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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第二章 それでも俺はやりたくない
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2-10 もと居た世界と今居る世界

 国王に応じられるまま堅枠大は長い時間話し続けた。


 堅枠大が話を終えた時、キーテスは大きく手を叩きながら笑い声を上げた。


「わははははっ! いやあ、実に面白い! まるで壮大な物語を読んだときのような感覚だ! 疑問はいくらでもあるが、わからないままにしておくのも、それはそれで趣深い!」


「そ、そうしてもらえると、ありがたいです……」


 上機嫌なキーテスに対し、堅枠大は自信喪失を感じて気分が少し落ち込んでいた。


(ああ、もう少しいろいろ勉強しておけばよかったな……そうしたら、もっと自信を持っていろんなことを話せたし、質問にも答えられるのに……)


 堅枠大は後悔した。


 スーツを着て、自分が過去に居た世界のことについて話す。それはつまり、この場において、堅枠大は地球人および日本人の代表であるということだった。そんな大層な立場にしては、話の内容が浅い気がした。


 だが、もとの世界についてこれ以上知る術はここには無い。そう考えていると、知らないものは知らないと開き直るのが一番良いという結論になった。


 そんな沈み気味な堅枠大とは対照的に、キーテスは興奮冷めやらぬといった様子だった。国王はソファに深く座り直し、背もたれに体重を預ける。


「それにしても、雷の力や地中深くの油で世の中が動いておるとは、想像もしたことなかった……その世界に余も一度行ってみたいものだな!」


 キーテスは弾んだ声を出す。


 それは本心からの言葉だったようだった。国王は遥か遠くを見るかのように、堅枠大の目の奥を覗き込む。それから、彼は堅枠大から聞いた世界に思いを馳せた。


 数秒後、キーテスは大きく息を吐いた。


 彼はそれで気持ちを落ち着かせたようだった。その表情は次第に思慮深いものへと変わっていく。


 国王はゆっくりと顔を上げ、天井を眺めた。


「なるほどのう……人は魔法が無くとも世の中を発展させていく。いや、魔法が無かったからこそ、それほどまでに高度な文明を築けたのかもしれんな。だが、それゆえに皆が身を削ってしまうか……また、争い事が起こるのは、人間である以上、どこの世界でもいつの時代でも変わらんものか」


 キーテスは腕組みをして呟く。


 その姿が、堅枠大にはヒューライ国の王が人間というものを憂いているようにも見えた。それと同時に、国王は人間の可能性に期待しているようにも思えた。


 キーテスは目を閉じて深呼吸をした後、堅枠大に顔を向ける。

 その時には、国王の表情は親しみやすい微笑みに戻っていた。


「うむ、実に興味深い話であった。礼を言うぞ、カタワク……いや、今はもとの世界での名を言うべきか。すまぬが教えてくれ。それだけ人の数が多いのだ。カタワクの世界では、一般の民にも族名のようなものがあるのだろ?」


 キーテスは穏やかな目で堅枠大を見つめる。


 堅枠大は国王の推察に感心しつつ、自分の正式な名を言うことにした。


「はい。フルネームは、堅枠大。カタワクは苗字で、大が名前です」


「ふむ、カタワク、ダイか。そなた自身を指す名はダイのほうなのだな。族名が先に来るということは、所属や家を重視する文化が……いや、今はそんなことはどうでもよい。とにかく、覚えておこう。では、改めて礼を言うぞ、カタワクダイ殿」


「はは、なんか、照れますね。その名前で呼ばれるのが久しぶりすぎて。何年ぶりかな」


 堅枠大は右手で後頭部を掻く。

 その言動だけで、キーテスは察した。


「そうか。ということは、この世界だけでなく、もとの世界でも、普段はカタワクという族名、ではなく苗字を使うのだな。となると、余も普段はカタワクと呼ばせてもらおう。名が二つあるのは、この国では王族のみだからな」


 キーテスはそう言って両手を高く挙げ、大きく伸びをした。彼は気持ちよさそうに息を吐き、両手を下ろす。


 それが、話を切り替える合図となった。


「さて、今度は余の番だな。ヒューライ国の成り立ちや有りようについて、簡単に教えてやろう」


 キーテスは本棚に向けて両手を伸ばす。


 本棚は部屋の壁際にある。ソファに座ったままでは到底手が届く距離ではない。だが、彼が立ち上がろうとする様子はまったく無かった。


「その本よ、我が手に来い」


 キーテスは手に魔力を込めて短く唱える。


 次の瞬間、どこからともなくキーテスの両手に分厚い一冊の本が現れた。


 国王の手中に収まっているのは、茶色い表紙の本。それを見て、堅枠大は目を丸くする。彼はすぐに本棚に目を向けた。すると、本棚に一冊分の空白が出来ているのが見えた。その空間は、先程までには無かったはずだ。


 堅枠大はキーテスに向き直る。


 そこで、彼は学校でのカオン講師の話を思い出した。物体を瞬時に別の場所へと飛ばす、移動魔法。それは魔法の中でも非常に難しい部類に入るもので、国家魔法士のカオンですら、一キログラムの物を五メートルほど飛ばすのが限界らしい。


 そんな魔法を、目の前の国王は軽々と使いこなしてみせた。しかも、本は一キログラムを軽々と超えていて、距離も十メートルはある。


 堅枠大は驚きを隠せないまま、口を開いた。


「それ、移動魔法……ですよね?」


 その問いに、キーテスは本をテーブルに置いてから答えた。


「そうだ。便利であろ? こう見えても、余はこの国で一番の移動魔法の使い手なのだ。ちなみに、こんなこともできるぞ」


 国王は平然とした様子でそう言うと、右手の指を動かし始めた。


 親指と他の指の先を付け、指どうしを絡ませ合う。そんな手遊びにしか見えないことを何度かおこなった後、彼は右手を強く握り締める。そして、魔力を放ちながら手のひらを大きく開いた。


 その直後、またもやキーテスの両手の中に分厚い本が突然現れた。


 堅枠大はその光景に驚き、目と口を大きく開いてしまう。


 魔法を発動させるには、多少なりとも詠唱が必要だ。難しいもの、複雑なもの、強力なものは長い詠唱が必要となる。詠唱は訓練しだいで短くできるが、完全無詠唱というのは至難の業だ。


 キーテスはそんな彼の心中を察し、小さく笑いながら話し始めた。


「なに、完全な無詠唱というわけではないぞ。指の印とヒューライ文字を対応させているだけだ。心と体で唱えれば、このように魔法を発動させることもできる。まあ、公務中に親衛隊や秘書たちの監視を抜け出したくて必死に訓練した結果だ、わっはっはっはっ!」


 国王は茶目っ気たっぷりに笑い声を上げる。

 その姿に、堅枠大は感心していいのかわからなくなった。


(確かにすごいけど、仕事中に抜け出すのはマズイでしょ……なんなんだこの人は。真面目なのか不真面目なのかわからんぞ)


 困惑する堅枠大をよそに、キーテスは手に持った赤い本をテーブルに置く。


 国王は二冊の本を並べた後、堅枠大の目に視線を突き刺した。


「ほれ、いつまで驚いているつもりだ。余の話を始めるぞ」

「は、はい。失礼しました」


 堅枠大は考えていたことを頭の隅に追いやり、表情を引き締めながら背筋を伸ばした。彼の聞く態勢が整ったところで、キーテスは顔を緩めた。


「この茶色いほうが大陸の歴史書。そして、この赤いほうにはヒューライ国やその前身について書かれているな」


 キーテスは堅枠大に手で示しながら、二冊の本を開いた。


 二冊とも、見開きのページだった。そこには地図が描かれていた。片方は大陸のようなもの、もう片方はヒューライ国の全体図。ヒューライ国のほうは、マッコウ手製の地図とほぼ同じだったため、何が描かれているのか堅枠大にもすぐにわかった。


 大陸は、瓢箪を横にしたような形をしていた。西側が小さく、東側は遥かに大きい。東西の面積には五倍以上の差がある。大陸にはところどころに半島があり、西側と東側の境には特に長い半島が南北に伸びていた。


「これが、我らの世界、ヴィーアント大陸。そして、ここが我が国、ヒューライ国。そしてこの周辺が諸国連合だ」


 キーテスは大陸西側の南東部分を指した。


 そこには森林の中にいくつかの都市国家が点在していていた。諸国連合の北には広い森林地帯があり、南には海、西には大河、東には山脈。森林地帯の北には三つの国、大河の西には四つの国。大陸東側には五つの大国に加え、数多の中小国が描かれていた。


 キーテスは大陸地図に人差し指を当てながら話す。


「大陸は、事実上この山脈で二つに分けられている。西側は気候が穏やかで、平和的で協調的な文明が発達した。西側はすべてまとめて一つの大きな国と言ってもよいほどだ。一方、東側は場所によって気候の変化が激しく、世界の覇権を巡って国々が争い続けている。これが、この世界の大まかな姿だ」


 国王はそう言うと、大陸歴史書のページをめくった。そこには、大陸西側の拡大図が載っていた。


 彼はその南東部分に指先を当てる。


「これが諸国連合だ。森の中に、十の小国が点在している。この中で中央に位置しているのが、我らの国、ヒューライ国だ」


 キーテスは諸国連合の真ん中を示した後、指をヒューライ国の地図に移した。


 ヒューライ国は森林に囲まれている。中央には都市があり、その周囲には農耕地帯。農耕地帯にはいくつもの村が存在していて、国中に水路が張り巡らされている。水路は森林の外にも続いていて、諸国連合内の他国にも繋がっている。


 やはり、見れば見るほどマッコウの地図とほぼ同じだった。


 キーテスはヒューライ国の地図を指しながら、話を続ける。


「諸国連合は今から百年前に誕生した。当時の諸国連合は東の大国の支配下にあった。しかし、その統治への不満は大きいものだった。そこに大国の衰退が重なり、それぞれの都市が一斉に蜂起した。それに続いて北方三国と西方四国も立ち上がり、大陸西側が一体となって大国を東に追いやった。これがヒューライ国の始まりだ」


 国王は地図から指を離し、ソファに背中を預ける。

 彼は窓のほうを見て、再度話し始めた。


「我が祖父はヒューライを建国し、周辺国家と協力して、東の大国にも負けないような国づくりを始めた。その基礎となったのが、国民の教育、国民の健康、そして貨幣経済だ。国民全員により良い教育を受けさせ、国民の労働量を制限し、国民に金を与えて使わせる。これは、今も変わらない基本方針だ」


 キーテスはそう言うと、今度は執務室入り口の上に目を向けた。


 そこには、二つの肖像画が飾られていた。二人とも銀髪碧眼の美少女顔だが、その穏やかな顔つきの中には確かな威厳があった。


「祖父の時代は王に大きな政治的権限があったが、父、そして余に代が変わるにつれて政治的役割は失わせた。今は国民から選ばれた貴族たちの議会や、大臣たちによって、政治がおこなわれている。今の余は、ただの旗印にすぎない」


 キーテスは語りながら、どこか自嘲するような顔をしていた。


 だが、その表情はすぐに引き締まった。彼は背筋を伸ばし、右手を胸に当てる。その自信に溢れた姿勢で、国王は堅枠大と視線を合わせた。


「ただ、この国が危機に陥ったときにのみ、議会の承認を得て、余が一時的に王権という名の独裁権を得ることはできるがな。一分一秒を争うとき、物事を迅速に動かすためにはそれが一番いいのだ。だからこそ、余は王宮職員たちからの様々な報告を頭に入れ、この国やその周辺の事を実際に見聞きするようにしている。もちろん、王権発動などは無いに越したことはないがな」


 キーテスは話の最後に冗談めいた微笑みを浮かべる。

 それから彼はソファにもたれかかると、大きく息を吐いた。


「とまあ、今はこれくらいにしておこうか。話すとキリがない」


「そうですね。あとは、余裕ができた時に学校で習おうと思います」


 堅枠大は背筋を伸ばしたまま頬を緩めた。


 本当はもう少しキーテスの話を聞いていたかったが、そんなことをしていてはこの面会がいつ終わるかわかったものではなかった。また、当然のように王族だけの機密もあるだろうから、国王の口から聞けるのは一般常識に毛が生えた程度の事柄が精一杯だろう。


「ですが、一つだけお聞きしたいことがあります」

「ん、なんだ?」


 キーテスは柔らかな表情のままだったが、堅枠大の顔は自然と少しずつ険しくなっていく。元現代日本人の彼には、どうしても知りたいことがあった。


「どうして奴隷に楽をさせるのですか? もっと働かせても大丈夫な気がするのですが。奴隷たちの中にも、もっと働きたいと言う者がたくさんいます。それなのになぜ、あのような緩い労働環境のままなのですか?」


 堅枠大は口調を強めて尋ねる。


 それは、彼がこの国に転生して働き始めてから、ずっと心の隅に抱えていた疑問だった。ホワイト労働の波に流されていても、この国の生活を楽しんでいても、今はその生活に早く戻りたいと願っていても、ヒューライ国での暮らしを不思議に思う気持ちは消えなかった。


 そんな彼の質問を受け、キーテスは目を丸くした。

 そして数秒後、国王は盛大に笑い声を上げた。


「わははははっ! なんだ、そんなことか! 答えは簡単だ。少し足りないと思うくらいがちょうど良いからだ」


「と、言いますと?」


 その答えがあまりにも簡潔にまとまりすぎていたため、堅枠大は眉間にしわを寄せてしまった。国王の言いたいことは理解できるが、納得はできなかった。


 キーテスは不敵な笑みを浮かべながら、補足する。


「働きすぎると仕事が嫌になる。仕事が嫌になると、活気が失われる。そして健康が失われ、人々からは力が無くなり、国が衰退する。国の力はすなわち人の力だからな。奴隷たちに病んでもらっては困るのだよ」


「それは、わからなくもないです。この国の奴隷として四か月間過ごして、それは体で感じました。ですが、本当にそれでよいのでしょうか?」


 堅枠大は自信を失いそうになった。


 かつてブラック労働に従事していた自分が、いまだに自分の一部として残っていた。そんな自分の黒い部分が、「甘えるな。甘えさせるな」と、今になって囁いてきていた。


 そんな彼を励ますかのように、キーテスは気楽な様子で答えた。


「それでよいのだよ。どうせ、どのような政治をしても不満は出る。全員が賛成することなどあり得ん。だが、実際に手を動かして働く者たちが不幸になるような国は、当然のように力を失って滅びる。それならば、奴隷たちに笑って働いてもらったほうが何倍もよいだろう?」


「そういうものですかね……でも、俺自身は、今の暮らしに何の不満もありません。むしろ、元の世界での生活に比べれば天国みたいなものです」


「それでよいのだ、それで」


 堅枠大の表情が明るさを取り戻し、それを見たキーテスは安心したように目を細める。


 国王の言葉によって、堅枠大の黒い部分が黙った。


 彼はこの国で働きながら他業種の人々を見て、改めて餅は餅屋だということを思い知った。国の在り方について考えるのは、それを専門とする人に任せるのが一番なのだ。奴隷の彼が考えるべきなのは、自分の生活を充実させること。国王の言う通り、国の運営が上手くいっているのであれば、奴隷にとっては生活の充実こそがヒューライ国のためにできる最善の方法なのだ。


 堅枠大は国王の言葉に、納得がいった。


 キーテスはその様子を見て満足そうに微笑む。そして、意気揚々と立ち上がった。


「さて、ここからが本題だ。カタワク」


 その言葉の直後、執務室内の雰囲気が一変した。


 キーテスの声色はこれまでと変わらなかったが、そこには国王としての威厳が表れていた。それによって、周囲の空気が張り詰める。


 堅枠大はソファに座ったまま、キーテスを見上げた。

 国王は真剣な眼差しを彼に向けていた。


「率直に言おう……カタワク。余の親衛隊に入ってはくれないか?」





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