。


「くらえええええええええええええええええええ!」


 重力による加速を受けながら、堅枠大は火竜に迫る。


 そして、彼の体は火竜の右わき腹中央に激突した。それと同時に、火竜の体が一瞬にして白く凍りついた。


 赤い巨体にぶつかった直後、堅枠大の体から力が抜けた。

 不死魔法が守ってくれたおかげで、痛みは感じなかった。


 彼の体は火竜からずり落ち、そのまま地面に向けて背中から落下していく。


 時間の進みが急激に遅くなったように感じた。そのなかで、氷漬けになった火竜を見ながら、堅枠大は誇らしげに微笑んだ。


「やった……凍った」


 そう呟いた直後、時間の速さが正常に戻った。


 堅枠大は背中から地面に衝突する。激しい衝撃が全身を揺さぶるなか、彼は穏やかな心のまま意識を失った。





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