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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-17 総力戦

 開戦直後、都市内部で指揮官たちが一斉に声を上げた。


「勇敢なるヒューライ国民よ! 火竜と戦う兵士たちに魔力を捧げるのだ!」


 その指示を受け、地面に座っている者たちは魔力を活性化させる。


 続いて、周囲の魔法士たちが特殊な魔法を使用する。それによって、国民たちの体から魔力が抜け出ていく。それらの魔力は黄色い光となって浮かび上がり、戦闘員のもとへと送られていった。


 国民からの魔力を受け取った戦闘員たちは、さらに前線の魔法士による強化魔法でその力を増していく。赤色の身体強化魔法、青色の防御魔法、緑色の不死魔法がかけられ、戦闘員の体は三色の光を帯びた。


 こうして強化魔法を施している間にも、火竜はその足を都市に向けて進めていた。


 戦闘員の強化が終わった直後、防壁上の指揮官たちは高らかに声を上げる。


「魔法士隊第一班、攻撃開始!」

「弓隊、一斉射撃!」

「投石部隊、発射用意! 放てえ!」


 指揮官の命令から間もなく、防壁に配置された部隊が火竜への遠距離攻撃を開始した。


 数多の矢と石が放物線を描いて火竜へと向かい、雨のように敵の体に降り注ぐ。弓隊から放たれる矢には風魔法がつき、投石機から飛ばされる石には土魔法が付与され、その威力は何倍にも強化されている。


 石が火竜の体に激突し、硬い鱗がひび割れる。露出した皮膚に矢が刺さり、浅い傷でありながらも、火竜の体力を着実に削っていく。


 弓矢と投石に加え、魔法士隊からの直接攻撃もおこなわれた。水路から上がった水柱が火竜に襲いかかり、体を濡らした水が氷に変わっていく。周囲の土が火竜の足にまとわりつき、その動きを鈍化させる。そこに雷が突き下ろされ、火竜の全身を痺れさせた。


 遠距離からの猛攻に火竜は怯んだ。


 火竜は足を止め、翼をはためかせた。この猛攻撃から逃れるために、火竜は一度上空へ飛び立つつもりだった。しかし、その翼に石が直撃したことにより、はばたくことはできなかった。さらに、周辺の土が足を引っ張っているため、飛び上がるには通常よりもはるかに大きな力が必要だった。


「ぐうっ! 小国めが! 小賢しい真似を!」


 火竜はその場で唸り声を上げた。


 ヒューライ国の先制攻撃が効いている。そう確信した指揮官たちは開戦直後の時以上に声を張り上げた。


「火竜の足が止まった! このまま続けろ! 攻撃の手を休めるな!」


 その命令は部下全員の耳に行き渡る。


 戦闘員たちは矢と弓と魔力が尽きるまで、火竜への遠距離攻撃を続けようとした。


 できるだけ長期戦に持ち込み、火竜の体力と注意力を削る。それが戦闘員たちに託された使命だった。


 飛び道具による猛攻撃は続く。

 だが、火竜も黙って立ち止まるほど軟弱ではなかった。


「この程度の攻撃……我には効かぬ!」


 火竜は叫びながら、強引に足を前に出した。


 周囲の土がその足を止めようと粘る。しかし、土魔法よりも相手の力のほうが強く、火竜の進行を許してしまう。魔法士たちは新たな土魔法で火竜の足止めを図ったが、火竜は再び無理矢理に足を土から引き剥がしていく。


 都市に向けて歩みを進めながら、火竜は口から炎を噴射した。


 雨のように降り注ぐ大量の矢が、その炎に燃やされる。矢に付与されていた風魔法も、強力な火炎によって打ち消される。


 さらに、火竜は飛んできた石を手で弾いて地面に叩きつけていく。繰り返される魔法攻撃を、火竜は皮膚に力を込めることで弾き返した。


 もはや遠距離攻撃は効かない。

 総指揮官のキーテスは現状から即断した。


「攻撃止め! 魔法士隊第一班! 弓隊! 投石隊! 前線に移動せよ!」


 キーテスの声が防壁上に通っていく。


 各隊の指揮官が続いて攻撃停止の指令を部下に与える。防壁上の兵士たちはすぐに準備を済ませて地上へと向かっていく。訓練不足の人間は階段から降り、正規兵はロープを使って壁から降りて、前線部隊に加勢していった。


 防壁上に残ったのは、国王キーテスとその親衛隊の計十一名のみとなった。


 猛攻撃が止まった後、火竜は足を止めた。


「どうした? 遠距離攻撃はもう終わりか?」


 火竜は挑発するかのように首を傾げ、声に嘲笑を含ませる。

 キーテスはその言葉を冷静に受け流した。


「いいや……精鋭戦士隊! および第二陣! 行動を開始せよ!」


 キーテスの次なる指令が南の農耕地帯に響き渡る。


 その直後、南門前に待機していた戦士五十人が一斉に動き出した。戦士たちは大剣や大斧、巨大なハンマーや鉄棒などの重い武器を構えながらも、恐るべき速さで火竜へと接近する。そして、彼らは火竜の周囲を高速で動き回った。


「我に接近戦を挑むか! 笑止!」


 火竜は口から炎を吐いて精鋭戦士隊を牽制する。

 戦士たちは火の攻撃を受けながらも、動くことを止めなかった。


 そうしているうちに、後方に控えていた魔法士隊が水魔法を使って消火活動にあたっていく。火竜が炎を吐き続けても、その火が燃え広がることは無かった。


 数分後、火竜に疲労が溜まってきたのか、火炎攻撃が弱まった。

 この機に乗じて精鋭戦士隊は反撃を開始した。


 戦士たちは互いに連携を取りながら攻撃をおこなっていく。ある者は火竜の周囲を走り、火竜の目の前を跳び、敵の注意を引きつける。その隙に別の者が火竜に接近し、重く巨大な武器を火竜に叩きつけて硬い鱗を打ち砕く。


 精鋭戦士隊の隊員は攻撃、離脱、撹乱という行動を繰り返す。その後ろで魔法士隊が魔法での援護をおこなう。


 一撃一撃の威力は小さくとも、火竜へのダメージは着実に積み重なっていく。また、戦士や魔法士からの撹乱により、火竜の注意は分散した。


 火竜からの攻撃は、そのほとんどが空振りに終わっていた。前にも進めず、相手の戦力を削ぐこともできず、自身の体力は減っていく一方。火竜は苛立ちを募らせた。


 やがて、業を煮やした火竜が咆哮を上げた。


「ぐああああああああああああああああああっ! ちょこまかとおおおおおおおお! 人間どもがあああああああああああ!」


 火竜は怒りを露わにするとともに、自らの体を硬直させる。

 その直後、火竜の体内で魔力が急激に高まった。


 危機を察した精鋭戦士隊は、全員が自己判断ですぐさま火竜から距離を取った。


 だが、その撤退の途中に、火竜の魔力は最高潮に達してしまった。火竜の体が強張り、一瞬の静寂の後にその口が開く。


「我が周囲よ、爆ぜよおおおおおおおおおお!」


 火竜の怒声とともに、周囲が爆発した。


 全方位の爆炎魔法が放たれ、強烈な爆風が広がっていく。その威力は三日前のものとは比較にならないほど強大だった。爆発の衝撃はヒューライ国全土に伝わり、地面が揺さぶられる。火竜の周囲は黒い煙に包まれ、火竜でさえも状況を視認することは不可能になっていた。


 爆発自体は一瞬の出来事だった。


 猛烈な風と炎の発生が収まり、ヒューライ国が静まる。この戦場において、火竜には自身の荒い息遣いだけが聞こえていた。


「ハァ、ハァ……この我が、ここまでの魔法を使うことになるとは……だが、これほどの威力を見せられては、奴らも戦意を失うだろう……」


 火竜は濃い煙の中で呼吸を整える。


「少し、やり過ぎてしまったかもしれんな……」


 悔やむようにそう呟くと、火竜は息を正常に戻した。


「煙よ、失せろ」


 火竜の小さな声が、魔法とともに発せられる。


 魔法は周囲の煙を少しずつ消していく。焼け焦げた地面が露わになり、蒸発した水路に新たな水が流れ込んでくる様子が見えてくる。


 ある程度まで煙が消えた後、周囲が一気に晴れた。


 その時、火竜は我が目を疑った。ヒューライ国の兵士たちが円状に並び、火竜を遠巻きに包囲していたのだ。


「なっ、なにっ!?」


 火竜は驚きのあまり声を上げる。


 火竜の周囲は更地になっていたが、それは小さな範囲に留まっていた。精鋭戦士隊や魔法士隊が咄嗟に魔法防壁を作ったことにより、国土の大半は守られていたのだ。


 だが、爆発を防いだ戦闘員たちが負ったダメージは相当に大きく、全員の不死魔法が切れてしまっていた。もし不死魔法をかけていなければ、百人以上の命が先ほどの爆発で失われていただろう。


 精鋭戦士隊や援護役の魔法士隊は戦闘不能に陥ったため、後ろに下がった。その代わりに第二陣の戦闘員が火竜との戦闘に臨む。


 あれほどの爆発魔法を見せつけられても、ヒューライ国民の戦意は失われていなかった。


 第二陣の戦闘員は火竜に接近し、数多のロープを放った。


 白く光った縄が火竜の体に絡みつき、その身を縛り付ける。戦闘員たちの手から魔力が直接流し込まれ、火竜は押さえ付けられた。


 三日前と同じように拘束され、火竜はその場に伏してしまう。


 火竜はもがくが、思うようには動けなかった。これらのロープは国民全員から供給された魔力と戦闘員たちの魔法で強化されている。火竜といえども、簡単に千切ることはできない。


「ぬううううううううっ! 動けぬ! 先ほどの爆発魔法で力を使いすぎたか!?」


 火竜は拘束から逃れようと抵抗を続ける。


 そこに、魔法士隊が集中攻撃を浴びせた。火竜の体に大量の水をかけ、氷魔法でその体表を凍らせていく。体の熱によって氷はすぐに解けていったが、火竜の体温は急激に奪われていた。


 火竜は攻撃を受けながら、防壁上に立つ国王を睨みつけた。


「なぜだ! なぜここまで戦える! 東の大国はすぐに退いた! 小国はすぐに降伏した! なのに、なぜ貴様らは諦めぬ!」


 火竜は苦しげな声で疑問をぶつける。

 それを受けたキーテスは不敵な表情を浮かべ、火竜を見据えた。


「我らの暮らしを守るためだ! ここで貴様を倒さなければ、この国が滅びる! ヒューライ国がここで折れたら、大陸西側のすべてが貴様に蹂躙される! 人々の平穏を守るため、そして西側世界の存続のため、火竜ごときにひれ伏すわけにはいかんのだ!」


 キーテスの声は火竜だけでなく、ヒューライ国民全員の耳にまで響いていく。


 その言葉により、ヒューライ国民の士気はさらに上昇した。戦闘員はおろか、魔力供給役の非戦闘員まで雄叫びを上げる。


 火竜は相手の戦意増大を悟り、歯ぎしりをした。


「ぬうううう……我とて、このような小国に負けるわけにはいかぬ! 我は世界最強の存在なのだ! このままでは引き下がれぬ!」


 火竜は攻撃を受け続けながらも、魔力を体内に溜め始めた。


 拘束は均衡状態に移る。戦闘員の力が強化されているとはいえ、火竜の力も少しずつ回復していく。このままでは、いずれ拘束は破られるだろう。


 火竜は想像以上に頑丈だ。戦闘員たちは火竜に対する決定打を持ち合わせていない。火竜の体力と注意力を十分に削れたという確信は無い。拘束が解けてしまえば、戦況は不利になる。


 キーテスは不安に駆られた。


「このまま上手くいけばよいが……果たしてどうなるか」


 彼は目を閉じ、深呼吸をする。


「やはりカタワク……そなたが必要だ」


 キーテスはそう呟いて目を開け、火竜を注視した。





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