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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第二章 それでも俺はやりたくない
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2-14 混乱

 都市内部は農耕地帯以上にパニック状態だった。


 夕日が差すなか、通路は人々で溢れていた。その場に立ち尽くす人、北に逃げようと駆ける人、そして、困惑して周囲を行き来するだけの人。ヒューライ国民たちは皆、正気を失っていた。


 数人の警官が人々を誘導しようと試みているが、この状況では警官の行動も無意味に等しかった。


 水路も混雑し、マッコウたちの舟も思うようには進まなかった。


「まいったな。オレ一人ならともかく、四人乗りで無茶な操縦をするわけにもいかねえし……このままだと日が暮れちまうぜ」


 マッコウは舟で詰まった水路を睨みながら、歯ぎしりをした。


 どの場所も混乱を極めた状態だが、それでも水路を進むよりは陸の通路を歩いたほうが自由は効くようだ。舟で避難してきたことが、ここにきて仇となっていた。


「それなら、ワシらを降ろして会社の船着き場に向かうといい」


「ジャーガンって人のところには、カタワクさんが連れて行ってくれればいいねえ」


 マッコウが判断に迷っていたその時、冷静な声が聞こえてきた。

 その声の主は、堅枠大の両脇に抱えられていた。


「バーンさん!? アリィさん!? 落ち着いたんですか!?」


 堅枠大は思わず顔を上げた。


 それから彼は上半身を起こして老夫婦を交互に見る。二人とも暴れる様子は無く、仰向けのまま穏やかな表情を浮かべていた。


「ああ。こんなに長い間寝かされていたら、嫌でも冷静になるわい」


「それに、ちょっと船酔いしたみたいだしねえ。できれば陸に上がって落ち着きたいところだね」


 バーンとアリィは口元を緩ませる。


 二人はいつもの調子に戻っていた。そのことに、堅枠大は安堵して大きく息を吐いた。


「よかったあ。もう、あんな無茶はしないでくださいね」


「わかっておる。頭に血が上ったせいじゃ。まったく、あれほどの怒りを感じたのは何十年ぶりかのう」


「そんなことより、わたしら三人は早く陸に上がるんだねえ。マッコウさんの足手まといになっちまってるよ」


 三人はそう言って笑い合う。


 その間、マッコウは静かにオールを操り、舟を水路の壁際に寄せていた。


 それから老夫婦は体を起こし、壁をよじ登って通路に上がった。槍と弓矢は歩行の邪魔になるため、舟に残しておいた。


 二人に続いて堅枠大も壁をつたって陸へと上がった。

 彼は舟に乗ったままのマッコウを見下ろしながら、口を開く。


「じゃあ、マッコウ。会社で落ち合おう。何があったのか、俺が皆に話しておくよ」


「ああ。カタワク、頼んだぜ」


 二人は固い視線を交わし合い、それぞれ動き出した。


 マッコウは舟を漕ぎ出し、舟と舟、舟と壁の間を巧みな操縦ですり抜けていく。一方の堅枠大は、バーンとアリィを連れてジャーガン国内水運へと向かった。




 堅枠大、バーン、アリィの三人は東区から南東区へと歩き、目的地のジャーガン国内水運の建物に到着した。


 会社の中には同僚たちが集まっていたが、皆は意外と落ち着いていた。堅枠大が姿を見せると、彼ら彼女らは一斉に安堵の表情を浮かべた。


 それからすぐに、ジャーガンが駆け寄ってきた。


「カタワク、無事だったか! マッコウは!?」

「マッコウも無事です! 今はそこの船着き場に舟を戻そうとしています!」


「本当か!? よかった、二人とも無事で……」


 堅枠大の言葉に、ジャーガンは胸を撫で下ろした。

 ジャーガンは大きく息を吐いた後、真剣な面持ちで堅枠大に問いかける。


「それで、南のほうでいったい何があったんだ?」

「それはですね……」


 堅枠大は自らを落ち着かせながら、ジャーガンや同僚たちにこれまでの経緯を説明し始めた。


 国境森林の近くに突如として火竜が降り立ったこと。その火竜が畑を焼き払ったこと。南の農地で火災が続いていること。なぜかどの集落も無事なこと。バーンとアリィを連れて都市まで逃げてきたこと。北の農耕地帯や国外に逃げるよりは、都市に居たほうが安全なこと。


 堅枠大の話を聞き、ジャーガン国内水運の人たちは愕然とした。


「まさか、本当に火竜が居たなんてな……東側の大国が流したデマだと思っていたんだがな……」


 ジャーガンは眉をひそめ、考え始めた。


 経営者の彼は現状を冷静に受け止めていた。自分たちは何をするべきか、周囲の人間はどう動くのか、国がどのような対処をとるのか、考えるべきことは山ほどある。


 だが、水運奴隷たちはジャーガンのように落ち着いてはいられなかった。


「も、もうこの国は終わりだあああああああ!」

「やめろ! 縁起でもねえこと言うんじゃねえ!」


 奴隷たちはパニックに陥っていた。ある者は悲鳴を上げ、ある者は怒鳴り声を浴びせ、またある者はその場に崩れ落ちて茫然と天井を見上げていた。


 そこに、マッコウが姿を見せた。


「マッコウ、ただいま帰りました! って、みんな慌てすぎだろ!」


 彼の帰りに反応する者はほとんどいなかった。


 出入り口に立つ彼へ視線を向けたのは、ジャーガンと堅枠大、そして堅枠大の後ろで静かに立つバーンとアリィの四人だけだった。


 マッコウはその四人のところに駆け寄った。


「ジャーガンさん、どうします? 街はどこも混雑してて、まともに動ける状態じゃないっすよ」


「そうか。都市の外は火竜に火災、都市の中は人でごった返している……となると、やはり今はこの中にいたほうが安全か……よし!」


 ジャーガンはすぐに結論を出し、建物内の奴隷たちに向けて声を張り上げた。


「みんな! 地下に隠れるんだ!」


 彼の指示はこの場に居る全員の耳に行き渡った。


 奴隷たちは口を閉じた。だが、彼ら彼女らは誰一人としてボスの指示に従おうとはしなかった。エントランスホール内は静かになったが、行動に移そうとする者はいない。


 そして、一人が悲痛な声を上げた。


「で、でも、火竜が来たらどうしようもないじゃないですか!」


 絶望感に押しつぶされた男の声が、ホール内に響く。

 その言葉の直後、ジャーガンの眉がつり上がった。


「だからといって俺たちに何ができるというんだ! 下手に動けば軍隊や警察の邪魔になる! それなら、ここでおとなしくしているほうが生き残れる可能性は高い! いいから早く地下に隠れるんだ!」


 それは堅枠大が初めて聞く、ジャーガンの一喝だった。


 怒声とは違うその声により、水運奴隷たちは目を覚ましたかのように表情を引き締めた。彼ら彼女らは思考能力を取り戻し、互いに声を掛け合いながら順番に地下の倉庫へと下り始めた。


 堅枠大もその流れに従おうとした。


 彼はその時、ふと外を見た。軍隊らしき集団が陸路を足早に通り、南に向かっている。その中には、白いローブを羽織った小柄な女性の姿もあった。


(リサ、さん……?)


 彼は知人らしき姿を見たことで、歩き出すことを止めてしまった。


 水運奴隷たちは次々と地下へと避難し、地上に残っているのはジャーガン、堅枠大、マッコウ、バーン、アリィの五人だけになっていた。


「カタワク! マッコウ! 俺たちも隠れよう! バーンさんもアリィさんも早く!」


 堅枠大の前で、ジャーガンが急かす。


 マッコウ、バーン、アリィの三人は地下倉庫に向けて歩き出した。だが、堅枠大は動かなかった。


 彼には気になる事があった。リサかもしれない人が火竜の迎撃に向かっていること。そして、それ以上に心配なのが、たった一人で火竜のもとへ駆けていったアスラのことだった。彼女は大丈夫なのだろうか。


「カタワク! なにボーっとしているんだ! お前も早く!」


 ジャーガンは慌てたように声を上げる。

 それとは対照的に、堅枠大は落ち着いた様子で口を開いた。


「すみません、ジャーガンさん。俺、心配な人がいるんです。だから、今からその人の無事を確かめてきます!」


 彼はそう言い捨てるや否や、ジャーガンの返事も聞かずに走り出した。


「おいカタワク! 無茶をするな! カタワクー!」


 ジャーガンは叫ぶ。


 だが、堅枠大は自分を呼び止めるその声を無視して、外に飛び出した。彼はそのまま、通路を駆けていく。人の流れが少ない場所を選びながら、南へと向かう。


(アスラ……無事でいてくれ!)


 堅枠大は理性を捨てた。

 希望をくれた恩人のところへ、彼はひたすら走った。






第二章「特異体質編」はこれで完結です。

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