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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第三章 自分がやらなきゃ誰がやる?
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3-14 準備の影で

 火竜氷結隊はジャーガン国内水運に到着すると、六人全員でマッコウの舟に乗り込んだ。


 マッコウが舟尾に立ち、堅枠大が舟頭に座り、舟の真ん中には残りの四人が腰を下ろす。舟はマッコウの操縦と堅枠大の方向提示で水路を進み、火竜氷結隊はその途中で食料などを調達していった。


 水路には荷物を積んだ舟が数多く行き交い、陸上の道では荷車や馬車が適切な速さで駆けていく。それらの多くは南の農耕地帯へと向かっているようだった。


 また、様々な施設がフル稼働し、火竜撃退の準備を着実に進めていく。飲食店は人々に食事や飲料を提供し、魔道具職人や建設奴隷たちは防御柵等設置の計画を練り、警官は交通整理に精を出している。これらは一例にすぎず、それぞれが皆、自分の仕事を全うしようとしていた。


 堅枠大たち火竜氷結隊は都市を抜け、北の農耕地帯を進んだ。


 農耕地帯にも無数の明かりが灯されていた。農耕奴隷たちが総出で作物の刈り取りや家畜の避難をおこない、森林方面からは林業奴隷や水運奴隷などが協力して木材を運び出している。


 火竜氷結隊は農耕地帯を通り過ぎて国有森林に入り、貸し与えられた訓練場へと向かった。


 訓練場は広い草地だった。その隅には宿泊棟や教官棟などの建物があるが、今は無人のようで屋内の明かりはついていなかった。


 六人は訓練場付近の船着き場に舟を泊め、宿泊棟へ向かった。


 この頃には夜もかなり更けていたため、彼ら彼女らは宿泊棟で睡眠をとることにした。入浴施設で体を洗った後、それぞれが割り振られた個室に入って体を休めた。


 翌日、六人は少し遅めに起床して朝食をとった。


 朝食はマッコウが用意した。メニューは野菜と豆のトマトスープに、焼いた玉子と、パン。味も良く、全員から好評だった。


 その後、六人はそれぞれいつもの服装になって草地に向かった。


 訓練場には切り倒された大木が何十本も置かれていた。根の部分は当然のように切り離されているが、それより上の部分は無傷に近い状態で、数多の枝と無数の緑葉が広げられていた。


 その木々の前で、六人は輪になって向かい合う。

 隊長であるアスラが最初に言葉を発した。


「訓練内容のことだけど、時間は今日と明日しかないから、あまり多くの事はできないね。そして、火竜撃退に備えて気力、体力、魔力を万全にしておく必要もあるから、無理もできない。だから、カタワクには氷結のための魔力を最大限に引き出す訓練だけをしてもらうよ」


「つまり、特異体質を制御するんじゃなくて、暴走させるってことか?」


 堅枠大の問いに、アスラは小さく頷く。


「まあ、そう言ったほうが近いね。カタワクの封印を解くのは火竜に接触する寸前。力を使うのは火竜を凍らせる時だけ。だから、瞬間的な威力を高めるのが一番大事。火竜を氷漬けにするためには、都市中の水路を凍らせたときよりも、もっと強い力が必要だよ」


「わかった。やってみる」


 アスラの言葉を聞き、堅枠大は左拳を握り締めた。

 彼女は次に、堅枠大以外の四人に目を向ける。


「カタワクの訓練は主にワタシが見ます。リサにはカタワクの魔力制御と訓練補佐を、バーン師匠とアリィ師匠には周囲の警戒を、マッコウには引き続き食事の用意や施設の清掃などをお願いします」


「任せなさい」


「よしきた。野生動物なんか追っ払ってやるわい」


「わたしたちが守るから、カタワクさんは安心して訓練するんだねぇ」


「任せろ! 時間が空いたら応援しに来るからよ! 頑張れよカタワク!」


 アスラからの指示を受けた隊員たちは、それぞれに返事をしてから動き出した。リサはこの場に残り、バーンとアリィは二手に分かれて森林の中に入り、マッコウは宿泊棟へと向かっていった。


 草地には堅枠大、アスラ、リサの三人だけになる。

 アスラは訓練対象者と補佐役を見ながら、深呼吸をした。


「じゃあ、始めようか。訓練内容は、あの木を凍らせる。ただそれだけだよ。ちなみに、木は林業奴隷たちに切ってもらった。それでは、まずはリサにやってもらおうかな」


「ええ!? なんであたしがやるんだよ! そこはカタワクじゃねえのかよ!」


 リサは顔を歪ませて反抗する。予想外の指示だったためか、彼女はすぐには受け入れられないようだった。


 アスラは少し考えるようなそぶりを見せた後、いつものように穏やかな声色で説明を始める。


「カタワクはまだ、自分の力がどれほどのものなのかを知らないんだ。だから、基準として、ヒューライ国トップクラスの魔法士がどれくらいやれるのか、というのをカタワクに見せたくてね。そうすれば、普通の魔法と特異体質の魔法がどう違うのかがすぐにわかるからね」


「あぁ、なるほどな。まあ、そういうことなら、しゃーないわな」


 リサは眉間にしわを寄せつつも、納得した様子だった。


 アスラは満足そうに口元を上げ、切り倒された木の元へと向かった。


 彼女は木のそばで「魔力制御停止」と呟く。その直後、アスラの体が赤く光り始めた。抑えられていた魔力が体中を巡り、彼女の体を勝手に強化していく。


 アスラは一本の木を両腕で抱きかかえ、そのまま持ち上げる。それから幹の先端を地面に勢いよく突き刺した。


 木の幹が土にめり込むのと同時に、地面がわずかに揺れる。

 そうして、十メートルを超える高さの木が草場にそびえ立ったのだった。


「ふう……これで準備完了っと」


 アスラは涼しい顔をして両手に腰を当てる。彼女は大きく息を吐くと、堅枠大とリサに目を向けた。


 アスラの荒業を目の当たりにして、堅枠大は驚きで目と口を大きく開きっぱなしにしてしまっていた。その力の強さにも驚いたが、彼女の大雑把なやり方が予想の斜め上をいっていた。


 その一方で、リサは予想通りと言わんばかりに平然とした顔をしていた。

 そんな彼女に、アスラは声をかける。


「それじゃあ、リサ、お願いするよ」

「ああ、わかったわかった」


 リサはぶっきらぼうに返事をし、立てられた木へと歩いていく。それとは逆に、アスラは凍結の様子を見るために木から遠く離れた場所へと歩いていった。


 リサは木から二メートルほどのところで立ち止まる。それから深呼吸をして、その幹に向けて両手を突き出した。


 彼女は目標を睨み付けながら口を大きく開く。


「いいか! カタワク! ちゃんと見てろよ! テメエのためにやるんだからな! わかったか!」


「はい! お願いします!」


 堅枠大はリサの言葉に大声で応え、彼女と樹木を凝視した。まばたきをしてしまわないように、彼はまぶたを強く上げる。


 リサは再び大きく息を吸った。そして、全身に力を込める。


「氷の力よ。わたしの魔力を五割使って、できるだけ短時間で、根元から幹、枝、葉の先まで、その木のすべてを凍らせろ!」


 彼女は全身に強大な魔力を巡らせながら、すばやく詠唱をおこなった。


 その直後、リサの両手から強力な冷気が放たれた。それは目標の幹に直撃し、触れた部分を瞬時に凍らせる。そして、彼女の凍結魔力は上下に広がり、数秒で幹全体が氷に覆われた。


 だが、そこから凍結速度が急激に落ち込んだ。


「うぎっ! ううぎいいいいいいいいいいい!」


 リサは歯を食いしばり、苦悶の声を上げる。


 彼女は額に汗を滲ませながら、魔法を使い続けた。多数に分かれた枝が十秒以上かけて凍り、無数に広がる葉へと氷が侵食していく。比較的低い箇所にある葉は先端まで凍結したものの、木の頂点近くに生えた葉までは力が及ばなかった。


 そして、魔法使用開始から一分経っても、すべての葉が凍りつくことは無かった。


「それまで!」


 アスラの声が草場に響く。


 その合図と同時に、リサは氷魔法の使用を中止した。彼女は短く息を吐き出すと、その場に腰を落としてしまった。


 堅枠大は思わず彼女のもとへと駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」


 彼は慌ててリサに声をかける。


 リサは顔を下に向けたまま荒い呼吸を続けていた。彼女は堅枠大がすぐそばに来たことを認識すると、無理矢理に息を整えて言葉を発した。


「くっ、はぁ、はぁ……ど、どうだ? ぜぇ、ぜぇ……これが、一人の人間が普通の魔法でやれる限界だ……はぁ、はぁ……ギリギリ、実戦で使える範囲で、これだぞ……ちゃんと見たか? カタワク……」


「ええ、もちろんですよ。すごかったです。俺なんて、コップの水を少し冷やすくらいしかできなかったのに」


「はぁ、はぁ……ははっ、思い知ったか。これが、国家魔法士の本気だ。魔力を全部使って、詠唱をもっと長くすれば、短い時間で完全に凍ったはず……まあ、それじゃ実戦で使えねえけどな」


 堅枠大からの称賛に、リサは嬉しそうに笑みを浮かべた。苦しそうな顔ではあったが、魔力を半分残したおかげか、回復の兆しは見えていた。


 そこに、アスラが遅れて歩み寄ってきた。


「リサ、お疲れ様。さすがの君でも、実戦用の魔法じゃ厳しかったようだね。それでも、八割以上は凍っていたよ」


「へ、へぇ……意外と凍ってんな……あたし、やっぱ魔法だけはすげえわ」


 アスラから告げられた結果に、リサは満足そうに呟く。

 それからすぐに、リサはふらつきながらも立ち上がった。


「さあてと、次はカタワクの番だ。特異体質の力、見せてもらうぞ」


「リサ、大丈夫かい?」


「大丈夫だから立ったんだっつーの。いいから早く指示出せよ。火竜氷結隊の隊長、アスラさんよ」


 心配するアスラをよそに、リサは腰に手を当てながら首をゆっくりと回す。


 アスラはリサを気にかけながらも、小さく頷いた。





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