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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第二章 それでも俺はやりたくない
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2-13 実りの秋

 堅枠大の特異体質発現から二か月後。十月中旬。


 夏が終わり、秋が深まってくる頃。過ごしやすい気候となり、ヒューライ国はますます活気づいていた。


 この日の堅枠大とマッコウは午前中にジャーガン国内水運の荷物整理を手伝い、昼は堅枠大がこの国で初めて外食をしたあの店で食事をとり、午後は舟で南の農耕地帯に向かっていた。


 春と夏の時点では緑一色だった農耕地帯は、今や黄金色が視界の大半を占めるようになっていた。小麦、厳密に言えばそれに近い作物がその実を膨らませているのだ。


 マッコウは船尾でオールを操りながら、周囲を見渡して口元を緩めた。


「いやあ、今年も収穫の時期がやって来たな。これでまた美味いパンが食えるってもんだぜ」


「そうだなあ……秋って感じだなあ」


 堅枠大は舟頭で方向提示をしながら、穏やかに目を細めた。


 彼がヒューライ国に転生してから半年。自分の担当地域で収穫時期を迎えるのは初めてのこと。自分で作物を育てているわけではないが、実りの時が来るのは自分のことのように嬉しいと彼は思った。


 二人が乗る舟の中央には、大量の木箱が載せられている。これらの中には、収穫時期特有のものが詰められているようだ。


 マッコウは木箱を眺めながら能天気に呟く。


「しかしまあ、なんで北と南に収穫時期を分けてんだ? 北は五月で南は十月。両方いっぺんに年二回作れば食料大量なのにさ」


 その呟きに、堅枠大は前を向いたまま応える。


「年に二回も同じ土地で作ったら、土の栄養分が無くなるからじゃないの? それとリスクの分散かなあ。年に二回、収穫の機会があれば、不作の時があっても対応しやすいんじゃない? とはいえ、魔法で土も作物も強化されてるから、不作なんてほとんど起きないだろうけど」


「ああ、言われてみれば、そんなことを学校で習ったような気がするぜ。まっ、オレにはどうでもいいけどな、水運奴隷のマッコウ様は、頼まれたとおりに荷物を運ぶだけさ」


 マッコウのその言葉を、堅枠大は若干不快に思った。


 再教育学校に通う身として、向上心の無い相棒に対して嫌味の一つでも言ってやりたくなった。


「そんな考え方だから、義務教育学校を五年も留年したんじゃないのか?」

「はは、違いねえ」


「でもまあ、マッコウの土地勘は、すごいの一言に尽きるけどな」

「よせやい、照れるだろ」


 と、なんやかんやで笑い合う二人だった。


 夕方前、堅枠大とマッコウは目的地のコーマス農場に到着した。いつもの舟着き場に舟を泊めると、堅枠大は木箱を抱えて階段を上がった。


 堅枠大は倉庫小屋の近くに二人の老夫婦を見つけた。その二人は作物の点検をしながら、周囲の警戒にも当たっている。当然のように、老夫婦は堅枠大とマッコウの到来にも気が付いていた。


「バーンさん、アリィさん! お届け物でーす!」


 堅枠大が呼びかけると、その二人は作業を中断して彼のもとに歩み寄ってきた。


「おお、カタワクさん! 入れ物を持ってきてくれたんじゃな」


「これで必要な道具も揃ったねえ。あとは収穫して、いろいろと処理して、粉を袋に詰めるだけだねえ」


 そう言う二人の顔は、どこか浮かれているようにも見えた。


「いやいやアリィさん。だけって仕事量じゃないですよそれ」


 遅れてやって来たマッコウがツッコミを入れる。

 それに対して、アリィは首を小さく左右に振った。


「いいや。半年間育ててきた作物がようやく収穫を迎えるのさ。それに比べれば、これからの仕事なんて大した量じゃないねえ」


「アリィはそう言っとるが、なんだかんだで忙しくなるな。一年で一番忙しい時期かもしれん。水運や陸運の皆さんにも頑張ってもらわんとな!」


「ええ! お任せください!」


 アリィの言葉にバーンが補足をし、マッコウは仕事の増加を快く受け入れる。収穫間近ということで、皆が上機嫌だった。


 また、それはこの場の四人だけでなく周囲の農耕奴隷たちも同じようだった。皆、収穫が待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせていた。


 雑談の後、堅枠大とマッコウは木箱を倉庫小屋に運び入れた。

 作業が終わったときには、日が傾き始めていた。


「では、俺たちはこれで失礼します。いつもご利用ありがとうございます」

「おう! 気を付けて帰るのじゃぞ」


 堅枠大とマッコウは老夫婦に別れの挨拶をし、船着き場の階段を下りて舟に乗った。堅枠大は舟頭に座り、マッコウは船尾に立ってオールを持つ。


 堅枠大は発進の手信号をしようと右手を振り上げる。


 この時までは、いつもと変わらない日常だった。いつもなら、この後に堅枠大が右手を下ろして前に伸ばし、マッコウが舟を漕ぎ出し、二人で都市部に戻り、会社に寄って、奴隷寮に帰り、夕食を食べに行くか、自分たちで食事の用意をする。そのはずだった。


 しかし、その日常は崩れることになった。


 二人の頭上を大きな影が通り過ぎる。


 堅枠大の手が止まる。彼は違和感を抱き、右手を挙げたまま空を見上げた。


 遥か上空に、見たことも無い、大きな生物が飛んでいるのが見えた。長い首、太い胴体、少し短い手足、長い尻尾に、大きな翼。


「なんだ、あれ? 鳥にしてはやけに大きいな……なあ、マッコウ。あれって」


 堅枠大はマッコウに振り向く。


 マッコウは空を見ながら震えていた。口を大きく開け、目を見開き、オールを両手で強く握り締めたまま、彼は青ざめた顔をしていた。


 そして、彼は喉を震わせながら、言葉を絞り出した。


「ドラゴンだ……」

「え? 今なんて……?」


「ドラゴンだああああああああああああああああああああ!」


 マッコウは叫んだ。

 喉が張り裂けんばかりの絶叫だった。


 それとほぼ同時に、その大きな生物は南の国境森林付近に降り立った。


 マッコウはオールを舟の中央に投げ捨て、駆け出した。彼は船着き場の足場に跳び移り、階段を駆け上がる。


 堅枠大はマッコウを追いかけた。


 二人は農地に上がる。農耕奴隷たちはその場で立ち尽くし、赤い体のドラゴンを茫然と眺めていた。


 体の大きさが十メートル以上はあり、体は硬い鱗で覆われている、竜。そんな人外生物の突然の到来に、誰もが己の目を疑った。だが、それは夢や幻などではなく、現実の出来事だった。


 竜が大きく息を吸い込む。

 一瞬の静寂の後、竜は口から火を吐き出した。


 竜の周囲が炎に包まれる。実りを迎えた作物が一瞬のうちに灰と化し、畑を燃やし尽くした火炎は隣の耕作地へと広がっていく。


 そこで初めて、この場に居た人々は目の前の出来事を現実のものだと認識した。奴隷たちは悲鳴を上げ、迫りくる炎から逃れようと走り出す。


 人々が北に向けて駆けるなか、バーンとアリィは倉庫小屋の近くに立っていた。二人は呆気にとられた顔で竜を見る。


「火竜じゃ……本当におったのか……」

「まさか、こっちにやってくるとはねぇ……」


 二人の声は平坦だった。

 だが、その呟きの直後、老夫婦の表情が歪んだ。


「あんのクソ火竜! ワシらが丹精込めて育てた作物を燃やしおってえええ! 許さん! 許さんぞおおおおおおおおお!」


「わたしらの畑になんてことしてくれたんだああああああああああああい!」


 バーンとアリィは怒声を張り上げる。


 普段の穏やかな様子からは想像もできないほどの気迫だった。階段近くにいた堅枠大とマッコウが思わず立ちすくんでしまうほどの怒気が、あの老夫婦から放たれていた。


 老夫婦は揃って倉庫小屋に駆け入ると、数秒のうちに再び姿を現した。


 バーンの両手には槍が、アリィの手には弓と矢が握られている。二人が何をしようとしているのかは明白だった。


 堅枠大とマッコウは同時に駆け出した。


 走り出す寸前の老夫婦に彼らは後ろから接近し、そのまま羽交い絞めにした。堅枠大はバーンを、マッコウはアリィの体を必死で抱き止める。


「バーンさん! 落ち着いてください! あんなデカブツ相手に無謀すぎます! 焼き殺されるか踏み潰されるか叩き殺されるのがオチですよ!」


「そうっすよ! いくらアリィさんの弓矢でも、竜にとっちゃ脆い針みたいなもんですって!」


「やかましい! 竜の攻撃くらいなんともないわ! 元軍人として、ここはあのクソ火竜に一撃かましてやらんことには気が済まんのじゃ! 離せ!」


「バーンの言う通りだねえ! 脆い針でも、あの目ん玉くらいならぶち抜けるさ!」


 バーンとアリィは、堅枠大とマッコウの忠告を聞き入れなかった。


 老夫婦は水運奴隷の制止を振り切ろうとした。その力はさすが元軍人といったところで、肉体労働に従事する若者でさえ苦労するほどだった。


 そうこうしているうちに、火竜が歩き出した。赤い竜は周囲に向けて火を吐きながら、こちらに向かってくる。


 どうするべきか、堅枠大は即時に判断した。


「マッコウ! この二人を舟に乗せて避難しよう! こうなりゃ力づくだ!」


「了解! 操縦は任せとけ! 二人のことはカタワクがなんとか止めてくれよ!」


「オッケー!」


 堅枠大とマッコウは力の限り踏ん張った。


 相手が老人だろうが元軍人だろうが仕事仲間だろうが武器を手にしていようが、今は関係ない。二人は最大限の力を全身からひねり出し、バーンとアリィを引きずりながら後ろへ下がった。


 船着き場の階段を強引に駆け下り、四人はなだれ込むようにして舟の上に転がった。バーンとアリィは反射的に武器を離す。槍は舟の右端に収まり、弓矢は積載スペースの前端にぶつかって動きを止めた。


 マッコウはアリィから離れ、すぐにオールを掴んで船尾に立った。


 堅枠大は舟の中央でうつ伏せになり、仰向けの老夫婦を抱きかかえた。右腕にはバーン、左腕にはアリィ。二人とも体を起こそうとして堅枠大の腕の中で暴れていた。


「二人とも落ち着いてください! ここは現役の軍人に任せて、俺たちは避難しましょう! ですから叩くのを止めてください! 痛いですって!」


「ええい! やかましい! 離すのはカタワクさんのほうじゃ!」

「いいから離しな! わたしがあの火竜をぶちのめしてやる!」


 バーンとアリィは怒りで正常な判断ができなくなっていた。水運奴隷の二人によって舟に引きずり込まれた今でも、この老夫婦は火竜に立ち向かっていこうとしている。


 そんな二人に背中を叩かれながらも、堅枠大は自らの判断を曲げようとはしなかった。


「ええい! 埒が明かない! マッコウ! 最高速で飛ばせ!」

「言われなくてもそうするぜ!」


 マッコウは威勢良く声を出し、初めから魔力を全開にして舟を漕ぎ始めた。


 堅枠大がこれまで体験したことの無い速さで、舟は水路を進んでいく。舟体は大きく揺れ、水しぶきが上がり、水滴が降り注ぐ。とてつもない振動が堅枠大の身体を襲った。


 だが、彼はそれに耐えた。暴れる老夫婦を必死で押さえ付けた。周囲を見る余裕など一切無かった。


 堅枠大が額を甲板に押し付けていると、竜の咆哮らしき音が聞こえた。


 マッコウは一瞬だけ後ろを見て、正面に向き直る。


「あの火竜の野郎、また畑を燃やしやがったぜ。この辺に村が無くて幸運だったな! もっとも、火はそこまで迫ってるけどな!」


 そう言うマッコウの声色は、異様に明るかった。この危機的な状況で、テンションがおかしくなってしまったようだ。


 その後、舟の進路が突然変わるのを、堅枠大は振動で感じ取った。


「おい! そっちは東だろうが! マッコウ、お前なに考えてんだ!」


「こっちのほうが火が移りにくい! 植物が少ないからな! おーい! 陸のみんな! ついてこーい! こっちから逃げたほうが安全だぜー!」


 マッコウは舟を操縦しながら、陸の道を走る人々に呼びかけた。


 北に逃げていた人々は、彼の言葉に従って東に向かった。最短距離の道よりは、炎が燃え広がりにくい道を選んだほうがいいと、その場に居た全員が判断した。


 ここで、老夫婦が疲れたのか、暴れるのを止めた。


 堅枠大はこの機を逃さず、顔を上げて周囲を見渡した。視界のほとんどを水路の壁が占めていたが、それでも陸を走る人々の姿を捉えることができた。


 皆、火竜と炎から逃げるために北へと向かっている。


 しかし、その中で、金色と黒色の人影が一つ、南へ駆けていくのが見えた。その姿を明確に見ることはできなかったが、堅枠大には心当たりがあった。


「アスラ……? まさか、あいつ一人で?」


 堅枠大は唖然とした。


 もう一度その人影を確かめたくて、彼は体を起こそうとした。だが、バーンとアリィが再び暴れ始めた。堅枠大は再確認を瞬時に諦め、顔を伏せて二人を押さえ付けた。


 全体重をかけているとはいえ、この元軍人たちにいつ力負けするかわからない。堅枠大には焦りが生まれていた。


「マッコウ! これからどうするんだ! どこまで逃げるんだ!」


「都市に入ってジャーガンさんたちと合流する! 火災なら、都市が一番安全だ! あそこは石造りの建物ばっかりだからな!」


 マッコウは舟を操りながら、逃避集団を先導する。


 何度も進路を変え、火炎を避けて進む。やがて、彼らは都市の東側にまで回り込み、そのまま都市部へと入っていった。





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