ヴァレーリアの恋
それからも、ヴァレーリアは毎日その男に会いに出掛けた。
そのうちに、相手もヴァレーリアの美しさに愛するようになったらしく、一人で犬を連れずにやって来ては、ヴァレーリアと会うようになった。
ヴァレーリアは毎日幸せそうで、サーシャはあの男を殺さずで良かった、と思った。
こんな隠れ住む毎日の中で、気が紛れる事がある方が、ヴァレーリアにとっても良いと思ったのだ。
そのうちに、ヴァレーリアは相手の男の家に入りびたるようになった。
時には夜も戻って来ない時が続き、さすがにサーシャは言った。
「ヴァレーリア様、人であるのでほんの僅かな時であるのは分かっておりますが、まだご成神もされておらぬのです。あの男の寿命が終わる頃にやっとご成神でありましょう。今は、まだ百五十ほどであられるのですから。弁えてくださらないと。」
ヴァレーリアは、サーシャを睨んだ。
「そのように申すな。あれは、我が神だと打ち明けた時に、その初めから知っておったと教えてくれた。勘の良い人で、神が見えるのだと言っておった。我が偽りを申しておったのに責めることもなく、我と共に愛して側におってくれるのだ。長く共に居られぬのに、今側に居て何が悪い。時々しか会いに行かぬでも、あやつは我以外を側に置く事もなく、待っていてくれるのだぞ。あやつは明るく何の穢れもない人ぞ。我は、あやつが死んでもあれ以外など考えられぬ!」
サーシャは、慌てて言った。
「ヴァレーリア様、我らがあやつを黙認しておるのは、今はとりあえずそれでも良いと思うておるからでございます!いつかは神との間に子を成して、次の女王になるべき血筋を残してくださらねばならないのです!あやつは人なのです、仮にお子ができても、それでは跡は継げませぬ!」
ヴァレーリアは、サーシャを睨んだ。
「うるさい!わかっておるわ!血筋が何ぞ、我は女王などになりとうなかったのに!ただあやつと幸福に生きていたいだけぞ!我は…我はそれでも主らのためにとここへ戻るのに…!」と、いつの間にか入口付近で戸惑いがちに立って聞いていた、アクサナを見た。「アクサナ!参るぞ!」
アクサナは、頭を下げる。
サーシャは、それを呆然と見送ったのだった。
それから、ヴァレーリアは戻っては来るものの、サーシャとは言葉を交わさなかった。
アクサナは側に控えているので、どうやらアクサナにはいろいろと相談したりしているらしい。
サーシャは、悪いと思いながらも気になって、ヴァレーリアとアクサナが話しているのを盗み聞きした。
「…ならば、あの男は人に落とされた神の末裔だと?」
アクサナが言うのに、ヴァレーリアは頷いた。
「そのようぞ。ゆえに神ではないが、あやつはあれでもう二百年近く生きているらしい。代々そうなのだと聞いた。」と、腹を押さえた。「…この子は、ゆえに人ではないし、多く神の血を引く子であろう。それでも、女王にはなれぬか。」
アクサナは、ため息をついた。
「…それでも、混血であるのは変わりなく。恐らく反対されましょう。もとは神の血を引いてはいても、結局は人であるのですから。王といただくには、恐らく純粋な神でないと…厳しいのでは。」
ヴァレーリアは、息をついた。
「そうか。そうであろうの。だが、我はあやつ以外など皆その辺の岩のように感じる。他の男となど…考えただけでも怖気が走るものよ。なぜに皆はいろいろな男とそんなことができるのだ。しかも、楽しんでおるのだろう?」
アクサナは、息をついた。
「ヴァレーリア様、皆を黙らせるためには、時が来たらお一人で良いので神とのお子を成した方が良いのです。それで、あの男が長生きならば、会いに行っても文句は申しますまい。あの男とのためなのです。その子をお産みになられて、覚悟がおできになられたら、我が適当な男を探して参りますゆえ。」
ヴァレーリアは、ため息をついて頷く。
サーシャは、思わずそこへ足を踏み入れた。
「…お子がおできになられたのですか?!」二人は、驚いたように振り返った。「そのような…!人との間に?!」
最初は驚いた顔をしたヴァレーリアだったが、キッと顔を上げると、サーシャに言った。
「だから何ぞ?我の子ぞ!跡になるとかそんな事は関係ない。我はこの子を生んで育てるつもりよ!」
そんな事が、許されるはずはない。
サーシャは、とにかく皆に相談しなければと、出て行くヴァレーリアとアクサナをそのままに、アイリーンを探して駆け出したのだった。
「…お子か。」アイリーンは、思いの外落ち着いた様子だった。「まあ、あり得る事だとは思うた。が、仕方ない。こうなったからには、女なら男に育てさせて、男なら…後に面倒が起こるやも知れぬゆえ、殺す。これまで通りにの。王族の血が、男に残るのは昔から許されておらぬ。」
サーシャは、アイリーンを見た。
「主はなぜにそんなに落ち着いていられるのだ。女王ともあろう方が、人との間に子をなど…。」
アイリーンは、言った。
「予想はできたことぞ。その男が長生きであったのは予想外であるが、それゆえ、ヴァレーリア様はその男と会うために、神との間に子を成してくだされよう。アクサナには充分申してある。仮に我らが亡うなった後に、ヴァレーリア様がごねられたら説得しよと。ゆえにそのようにヴァレーリア様に申したのだろうて。案ずるな、サーシャ。我はアクサナを信じておるし、主もアナスターシャを信じて後を任せるのだ。そのように考えて動け。どうせ我らは、ヴァレーリア様のお子の将来まで見ることは叶わぬよ。」
それはそうだが…。
サーシャは、後々まで考えているアイリーンに、自分も今のことだけでなく、自分の死後の事まで考えて、行動すべきだと思った。
…死ぬ時は、必ず記憶の玉をアナスターシャに残そう。
サーシャは、決心していた。
結局、ヴァレーリアは子に何かあってはと思ったのか、子を産むまでの一年は、戻って来なかった。
アクサナだけが行き来して、皆に報告をし、子の誕生もアクサナから知った。
「…して、男か、女か?」
アクサナは、言いにくそうに言った。
「…男でありました。」
アイリーンが、眉を寄せる。
サーシャは、言った。
「…ならばすぐに殺せ。分かっておるの、ヴァレーリア様があちらを出られたら、隙を見て必ずその子は殺すのだ。」
アクサナは、頭を下げた。
「は!」
そうして、アクサナは戻って行った。
サーシャは、ため息をついた。
「…これで少しはお目が覚めるかもの。幼い頃よりしっかりお教えしておるから、男なら殺さねばならぬ事は分かっておられるはずよ。問題ない。」
アイリーンは、頷いた。
「結局、子を成す縁はなかったということか。生きて残れば人との混血であっても面倒が起こったやも知れぬし、これで良かったのかもの。」と、伸びをした。「どちらにしろ、こちらへ戻るとおっしゃっておるのだ。あちらへ通う回数も減るやも知れぬ。後は、城の様子よな。エラストを殺す方法がないか、また仙術の研究ぞ。進めておるのだろうな、サーシャ?」
サーシャは、頷いた。
「もちろん進めておる。良い物ができそうぞ。とりあえず膜の術を基本に、絶対に回避できぬ魔法陣ができるように思うのだ。今は構築しておる最中よ。」
アイリーンは、頷いた。
「主は頼りになるの。膜の術を編み出した時には、主の頭の良さに舌を巻いたわ。とはいえ、中身は聞かぬ。レイティア様も、多くが知ると命の危機があるやも知れぬと禁じておられたしな。」
サーシャは、頷いた。
「分かっておる。我もヴァレーリア様とアナスターシャ以外には教えるつもりはない。諸刃の剣であるからな。」
アイリーンは頷いて、立ち上がった。
サーシャは、もう術のことしか考えていなかった。




