3-13 本当の自分
国王からの激励を受けた後、火竜氷結隊の六人は国王執務室を後にした。
彼ら彼女らがこれから向かうのは、北の国境近くにある訓練場。国有森林の中にあるその施設が、火竜撃退までの間は火竜氷結隊の貸し切りとなる。火竜氷結隊は今日のうちに訓練場へ行き、明日から堅枠大の氷結能力強化の訓練を始める予定だ。
六人は王宮内を静かに歩く。
国王演説からかなり時間が経っているためか、王宮の中は落ち着きを取り戻していた。行き交う職員の数は平時に比べれば格段に多いが、混雑はしていない。今は空調も効いている。火竜撃退に向けて国が本格的に動き出したことが見て取れる状況だった。
火竜氷結隊が王宮前広場に出る。
街は依然として昼間のように明るく、人々は忙しそうに動き回っている。非常時対応協力者名簿への登録は終わったのか、国務所前の行列は解消されていた。
国だけでなく、民間の人々も自分の意思で火竜撃退のために力を尽くしている。この国を守るという行為に、王族も貴族も経営者も高度専門職も奴隷も関係なかった。
(俺たちだって、命を懸けてこの国を守るんだ)
街の様子を見て、堅枠大の戦意はより一層高まった。
だが、彼には一つの懸念があった。この世界に転生してから今日に至るまで、ずっと胸につかえているものがあった。
(言うべきか? ここで。あのことを、今、ここで)
堅枠大は足を止めて、迷った。
秘密にしているものを吐き出すべきか、このままでいるべきか。下手に言えば、チームワークが崩れるかもしれない。アスラや元軍人のバーンとアリィがいるとはいえ、火竜氷結隊は寄せ集めの部隊にすぎない。懸念の解消と引き換えに部隊の結束を失うなど、あってはならないことだ。
(いや、言うんだ! 命を預ける仲間なんだ! 信用するんだ!)
それでも、堅枠大は隊員たちの背中を見つめて決意した。
「あ、あの!」
彼の声に火竜氷結隊の五人が一斉に立ち止まり、振り向いた。
「カタワク? どうしたんだい?」
アスラがにこやかな顔をしながら尋ねてくる。
しかし、堅枠大が言葉をかけるべきなのは彼女ではなかった。
「俺、言っておかないといけないことがあるんです! マッコウとバーンさんとアリィさんに!」
堅枠大は叫ぶように言いながら、その三人に視線を向ける。
マッコウ、バーン、アリィは不思議そうな表情を浮かべた。
「オレに?」
「ワシにか?」
「わたしにかい?」
堅枠大からの突然の呼びかけに、三人は困惑している様子だった。
その一方で、アスラとリサは顔を見合わせた後、堅枠大のカミングアウトを黙って見守ることにした。彼が何を言おうとしているのか、彼女たちは察していた。
堅枠大は拳を握り締める。マッコウ、バーン、アリィの目を順に見て、つばを飲み込む。それから彼は口を開き、声を振り絞った。
「俺、本当は記憶喪失なんかじゃないんです。この国に来る前のことは、全部覚えてるんです。自分が誰なのかも、どこから来たのかも、そこで何をしてたのかも。全部、全部忘れてなんかいない」
堅枠大はここで初めて、アスラの忠告に背いた。
彼の告白に、対象の三人は眉をひそめる。バーンとアリィは不思議に思いつつも次の言葉を待っていた。
だが、マッコウは我慢できずに声を上げた。
「おい、それってどういうことだよ? カタワクはオレたちに嘘をついてたってことか?」
マッコウは目を大きく開けて堅枠大を問い詰める。
堅枠大にはマッコウが戸惑っているようにも、怒っているようにも、ただ単に気になったから質問しただけのようにも見えた。
堅枠大はマッコウの目を見据えて答える。
「ああ、そうだ。信じてもらえないかもしれないけど、俺はこことは違う世界から来たんだ。魔法なんて無い世界から、な。俺はその元の世界で死んで、気づいたらこの国に居たんだ。頭のおかしい奴だと思われたくなくて、今まで黙ってた。本当にごめん。バーンさんもアリィさんも、すみませんでした」
堅枠大はそう言って、三人に向けて深く頭を下げた。
腰を前に九十度倒して礼をする。そんな、ヒューライ国では誰一人おこなわない日本式の所作を、堅枠大はあえて実行した。そうすることで、自分が異なる文化圏、そして異なる世界から来た人間であるということを証明しようとした。
火竜氷結隊の間に沈黙が訪れる。
堅枠大は深く頭を下げたまま、石畳みの地面を見ることしかできなかった。
そんな彼を、マッコウとバーンとアリィは複雑な表情で眺める。アスラとリサは真面目な顔で奴隷の四人を見守り続けていた。
数秒後、バーンがゆっくりと口を開いた。
「アスラとリサさんには、初めから言っておったのか?」
「はい。俺がこの国に来た時に。最初は信じてもらえませんでしたけど」
堅枠大は頭を下げたまま答えた。
彼の後頭部を見ながら、アリィが呟く。
「まあ、カタワクさんが嘘を言ってるようには見えないねぇ……」
「それでも、自分が記憶喪失だと偽っていたことは確かです。本当に、すみませんでした」
堅枠大は深いお辞儀をしたまま、重ねて謝罪する。
その直後、また周囲が静かになった。
次はマッコウに何か言われるだろうと、堅枠大は思っていた。だが、いつまで経っても相棒は声をかけてくれなかった。
それほどに怒っているのだろうか。
堅枠大は心配になり、マッコウの顔を覗き見る。
その表情を伺う前に、相棒と目が合ってしまう。堅枠大は咄嗟に目を伏せた。だが、一瞬だけ映ったマッコウの顔に、堅枠大は妙な違和感を抱いた。
堅枠大はおそるおそる顔を上げる。
あろうことか、マッコウは声を押し殺して笑っていた。
その場違いな表情に、堅枠大は驚いて眉間にしわを寄せてしまった。そして、堅枠大の強張った顔を見たマッコウは、堪らず吹き出してしまった。
「ぶっ! ぶはははははははっ! カタワクお前、なんだよその顔は! うはははははははははっ!」
「て、てめえ! 人が大事な話してるときに何笑ってんだ!」
堅枠大は一瞬で腰を伸ばし、しかめ面でマッコウに詰め寄った。
マッコウはすぐに笑うのを止め、堅枠大から一歩引く。
「わるいわるい。でもさ、正直に言えば、なーんだ! そんなことかよ~! って感じだぜ? どうりでおかしいと思ってたんだ。初めて一緒に仕事した日、カタワクめちゃくちゃビビッてたもんな! 普通じゃなかったぜ、あの怯えようは。記憶喪失の人間でもあんなに怖がったりしねえよな! カタワクさ、元の世界でひどい扱いを受けてたんだろ? そうじゃないとおかしいぜ」
マッコウのその言葉を聞き、堅枠大の顔から力が抜けていった。
堅枠大は戸惑いながら、マッコウの目を見上げる。
「怒らないのか? 俺、ずっと嘘ついてたんだぞ?」
「そんなの今さらだっての! カタワクは、俺たちのことを思って嘘をついててくれたんだろ? だったらなおさら怒る気になんかなれねぇよ。むしろ、今話してくれたからこそ信じられたんだぜ?」
マッコウはいつものように明るい顔をして堅枠大に声をかける。
そんな彼に続くかのように、バーンとアリィも堅枠大に微笑みかけた。
「まあ、そうじゃのう。初対面で『自分は異世界人です』なんて言われても、バカにしておるのかお前はと思うだけじゃからのう。じゃが、今はワシらもカタワクさんを信じられる。半年も一緒に仕事してきたんじゃから」
「その通りだねぇ。カタワクさんはこんな時に嘘をつく人じゃないって、わたしらはよく知ってるからねぇ」
記憶喪失だと偽られ続けていたのに、この三人の言葉は優しかった。
「マッコウ、バーンさん、アリィさん……」
堅枠大は思わず泣きそうになった。
「なんて顔してんだよ! 異世界人でも、それを今まで隠してても、カタワクはカタワクだぜ! オレの相棒に変わりはねえよ!」
「うむ、そうじゃ。今のカタワクさんは立派なヒューライ国民。それ以上でもそれ以下でもないわい」
「カタワクさんが異世界の人でも、私たちにとってのカタワクさんはカタワクさんのままだからねぇ……」
またもや温かい言葉をかけられ、堅枠大は胸がいっぱいになった。
「みなさん……」
彼はマッコウ、バーン、アリィの三人を見渡す。
自分が異世界からやってきたという告白は、三人にとってのカタワクという人物像が根底から覆ってもおかしくないものだった。それにもかかわらず、マッコウもバーンもアリィも、いつもと変わらぬ友好的な表情を彼に向けている。いや、むしろ、いつも以上に彼を信頼しているようにも見えた。
自分の素性を受け入れてくれたことが、堅枠大は嬉しくてたまらなかった。
堅枠大の顔に笑みが浮かび、奴隷たちの間には穏やかな空気が流れた。
事の成り行きを見守っていたアスラとリサも、彼の激白が良い方向に働いたことを喜び、口元を微かに緩めていた。
それから少し経った後、リサが口を開いた。
「さあ、友情も深まったことですし、さっさと訓練場に向かいましょ」
彼女の声は穏やかだった。
その言葉を受け、奴隷の四人は一転して表情を引き締めた。
「ああ、そうだな。時間が無い」
堅枠大はそう言って歩き出し、仲間の五人のもとに向かった。
火竜氷結隊は横一列になり、再び進み始めた。アスラはリサに支えられながら列の左側を歩き、バーンとアリィは足並みをそろえて列の右側を行く。堅枠大とマッコウは列の中央で堂々と胸を張った。
それから少し歩いた頃、マッコウが堅枠大に身を寄せてその顔を覗き込んだ。
「なあ、カタワク。火竜を無事に倒せたら、カタワクが居た世界のこと、話してくれよな」
「おいフラグ立てんな」
マッコウに物語でよくある前振りをされ、堅枠大は即応で眉をひそめてしまった。だが、その後、彼はすぐに笑った。
「ああ。話してやるよ。嫌になるほど、たっぷりとな」
その言葉には、堅枠大の強い決意が込められていた。
火竜氷結隊の六人は、国防の熱に湧く街を進んでいった。




