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目覚めた先にある二度目の朝

最初に聞こえたのは、鐘の音だった。


低く、長く響く音が朝の静寂を貫き、やがて屋敷の壁に吸い込まれるように消えていく。


続いて聞こえてきたのは、小鳥のさえずり。


カーテンの向こうを吹き抜ける、穏やかな風の音。


そして最後に、遠くから聞こえる女性の声だった。


「お嬢様、お目覚めでしょうか?」


私は返事をしなかった。


眠っていたからではない。


今、自分が何を聞いたのか、すぐには理解できなかったからだ。


あの声。


あの鐘の音。


カーテン越しに差し込む、柔らかな朝の光。


すべてに覚えがあった。


あまりにも、覚えがありすぎた。


私はゆっくりと目を開けた。


視界に入ったのは、金色の装飾が施された白い天井だった。


中央にはクリスタルのシャンデリアが吊るされている。無数の小さなガラス片が朝日を受け、壁や天井に淡い光の粒を散らしていた。


右手には大きな窓がある。


濃紺のベルベットカーテンに縁取られた窓の向こうには、夜露を残した庭園の木々と、隣接する屋敷の尖塔が見えた。


部屋は広い。


眠るだけなら、明らかに広すぎるほどだった。


天蓋付きのベッドが寝室の中央を占めている。濃い色の木材で作られた柱には、花や蔓を模した精緻な彫刻が施され、純白の天蓋布は朝の光を受けて、まるで淡い光そのものをまとっているようだった。


正面には灰色の大理石で造られた暖炉がある。火は消えており、その上の棚には置時計と二つの磁器の花瓶、そして銀色の髪を持つ女性の肖像画が飾られていた。


窓際には胡桃材の書き物机。


革張りの本が数冊、手紙を収める箱、銀製のインク壺が整然と並んでいる。机の前には青い布張りの椅子が置かれ、その角度まで計算されているかのように、寸分の狂いもなかった。


すべてが、あるべき場所にあった。


どの調度品も、どの装飾も、記憶にあるとおりだった。


暖炉の棚に置かれた小さな時計でさえ、正確に時を刻んでいる。


その事実が、私に奇妙な眩暈をもたらした。


この部屋を知っている。


この屋敷を知っている。


この鐘の音を知っている。


それなのに、私はここにいるはずがなかった。


ゆっくりと上半身を起こす。


掛け布団が膝の上から滑り落ちた。


肩にかかった髪が、朝の光を受けて淡く輝く。


灰色を帯びた銀髪。


絹のように滑らかで、背中を越えて腰の下まで伸びる長い髪だ。


私は一本の毛束を指先でつまんだ。


柔らかさ。


手触り。


長さ。


すべてが、記憶にあるものと一致していた。


私の手は華奢で、指は細く長い。白い肌には、見覚えのある傷跡も、知らない痣もなかった。


まるで、目の前にあるものが本物なのか確かめるように、私は自分の手をじっと見つめた。


当然ながら、手は何も答えてくれなかった。


「お嬢様、入室してもよろしいでしょうか?」


扉の向こうから、再び声がした。


今度こそ、私は我に返った。


「少し待って」


自分の声が、ひどく懐かしく聞こえた。


変わったわけではない。


ただ、こんなふうに自分の声を聞くのが、あまりにも久しぶりだったのだ。


私は胸元に手を当て、ゆっくりと息を吸った。


一度。


二度。


三度。


心臓は正常に動いている。


怪我はない。血に染まった寝具もなければ、昨夜、何か悲劇が起きた痕跡もない。


本来なら、安心すべき状況だった。


なのに、不安は少しも消えなかった。


なぜなら、私は自分が死んだことを覚えていたからだ。


いや。


正確には、何度も死んだことを覚えていた。


シャンデリアの光が揺れる広間。


深紅のドレス。


床に落ちて砕けたグラスの音。


そして、失望したような目で私を見つめる男。


私の名を、まるで判決を言い渡すように告げる声。


その先にあったのは、暗闇だった。


けれど、いつの人生で起きたことだったのだろう。


あの男は誰だったのか。


そもそも、あの出来事は本当に起きたことなのだろうか。


記憶をつかまえようとすると、それは指の隙間からこぼれる水のように形を失った。


代わりに、別の光景が浮かび上がる。


舞踏会の広間。


雪に覆われた庭園。


手袋をはめた誰かが差し出す、一通の手紙。


知っているはずなのに、名前を思い出せない青年の顔。


そして、一つの言葉。


――今度こそ、同じ過ちを繰り返さない。


誰が言った言葉なのか、わからなかった。


そもそも、本当に聞いた言葉だったのかさえ、確信が持てない。


私は目を閉じ、こめかみを押さえた。


「素晴らしいわね。朝食もまだなのに、自分の記憶と格闘することになるなんて」


思わず、そんな言葉が口から漏れた。


冗談を言っている場合ではない。


そんなことは、自分でもわかっている。


だからこそ、冗談が必要だった。


ここで取り乱せば、考えを整理することすらできなくなる。


私は深く息を吸い、掛け布団を押しのけた。


裸足が、ベッド脇の厚い絨毯に触れる。


足元には、柔らかな毛足の絨毯。その周囲に広がる濃い色の木の床は、磨き上げられ、窓から差し込む光を薄く反射していた。


私は部屋の隅に置かれた姿見へと歩み寄った。


そこに、一人の少女が立っていた。


年齢は十六歳ほど。


私の視線を受け止める彼女の瞳は、青と紫の中間のような色をしている。光の加減によってわずかに色合いが変わり、長い睫毛が、その冷静でどこか近寄りがたい眼差しを際立たせていた。


輪郭は卵形で、鼻筋は細く通り、唇は繊細な曲線を描いている。肌は白く、目立った傷もない。


灰銀色の髪は腰よりも長く、毛先にわずかな柔らかい癖がある。寝起きで多少乱れているはずなのに、それでもどこか気品を失っていなかった。


華奢な肩と引き締まった腰、均整の取れたしなやかな体つき。


立っているだけで、貴族の娘として育てられた人間特有の優雅さが感じられる。


一度見ただけで、裕福な家の令嬢だとわかる容姿だった。


まるで、将来に不安など抱いたことがない少女のように。


その印象に、私は苦い皮肉を覚えた。


貴族の令嬢が、自分の立場を疑わずに生きた先に何が待っているのか。


私は、それを知りすぎていた。


鏡に一歩近づく。


「ヴィオレッタ・ヴァレンシュタイン」


自分の名前を口にする。


ヴァレンシュタイン公爵家の長女。


アーデルハイト王国でも有数の権勢を誇る名門貴族の令嬢。


そして、王太子の婚約者。


それが、今の私だった。


少なくとも、目覚める前の記憶では。


私は鏡の中の自分を見つめた。


「……あなたは、本当は誰なの?」


鏡の中の少女は、当然ながら答えなかった。


もし答えられたら、それはそれで困る。


自分自身と口論することになった場合、どちらが勝っても負けても、きっと後味が悪い。


私は鏡から視線をそらし、ベッドへ戻った。


まずは、確かめる必要がある。


これは夢なのか。


それとも、複数の人生の記憶が混ざり合っているだけなのか。


あるいは……。


私は、その先の考えを飲み込んだ。


証拠もないのに、都合のよい可能性へ飛びつくわけにはいかない。


枕元に置いてあった、青い革表紙の手帳を手に取る。


表紙には、ヴァレンシュタイン家の紋章が銀色で刻まれていた。


中を開くと、家族との予定や社交行事、領地の管理に関する覚え書きが並んでいる。


何ページかめくり、今日の日付が記された箇所で手を止めた。


私は動きを止めた。


違う。


もう一度、読み直す。


さらに、三度目。


そこに記されていた日付は、間違いなく私の記憶にあるものだった。


以前の人生の一つで、確かに経験した日付。


同じ日。


同じ月。


同じ年。


背中を冷たいものが伝っていく。


「そんなはずがない……」


私は手帳のページを見つめた。


記憶違いではないことを確認するため、別の手がかりを探す。


手紙の日付でもいい。


式典の予定でもいい。


私自身の記憶とは無関係に、現在の時間を確かめられるものが必要だった。


やがて、王家から届いた正式な招待状を見つけた。


近々開催される王家主催の夜会について記されたものだ。


青い封蝋には、月桂樹の枝に囲まれた王冠の紋章が刻まれている。


アーデルハイト王家の紋章だった。


招待状の日付も、手帳の記載と一致していた。


しかも、その夜会は、別の人生の記憶にも登場する。


ただし、その記憶の中では、私はその夜会に出席していなかった。


ゆっくりと、ベッドの端に腰を下ろす。


可能性はいくつもある。


私は、極めて現実味のある夢を見ているのかもしれない。


異なる人生の記憶を混同しているだけなのかもしれない。


あるいは、何かの病気にかかっている可能性だってある。


それとも……。


私は、その考えを最後まで口にしなかった。


過去に戻った。


もう一度、人生をやり直している。


そんな可能性を、証拠もなく信じることはできなかった。


扉がノックされた。


「お嬢様、お目覚めでしょうか?」


今度は、返事をするまで待つつもりらしい。


「入っていいわ」


扉が開き、一人の侍女が入ってきた。


両腕には、丁寧に畳まれたドレスが抱えられている。


年齢は四十代ほどだろうか。栗色の髪をきちんとまとめ、濃い灰色の制服と白いエプロンを身につけている。腰には小さな銀の鍵が下がっていた。


落ち着いた顔立ちで、目元には年齢相応の細かな皺がある。微笑むと、その皺が少しだけ深くなる。


マルタ。


彼女の名前も、覚えていた。


歩き方も、声も、物の置き場所が少しでもずれていると眉をひそめる癖も。


私の記憶にあるマルタそのものだった。


侍女はドレスを椅子に置き、私の顔を見た。


「お嬢様、顔色が優れませんね。よくお休みになれなかったのですか?」


「少しね」


もっともらしい答えだったと思う。


しかし、マルタは納得していない様子だった。


「ご家族付きの医師をお呼びしましょうか?」


「必要ないわ」


「本当に、よろしいのですか?」


「何度も聞かれると、あなたが医師に借金でもしているのではないかと疑いたくなるわね」


マルタが目をぱちくりさせた。


しまった。


余計なことを言ったかもしれない。


しかし、次の瞬間、彼女は小さく笑った。


「いつものお嬢様らしい冗談が聞けて安心いたしました」


「私もよ。朝食前にそれを失っていたら、悲劇だったもの」


マルタは笑みを浮かべながら、身支度の準備を始めた。


私はその様子を観察した。


声も、表情も、動きも、記憶にあるものと一致している。


もちろん、それだけで何かを証明できるわけではない。


けれど、ひとまずの手がかりにはなる。


夢だとしたら、あまりにも細部まで再現されている。


本当に過去へ戻ったのだとしたら、どこまでが以前と同じなのかを確かめなければならない。


そして、記憶が混ざっているだけなのなら、何を信じてよいのかを見極める必要がある。


私は、侍女に自分の死を何度も経験したなどと話すつもりはなかった。


貴族の屋敷であっても、そんな会話は説明に困る。


下手をすれば、医師だけでなく神官まで呼ばれかねない。


それだけは避けたかった。


身支度を終えると、私は鏡の前に立った。


選んだのは、濃紺のデイドレスだった。


上質な布地が腰のラインに沿い、スカートは足首まで優雅に広がっている。袖口と裾には銀糸で植物の模様が刺繍され、立ち襟には控えめなレースがあしらわれていた。


背中には真珠色のボタンが並び、結び目を整えられた青い絹のリボンが、長い髪の一部をまとめている。


残りの髪は肩から背中へ流れ、銀灰色の光を帯びていた。


マルタが、小さなサファイアの耳飾りと、ヴァレンシュタイン家の紋章を刻んだ銀のブローチを選んだ。


最後にもう一度、鏡を見る。


非の打ちどころのない、貴族令嬢の姿だった。


これから社交の場へ出ても、誰も疑問を抱かないだろう。


私の頭の中を覗きさえしなければ。


もし誰かが今の私の思考を知ったら、柔らかな寝台ではなく、壁にクッションを貼り付けた部屋で休むことを勧めるに違いない。


「お嬢様、旦那様がお食事の席でお待ちです」


「わかったわ。行きましょう」


部屋を出ると、広い廊下が左右に伸びていた。


ヴァレンシュタイン邸の廊下は、天井が高く、両側には大きな窓が並んでいる。壁面は濃い木材の腰板で飾られ、その上には歴代当主の肖像画が掛けられていた。


絵と絵の間には、青銅製の壁灯が取り付けられている。足元には青を基調とした絨毯が敷かれ、歩くたびに靴音を柔らかく吸収した。


廊下の先には、大理石の階段がある。


手すりには金色の葉を模した装飾が施され、踊り場にはヴァレンシュタイン家の紋章を描いた大きなステンドグラスが飾られていた。


朝日が色ガラスを通り抜け、床に青や銀の光を落としている。


私は階段を下りる途中、壁に掛けられた肖像画の前で足を止めた。


描かれていたのは、灰色の髪と青紫色の瞳を持つ男性だった。


黒い儀礼服を身につけ、厳格な表情でこちらを見つめている。


額縁の下には、かつてのヴァレンシュタイン公爵であることを示す銘板があった。


この場所を通るのは初めてではない。


何百回、何千回と通り過ぎてきたはずだ。


それなのに、ふと奇妙な感覚に襲われた。


以前の人生のどこかで、この肖像画には布が掛けられていたような気がしたのだ。


なぜだろう。


何か理由があったのだろうか。


思い出そうとしたが、何も浮かばなかった。


残ったのは、説明できない不安だけだった。


私は再び歩き始めた。


階段を下りるにつれ、磨かれた木材の匂いに代わって、焼きたてのパンと紅茶の香りが漂ってきた。


朝食の時間だ。


食堂は明るく、東向きの大きな窓から庭園を一望できる造りになっていた。


中央には長いオーク材のテーブルが置かれている。ただし、今朝用意されている食器は、その片端に三人分だけだった。


父はすでに席についていた。


ヴァレンシュタイン公爵。


銀色を帯びた濃い灰髪と、私によく似た青紫色の瞳を持つ男性だ。厳格な一族の人間らしく、顔立ちは引き締まり、表情にも威厳がある。


しかし、目元に刻まれた細かな皺が、その印象をわずかに和らげていた。


黒い礼装用の上着には控えめな刺繍が施され、右手の薬指には公爵家の紋章を刻んだ指輪が光っている。


父は手元の書類から顔を上げた。


「おはよう、ヴィオレッタ」


「おはようございます、お父様」


私は軽く礼をしてから席についた。


テーブルの上には、焼きたてのパン、バター、赤い果実のジャム、ゆで卵、チーズ、それに小さなアップルタルトが並んでいる。


白い磁器のティーポットからは湯気が立ち上り、淹れたての紅茶の香りが食堂を満たしていた。


私たちは、しばらく黙って朝食をとった。


父は報告書を読み、私はパンを切り分ける。


あまりにも平穏だった。


まるで、私の頭の中で起きていることなど、世界にとって何の意味もないかのように。


やがて、私は顔を上げた。


「お父様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「構わないよ」


「今日は、何日でしょうか?」


父は書類からゆっくりと目を上げた。


その表情を見た瞬間、私は質問を後悔した。


「君の部屋のカレンダーに書いてある日付だが……何かあったのか?」


「念のため、確認したかっただけです」


「忘れてしまったのかい?」


「昨夜、あまりよく眠れなかったものですから」


父は数秒、私の顔を見つめた。


「具合が悪いのなら、今日は休んでもいい。学園の予定をすべて優先する必要はないのだから」


その声には、わずかながら本当の心配がにじんでいた。


私は少しだけ罪悪感を覚えた。


自分でも答えを知らない質問で、父を不安にさせる理由はない。


「ありがとうございます、お父様。体調は問題ありません」


父はうなずき、再び書類に目を落とした。


そして、何でもないことのように話を続けた。


「そういえば、アーデルハイト王立学園から新しい奨学生の受け入れについて連絡があった。確か、エミリア・ローゼンという名前だったかな。魔法の適性が非常に高いらしい。今日から授業に参加するそうだ」


私の手が止まった。


「……新しい生徒?」


「そう言ったはずだが」


「今日から、ですか?」


「そうだが、それがどうかしたのかい?」


私は父の顔を見た。


「いえ、お父様。何でもありません」


父は書類をテーブルに置いた。


「ヴィオレッタ。朝食の席で、まるで犯罪捜査でもしているかのように家族を尋問するのは、できれば控えてほしいものだね」


私は視線を皿に落とした。


「気をつけます」


父は再び書類を読み始めた。


私はパンを一切れ切り分けた。


今度は、慎重に。


――今朝の最初の目標。疑われないこと。


――結果。朝食が終わる前に父から不審がられた。


――実に幸先のよい一日だわ。


朝食を終え、自室に戻った私は、学園へ持っていく本を用意するために机へ向かった。


そこで、ふと手を止めた。


確かめておきたいことがあった。


私は一番下の引き出しを開け、青い表紙の手帳を取り出した。


普段、予定や個人的な覚え書きを記録しているものだ。


ただし、その中には、書いた覚えのない文章がいくつか残されている。


ページをめくる。


日付。


人名。


やるべきことの一覧。


図書室から返却を求められている本の題名。


どれも、特に不自然なものではなかった。


しかし、ほとんど何も書かれていないページに差しかかったところで、私は指を止めた。


そこには、黒いインクで一文だけ記されていた。


――最初に思い出した記憶を、決して信じてはいけない。


私はその文章を見つめた。


文字の癖には見覚えがあった。


大文字のVの形。


文字の傾き。


単語の最後に、私が時折加える小さな払い。


間違いなく、私の筆跡だった。


けれど、書いた覚えがない。


以前の人生で書いたものを忘れているのだろうか。


それとも、最近書いたのに記憶に残っていないだけなのか。


あるいは、自分にとって都合のよい説明を探しているだけなのか。


今の私には、どれも否定できなかった。


私は手帳を閉じた。


それから引き出しに戻し、鍵をかけた。


あの言葉が何を意味するのかは、まだわからない。


けれど、無視するべきではないことだけは理解できた。


窓辺に歩み寄る。


ヴァレンシュタイン邸の庭園が見渡せた。


白い砂利を敷いた小道。


大理石の噴水。


職人の手で整えられた生垣。


鉄製の門の向こうには、朝の光に包まれた街並みが広がっている。


屋根の向こうには、アーデルハイト王立学園の尖塔が見えた。


その街のどこかに、エミリア・ローゼンがいる。


王立記録院のどこかには、公式の歴史と一致しない記録が残されているかもしれない。


そして、私自身の記憶のどこかには、なぜ自分がここへ戻ってきたのかを示す答えが隠されている。


私は冷たい窓ガラスに手を当てた。


自分が何度、この人生を繰り返してきたのかはわからない。


これまでに何度、失敗したのかも。


手元にあるのは、断片的な記憶と、意味を理解できない光景、そして自分の筆跡で記された一文だけだ。


あまりにも少ない。


けれど、今はそれで十分だった。


本当に過去へ戻ったのなら、同じ過ちを繰り返すつもりはない。


もし記憶が間違っているのなら、そのことを悲劇が起きる前に確かめなければならない。


私は窓から離れ、本を手に取った。


「さて、ヴィオレッタ。お昼までに人生を台無しにしないようにしましょう」


そこで一度、考え直す。


「……いえ、まずは学園に到着するまで、何事も起こさないことを目標にするべきね」


話し終えた、その瞬間だった。


扉が開いた。


「お嬢様、何かおっしゃいましたか?」


マルタが顔をのぞかせていた。


私は彼女を見つめた。


「いいえ。今日は天気がいい、と言ったのよ」


マルタは窓を見た。


それから、私を見た。


「さようでございますか、お嬢様」


その表情は、私の言葉を一切信じていないと雄弁に語っていた。


素晴らしい。


屋敷を出る前から、使用人に対する信用を失いつつある。


私は息を吸い、背筋を伸ばした。


そして、何事もなかったかのように扉へ向かった。


二度目の朝が始まった。


今度こそ、結末が最初から決まっているなどとは思わない。


物語の最後に待つものが破滅なのか、それとも別の何かなのか。


それを決めるのは、私自身でありたい。


たとえ、そのために王国の歴史そのものを疑うことになったとしても。

第1話を読んでくださり、ありがとうございます!


ヴィオレッタの新たな物語が、ここから始まります。

彼女が繰り返す人生の謎や、王国に隠された秘密を楽しんでいただけたら嬉しいです。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります。


それでは、次の話でお会いしましょう!

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