それが事実
維心は、力を絶った。
テレビに掛けられていたマントは、白く何も映さなくなる。
維心は、言った。
「…これで終いぞ。」と、皆を見回して、手を下ろした。「つまりは全ては、霧の意思で行なったこと。ヴァレリーの心の中に巣食い、それが生み出す暗い感情を糧に育ち、段々に侵食していた。最後には食らい尽くすために、己からその命を差し出させようとしていた。イゴールとヴァルラムは、間に合ったのだ。」
イゴールは息をついた。
「…降り立った時に、イシードに問い質していたのを気取って出て来たヴァレリーは、もうほとんど霧だった。我らには手出しできぬところを、十六夜が気取ってくれたので間に合ったが、そうでなければ食われるがままであったところ。我らには、分かっていてもどうしようもなかったゆえな。」
ヴァルラムは、頷いた。
「ヴァレリーを殺して、中身が我らに憑かぬとも限らぬからの。月は誠に有り難い存在ぞ。」
維心は、息をついた。
「それが十六夜の存在意味であるからな。あの時、維月が見ていて、眠らされていた十六夜を起こせと碧黎に叫んだのだ。ゆえに碧黎は十六夜を起こし、十六夜は理由も分からず力を下ろした。もしかしたら十六夜ならもっと早くなんとかできたのかもしれぬ。あやつが何でも見えた事を口にする性質でなければ、そもそもがこんなことには。」
十六夜は、黙っていられなかったのか、割り込んだ。
《あのなあ、オレが仮に起きてても気付いてねぇわ。そもそも維月にだってヴァレリーの中に潜まれて、闇になり掛かってる霧に気付けなかったんだぞ?人ってのは身を持ってるから、それの中に籠もられたらこっちは見えねぇの。中まで入って見てみてぇと、発覚しねぇんだ。》
炎嘉が、言った。
「主がまあベンガルと言っていたのは、このことか。ヴァレリーの中に霧が居るのは気取れていなかったが、ヴァレリーがやったのは見ていたのだな?」
十六夜は、答えた。
《そう。見てた。親父だってルシウスだって見てたと思うぞ。言えねぇだけで。でも、あの時オレが口を滑らせてヴァレリーが犯人だって言ったとしても、お前らどうしたよ。いきなりヴァレリーを殺してヴァルヴァラを助けようとしたんじゃねぇのか。その間に、いったい何があったのか、全く分からねぇままヴァレリーは霧に憑かれた犯人だったなーって判断で全部終わりにしてただろう。アクサナも、ヴァレーリアもどんな想いで生きたのかも分からず終い。何事も順序ってのがあるんだろう。オレらが手を出すなって制限されてるのも、そこんとこがあるんだと思う。だからこれは、いつか起こるべくして起こったことだ。後は、全部知った今ヴァレリーをどうするかだろ?》
十六夜にしてはもっともな事を言う。
維心は、言った。
「…それは、我らが決めることではない。」と、ヴァルヴァラを見た。「被害を受けたのはヴァルヴァラぞ。そして加害者に責任があるのはイゴール。主らが決めるが良い。が、一つ言わせて貰おうぞ。術の記憶は、ヴァレリーの中に残す事は許さぬ。今ここで、眠るヴァレリーの中から記憶そのものを引き出し、我がこの手で消滅させたいと思っている。否とは言わせぬ。あの術を知る者を、残しておくことはできぬから。あやつを今すぐ始末すると言うのならこの限りではないがの。」
ヴァルヴァラとイゴールは、顔を見合わせた。
ヴァルヴァラは、口を開いた。
「…そもそもが、被害を受けたとはいえもとは我が祖先が作り出した、術のせいなのです。なのでこの事に関して、イゴール殿に我から何かを求める事はありませぬ。」
イゴールは、それを聞いてため息をついた。
「…我も、己の身から出た霧がヴァレリーに憑いてこのようなことをしでかした事実は、己に責任があると思っている。ゆえ、ヴァルヴァラに何か申せる立場ではないな。」
炎嘉は、言った。
「ならば今回は痛み分けということで、その事に関してお互いに責任は問わぬとしよう。それで、ヴァレリーの処遇ぞ。このまま生かすのならば、維心が記憶を引き出して消す。どちらにしろ今は、霧に憑かれた後遺症で回復せぬから、すぐには目覚めぬだろうが、あやつをどうする。」
イゴールは、言った。
「我としては、あやつが悪いとは思うておらぬし、我が血筋に繫がる命。生かしてやりたいと願うが、ヴァルヴァラはどう思うのだ。」
ヴァルヴァラは、ため息をついた。
「…もとより、兄を手に掛けるなど考えてはおりませぬ。性質があまりにも悪いのならと覚悟して参りましたが、記憶を見たところ、霧に抗っておられた。目覚めたら、ゆるりと話してみたいと思うもの。記憶を取って生かしておけるのならば、そうして頂きたいと思います。」
炎嘉は、頷いた。
「…決まったの。」と、維心を見た。「ならば維心、我らの懸念を消して来ようぞ。そのためにここへ参った。さっさと術の記憶する取り出して、消してしまおう。」
維心は頷いて、寝室へと足を向けた。
炎嘉もそれに続き、他はその場で留まって、それを待つ事にしたのだった。
維月は、日が暮れた龍の宮でその決定を見て、ホッとしていた。
ヴァレリーは、ただ寂しかったのだと思う。
それを霧に付け入られて、憑かれてあんなことを知らぬ間にしでかしてしまった。
今は回復途中なので、ヴァレリーの心がどこまで元通りになるのかも分からない。
だが、命を取られてしまったら、ヴァレリーは挽回する時も与えられずに、黄泉で暗い場所へ行かねばならないのだ。
それを碧黎から聞いてしまった今となっては、少しでも生き長らえて、罪を償って欲しかった。
維月は、言った。
「…これで、ヴァレリーはとりあえず挽回する機会を得ましたわね。あちらでヴァレーリアと再会することも夢ではなくなったのでは。」
十六夜が、言った。
《でもよ、ヴァレーリアは転生の準備に入ってるとな親父が言ってたよな。間に合うのか?あいつ、処刑されないならまだまだ生きそうだけど。》
碧黎が、答えた。
《間に合わぬな。》維月が顔をしかめる。碧黎は続けた。《もうあれから三百年ほどぞ。ヴァレーリアの意識としては、己の血族を案じてならぬから、アクサナと共にまたアマゾネスのどこかに転生したいと考えておるようぞ。その際に記憶が消えると知っておるゆえ、躊躇って時を取っておるだけで、もういつなり転生できる状態なのだ。ヴァレーリアは、イシードが来るのを待つつもりだったのだが、思いの外イシードが長生きしておるので、どうしたら良いのかという感じであるな。》
維月は、それは迷うだろうな、と気の毒に思った。
「ならば…迷うでしょうね。イシードには会いたいけれど、我が子達が争う様も気になるし、それに心ならずも王座に就いたヴァルヴァラのことも。ヴァレーリアと、直接話せたら良いのですけど。お父様は話して来られるのでしょう?」
碧黎は、答えた。
《話せるが、あちらにしたら誰だとなろうな。1から説明するのも面倒であるし、いくら我でも黄泉では長く滞在できぬ。》
維月は、首を傾げた。
「…維心様にお願いしたら、黄泉の門を開いてくださるかしら。」
碧黎は、慌てたように言った。
《こら!黄泉の門まで来るのにかなりの気を消耗するのに、またしばらく転生まで気を溜め込まねばならぬのだぞ!だいたい、見ず知らずの主や維心が呼んで、ヴァレーリアが来るかと言うたら来ぬと思うぞ。数年分の気を消費してまで、主らと話したいとはあちらは思わぬ。主も興味本位はやめるが良い。》
維月は、頬を膨らませた。
「別に興味本位ではありませんわ。話を聞いて差し上げたいと思うただけですの。お父様には私の心地が分からぬのですわ。」
碧黎は、息をついた。
《しようのない奴よ。ま、方法がないわけではない。》え、と維月が顔を上げると、碧黎は続けた。《黄泉の道へこちらが参って、そこで門を開くのだ。さすれば、維心が地上に開く門とは違い、あちらに近い位置に門が開くゆえ、あちらも気軽に来る事ができる。こちらが気楽に行く事ができぬだけで。》
維月は、目を輝かせた。
「ならば維心様にお連れ願ったら、行けるかも知れぬのですね。」
十六夜が、言った。
《ちょっと待て維月、そんな事のために維心に気を消費させて亀裂を開いてもらうのか?黄泉の道ってのはそんな軽々行っていいとこなのかよ。やめとけって。》
碧黎も言った。
《十六夜の申す通りぞ。わがままを申すでない、維月。維心は世を平らかにするために地上に居るのに。そんな事のために使う気は与えておらぬつもりぞ。》
維月は、二人に叱られて拗ねたような顔をした。
「…分かりました。安易に考えて申し訳ありませぬ。ただ、話したいなと思うただけですの。」
碧黎は、言った。
《世の多くが黄泉へ逝った者達と話したいと願っておるわ。それを皆叶えてやるわけには行くまい。まして、主はヴァレーリアの縁者ではないのに。無理を申すな。》
維月は、確かに言い過ぎたけど、も思いながら窓に背を向けた。
ただ、ヴァレーリアが何か、遺した者達に言いたい事があるのなら、伝えてやりたいと思っただけなのだ。
ただ拗ねたように見えた十六夜と碧黎は、ため息をついたのだった。




