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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-15 訓練

「わかった。じゃあ、カタワクの訓練を始めようか。カタワクはグローブとブレスレットを外して、左手を高く挙げて。リサはその後に魔力解放をお願い」


 堅枠大は彼女の指示に従って氷結防止の魔道具を外し、左手を挙げた。


 今日の朝、彼は魔力制御の薬を飲まなかった。そのため、彼の体にはいつもとは違って大きな魔力が渦巻いている。掲げた左腕にも魔力は流れ込み、左手首では魔力の渋滞が起きていた。魔力障壁の効果により、氷結の力は働いていない。


 堅枠大は左手を挙げたまま動きを止める。

 それを視認したアスラとリサは、彼から少し距離を取った。


 そして、リサが小さな声で呪文を唱え始めた。それを三十秒ほど続けた後、彼女は目を見開いて大きく声を上げた。


「その者の左手に施した魔力障壁よ、消え去れ!」


 リサの締めの詠唱が草場に響き渡る。


 その直後、堅枠大の左手が黄色い光に包まれた。その光は数秒ほどで弾けて消える。それと同時に、彼の左手首から魔力障壁が取り除かれた。


 大量の魔力が堅枠大の左手に流れ込み、氷結の力が自動的に発動した。


 彼の左手周辺の水蒸気が凍り、空気が白く染まっていく。そこに日光が差し込むと、空気中を漂っている無数の氷の粒がきらきらと輝いた。


 堅枠大はその光景を見て、感動したように息を吐く。


「うわー、これがダイヤモンドダストってやつか。生で見るのは初めてだな」


 彼は呑気にそう呟いた。

 だが、アスラはそんな彼を呆れるような目で見ていた。


「そのダイヤなんとかってのは知らないけど、感心している場合じゃないよ。これから、この木を凍らせてもらうんだから。目標は、なるべく短時間で葉っぱの一枚一枚まで完全に凍らせること。それじゃあ、いくよ」


 アスラはそう言うや否や切り倒された木のところまで行き、先ほどと同じように特異体質魔法を解放し、木を持ち上げて地面に突き立てた。


 アスラは立ち上げた木から遠ざかり、代わりに堅枠大がその木に歩み寄る。


「では、一本目、始め!」


 アスラの掛け声が上がった。

 それを合図に、堅枠大は自らの左手に魔力を送り始めた。


 勝手に発動していた氷結の力が、新たに送り込まれて来た魔力によってその強さを増していく。左手の周囲は白く霞み、周辺の気温が下がる。


 力が強まったその左手を、堅枠大は木の幹に叩きつけた。


「はあああああああああああああああああっ!」


 彼は声を上げて気合を入れながら、氷結の力を木に流し込む。


 左手が触れた部分は一瞬にして凍り、その力は波のように大木の全身へと伝わっていく。幹が凍り、枝が凍り、葉が凍る。茶色や緑色だった部分は、瞬く間に白色へと変化していった。


 凍結開始から三十秒後、木のすべてが凍りついた。


「そこまで!」


 アスラの声がかかり、堅枠大は幹から手を離した。

 彼は数歩後ろに下がり、自らが氷漬けにした木を見上げる。


 最も高い箇所まで木のすべてが凍っていて、氷が溶け出す様子もない。周辺の地面や草までもが氷に覆われている。この光景が、特異体質魔法の強さを物語っていた。


「はぁ、はぁ……どうだ? 全部凍ったと思うんだけど」


 堅枠大は息を乱しながら、誇らしげにアスラを見る。

 アスラは冷静な顔のまま、堅枠大と氷漬けの木を眺めていた。


「へぇ、一回目で全部凍らせるとはね。さすがに都市中の水路を凍結させただけのことはあるね。でも、これじゃ遅すぎる。火竜はもっと大きいし、体温も高いから、この木を瞬間凍結させるくらいじゃないと通用しないよ」


「ま、マジかよ」


 アスラからの厳しい評価に、堅枠大は肩を落とす。

 そんな彼を見て、アスラは少しだけ口元を緩めた。


「まあ、推測だけどね、でも、火竜と直接戦ったワタシが言うと説得力あるんじゃない?」


「確かにな」


 堅枠大は彼女につられて微笑んだ。


 合格できなかったとはいえ、訓練はまだ始まったばかり。これくらいの評価で落ち込んでいては心がもたない。彼は二本目の凍結訓練に向けて気持ちを切り替えた。


「よし、次だ次! やるぞー!」


 堅枠大は背筋を伸ばし、左拳を天高く掲げる。

 彼のやる気は十分だったが、アスラの口から出たのは意外な言葉だった。


「二本目からは少し休憩してから、ね。やる気があるのは良いことだけど」

「いや、今すぐやるぞ。時間がもったいない」


 当然のように、堅枠大はアスラに反抗した。


 モチベーションが高まっているこの機を逃すのはもったいない。やる気が強いうちにやれるだけのことはやりたい。鉄は熱いうちに打て、地球の先人たちもそう言っている。彼はそんな気持ちを抱いていた。


 だが、やる気だけではどうしようもない。


 休み無しで特訓をしようとしている彼に対し、アスラは厳しい目を向けた。


「カタワク、君は何を言っているんだい? 焦って訓練して、回復できないほどの魔力切れを起こしたら、それこそ時間がもったいないよ。もしそれでカタワクが動けなくなったら最悪だからね。それに」


 彼女はそう言うと、自らの両腕を堅枠大に見せた。


 黒服の袖をまくると、アスラの白い腕に赤い血が滴っているのが見えた。肩から手首に至るまで、数か所から出血している。傷口の中には亀裂と言っていいほどに大きなものもあった。


 アスラは腕の傷を見ながら力なく笑う。


「ワタシにも休憩が必要なんだ。まだ全快じゃないからね」

「そ、そうだな……すまない。考えが甘かった」


「別にそんなに心配しなくてもいいよ。これくらいの傷なら、簡単な治療魔法で治るはずだからね。ねぇ、リサ。……って、あれ? リサ?」


 アスラはリサに呼びかけるが、返事が無かった。

 堅枠大は治療担当でもある魔法士に目を向ける。


 リサはその場に立ち尽くし、氷漬けにされた木を凝視していた。彼女の目は大きく開かれ、半開きの口は不気味な笑みを浮かべている。


「すげぇ……これが、特異体質の力……すげぇ……魔力の消費量も少ない……すげぇ……いったいどうなってやがる……すげぇ……」


 リサは凍った木の上から下までを何度も見返しながら呟き続けている。どうやら、彼女はアスラが負傷したことには気づいていないようだ。


 そんな彼女に、アスラは大声で呼びかける。


「リサ! リサ! 君の出番だよ! 帰っておいで!」


「……はっ! な、なんだ! 人が考えてるって時に……ってなんだそりゃあ! その血はなんだ!」


 リサは我に返った途端、驚きながらもアスラに駆け寄った。


 研究者としての観察を打ち切られたことに対する憤りと、治療担当としての初仕事がやってきたことへの戸惑いが、リサの顔に表れていた。


 それとは対照的に、アスラは落ち着いていた。腕の負傷がまるで他人事であるかのように、彼女は淡々と話し始める。


「なんだも何もないよ。あんな大きな木を二本も立て続けに持ち上げたから、体が耐えられなかったみたいなんだ。幸い、腕以外は少し痛むくらいで済んでいるよ」


「わ、わかった! とりあえずさっさと治療すっぞ!」


 リサは慌てながら、アスラの体に向けて両手を伸ばす。

 彼女は一度深呼吸をして自分を落ち着かせた後、治療魔法を使い始めた。


「癒しの力よ、この者の傷を癒せ」


 その短い詠唱の後、緑色の光がアスラの両腕に覆い被さった。


 リサの額に汗が滲み出す。彼女は歯を食いしばり、目元を強張らせながら、アスラの腕を修復していく。そうしているうちに傷は少しずつ塞がっていき、やがて出血も止まった。治療開始から一分ほどで、アスラの腕は傷の無い状態に戻っていた。


 リサは治療を終えた直後、強く息を吐き出した。


 アスラの腕から緑色の光が弾けて消える。それと同時に、リサはその場に腰を落としてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……治療魔法、難しすぎるだろ……医者になるのに最低五年はかかるわけだ……ははっ、魔法っておもしれえな」


 リサは悔しそうな顔をしていたが、その口元は笑っていた。

 アスラは腕の血を手で拭い、リサに声をかける。


「ありがとう、リサ。医者でもないのに、こんな深い傷を治せるなんてさすがだね。さあ、少し休んでから、訓練を始めよう」


 彼女の号令により、三人は休憩に入った。


 それから、堅枠大たちは木を凍らせては休むのを繰り返した。アスラが木を地面に突き刺し、リサが氷結特異体質の封印とその解除をし、堅枠大は木を凍らせた。


 訓練はアスラの指示に沿っておこなわれた。それにより、訓練はつつがなく進んでいった。アスラの傷口が開くことは無く、リサが魔力欠乏を起こすことも無いまま、堅枠大の凍結力は徐々に増大していった。


 一日目は十二本凍らせた。最後の一本は三秒で凍らせることができた。

 堅枠大の急成長を見て、アスラは素直に感心した。


「へぇ、やるじゃないか。再教育学校で魔法を習っていたのが大きいみたいだね……よし、明日は木に防御魔法をかけてやってみようか。お願いできるかな、リサ」


「ええ、任せてくださいよ。おまけに氷への耐性も強化してあげますから」


 そう言うアスラとリサは、悪い笑みを浮かべていた。

 そんな二人に対し、堅枠大は困惑することしかできなかった。


 訓練後は宿泊棟に火竜氷結隊六人全員が集まり、休息をとった。マッコウの働きにより、全員が快適に過ごすことができた。



 翌日、訓練二日目。


 引き続き、昨日と同じように隊員たちは分かれた。マッコウ、バーン、アリィの三人は余裕があるときに訓練の様子を見に草場にやってきた。堅枠大はアスラの指示とリサの補助のもと、氷結訓練に励んでいた。


 木には耐氷魔法がかけられていたため、堅枠大は木の全体を凍らせるのに三十秒かかっていた。だが、それも最初の三本までで、それ以降は着実に凍結完了までの時間を縮めていくことができた。


 六本目からは、封印解除から氷結開始までの時間を短くする練習が並行しておこなわれた。



 そして夕方。


 マッコウ、バーン、アリィの三人が遠巻きに見守る中、アスラが本日十二本目の大木を地面に突き刺した。


 草場には計二十五本の木が立ち並んでいる。氷が溶けた木からは葉が落ち、枝はすっかり裸になっていた。草場に切り倒されていた木は、もう一本も残っていない。


 先ほど立ち上げた木を、アスラは身体強化魔法を封じ込めた状態で力強く叩いた。


「さあ、これが泣いても笑っても最後の一本だよ。瞬間凍結の感覚を、この一本で掴み切るんだ」


「おう!」


 堅枠大は大きく返事をし、木に歩み寄る。

 リサは最後の木に向けて魔法を放つ。


「守護の力よ。その木を守るとともに、氷に抗う力を与えよ」


 彼女の詠唱の直後、目標の木が二重の青い光に包まれた。幹、枝、葉っぱの一枚一枚に至るまでその防御力が強化され、容易には凍りつかない物へと変化する。


 木のそばに堅枠大が立ち止まり、アスラがそこから離れた。

 彼は深呼吸をして集中力を高める。


 そして一瞬の静寂の後、リサが魔力を込めて口を開いた。


「その者の左手に施した魔力障壁よ、消え去れ!」


 詠唱から間を置かずに、解除魔法が発動する。


 堅枠大の左手首が青く光り、その光は間を置かずに弾けるようにして消えた。その直後、彼の左手に大量の魔力が流れ込んだ。


 堅枠大は全身の力を左手に集め、氷結の力を高めた。


「はあああああああああああああああああああああああああ!」


 彼は気合の声とともに、左手を木の幹に叩きつける。


 左手が木に触れた瞬間、木の全体に彼の魔力が染み渡った。かつてないほどに強まった氷結の力により、幹の切り口から葉の一枚一枚までが一瞬で凍り付く。


 堅枠大はそれを魔力的な感覚で認識した。


(で、できた……のか?)


 彼は木から手を離し、木に体の正面を向けたまま後ろに下がる。全体を見渡せる位置まで来た時、彼は木の一番高い所を見上げながら目を見開いた。


 青々と茂っていた葉すべてが、白色に変わっていた。


「で、できた……できたぞー!」


 堅枠大はその場で両拳を強く握り、両手を大きく上げた。


 耐氷結の防御魔法を施した大木でさえも、一瞬で氷漬けにできたのだ。その喜びが電流となって彼の全身に行き渡り、その体は歓喜に震えた。


「やったな! カタワク!」

「この短期間で、たいしたもんじゃ!」

「頑張った甲斐があったねぇ」


 マッコウ、バーン、アリィの三人も、堅枠大の訓練完了を自分のことのように喜んだ。


 アスラとリサは堅枠大に歩み寄る。


「上等だね。その感覚を忘れないように。さっきのことを何度も思い出して、できるだけ無意識から意識の段階に引っ張り上げておくんだよ」


「あとは、本番で上手くいくことを願うだけですね」


 そう言うアスラとリサの二人は、安堵の表情を浮かべていた。


 二日間、付きっきりで訓練を見てくれていた二人に、堅枠大は力強く返事をする。


「はい!」


 彼はそれから両手を下ろし、自分の左手を見つめた。


 その手は締めの訓練を終えてもなお、いまだに空気を凍らせ続けている。そんな迷惑極まりない手を、彼は握り締めた。


「待ってろよ、クソドラゴン」


 彼のその呟きには、左手に対する絶対的な信頼と、火竜を必ず撃退するという確固たる信念が込められていた。





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