番外編 酒宴
間が開く予定なので、短めのお話を挟みます。
お酒は二十歳になってから!
夕食時、来客で込み合った食堂の一席。
エール酒の入ったジョッキを一気に呷り、叩きつけるようにテーブルへ戻す。
一人の青年がその作業を執拗に繰り返していた。
青年の名前はアルベルト――先日『英雄』ケビンに喧嘩を売ってしまい、軽くあしらわれてしまった男だ。
「……くそっ!」
酒精の勢いを借りて憂さを晴らしても、纏わり付く視線が現実に引き戻す。
嘲りの含んだ視線……少なくとも、彼にはそう感じられる類の視線だ。
『ケビンに喧嘩を売った馬鹿』
あの一件以降、アルベルトに付けられた綽名はこんな物だった。
そして、そう言われた者は大いに納得顔で頷くのだ……『ああ、あの』と言う風情で。
それが彼には耐えられない。
一旗挙げるとド田舎な故郷を出奔し、最初の依頼で襲い掛かってきたゴブリン二匹を討伐した。
ゴブリンは大人が二人掛かりで取り押さえられる程度の強さしかないが、それでも人間よりは身体的に強い。
ましてや冒険に出たばかりの初心者が一対一で倒せる相手ではない。
大抵は初めて行う命のやり取りに尻込みし、怯え、這う這うの体で逃げ出すの羽目になるのだ。
彼はその最初の試練を一息に潜り抜けた。
順調なスタートを切ったはずなのに、ケビンに絡んで以来、彼の評価は『馬鹿』の一言に収束されている。
「ちくしょう……」
仕返ししようとか、闇討ちしようとか考えたこともある。
だがそれを行うには、相手が大物過ぎた。
この街を救った英雄様だ。闇討ちされたら、それはとんでもない騒ぎになるだろう。
草の根を分けてでも犯人である自分を見つけ出され、最悪奴隷落ち……いや、死刑か。
ケビンの人気は街中に広がっているのだから。
おそらく翌朝の朝日は拝めないだろう。その程度のことは理解できる。
「あの……野郎……」
だんだんと酩酊して曖昧になっていく意識。そんな状況でも、やはり見られている感覚は残っている。
あの日以来、酔い潰れるまで呑まないと、夜も眠れないのだ。
そんな生活を送っているので、体力は日毎に落ちていく。すでに依頼だって受けられる状態じゃない。
もはや行き詰まり。
このまま朽ち果てるか、恥を忍んで故郷に帰るかしか、道は無いかと思っていたのだ。
そんな彼へ、声を掛けてきた者が居た。
「おいおい、ヒデェ状況だな」
「――お前っ!?」
「相席、いいか? 他に空いてる席がねぇんだよ」
目の前に居たのは、当のケビン本人だった。
相も変わらず、傲岸不遜そうな表情。背には長大な、見慣れぬ槍の様な武器を背負っていた――いや、斧か?
空いていないという言葉に周囲を見回すと、確かにテーブルはすべて埋まっていて、いくつも相席のテーブルができている。
空いているのは夕食時から呑んだくれて、いつ絡まれるかわからないような自分の席くらいだった。
「いいよな? あ、姉ちゃんエールと串揚げ持ってきてくれ。それから後でパエリアと唐揚げな」
問答無用で席に着き、注文を出しながら武器をテーブルに立てかける。
冒険者の多いこの食堂では、テーブルは重くぶ厚い物を使っていた。武器を立てかけても微動だにしない。
だがこのサイズの武器ならさすがに傾ぐくらいはする……と思ったが、微動だにしなかった。実はかなり軽いのだろうか?
「その武器……」
「ああ、この間の骨で作ったんだよ。鉄製だったら持てたもんじゃなかっただろうな」
「ちっ、順調そうで何よりだな。見せ付けに来たのかよ」
アルベルトとしては友好的に食事するという気分ではない。
口から出る言葉も、多分に毒を含んだ物になるのは仕方ないだろう。
だが、それをケビンに向かって吐き捨てる人間は、今この街には彼しかいない。
たった一言で、一瞬にして食堂が静まり返った。
「そんなんじゃねぇよ。むしろ目立っちまって迷惑なくらいだ。宿だって変える羽目になっちまったからな」
「……俺に何の用だよ」
「なにも? ただ食事しに来ただけだ――が、お前も相当アレだな」
「あ?」
「いや」
ケビンは口篭って視線を逸らし、何事も無かったかの様に手袋を外し始めた。
長大な武器を扱う以上手の平に掛かる負担も並みではないのだろう。その手袋は真新しい生地にも拘わらず、ずたずたに裂けている部分が存在した。
「ちっ、これももうダメだな。滑り止めに彫刻してくれたのはいいが、グローブの負担が半端ねぇ」
「おい――」
「あの、お、お酒お持ちしました……」
声を荒げかけたアルベルトを遮るかのように、食堂のウェイトレスが話しかける。
トレイの上にはエール酒と串揚げの盛り合わせが乗っていた。
ケビンの前にそれらを置いて、こちらにこっそりウィンクしてから立ち去っていく。
「なんだ?」
「止めてくれたんだろ。お前大声出そうとしたからよ」
「何でそんな事――」
「そりゃ食堂で騒ぎ起こしたら追い出されるだろうがよ。下手に暴れたら衛兵が来てブタ箱行きだぞ。後で礼言っとけよ」
王都であるラウムの街は、それなりに冒険者も多い。
それだけに冒険者同士のいざこざも多く、衛兵の質も対応して高い。
下手な問題を起こすと、即駆けつけられ捕縛されることになる。
「まぁ、気持ちはわからんでもないけどな」
「っ! お前に何がわかる……成功者のお前に!」
「わかるさ、俺も同じような目に遭ったからな。むしろ利用されてないだけ俺よりマシだ」
溜息を吐きながら、串揚げに添えられたレモンを掛けるケビン。
一通り掛け終わった後、むさぼるように口に運ぶ。
「お前を利用?」
「おう、俺たちの黒幕はリムルだからな」
「リムル……致命打を掻き消す者か……」
「ぶっふぉ!? なに、アイツそんな風に呼ばれてるの?」
「例え手足が千切れ飛ぼうと、瞬く間に癒すんだろう? 噂になってるぜ」
そう言いつつ、ケビンの串揚げに手を伸ばすアルベルト。
その手を問答無用で押さえ込むケビン。
「後でからかってやるか――それと、なに人の料理に手を出してんだよ」
「情報量だよ、ケチケチすんな」
しれっとした返しに、渋々と言う表情で手を離す。有用な情報を得たのは確かだ。
「お前の躍進もアイツのおかげっていう話だぜ。どれだけ怪我しても死ななきゃ治しちまうってな」
「まぁ、確かにあいつは手足が千切れても治しちまうけどな」
「噂通りか。いい助手を手に入れやがって」
「そもそも俺の現状もアイツのせいだっつーの」
吐き捨てるようにジョッキを呷る。
その態度にアルベルトは眉をしかめた。
自分よりも恵まれた境遇、手に入れた名声。それを望んでいないかのような態度に苛立つ。
「そりゃ成功者の愚痴だな。俺の状況見りゃ、そんなことは言えねぇだろ」
「お前は手足を千切られ、気絶してるうちに英雄に仕立て上げられ、隠れ蓑に使われた俺の気持ちがわかるか?」
「なんだそりゃ?」
「そういうことなんだよ」
がっくりと項垂れ、串揚げを咥える。
本当に強いのはリムルが連れているエイルで、リムルだってとんでもない腕の治癒術師だ。
アミーも自在に使いこなす魔術の汎用性は高い。それに比べて、自分は斧しか振れない不器用な存在だった。
毎日のようにその違いを見せ付けられ、せめて足手まといにはなるまいと必死に修練した。
そのおかげで、少しは腕は立つようになったと思う。だが、まだ届かない……この武器を持ってしても。
「俺も最初の冒険でゴブリンを倒してな」
愚痴を漏らすつもりで、過去話を暴露していく。
アルベルトとケビンには共通点が多い。それが予想外に意気投合を招き、食が進む。
やがて愚痴は多角的に拡がり、パーティの仲間全体へと及んでいく。
「ってわけでよ、最近アミーの奴がうるさくってよぅ」
「そりゃお前、その女惚れてんじゃね? 惚気てんなよ」
「無い無い、アイツって同性愛者だろ? いつもエイルに構ってるんだぜ?」
「だったらお前に文句言わねぇっての。黙って距離を取るぞ。くそ、冒険以外でも見せ付けやがって」
「そういうお前はどうなんだよ。さっきのウェイトレスとか、満更じゃなさそうだったぞ」
「あ? 寝言は寝て言え。アイツ毎晩閉店まで飲んでる俺の横で、グチグチ、グチグチうるせぇっての」
「そりゃ心配されてんだろ。なんだよ、お前勝ち組かよ」
やがて二人で大騒ぎしながら飲み食いし、愚痴以外にも騒ぎ出す。
遠巻きに眺めていた他の客も、その光景に胸を撫で下ろしたかのように喧騒を取りもどす。
「あ、てめぇ串揚げにレモン掛けるな!」
「俺が注文したんだろ! 文句言うな」
「串揚げにはマヨだろ。ほら」
「勝手に掛けんな!」
いつもと違うアルベルトの様子に、ウェイトレスの少女は我知らずに笑みを浮かべていた。
とりあえずは立ち直ったらしい彼に免じて、主人も閉店時間を延ばして料理を提供してくれた。そして、夜が更けるまで二人で飲み明かす。
こうしてケビンに、新たな理解者が生まれることになった。
後世、火竜を倒した英雄たちの中にアルベルトの名があった。
英雄と呼ばれる藍ランクにまで登りつめた彼は、死ぬまでケビンを師として仰いでいたという。
その彼の口癖は、「俺はまだ、ケビンに到底及ばない」だったそうだ。
ケビンのエピソードは、これでやりつくした感じですね。
次は別の脇役にスポットを当てたいなぁ。