顛末
炎嘉は、入って来ていきなり言った。
「…結局主が助けたのだの。それで術者は。」
維心は、答えた。
「まだぞ。」と、対面の椅子を示した。「座れ。」
炎嘉は、そこに座った。
そして、息をついた。
「書状を読んだがあれでは膜の術の解決にはなっておらぬ。月の宮頼みではないか。魔法陣の対抗魔法陣でも一年掛かったのに、まだあの膜の術を警戒せねばならぬか。」
維心は、頷く。
「我もそのように。が、とりあえず手がかりは揃った。後は蒼の臣下に任せるよりない。後は、ヴァレーリアの遺した書だけのことよ。」
炎嘉は、維心を見た。
「…全て取り上げたのではなかったか。」
維心は、答えた。
「それだけがなかった。知っておったが、見逃したのよ。どうするつもりなのかと思うてな。ヴァルヴァラは大層優秀な若い王であるが、その対応如何によっては愚かと判断して始末することも考えておる。いくら優秀であっても、アマゾネスをそう簡単には信じたりはせぬわ。」
炎嘉は、頷いた。
「優秀であればあるほどの。まあ良い、とりあえずは貸しができたのだ。すぐにはこちらの誰かを膜に籠めて何某かしようなどとは思わぬだろう。様子見といこうぞ。そうしておる間に、月の宮から対抗呪文ができて来るやも知れぬ。」と、息をついた。「それで、イシードがヴァレーリアとかいうヴァルヴァラの母親と恋仲であったと?」
維心は、頷く。
「その通りぞ。あちらは、王族に男が混じる事を嫌い、女王が男を産むことは許されなかったらしく、生まれたらさっさと殺してしもうておったようだ。だが、ヴァレーリアはそれを否と、イシードとの間に生まれたヴァレリーを殺したとして隠して育てさせた。臣下がそれを見つけぬように、それまでベンガルの近くの地下に潜んでおったのを、アマゾネス城の近くに移させて、臣下の望む女王を演じて王座奪還を急がせ、イシード達から気を反らしていた。あれの側近の記憶の玉が残っておってな。それを見たのだ。」
炎嘉は、身を乗り出した。
「そんなものがあるのか。ならば我も見ておきたいもの。」
維心は、首を振った。
「ここにはない。イラリオンが持っておる。ちなみに我も直接見たわけではなくて、それを見ていた維月の記憶から見たのだ。」
炎嘉は、息をついた。
「…ならばまたサイラスの所へでも出かけて見て来るわ。それで、ヴァレリーが術者であったなら沙汰はどうするのかの。我なら甘い事などせずにさっさと消しておくが。」
維心は、答えた。
「我もそのように。だが、ヴァルヴァラは異父兄であるゆえ考えたいようだし、生かすのなら術の記憶を取ると申しておった。決まればこちらに知らせて参るだろうが…問題は、ヴァレリーの性質ぞ。主は、ヴァレリーと面識はないよな。」
炎嘉は、首を振った。
「ない。イシードも見たことはない。イヴァンの頃にチラと見た程度か。」
維心は、息をついた。
「そうであろうな。とりあえず、漸をここに呼んでおる。雷嘉があちらの犬であったから、知っておるはずだからの。面倒な性質で、ヴァルヴァラやイゴールを言いくるめてしまうような男であったらまずいゆえな。先に聞いておこうと思うて。」
炎嘉は、頷いた。
「良い判断ぞ。何事も先に知っておいて損はない。」
するとそこへ、鵬がやって来て膝をついた。
「王。」
維心は、鵬を見た。
「なんぞ、会合は終わったか。」
鵬は頷いた。
「は。アマゾネス城より、此度の御礼と書状と品が参っておりまして。ご報告に参りました。それから、漸様がお越しになられて、義心がこちらへ案内して参ります。」
維心は、頷いた。
「書状は主が適当に返事をしておけ。品は後で維月に改めさせて、欲しい物があったらやるが良い。残りは主らで保管せよ。」
鵬は、頭を下げた。
「は!」
また、開いたままの扉の向こうから、義心と漸、それに雷嘉が歩いて来るのが見えた。
炎嘉が、言った。
「漸!早う来い、待っておった。」
漸は、それを聞いて浮き上がると、急いでこちらへ飛んで来た。
雷嘉も義心も、急いでそれに倣って飛んで来る。
漸は、着地して言った。
「急に呼び出しおって、何事ぞ。暇だったから良かったものの、我とて忙しい時があるのだぞ。」
維心が、言った。
「聞きたい事があるのだ。」と、雷嘉を見た。「雷嘉に。別に我らがそちらへ出向いても良いが、臣下が構えるだろうが。」
漸は、気まずい顔をした。
「…主らが精査に来た時の事件を、未だに覚えておるゆえな。まあ良い、それで、雷嘉に用か。」
鵬と義心が頭を下げて出て行き、扉が閉じる。
炎嘉が、頷いた。
「とにかく座れ。」と、二人が座るのを待って、続けた。「雷嘉、主はイゴールの所に居た時の事を覚えておるよな。それとも犬であったから記憶は曖昧か。」
雷嘉は、慌てて首を振った。
「いえ、我は生まれた時より覚えておりまする。」
漸は、頷いた。
「こやつはそういう生まれであるからの。元々素質があって神格化した。生まれた頃から、そこらの人より賢しかったはずぞ。」
維心は、頷いた。
「ならば好都合よ。とにかく、掻い摘んで話す。聞くが良い。」
維心は、ヴァルヴァラの事から漸と雷嘉に話し始めた。
侍女達が、茶を運んで来て皆に配り、また去って行くのを後目に、維心は昨日の事まで全部一気に漸に話して聞かせて行った。
それを聞き終えて、漸は眉を寄せて雷嘉を見た。
「…そういうことなら、雷嘉に聞けば分かるだろう。つい最近も、大会合の後からひと月ほどあちらへ里帰りして来たばかりなのだ。その折、会っておろうし。」
炎嘉が、おお、と雷嘉を見た。
「ならばヴァレリーはどんな性質の男ぞ。面倒ではないのだろうの。」
雷嘉は、困ったように顔をしかめた。
「…ヴァレリーは、落ち着いた性質の男であります。とは言うて、根暗な性質ではなく快活で、本来明るくよう話す神でありますが…このほど我が帰った時には、何やら胸に物思いがあるようで。父親が、己の生い立ちを詳しく話してくれぬ事を気に病んでおるようでした。その事でイシードとの間に距離があり、我もどうしたものかと思いながら戻って参ったのですが。まさかあのヴァレリーの中に、闇になろうという霧が巣食っていたなど思いもせずで。」
炎嘉は、言った。
「己の生い立ちか。イシードは話しておらなんだのだの。」
維心は、頷いた。
「それも記憶で知っておるが、どうやらヴァレーリアがそうイシードに頼んで死んだようでな。何かあった時に、ヴァレリーの記憶の中にアマゾネスがあっては、それを知られて始末されるかも知れぬと恐れたようだった。イシードはそれを守っておったのだろう。」
雷嘉は、言った。
「ですが今のお話では、ヴァレリーは既に知っておったようですな。その、ヴァレーリアの禁書を読んだのでしょう。イシードは、そういえば最近になって、母親のことを知りたがるヴァレリーに、墓の場所は知らせたと話しておったのです。アマゾネスとは言っておらぬでしょうが、禁書を見つけたならばその内容から察したはずです。」
炎嘉は、頷く。
「その通りよ。知っておったが、父親の口から聞きたかったのやも知れぬ。書だけなら、どういった経緯でそうなったのかも、分からぬはずであるしな。そもそも、内容はどういったものであったのか。膜の呪文の他に、何が書いてあった?」
維心は、首を振る。
「知らぬ。見たのはヴァレリーとイゴールの二人きりぞ。まだヴァルヴァラですら中を確認しておらぬと十六夜が言うておった。何しろ、知れば使うのではないかと疑われるし、イゴールだけが見ても見なくても同じであるわけだからな。中身が知りたければ、イゴールに聞くしかない。」
炎嘉は、息をついた。
「仕方がない、北へ行くか。イゴールとて無関係ではないのだ、責任を問われても文句は言えぬ。何しろ、己の眷属であるし、血筋も同じ男で、イゴールが霧を生み出したりしたからそんな事になっておったようだしの。我らが問うて、答えぬわけには行くまいが。」
漸が言う。
「だが、あっちのことでこっちは無関係だとか言われぬか?膜を警戒する理由は嫌ほど分かったが、これはとりあえずあちらの事であろう。わざわざ出掛けて行くようなことか。」
維心は、立ち上がった。
「我がヴァルヴァラを膜から救出したことで、もう無関係ではなくなった。確かに直接行って聞いて来るのが一番良いわ。」と、奥への扉を振り返った。「聞いておったの、維月。我は出掛けて来る。帰りは…遅くなるやも知れぬ。」
何しろ、向こうは今夜中だ。
とりあえずサイラスの城へ行って炎嘉と漸にアクサナの記憶を見せてから、ベンガル城へと向かえば良い頃合いだろう。
維月が、慌てて出て来た。
「はい!ではお着替えを。」
維心は頷いて、今度は外出用の着物に着替える。
…我も行くのか。
それを待ちながら、漸はため息をついたのだった。




