第61話 邂逅
第4章開始です。
いきなりですが、前作のキャラが登場するシーンがあります。
そういうのが苦手な方はご注意ください。
衝撃の告白事件から一か月が過ぎた。
あれからも、わたしたちはいつも通りの生活を……というわけには、もちろんいかない。
「エイル、倉庫からお肉持ってきてくれる? コモドリザードのを一キロほど」
「ん、わかった」
この家の地下には地下室を設置してあり、氷室なんかも作っておいた。そこには現在、肉類を詰め込んである。
ここには、相次ぐ討伐依頼で手に入れた肉が、大量に保管してある。その量はちょっとした肉屋が開けるくらいだ。
わたしは腕力が高めなので、料理中の手伝いなんかでよくここに降りることが多い。
適当に一・五キロほど持ち上げて、調理場に運ぶ。多い? もちろんわたしが責任を持って食べるから、問題ない。
「リムル様、持ってきた」
「…………」
「リムル様?」
声を掛けても、不機嫌そうに無視してる。
これは明らかに意図的だ。
「……リムル」
「なに?」
ニパッと花のような美少年スマイルを向けてくる。その筋のお姉さんならイチコロの笑顔だ。
わたしもかなり危なかったと言っておこう。
「持ってきた、よ?」
「ん、ご苦労様。そこに置いといて、って明らかに多いね?」
「わたしが食べるもん」
最近ご主人――リムルは様付けすると、不機嫌そうに無視する。
恋人なら名前で呼び合って当然という主張なんだけど、およそ一年に及ぶ習慣をいきなり変更するのは、難しい。
「今日はなに作ってるの?」
「ん、トカゲ肉のサラダ。茹でて裂いて野菜に乗せてドレッシングを掛けておしまい」
「手抜き?」
「失敬な。美味しければいいんです」
そういって茹でた肉を水で浸し、手で裂いてサラダの上に載せていく。
問題は肉の量が多すぎて、もはやサラダではなくなってきている点だ。これはわたしのせいじゃない、多分。きっと。
「しょうがない、もう一品作るかな。フライでいいかい?」
「全然おっけー」
フライといっても乾パンを削ったパン粉をまぶす物じゃないみたいだ。
茹で汁を少量加えた水に小麦粉を溶かして、衣を作る……イーグが教えてくれた『テンプラ』という手法だ。
スライスした肉を手際よく上げていくリムルを見て、わたしは皿の準備を行った。
なお、摘み食いミッションは失敗してしまった。最近行動が読まれている気がする。
夕食時になると、いつもの様にケビンとアミーさんがやってくる。
最近リムルの料理の腕が上がって、そこらの食堂で食べるより美味しいと評価しているらしい。
正直、食事時の家族の団欒を邪魔されるようで、あまりいい気分ではない。
もっともリムルはわりと歓迎している様子なので、ここは致し方のないところかな?
「そういえば、そろそろお前ら学院の旅行があったよな?」
食事も一段落付いた頃になってケビンが声を上げた。
あれから一か月、学院内も目前に迫ったマタラへの校外研修で、浮き足立った雰囲気が流れている。
研修と言っても、特にすることがあるわけではないので、完全な旅行だ。
「そういえば来週だね。そろそろ準備も始めないといけないかな?」
「おいおい、一週間以上遠征するのに、まだ準備してねぇのかよ」
「リムル君にしては珍しくゆっくりよね」
「そうは言ってもね。食事も宿も向こう持ちだし、持っていく物と言えば着替えと装備くらいでいいんだもの。用意もなにもないよ」
「そう言えば、お坊ちゃま集団だったよなぁ」
前もって料金を払っているので、宿の心配はない。食事も付いている。旅程の大半は転移魔法陣による移動。
飛んでって、宿に泊まって、食事して、向こうの生徒と交流して帰ってくるだけだ。
冒険者のように、足の確保だの、途中の宿の心配だの、水や食料の輸送手段だのを考えなくていい。
「そうやって聞くと、本当にただの観光よね。私も行きたくなってきたわ」
「従者の料金はエイルの分しか払ってないので、無理です」
「……ケビン?」
「無理だからな! 俺もコイツのおかげで素寒貧なんだ、旅行とか無理だから!」
脇に立て掛けたクト・ド・ブレシェを叩いて主張する。
というか食事時くらい離せ。
「最近こいつってば、事ある毎にこれ振ってるのよね。甲斐性なし」
「なにおぅ!?」
「人んちで騒がないでね。食事代吊り上げるよ?」
リムルが恫喝すると二人は一気に静まり返った。
今日の料理だって、野菜と調味料くらいしかお金使ってないのに、代金を取っているのだから意外とがめつい。
「イーグちゃんは? 最近見ないんだけど」
「ああ、最近はほら……アルバインさんところ所に出入りしてるから」
「付与術師にでもなる気か、あいつは」
「むしろ鱗が剥がれてないかが心配なんだけどね。なんだか昔の知り合いみたい」
「ああ、あいつも結構な歳だから、そういうのもあるかもなぁ」
最近のイーグは午前中は近所の子供たちと遊んで、午後はアルバインさんのところに入り浸っている。
宿の娘さんが『ハーレム化したか』とか言ってたけど、さすがに不倫とかは無いと思いたい。
そんなことを思いながら『テンプラ』をパンに乗せて、ソースを掛け、サラダのレタスを乗っけてからパンで挟む。
簡易のサンドイッチの完成だ。しかも豪勢。もっしゃもっしゃと頬張って完食した後、指に付いた油を舐め取っていると、横から視線を感じた。リムルだ。
時折、こういう仕草をじっと見つめられてる気がする。
「――リムル、なに?」
「いや、なんでもないよ。うん」
視線を合わされて、慌てて目を逸らすのが白々しい。まぁ、まだ可愛げがあるので許されるけどね。
これがあと五年もすれば、ちょっと身の危険を感じる鋭さになるかも知れない。
「あ、そうだ。旅行用の鞄とかは必要になるな。明日、エイルも一緒に見に行かない?」
「いつものでよくないの?」
わたしたちは一応冒険者だ。旅装用のバッグくらいは持ってる。
もちろん頑丈さ重視の物で少し重いけど。
「さすがにいつも冒険に使っているようなのを旅行に使えないよ。お洒落、とは行かないけど、気の利いた物を用意しないとね」
「あー、いいなぁ。私もバッグ欲しいなぁ」
「自分で買ってろ」
買い物の話をしているとアミーさんが食いついてきた。そしてケビンがあしらう。いつもの光景だ。
「リムル君は気が利いていい子なのに、このバカときたら」
「まぁまぁ、ケビンにもいいところはあると思うよ、多分、きっと」
「なんでそんなに自信なさげなんだよ!?」
リムルがせっかくフォローしたのに、ケビンは気に入らなかったようだ。
まぁ、これもいつもの光景なので放っておく。
みんなが会話に夢中になっている間に、わたしは肉の山を制覇するのだ。
翌朝になってもイーグは戻ってこなかった。
さすがに無断宿泊は叱っておかねばなるまい。そんな風に思いながら、リムルと買い物に行く。
もちろん週末なので学院は休みだ。
「そろそろ暖かくなってきてるし、そのマントも考えないといけないなぁ」
わたしの格好を見てリムルがぼやく。
この格好は冬にリムルが買ってくれた時のままだ。もちろん着替えなどいくつか用意はしてるけど、基本的なデザインの変化はない。
「ん、問題ないよ?」
「暑いでしょ? もう少し薄着にしてもいいと思うんだ」
そうかな? 結構露出は多いと思うんだけど。
ミニスカートだし、ホルターネックで背中はがら空きだし。まぁ、これはマントで隠してるけど。
足もニーソックスで隠してるし、腕も長手袋……考えてみれば、確かに露出は少ない、かな?
「でもあんまり肌を出すと、鱗とか見えちゃう」
「そこは『下着が見える』じゃないんだ? いや、いいけどさ」
「見たいの?」
「一緒にお風呂に入ってるのに、何を今更」
わたしとしては仲のいい姉弟感覚で入ってるのだけど、リムルはそうも行かないみたい?
けどやめたくはないかなぁ。家族間のスキンシップとか大事だし。
いまはほら、リムルだけがわたしの家族な訳だし?
「どうせ水蔦の手袋もしてるんだし、右手の長手袋は外してもいいんじゃないかな?」
「片方だけ外したら、おかしくないかな?」
「左右非対称な感じで、インパクト出るかも」
「じゃあ、左足のニーソックスも脱ぐ?」
「それは……悪くないかも」
結局、右腕と左足を出して、マントを腰丈のケープに変更する事で暑さ対策することになった。
帽子は相変わらずのキャスケットだけど、これは角を隠す都合上、大きく頭を隠さないといけないので仕方ない。
後は、無骨な眼帯なんだけど。
「こればっかりはねぇ。学院内ならある程度知名度も上がってきてるし、外してもいいかも知れないけど」
「これから暑くなるし、変な感じに日焼け跡がついたら、やだ」
「まぁ、その気持ちはわかるよ」
眼帯日焼けとか、女の子としてさすがにどうかと思う。
帽子を常時かぶっているので、多少はマシかも知れないけど。
「いっそ、右目は常に瞑っている様に習慣付ける?」
「なんだかメンドクサイね」
「でも、急に暗闇になったときとか、対応できるよ」
「わたし、暗視できるよ」
「そうでした」
場所が眼球だけに、隠す手段が上から物を被せる眼帯っぽいものしか思い浮かばない。
衣料品店で二人して、あれこれと議論してると、後ろから声がかけられた。ちょっと騒ぎすぎたかな?
「ええっと、リムル・ブランシェさんと、エイルさん、ですか?」
「え? あ、はい」
反射的に返事をして振り返る。
そこには……イーグが二人、居た。
「え、イーグ?」
「えと、はじめまして、かな?」
正確に言うと微妙に違う。
片方はいつものイーグなんだけど、もう片方がメガネとか首輪とか付けてる。
しかも少し短めのメイド服っぽい服装だ。
それだけでいつもの楚々とした外見に、被虐趣味なエロスを纏わせている。
「イーグ……いつの間に分裂できるようになったの?」
「んなわけないっす!? オヤビン、あっしを何だと思ってるっすか」
「爬虫類?」
「ヒドイっす」
いつものイーグの方が敏感に反応した。どうやらあっちはイーグで間違いないようだ。
がっくりと大地に手をつけ落ち込む仕草も、いつも通りだ。
「まぁ、この子はトカゲの親分だけど、ちょっとだけ強いから勘弁してあげてくれます?」
「ちょっとだけなんだ?」
メガネをかけた方がイーグを庇う。
いや、この子の反応も大概凄いね。イーグの強さってこの世界で五本に入るでしょ?
それが『ちょっと』だけ?
「えと、自己紹介が途中でしたね。わたしの名前はユーリと言います。この子の親代わりなのです」
「あ、はい……って、ええ!?」
ご主人が驚愕の声を上げる。
確かイーグって、破戒神に育てられて――ってことは!?
そういえば彼女の外見は破戒神を模した物だって言ってたし。
「はい、破戒神とか言われてますね。不本意なことに」
その幼女はことも無げに、そう言い放って見せた。
少し言い訳を……
彼らの行動をシミュレートした結果、やはり接触を持たないのは不自然という結論になってしまいました。
ここら辺は雑なプロットのせいだと、反省しきりです。
苦手な方は申し訳ございません。
この物語はあくまでエイルたちの物ですので、あまり表には出さないようにします。もちろん、前作を読まずとも話が通じるようにもします。
登場に関してもイーグ絡みで名前を何度も出しているので、それほど不自然にはなっていないはずだと思います。
こういうリンクが苦手な方には、ご寛恕願えたら幸いです。




