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島では

《…ヴァレーリアの禁書を読んでるな。》十六夜は言った。《見たか、維月。》

維月は、一人居間に座って涙を拭いながら、頷いた。

「見た。テーブルの上に置いてくれてたから、よく見えたわ。イゴール様からはまだ薄っすら霧が出てるし、それを使えばめっちゃ見えるの。」

十六夜は、ため息をついた。

《困った奴だな、イゴールも。分かるんだよ、自分が悪いわけじゃねぇのに夜明け前から叩き起こされてさ。ベンガルの王ってだけで、アマゾネスが勝手に作った術に振り回されてるわけだしよ。だが、そろそろ霧を出すなっての。》

維月は、言った。

「イゴール様からの霧は、維心様方すら気付かないくらいに僅かなものになってるわ。そこはお責めしたら可哀想よ。イライラしてたら、みんな出すぐらいのものだしね。特に、盛大に霧を放出していた後だから、抑えるのも難しいわ。それより、ヴァレーリアの気持ちが…月の宮に来たいと思っていたなら、そう言ってくれたら良かったのに。病だって月の宮なら治せたわ。やっぱり、イシード様の所へ逃げたとか思われて、探しに来られてヴァレリーが見つかるのを恐れたのかな。」

十六夜は、頷いたようだった。

《多分な。あいつには守りたいものがあったから、どうしてもあそこで死ぬしかなかったんだろう。それでもヴァルヴァラだけは逃がそうとしてたわけだし、ヴァレーリアは気の毒には思う。》

維月は、下を向いた。

「…本当に、私達が知らないところでいろんな事が起こっていたんだわ。前に維心様が言ってたよね。見えてるところだけ助けて、見えないところを助けないのは…って。その通りだわ。ヴァレーリアは死ぬ事はなかったのに、見えてないから救えなかった。この事件がなかったら、ずっと知らないままだったかもしれない。世界には、もっと理不尽なことが起こってるだろうに、私達は知らない。知らないから放置してて、知ってるところだけ助けてって、自己満足でしかない…やっと、分かった気がする。不公平なのよ、助けるなら全てを助けないと。」

十六夜は、言った。

《ほんとにな。維心はいつも、もっともな事を言ってるんだろうが、オレ達は感情で判断しちまうから。でも、それも必要なのかもだぞ?全てを救えないからって、全てを見捨てるのは、また違うと思う。良いんだよ、オレ達は間違えて学んでくんだからさ。親父は何にも言って来ねぇし、今はこれで問題ねぇ。》

維月は、ため息をついた。

「考えたら、お父様って全部見えててアマゾネスのことも知ってたわけでしょう。かなり悟ってないと、傍観なんて難しいわ。私、お父様の域まで、まだまだ行けそうにない。」

すると、碧黎の声が答えた。

《人も神も死ぬ。我はそれを途方もない数見て来たゆえな。果ては不死のはずの主らの前世すら見送った。悟りもするわ。そも、主らも知っておるだろうに。黄泉は休む場であり、黄泉へ行く事は不幸ではない。やり切った魂の休む場所。ヴァレーリアは今は、次の転生を待って幸福にしておるよ。不幸な生は、もう記憶も遠く去った。主らが案じる必要などない。》

それはそうかもしれない。

今、維月達が真実を知って、ヴァレーリアを悼んでいても、当のヴァレーリアはもう数百年黄泉に居て、そちらでアクサナと共に見守っているのだろう。

あちらからしたら、今更なのかもしれない。

《なんだかそう言われちまうと悲しみも失せるわ。確かにあれは、数百年前なんだもんなあ。今更何言ってんだって、あっちじゃ呆れて笑ってるかも知れねぇのによ。》

維月も、何やら自分が悲しむことすら自己満足のような気がして来て、なんだか白けてしまった。

「…ほんとに。お父様ったらもう。でも、仰る通りだものね。今ヴァレーリアが幸せならいいか。」そして、ハッとした。「…そういえば、レイティアは?お父様、あちらでヴァレーリア達と話しておるのでしょうか。」

碧黎は、答えた。

《…主らには言うが、神には申すでないぞ。レイティアは、ヴァレーリアには会っておらぬ。場所が違う…あれは、やったことがやったことであるしな。あれのせいで幾人が死ぬことになった。そして、あれが命じたせいで生じた術はどうなった。それを考えたら、自ずと分かろうほどに。あやつは暗くさみしい場所に居る…せめて術が、世から消えたら少しは良い場所に上がって、そちらで他の誰かと…そうだの、アディアぐらいには会える階層に行けるかの。》

アディアも、レイティアの娘で公に育てられていた女神だ。

アディアも、早くに黄泉へ向かう事になって、しかしいろいろやらかしていたので、そう良い所でもないのだろう。

レイティアは、それ以下の所に居るのだ。

「…そうですか。ならば、ヴァルヴァラの頑張り次第で、レイティアも少しは救われるのかもしれませぬわね。」

碧黎は、答えた。

《そうだの。まあ、下には下が居るゆえ、消滅させられなんだだけでも良かったのだ。階層は下がれば下がるほどに孤独で暗く、寒い。転生もできぬ。せめて転生が許されるほどまで、上がって来られたら良いなと我も思う。》

未だに皆が煩わされる膜の術は、それだけ罪が重いのだろう。

となると、ヴァンパイアを滅ぼしかけたベンガルのイサークは…?

「お父様、イサークは?それに、イリダルは。その後どうなりましたか。」

碧黎は、しばらく黙ってから、答えた。

《…イサークは、消滅した。あの術は、元は人を救うためにベンガルの王族に与えられたものだった。それを、あんな風に使う初めとなったあやつの罪は重い。あれで幾人が犠牲になった。それを模倣し始めたイリダルも罪は重いが、あれは人に落とされてから、初心に戻って多くの人を導き、助けて生きて死んで、今も血族がそれに倣って人を助け続けておるゆえ、いくらかマシな所へ行った。ヴァレリーも、ゆえにこのままでは死んだら良い所へは行けぬ。イリダル達よりはいくらかマシだが、それでもあの術を悪意を持って使った罪はかなり重いのだ。これより、改心して良く生きれば挽回はできる。》

思っていた以上に、あの術の使用は重い罪であるらしい。

維月も十六夜も、黄泉でのジャッジはいまいちよく分からなかったが、とりあえず真っ当に他を助けて生きよう、と肝に銘じた。

「…お父様は、消滅をお止めになることはできぬのですか?」

維月は、一応聞いてみた。

碧黎は、苦笑したようだった。

《できぬ事はない。が、黄泉のシステムを作ったのは天黎であり、そのシステムが要らぬと判断したものを留めておくことはできぬ。我には、そこまでイサークに思い入れがあったわけではなかったし、留めた後の責任を取ろうとまで思えなかった。ゆえに、黙って見ておった。時に我自身が、命を消した事はあるが、かなりの力を要する上、やり直す機会を閉ざすのは気が重いので、余程のことがなければやらぬ。全ては黄泉任せよ。》

維月は、それを覚えていた。

滅多にそんなに怒らない碧黎が激怒したのは、己の命を留めるために、仙術を使って赤子の寿命を取り込み、生き続けた男が見付かった時だ。

見せしめの為に、皆の前でその命を押し潰してしまった。

その時、大きく気を消費したので、十六夜が案じていた。

十六夜が、言った。

《…覚えてる。赤子の命を吸い取ってた奴だろ。名前は忘れたけどよ。》

碧黎は、答えた。

《あれは見せしめ。二度とそんな事をしようという輩が出ぬように、転生も許さぬぞと神世に釘を刺したのだ。あれからはやらぬ。やはり心に重い。後から天黎に聞いたら、普通に黄泉へ渡っていても消滅した命だったらしいがの。皆の前でやることに意味があったと思うゆえ、あれはあれで良かったのだ。》

維月は、頷いて空を見上げた。

維心達が、ヴァレリーの家に到着しているのが見えた。

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