烏の話
《王よ。お忙しいのは承知で参りました。我はこちらのカラスの長でございます。我らが見た事を、お話できるのは我だけなのです。他はまだ我ほどに生きてはおらず、未熟で念を使う事ができませぬで。》
皆が、驚いた顔をした。
ここまでハッキリと念を送って来る神ではないものを初めて見たのだ。
炎嘉は、息をついた。
「…そうか、主は神格化一歩手前まで来ておるのだの。見たものとは、何を見た。こちらへ参れ。」
カラスは、それを聞いて窓からスーッと入って来て、床に着地すると、深々と床に頭を垂れて言った。
《はい。こちらに住む男が、不穏な気配を漂わせながら結界外へと出向いて参る様を。我は目立つので、配下の者達に後を追わせて仔細を報告させました。最後にはおかしな術を使ったので、それをご報告せねばと思いましてございます。》
こうして見ると、鷲かと思う程に大きい。
炎嘉は、頷いた。
「ならば聞こうぞ。その始めから申せ。」
カラスは、顔を上げた。
《はい。まず、そちらの男と共に、ここに住む男は珍しく結界外に出掛けて行きました。我らは結界は関係なくあちこちに住むので、外の者達からあちらの何も無い岩場に二人が来た事を知らされました。その時はそうか、程度で特に気にも留めずに放置しておりましたが、その後また、こちらに住む男が一人でそちらへ向かった由。あちらでも、あんな場所に何があると、何度も訪問するのに怪訝に思うて見ておったらしいのですが、その男はそこで長く滞在し、ウロウロとした後ただの岩場だと思うておった所を軽々と岩を横に押して避け、中に入って行ったそうです。洞窟があると我に報告して来たので、我はそれを知りました。》
それは、墓場だろう。
皆が、そう思った。
炎嘉は言った。
「それは墓ぞ。開け方を知れば軽く開くが、知らねば開かぬのだ。そやつは長くそこで開け方を模索しておったのだろうの。して、その後は?」
カラスは答えた。
《その後、男は何かを手に出て来て、急いでこちらへ戻って参りました。その後から、不穏な気配がこの家から湧き始め…我も、我が眷属達にはこちらへ近付かぬように申しておりました。元々犬どもがうるさいので、ここにはあまり近付かぬので、問題はありませんでしたが、それでも厄介なものだと警戒はしておりました。犬も気付いているようでしたが、ムラがあって。不穏な気配が出ておる時と、そうでない時ありました。我が深く調べたところ、気取れぬ時は隠しておるだけで、その気配がその中に在るのは変わらない事を知りました。》と、雷嘉の方を見た。《その犬の神が来ておる時は、終始その気配はありませんでした。恐らく隠していたのだろうと。》
雷嘉は、ふと思い出した。
そういえば、森を散策している時も、鳥は遠く木の上にとまっていて、こちらを見ていた。
監視されていてのだ。
あまりにも自然過ぎて、何も気取れなかった。
炎嘉は、言った。
「…人の身の中に居ると、月ですら闇を気取れぬと聞いておる。時々気取れたのは、その身の内に巣食った霧が出ておる時だったのだろう。して?その後は。」
カラスは答えた。
《その後、何事もなく過ごしておるように見えましたが、ある夕刻、我が眷属が激しく騒いで。何事かと見に参ると、その日はその気配を隠そうともしない男が、黒いマントで頭まですっぽりと隠して、急ぎ足で外へ向かうのを発見しました。人のはずの男の動きは早く、よく見ると足元が少し浮いていて、飛んでいるのだと分かりました。それは我が眷属が騒ぐ様を面倒そうに見て、あの岩場へと向かいました。そこには、女神が二人、男神一人居て、何やら話しておりました。我が眷属に紛れて、我自身が見ておる前で、あれは何やら術を放った。二度、放った後に女神に斬りつけられて、怪我を負った瞬間、スッと不穏な気配は去り、それは急いで逃げ出しました。そのままこちらへ戻って来て、家の中で長く震えておりました。斬りつけられた腕は、一瞬で傷が消えてなくなりました。それからは、こちらで籠もりきりで、動きはありませぬ。》
イシードが、困惑した顔をした。
「…飛んだと?あやつは飛ぶ事など知らぬはず。ヴァレーリアは決してあやつの前には姿を現さず、飛んだ姿を見せたこともなく…私とて、もちろん飛べぬので、ヴァレリーが飛んだ姿は見たこともありませぬ。」
維心が、息をついた。
「…人とて、その気になれば飛べる。すぐに気が尽きて長くは無理だが、能力的には無理なことではない。ましてヴァレリーはヴァレーリアの血を引いておるのだし、飛べぬはずはない。霧が憑いて、己の能力を知り使いこなせるようになったのだろう。つまりは、やはりヴァレリーがやったと言質が取れた事になるの。わかっておったことであるが。」
炎嘉は、頷いた。
「とりあえずあやつの記憶の玉を取るのに正当な理由ができたわ。これまでは恐らくそうだと思われておるだけで、霧が嘘を言ったとしてもおかしくはなかったからな。」と、カラスを見た。「ところで、主は後少しで神格化する。どうする、神格化すると回りもそれに影響されて神格化しやすくなって来るゆえ、恐らくここにはカラスの神が多くなるだろう。それを束ねていかねばならぬが、ここはベンガルの領地ぞ。主は我を王と呼んでおるが、イゴールに仕えねばならぬことになる。」
カラスは、面倒そうな顔をした。
まるで人のような様子に皆が驚いたが、カラスは言った。
《…野生のベンガルには我らどれだけ狩られて被害を受けておることか。あれらが神でないことは分かっておりますが、そのベンガルの王の結界内で神として仕える心地にはなれませぬ。》
野生ならば生きる為にいろいろ狩るだろう。
炎嘉は、息をついた。
「まあ…島へ来ても良いが、あちらにも我に仕える烏の種族が居るゆえ、主らは同じ烏と言えども別々に縄張りが欲しいだろうしのう。まあ、後で考えるわ。とにかく、主がどうしたいのか我が帰るまでに考えておけば良い。島へ来るのか、ここへ残るのか、それともベンガルの結界を出てどこかの空いた土地に根を生やすのか。話し合って参れ。話の分かる烏も多くなっておるのだろう。それらは等しく主の後を追って神格化するぞ。話しておくが良い。」
カラスは、頭を下げた。
《は。では失礼致します。》
カラスは、窓枠に窮屈そうに戻ると、そこから大きな翼を広げて飛び立って行った。
イゴールが、言った。
「…我とてあやつらが結界内で見ておると思うたら落ち着かぬわ。あやつらはベンガルを疎んじておるようだが、ここは我らの土地だと申すに。」
炎嘉が、苦笑した。
「許してやれ。主とてもし野生の龍がおってベンガルを目の前で狩られたら、良い気はせぬだろうが。同じことよ。」
維心が、言った。
「騒がしかったのは鳥ばかりか。到着した折、森がうるさいなと思うておったのよ。」
炎嘉は、頷く。
「その通りよ。王だ王だと騒がしいゆえ、来るなと念を放っておったら遠巻きにこちらを見ておった。そしてあのカラスも気取って、我に報告せねばと来たのだろう。あのカラスは、ほとんど神ぞ。そして回りを囲む偵察しておるカラス達も、皆それに引きずられて近くなって来ておる。神も油断はしておれぬのよ、時にあんな奴らが居るゆえ、どこで見ておるか分からぬからな。主らも気を付けよ。」
炎嘉は、フフンと笑って言う。
イゴールが、イライラと言った。
「…我は見られて困るようなことはない。それよりヴァレリーの記憶ぞ。早う済ませたいのではないのか。」
そうだった、と維心は頷いた。
「あやつはどこぞ。案内せよ。」
イシードが頭を下げて、そうして奥の扉へと皆を案内した。
扉の向こうには、ヴァレリーが木製の粗末な寝台の上でまだ眠り続けていたのだった。




