3-12 特務隊結成
火竜氷結隊が国王の執務室に到着した頃には、すでに深夜になっていた。
その時点で、キーテスは本日中にやるべきことを終えていた。各大臣との打ち合わせや指揮官への指示出し、周辺諸国や北方三国、西方四国への使者派遣などを、キーテスは重臣の助言を受け入れながら速やかにこなした。
そして今、キーテスは執務机の前に立ち、火竜氷結隊と向かい合っていた。
キーテスはその六人を見渡す。
彼から見て、左からアリィ、バーン、アスラ、堅枠大、リサ、マッコウの順に並んで立っている。執務室に居るのは現在、火竜氷結隊と国王の七名のみ。
アリィとバーンはいつも通りにリラックスした様子。アスラは直立不動で、手を体の横に添えている。堅枠大は緊張しつつも胸を張ってキーテスを見つめ、リサは背中に両手を回して背筋を伸ばしている。マッコウは落ち着かないのか、体を揺らしながら視線をひっきりなしに動かしていた。そして、マッコウの足元には大きな手提げカバンが置かれている。
キーテスは火竜氷結隊の隊員を一人ずつ見た後、口元を緩めてから言葉を発した。
「火竜氷結隊はこの六人か。随分と早い編成だったな。アスラ、ご苦労だった」
「ははっ!」
ねぎらいの言葉に、アスラはその場に立ったまま返事をした。
キーテスはわずかな間だけ目を閉じた後、もう一度この六人を見渡す。
「ふむ、よく見る顔もおれば、懐かしい顔もおるし、初めての顔もおるの」
彼は微笑みながら歩き出し、堅枠大の前に立つ。
国王キーテスと水運奴隷カタワクは、互いの目を誇らしげに見つめ合った。
「カタワク。そなたがいなければ、火竜氷結隊は存在しなかった。そなたは国防の要である。そなたの働き、期待しておるぞ」
「はいっ!」
国王からの激励を受け、堅枠大はより大きく胸を張った。その芯のある返事に、キーテスは心強そうに目を見開いた。
次に、キーテスはリサの前に立った。
キーテスはリサの目を見ていたが、リサはまっすぐに前を見続けてキーテスと視線を合わさなかった。
真顔の彼女を見ながら、キーテスは頬を緩めた。
「リサ。そなたが優秀な国家魔法士であることは余が一番知っておる。そして、平時よりヒューライ国のために力を尽くしてくれておることもな。そなたのその力、火竜撃退のために、存分に発揮せよ」
「はっ!」
リサの返事は力強かった。
キーテスは満足気に小さく頷き、次はバーンとアリィの前へと歩いた。
その老夫婦は国王と目を合わせると、和やかな表情を浮かべた。キーテスも昔を懐かしむかのように目元を下げる。
「バーン、アリィ。久しいな。そなたらが余の親衛隊を離れてから二十数年が経つ。お互い歳を取ったものだな」
「そのお姿で何をおっしゃいますか、まったく。ワシらはずっと、命知らずの同級生が心配だったのですよ」
「あのお転婆姫が……じゃなくて、うつけの王子様が、こうも立派になられるとはねぇ……お姿はあの時のままなのに」
バーンとアリィの言葉に、キーテスは脱力したように笑う。
「ははっ、二人とも相変わらず厳しいな。だが、そなたらが国のために再び命を張ってくれること、余は誇りに思う。バーン、アリィ。カタワクを必ず守り通すのだ。頼んだぞ」
「ははーっ!」
バーンとアリィの返事は、老人とは思えないほど元気で威勢の良いものだった。
キーテスは二人の前では終始優しい顔をしていた。
次に、国王はマッコウの前へと向かった。
キーテスが目の前に立った時、マッコウの緊張は最高潮に達していた。マッコウは上を向いて唇を固く閉じ、全身汗だくになりながら震える。
今のマッコウは、まともに受け答えができる状態ではない。そのことを理解ながらも、キーテスは凛とした顔で彼の双眸を見つめた。
「そなたが、カタワクの同僚であり友人でもある、マッコウだな?」
「は、はひっ!」
マッコウの声が裏返った。
キーテスはここで微笑み、声を穏やかなものへと変えた。
「そう緊張せずともよい。そなたが親切に導いてくれたからこそ、カタワクはこの国に愛着を抱き、あれだけの覚悟を持つことができたのだ。胸を張れ、マッコウ。そして、そなたの明るさで、火竜氷結隊を支えてやってくれ」
「はひっ!」
マッコウの声がまた裏返った。
国王が優しい雰囲気を出していても、マッコウの緊張はそう簡単にはほぐれないようだった。
キーテスは穏やかな表情を保ったまま、話題を切り替えることにした。
「ときにマッコウよ。そなたは地図を作るのが趣味だと聞いたのだが、その地図、持ってきておるか?」
「は、はいっ! ここにっ!」
マッコウの声は、今度は裏返らなかった。
彼は足元に置いていたカバンを開け、その中から丸めた紙を取り出した。数十枚にも及ぶそれらを、彼はキーテスにおそるおそる差し出す。
火竜氷結隊は王宮に向かう前、アスラの提案で一度ジャーガン国内水運の男性奴隷寮に立ち寄っていた。マッコウはそこで自作の地図を持ち出し、国王の執務室に持ってきていたのだった。
キーテスはマッコウから地図を受け取り、それらを広げた。キーテスはそのすべてに目を通し、感心したように大きな息を吐く。
「ほう……これは、なかなかに面白い地図だ……場所によっては、国が発行している物より詳しい……これを一人で作ったとはな……そなたはこれのすべてが頭に入っておるのか?」
キーテスは興味津々といった様子でマッコウの目を見上げた。
二人の目がここで初めて合う。しかし、マッコウはすぐに国王から視線を外し、また上を向いてしまった。
「しょ、しょうです! 仕事の合間とか、休みの日に、その、コツコツ作ってました! それがオ、オレの趣味ですから!」
マッコウは顔を強張らせ、裏返った声で国王からの質問に答えた。
拙い言葉ではあったが、それはキーテスの心に深く染み渡った。
「そうか。そして、それが今日、こうしてここに繋がったわけだ……」
キーテスはこの水運奴隷の顔を見ながら、感慨深そうに呟く。
そのとき、マッコウの目から涙が流れ始めた。
「む? どうした? マッコウ?」
突然の落涙に、キーテスは少し戸惑った。
マッコウは上を向いたまま、涙を流し続けながら言葉を紡ぐ。
「だ、だって……オレは五年も留年した落ちこぼれで、頭も悪くて、運動もそんなにできなくて、魔法も全然使えなくて、地図作りだって高度専門職にもなれないのにそんなことしても無駄だってばかり言われて、水運奴隷としてテキトーに一生を終えるだけだって思ってたのに……キーテス様と直接話せて、キーテス様の役に立てて、オレ、嬉しくてうれしくて……」
マッコウはここで初めて、キーテスとまともに話すことができた。
涙ながらに語られた彼の本心を聞き、キーテスは穏やかに目を細めた。
「そうか……だがな、マッコウ、そなたはいつも十分に役立っておるではないか。水運奴隷として、この国の流通を担っておる。それだけでも誇れる人生ではないか。そして、今は火竜氷結隊のサポート役になった。胸を張れ、マッコウ。そなたは誇り高きヒューライ国民だ」
そう言うキーテスの声は、力強くも優しいものだった。
マッコウは泣くのを止め、顔を下げて国王の目を見た。ここでようやく、マッコウとキーテスの視線がしっかりと交わされた。
その直後、マッコウの目から涙が滝のように溢れ出した。
「あ、ありがとうございましゅううううううう!」
マッコウはキーテスを見つめながら号泣した。
その時、彼の横に居たリサがローブのポケットから青いハンカチを取り出し、泣き叫ぶ水運奴隷にさりげなくそれを差し出した。
マッコウはそのハンカチを受け取り、目に当てて涙を隠す。
一方で、堅枠大には反省すべきことがあった。彼はマッコウの言葉を頭の中で反芻し、今日の仕事中に言った自らの言葉を思い返した。
(マッコウ……笑ってはいたけど、本当は五年間の留年を気にしてたのか……留年のことはもう二度とイジらないようにしよう)
堅枠大は口を閉ざしたまま、自分の胸に誓いを立てた。
その横で、マッコウが泣き止んだ。彼は目からハンカチを離し、凛々しい顔でキーテスと視線を合わせる。
キーテスは優しい笑みを浮かべ、その直後に表情を引き締めた。
「マッコウ。火竜撃退当日は、そなたが火竜への接近の要となる。状況に応じて最適な道を選び、無事にカタワクを目標へと送り届けよ」
「はっ、はいっ!」
国王からの命令に、マッコウは元気に返事をした。
その声は火竜氷結隊の中で最も大きく、そして、やる気に満ち溢れたものだった。また、声は裏返ってなどいなかった。泣いたおかげで緊張がほぐれたのだろう。マッコウは他の五人と同じように、国王をまっすぐに見ることができていた。
隊員それぞれに声をかけ終えたキーテスは、執務机の前に戻って再び火竜氷結隊の六人と向かい合った。
「連絡は親衛隊の魔法士とリサを通じて適宜おこなう。そして、そなたらにはこれを授けよう」
キーテスは執務机に置いてあった赤い布を手に取る。
彼がその布を広げると、一メートル四方の大きさがあった。
「これは火竜氷結隊が余の直属の部隊であることを示すものだ。各々、好きなように切り取って撃退当日に身に付けるとよい。アスラ、これをそなたに預ける」
「ははっ!」
指名されたアスラは前に出る。彼女はキーテスから差し出された赤い布を両手で受け取ると、それを丁寧に畳んでから後ろに下がって列に戻った。
キーテスはもう一度六人を見渡す。それから彼は大きく息を吸い込み、寄せ集めの特別任務隊に命令を下す。
「では、火竜氷結隊、行動を開始せよ。三日後の決戦に向けて、準備を整えるのだ!」
「ははーっ!」
六人の闘気溢れる声が、執務室内に響き渡る。
火竜撃退における最重要部隊が今、動き出した。




