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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-21 泥沼

 火竜の突進は止まらず、ついには予備隊のところにまで到達してしまった。火竜は予備隊の雰囲気に違和感を抱き、彼らの前で足を止める。


 予備隊の隊員たちは体を震わせながらも巨大な敵に立ち向かった。それぞれが火竜に対して魔法攻撃を仕掛けた。だが、その威力は低く、約百人規模の部隊であるにもかかわらず、相手に傷一つ付けることすらままならなかった。


 火竜は予備隊を見下ろす。

 この部隊を数秒観察するだけで、火竜は違和感の正体に気づいた。


「随分と若い兵だな。貴様ら、正規の兵ではないな。そして、寄せ集めの大人でもない……訓練中の子ども、だな?」


 火竜はそう言って体勢を低くし、左手を後ろに引いた。


 その言葉の通り、予備隊のほとんどが十代後半の子どもだった。中には二十代の者も居るが、全員が経験の浅い人間であることには変わりなかった。


 身構える訓練生たちを見ながら、火竜は小さく笑う。


「安心するがいい。我に貴様らを殺す気はない。ただ、その不死魔法が切れるくらいには痛い思いはするだろうが、なっ!」


 火竜がそう言った直後、その巨体から左手が振り下ろされた。


 その手は予備隊の最前列に向かっていく。これを受ければ、隊員は即時に戦闘不能状態へと陥るだろう。


 標的にされた数人は咄嗟に武器で頭をかばう。だが、それが何の意味も成さないことは明白だった。


 振り下ろされた火竜の左手が予備隊員に迫る。

 そこに、一人の老人が駆け込んできた。


 バーンだ。火竜の左手が訓練生に激突する寸前、彼は跳び上がって火竜と予備隊の間に割り入った。そして、とてつもない力を秘めた火竜の打撃を、彼はその身一つで受け止める。


「せいやあああああああああああああああああ!」


 バーンは雄叫びを上げる。

 その直後、彼の全身が青色の強光に包まれた。


 リサの魔法とは比較にならないほど強力な防御魔法が、バーン自身の体を守る。青い光は球状の被膜となって老戦士を覆い、火竜の左手を空中で食い止めた。


 そして、その巨大な手が弾かれた。同時に、バーンの体は進行方向に飛んでいく。


 彼は空中で前転し、体勢を整えてから着地する。それからすぐに予備隊の前まで走り、槍を構えて火竜と対峙した。


 突如として現れた一人の老兵に、予備隊と火竜は目を見張った。


 予備隊員は信じられない物を見るかのようにバーンを眺め、火竜は感心したように息を吐いて左手を体の横に戻した。


「ほう、我が一撃を食い止めるほどの者が、まだおったのか」


「訓練生が体を張っているのじゃ。それなのに、このワシが黙って見ているわけにはいかんじゃろう?」


 バーンは火竜を見上げて不敵な笑みを浮かべる。


 火竜はここで初めて、自らの攻撃を受け切った相手を視認した。すると、一転して火竜の顔が怒りで歪んだ。


「我の攻撃を受け止めたのが、こんな老人だと……? 小国め! 子どもだけでなく老いぼれを出すほどに追い詰められたか! 貴様らなど、戦う価値も無いわ!」


 火竜は悔しさを滲ませながら吠える。

 そんな相手に対し、バーンは余裕を見せつけるかのように口元を上げた。


「それはどうかな? まだまだ子どもでも、この方たちは立派な訓練生じゃ。そしてワシは、元国王親衛隊および元国境警備隊、鉄壁のバーン! ワシと予備隊で、貴様を数分でも数秒でも食い止めてみせるわい!」


「ほざけこの老いぼれが!」


 火竜は右手を振り上げ、間髪入れずバーンに叩きつける。


 豪速で落とされた右拳とバーンの魔法防壁が激突し、その衝撃で周囲が揺れる。この打撃は本気で繰り出されたようで、先ほどの左手とは比べものにならないほどの威力があった。


 火竜は邪悪に目を細め、口元を歪ませる。


 あの飛び抜けて強い女戦士でさえも、本気を出せばたった一撃で瀕死に陥ったのだ。この老兵が耐えられるわけがない。良くて不死魔法が切れる程度、悪ければ死ぬ寸前まで追い込まれているだろう。


 火竜は右手を上げ、愚かな老兵の様子を確認しようとした。


 きっと、あの時の女戦士のような血まみれで無様な姿になっているに違いない。火竜はそう思っていた。


 だが、その予想は裏切られた。


 バーンは潰されてなどいなかった。それどころか、不死魔法も切れていなかった。彼は青い球体の中で、赤色の光と緑色の光を纏ったまま、両足を踏みしめて低い体勢を保っている。


 バーンは凛々しい表情を浮かべ、火竜の目を見据える。


「威力がかなり落ちておるようじゃの。どうやら、お前さんは限界が近いようじゃ」

「なんだと……我が、我が弱っているだと……?」


 火竜はバーンが無傷だったことに狼狽える。

 だが、無理矢理に笑うことで、火竜はすぐに気持ちを切り替えた。


「くくく……どうやら、口だけではないようだな、老いぼれ……よかろう! 貴様らまとめて全力でひねり潰してくれるわ!」


 火竜は空を仰いで咆哮する。そうすることで火竜は自らを鼓舞し、生意気な相手を威嚇した。


 その姿に訓練生たちは怯え、腰を引いてしまう。

 それを察したバーンは、予備隊に背中を向けたまま叫ぶ。


「勇敢なる予備隊兵士たちよ! 壁役はワシ一人でやる! 皆は散開し、魔法で攻撃を仕掛けるのじゃ!」


 バーンの声が予備隊全員の耳に通る。


 だが、訓練生たちは互いに顔を見合わせるだけで誰一人動こうとはしなかった。あの老戦士が偉大な退役軍人であるとはいえ、自分たちにとっては見ず知らずの人間。彼の指示に従ってよいのかと、訓練生たちは判断に迷っていた。


 そうしている間にも、火竜は吠えるのを止め、再び予備隊とバーンを睨みつけていた。


「聞こえなかったか!?」


 バーンが声を張り上げる。

 その気迫に、訓練生たちは反射的に背筋を伸ばした。


「はっ!」


 彼ら彼女らは瞬時に移動を開始し、半円状に陣形を組み直した。バーンを取り囲むようにし、彼の後ろから援護できる位置につく。


 その間、バーンは火竜の攻撃を防いでいた。火を浴びせられても、手や尻尾を叩きつけられても、彼はその場に留まった。


 陣形を組み終えるや否や、予備隊のリーダー格が声を上げた。


「総員、攻撃開始!」


 その号令の直後、全員が魔法攻撃を仕掛けた。


 それぞれが得意な魔法を使っているため、属性は統一されていない。火、風、水、土の四大属性を中心に様々な種類の魔法が火竜に向けて放たれていく。一発一発の威力は低くともその数は多く、今度は敵にダメージを与えることができていた。


「この弱兵どもがああああああ! 我の邪魔をするなあああああああああ!」


 火竜は頭を下げ、口を大きく開ける。そのまま、予備隊に向けて至近距離で火炎を吹きつけた。


 訓練生たちは咄嗟に防壁を張った。


 火竜は頭を動かし、半円状の陣形すべてに炎を浴びせていく。強力な熱波が予備隊を襲うが、彼ら彼女らの魔法防御も負けてはいなかった。


 その隙にバーンが跳び上がり、火竜の背中に降り立った。彼は最も大きな傷口に槍を突き刺し、すぐに槍を抜いて再び跳び上がる。


 傷を抉られ、火竜は痛みで吠えた。

 バーンが火竜の正面に着地すると、予備隊は即座に攻撃に移った。


 訓練生たちは戦闘前とはまるで別人のようだった。もはや怯える者など存在せず、全員が火竜を撃退するために力を尽くしていた。


 その要因になったのがバーンだ。彼の存在が予備隊の士気を限界以上に高め、彼らの潜在能力を引き出していた。


「あの爺さんすげえな!」

「俺たちも負けてられねえ!」

「私だって戦士なんだから!」


 訓練生たちは高揚状態となり、バーンという盾の後ろで持てる力のすべてを出して戦っていた。


 そして火竜も、この戦況の鍵がバーンであると気づいた。

 火竜は攻撃を受けながら、彼だけを睨みつける。


「このジジイが……貴様を倒せば終わりだあああああああああ!」


 火竜は目を見開き、バーンに向けて両手を振り下ろした。


 バーンは当然のようにその攻撃を防ぐ。だが、火竜がもう一度両手をバーンの防壁にぶつけると、彼は歯を食いしばって苦しい表情を浮かべた。


 これまで、火竜の攻撃はバーンと予備隊に分散していた。しかし、今はバーンのみに集中している。予備隊からどれだけ魔法攻撃を受けようとも、火竜はバーンへの攻撃を止めなかった。


 上からは重い手が、横からは巨大な尻尾が、バーンを襲う。防壁を叩き割ろうという意思のもと、打撃が繰り返される。防壁の光が弱まり、さすがのバーンにも限界が見えてくる。


「爺さんが危ない!」

「火竜! こっちだ!」


 訓練生たちは魔力の残存量など気にも留めず、魔法攻撃を激化させた。


 だが、それでも火竜は予備隊に目もくれず、一心不乱にバーンを殴り続けた。その状況のまま時間が過ぎ、バーンと予備隊の力が弱まっていく。


 一方、都市内部で魔力供給に徹していた非戦闘員たちにも疲労の色が見え始めた。八割以上の人間が魔力の提供を止め、中には倒れる者も出ていた。


 クーディをはじめとする医師たちは、魔力供給停止の指示を出すのに奔走していた。倒れた者を介抱する暇など無く、これ以上の重症者を出さないようにすることが精一杯の状況となっていた。


 火竜とヒューライ国、双方の疲労度は限界に達していた。


 だが、戦いの終焉は一向に見えていなかった。ヒューライ国だけでは火竜に決定打を与えられない。火竜は引き際を見失い、この国を徹底的に破壊し尽くすまでは止まれそうにない。


 ヒューライ国を守りつつ、戦いを終わらせる。これができるのは、たった一人のイレギュラーしかいない。





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