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異世界奴隷はホワイト労働!?  作者: 武池 柾斗
第二章 それでも俺はやりたくない
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2-8 あなたはもしかして……

 やがて、堅枠大とアスラは王宮本棟の三階に着いた。


 この階はこれまでの廊下とは違い、赤い絨毯が敷かれている。天井には小さなシャンデリアがいくつも取り付けられていて、王宮内でもより一層荘厳な雰囲気が漂っていた。


 階段のそばで、アスラが小さく息を吐く。


「まさか、ワタシがここに奴隷を連れてくることになるとはね……こんなの初めてだ」


「え? そうなの?」


 彼女の独り言に堅枠大は目を丸くする。

 彼の疑問に答えるかのように、アスラは再び口を開いた。


「いや、いろいろな過程を経て奴隷がキーテス様と面会することはあるんだけどね。でも、荒事専門のワタシが奴隷をここまで案内するのは初めてなんだよ。それに、正式な面会は二階の玉座の間でやるものだし」


「ということは、俺ってかなり特別な事例なんじゃ……」


「そうだね。まあ、今回の面会は非公式なものだから、あまり深く考えなくていいと思うよ」


 アスラはそう言うと、堅枠大をつれて廊下を歩き始めた。


 すると、進路の突き当たりに両開きの扉が見えた。その扉の両端には二人の男女が立っていて、二人とも黒い服とオレンジ色のマントに身を包んでいた。


(アスラと同じオレンジ色……あの二人も国王親衛隊員か)


 堅枠大は戦士とおぼしき二人をまじまじと見る。


 男は短い茶髪で、長身で筋肉質、顔つきは厳ついが男前。女はやや長めの茶髪をポニーテールに結んでいて、アスラと同じ程度の身長で細身、凛々しい表情の似合う美人。二人とも、並みの兵士とは比べものにならないほどの力がありそうだった。


 アスラと堅枠大が扉の近くまで来ると、その二人は黙って左手を頭の横に上げた。


 それに続いて、アスラも同じようなことをする。どうやら、国王親衛隊員同士の挨拶のようだ。


 三人は左手を下ろし、堅枠大に目を向ける。

 その視線はどこか温かい。


「カタワク、ここがキーテス様の執務室だよ。くれぐれも失礼の無いように」


「お、おう……」


 アスラに導かれ、堅枠大は扉の前に立つ。


 その扉を見ていると、緊張が大きくなっていった。この木製の扉には丁寧な彫刻が施されている。心臓の音が強くなるたびに、彼にはその模様が動いて見えた。


 堅枠大は唾を呑む。

 そして、アスラが扉をノックした。


「キーテス様、アスラです。例の奴隷、カタワクをお連れしました」

「入りなさい」


 彼女の呼びかけから間を置かずに、扉の向こうから男性とも女性ともとれる中性的な声が聞こえてきた。


 アスラと親衛隊員二人は頷き合い、静かに扉を引いた。


 扉が開かれ、執務室の中が明らかになる。部屋はかなり広い。最初に目に付いたのは、応接用のテーブルとソファ。その向こうには横に長い執務机があり、机の向こうの壁は一面ガラス張り。カーテンは壁の両端にまとめられていて、ガラス壁からは夏の日光が大量に差し込んでいる。だが、不思議と暑さは感じない。


 その部屋には一人、少女らしき姿があった。


 その人物は堅枠大たちに背を向け、ガラスの向こうに広がる景色を眺めている。肩を通り過ぎる長さの、一本一本の毛先に至るまで艶やかな、銀色の髪。緩めの白い服に、赤いマントと、赤い布靴。衣服に使われている生地は繊細な滑らかさを持っていて、庶民の物とは明らかに質が違っていた。


 その姿を見るや否や、親衛隊員二人とアスラはひざまずいた。


 だが、堅枠大はその後ろ姿の美しさに見惚れてしまい、ただ静かに立っていることしかできなかった。


 銀髪の人はゆっくりと後ろを振り返る。

 その顔が見えた瞬間、堅枠大は目を見開いた。


 端整な顔立ち、穏やかで聡明な顔つき。彼はそれに見覚えがあった。二日前の夕方、夕日に照らされた学校の渡り廊下ですれ違った、あの銀髪碧眼の美少女と同じ顔だった。


 脳裏に強く焼き付いたその顔を見間違えるわけがない。服装と髪型が違っても、あの時の少女と目の前にいる人は同一人物だと、堅枠大は確信した。


 赤いマントの人は、穏やかに微笑みながら口を開く。


「そなたが、カタワクか」

「あ、あの、あなたはもしかして」


 驚きのあまり、堅枠大の口が勝手に動く。


 彼が二日前のことを言おうとする前に、銀髪のその人が先に言葉を紡いだ。


「余か? 余はキーテス=ヒューライ。この国、ヒューライ国三代目の王だ」


 その言葉に、堅枠大は口を閉ざした。


 そして、彼はそのまま固まってしまった。目の前の光景と、目の前の人物が放った言葉の意味が一致しなかった。


 どこからどう見ても少女にしか見えないこの人物が、国王キーテス? 国王は年老いた男性ではなかったのか? そんな疑問が、堅枠大の頭をかき乱した。


 ふと、堅枠大は我に返った。


 彼はどうしたらよいのかわからなくなった。慌てて周囲を見て、とりあえずはアスラたちの真似をしてひざまずいた。


 そんな堅枠大の慌てる姿を見て、キーテスは豪快に笑い声を上げた。


「はははははっ! なに、そう畏まらなくてもよい! みな、楽にしてよいぞ!」


「はっ!」


 親衛隊員二人とアスラは短く返事をして立ち上がった。

 堅枠大も遅れて、無言で立ち上がる。


 だが、それで彼の心が楽になることはなかった。むしろ、キーテスの美しい姿をまっすぐに見ることになってしまい、緊張がより強まった。


(こ、このお方が国王、キーテス=ヒューライ様……っ! かわいすぎるだろっ! やべぇ、どうしたらいいかわかんねえ!)


 堅枠大は手足を限界まで伸ばす。

 気を付けの姿勢をとっていると、また緊張が強くなって顎が震えた。


 夏の日差しに照らされたキーテスの姿は儚げでありながらも、誰よりも強くこの世界に根付いて存在感を示しているようにも見えた。


 額に汗を浮かべる堅枠大を見て、キーテスは悪戯な笑みを浮かべた。


「なんだ? カタワクは余を前にして緊張しておるのか? なんとも可愛らしい奴だ」


 キーテスは冗談めいた口調で語りかける。


 しかし、堅枠大の緊張は一切ほぐれず、彼は何の反応もできなかった。どのような言動が正解なのか、彼にはまったくわからなかった。


 そんな彼を見たキーテスは小さく息を吐き、元の穏やかな表情に戻った。


「アスラ、スィーラ、ガヴィン。そなたたちは下がってよい。余はこの者と二人きりで話がしたい」


「よろしいのですか!? それではキーテス様の御身が」


 アスラが心配そうに声を上げる。

 キーテスは穏やかな顔をしたまま、彼女の双眸へと視線を移した。


「このカタワクという者が善良で働き者の奴隷だと言ったのは、どこの誰だったかな?」


「はっ! ワタシです。失礼いたしました」


 アスラは背筋を伸ばしてキーテスの目を見つめ返す。

 キーテスは満足そうに目を細めた。


「よいよい。三人は部屋の外で待機してくれ。何かあったら知らせる」

「はっ!」


 キーテスの言葉の後、親衛隊員の三人は短く返事をした。


 アスラは堅枠大の背中をそっと押して彼を執務室の中に入れ、残りのスィーラとガウィンは静かに扉を閉め始めた。


「まあ、何かあったとしても、余はどこにでも逃げられるがな」


 キーテスがそう呟いた直後、扉が完全に閉まった。


 執務室内にはキーテスと堅枠大の二人のみとなった。そのせいで、堅枠大は心臓が暴れるほどの緊張を感じて息が止まりそうになっていた。


 キーテスは一度目を閉じる。それから、まぶたをゆっくりと上げて堅枠大に視線を向け、優しく微笑んだ。


「さて、これでゆっくりできる。カタワク、そう硬くなるな。この対面は非公式なものだ。王と奴隷という立場の二人ではなく、キーテスとカタワクの二人が会うと考えよ」


「は、はいっ! キーテス様!」


 堅枠大の声が裏返った。

 彼の甲高い返事に、キーテスは大きく笑う。


「はははははっ! いくらなんでも緊張しすぎだ! なにも初めて会うというわけでもないだろうに」


 一国の王が奴隷の前で、両手を腰に当てて笑い声を上げている。そんな姿を見ていると、堅枠大の緊張がほんの少しずつではあるが和らいでいった。


 それに伴って、彼には国王の言葉を聞けるだけの余裕が生まれた。初めて会うというわけでもない、という台詞で、堅枠大は二日前のことを再び思い出した。


「で、では、一昨日の学校で会った、あの綺麗な女の人は……」


 彼は国王の顔を見る。


 キーテスは腰に両手を当てたまま胸を張り、どこか誇らしげな表情を浮かべて堅枠大の瞳を見つめ返した。


「ああ、余だ。だが、余は女ではないぞ?」


「え? ……えええええええええええええええええ!?」


 堅枠大は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げ、その場で足を滑らせて転んでしまった。彼は尻餅をついたまま、キーテスを見上げる。


 目の前のこの少女(?)が本当に国王キーテスなのか、本人の言う通り男なのか。驚愕と困惑で頭が変になりそうだった。


 キーテスは呆気にとられた顔をしながらも、心配そうな目を堅枠大に向ける。


「おいおい、大丈夫か? なにもそんなに驚くことはないだろう」

「い、いや、だって! どこからどう見ても女性ですって!」


「信じられないか? ……ふむ、二人きりだし、証拠を見せることもできるが?」


 キーテスは少し考えるそぶりを見せた後、自分の衣服に手をかけた。


 ヒューライ国の王が何をしようとしているのか、堅枠大は瞬時に察した。彼は慌てて両手を前に突き出し、首を激しく横に振る。


「いやいやいやいや! いいですって! 構いませんって!」

「む、そうか?」


 キーテスは残念そうに眉根を寄せ、自らの衣服から手を離した。


 それから国王は歩き出し、堅枠大のそばに寄った。キーテスは口元を上げ、床に腰を落としたままの彼に右手を差し出す。


「立てるか?」

「は、はい」


 堅枠大は自分で立とうと、手足に力を入れた。


 だが、すぐに思い留まった。彼はキーテスの右手と顔を交互に見て、差し伸べられた手を取らないほうが失礼だと思い直した。


 彼は右手でキーテスの手を取る。

 その直後、ある事に気が付いた。


(この手……硬い。アスラとは違う、骨の太い感触がする……間違いない。これは女の手じゃない、男の手だ……)


 堅枠大はそう思いながら、キーテスに引っ張られるままに立ち上がった。


 奴隷と国王の二人が互いに手を取り合い、向かい合って立つ。キーテスは堅枠大より五センチほど身長が低かった。


 堅枠大はキーテスの手を握ったまま、その顔を見つめる。


 繊細な銀色の髪に、透き通った青い目。まつげは長く、肌は白くてきめ細かく、シミしわなどは一切無い。パッと見は絶世の美少女だが、よく見ると少しだけ男性の雰囲気がある。


 また、その落ち着いた顔つきからは、この人がそれ相応の年月を経てきたということが想像できた。


 まじまじとその顔を見つめる堅枠大。そんな彼に対して、キーテスは悪戯な笑みを浮かべた。


「なんだ? 余に惚れたか?」

「い、いえ! 違います!」


 堅枠大は赤面しながら慌てて手を離し、キーテスから一歩引いた。


 違うとは言いつつも、堅枠大は胸の高鳴りを抑えられなかった。恋愛感情的なものは無いが、キーテスにはどこか惹かれるものがあるというのは確かだった。


 胸に手を当てて呼吸を整えながら、堅枠大はキーテスを見る。

 美少女の姿をした老年男性の国王は、自信満々に白い歯を見せて笑っていた。


「な? 余が男だとわかっただろう?」

「は、はい……」


 堅枠大は返事をしたものの、これからどうしていいのかわからなかった。戸惑いで口を閉ざしてしまい、数秒が経ってしまう。


 そんな彼の姿を見て、キーテスもまた困ったように口を尖らせた。


「うーん、まだ硬いのう……そうだ。今から茶を淹れよう! カタワクはそのソファに座っておれ!」


 キーテスは堅枠大の後ろに素早く回り込む。国王はそのまま水運奴隷カタワクの両肩を掴むと、その体を前に押して応接用のソファへと近づけていく。


 堅枠大は国王相手に体では抵抗できなかった。

 だが、口ではいくらでも遠慮することができた。


「あ、あの! お気遣いなく! わたくしは立ったままでいいので!」


「このままでは余が気を使うのだ! いいからカタワクは余の言う通り座っておれ! そして美味い茶を飲んで菓子を食べてリラックスするのだ!」


 堅枠大の遠慮は本心からのものだった。ただの奴隷が国王にもてなされるわけにはいかなかった。


 しかし、キーテスは彼の言葉を聞き入れず、半ば無理矢理に堅枠大をソファに座らせた。


 キーテスは杭を打ち込むかのように堅枠大の両肩を強く叩くと、小走りで給湯スペースに向かっていった。


 堅枠大は縮こまりながらも、キーテスの姿を見続けた。


 執務室の端にある水場と机で、国王が作業をする。鍋に水を入れ、魔道具で素早く湯を沸かし、湯を冷ますついでに茶葉や菓子を棚から取り出す。


 キーテスは手慣れた様子でティ―タイムの準備を進めていく。その姿は国王ではなく、家に呼んだ友達をもてなそうと張り切る少女にしか見えなかった。


(なんだか、おてんばな王様だなぁ……)


 堅枠大はそんな印象を受けながら、緊張した状態でキーテスを待った。





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