1-19 真夏の幻影
鐘の音が止まると同時に、カオン講師は手を叩いて口を開く。
「というわけで、今日の授業はこれでおしまいです。みなさん、お疲れ様でした」
彼はそう言うと、道具類を持って教室から去っていった。
受講者たちも次々と席を立つ。
そのなかで、堅枠大は背もたれに体重を預けて教室の白い天井を眺めていた。
(特異体質ね……バトルものとかでよくある、固有の特殊能力みたいなやつかな? 一万分の一だから、この国にも二十人くらいは存在するのか。誰か一人でもいいから、一度会ってみたいもんだ)
カオン講師の話を思い返しながら、堅枠大は特異体質について妄想を膨らませた。
(身体能力の強化や不老については具体的な想像がつく。どっちも便利そうだな。特に、不老は羨ましい。ずっと最高の状態でいられる)
彼は二十歳前後の元気な体を思い出し、微笑みを浮かべた。
(他にも、病気をしない、どんな傷でも治る、みたいな体質もありそうだな。あらゆる細菌やウィルスに耐性があったり、腕が切り落とされても再生したり、とか。どんな魔法でも無効化できるとかもあったら面白そう……って、なんか本当にバトルものみたいだな、それ)
余計な考えが大きくなり始める。
それを自覚した堅枠大は首を横に振った。
(いかんいかん。変な事を考えてる場合じゃない。今日はジャーガン国内水運のみんなで宴会をするんだった。今日は俺が主役みたいだし、早く帰らないとな。まだ時間はあるけど、ここで暇を潰すのはもったいない)
堅枠大は勉強道具をカバンの中に仕舞い込み、席を立った。
彼は教室を出て、学校内を歩く。
途中、堅枠大は渡り廊下に出た。周囲には誰もいない。
床は白い石材で作られていて、両端には木製の転倒防止柵が設置されている。ここは三階で天井は無いため、夕方前の西日が直接差し込んでくる。快適な気候とはいえ、夏の直射日光を浴びてしまうと、さすがに暑い。
(多少遠回りになってもいいから、先に一階に下りたほうがよかったかな)
堅枠大は少し後悔しつつも、渡り廊下を歩く。
その中間地点に差し掛かった時、大きな掛け声が聞こえてきた。堅枠大はその声が少し気になり、隣の兵士訓練施設に目を向けた。
芝生のグラウンドで、兵士たちが今まさに訓練を始めようとしているようだった。そして、その中心には長い金髪の黒服女性がいた。
「ん? あれ、アスラさんか?」
見たことのある人物を見つけ、堅枠大は足を止めた。
アスラは周囲の兵士たちに向かって声を張り上げる。
「いい? 強力な個体に集団で挑むときは、とにかく動き回るんだ! 相手の集中を極限にまで分散させるんだよ! そして、相手の隙が出来たときに攻撃するんだ! では、ワタシをその敵に見立てて実践開始!」
「おう!」
兵士たちは威勢よく返事をし、その中の十人が前に出てアスラを取り囲んだ。
アスラは自身の身長より少し長い木の棒を持ち、兵士たちは訓練用の木剣や槍を構えている。
張り詰めた空気の中、アスラと兵士たちは動かずに互いの出方を探る。
やがて、兵士の一人がアスラに攻撃を仕掛けた。アスラは兵士の剣を棒で難なく防ぎ、そのままその兵士を押し飛ばした。
反撃された兵士が芝生を転がるなか、別の一人が背後から槍でアスラに襲いかかる。素人の堅枠大から見てもわかるほどの鋭い突きだったが、アスラはそれを驚くべき反応速度で躱し、棒で兵士の胴を横に薙いだ。
二人の兵士が返り討ちにあったが、その間に他の八人は足を動かし始めていた。兵士たちは彼女の言う通りに動き回り、標的の意識を分散させようとした。
あるときはアスラの死角から数人が攻め、またあるときは一人が正面で囮となって別の一人が背後から攻め込む。兵士たちはアスラに挑んだが、誰一人として彼女の体に攻撃を当てることはできなかった。
兵士が十人から三人にまで減ったところで、アスラが仕掛けた。とてつもない速さで彼女は迫り、残りの三人は防御する暇も無くあっという間に吹っ飛ばされてしまった。
一対十の戦闘訓練はアスラ一人の完勝だった。
その激しい戦いを終えても、彼女は息切れ一つ起こしていなかった。
「敵の攻撃が強いときはその手段を潰す! 敵が速いときはその速さを殺す! 闇雲に動き回るのではなく、敵の特性と状況を見ながら、仲間と連携を取って行動するんだよ! では、次の組!」
アスラは周囲の兵士たちに教示し、続けて次の十人と実戦訓練を始めた。
兵士が一人、また一人と飛ばされていく様子を見て、堅枠大は度肝を抜かれた。
「ひえぇ~、アスラさん強いなぁ。さすがはヒューライ国最強の戦士……っと、いけないいけない。見てる場合じゃなかった」
もう少し見ていたかったが、堅枠大は大事な用事を思い出し、本来進むべき方向に体を向けた。
すると、今度は銀髪の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。
彼女は茶色のローブを身に纏っている、フードは被っていないため、その顔はよく見える。とても綺麗な顔立ちだった。銀色の髪はポニーテールに結ばれていて、肩に届く長さ。身長は堅枠大より少し低く、体の線は細い。
自分以外は誰もいなかったこの渡り廊下に、その少女が突然現れた。堅枠大はそう思った。少女の綺麗さと夏の日差しが相まって、幻のような風景がそこに作り出されていた。
ふと、二人の目が合う。
少女の目は青色で、透き通った輝きを持っている。堅枠大は気恥ずかしさからすぐに目を逸らしてしまった。
堅枠大の横を、銀髪碧眼の少女はそのまま歩み進んでいく。
そのとき、彼女が口を開いた。
「ほう、そなたが例の……励んでおるようだな」
中性的な声だった。
堅枠大は後ろを振り向く。しかし、そこには先ほどの少女の姿は無かった。
別の場所に居るのかと思って彼は周囲を見渡してみたが、やはりあの銀髪の少女はいなかった。
兵士たちの威勢のいい声が聞こえてくる、真夏の西日で照らされた渡り廊下。そこにただ一人立つ堅枠大は首を傾げた。
「なんだ、さっきの? めちゃくちゃ綺麗な女の子が話しかけてきたような気がしたんだけど……」
彼は少女が歩いていったはずの方向を眺める。
やはり、そこには誰もいなかった。
「疲れと暑さで幻覚でも見たのかな……魔法がある世界だし、そういうこともありそうだな」
堅枠大は不思議な現象について自分を納得させ、本来進むべき方向へと歩き出す。
「さてと、帰らなくちゃ。宴会宴会っと」
茜色に染まりゆく渡り廊下から、彼は軽い足取りで去っていった。




