その事実
その頃ヴァルヴァラは、エフィムと共に控えに戻っていた。
そこには、アンジェラとアイーシャが待っていて、膝をついて頭を下げている。
ヴァルヴァラは、言った。
「…主らの話を聞こう。」と、エフィムと並んで椅子に座りながら続けた。「エフィムには全て話した。これから我らは共に城を守って行くと約したのだ。これにも隠し事はするでない。」
アイーシャが、驚いて顔を上げた。
「それは…女王はエフィム様に王座をお譲りすると?」
それには、エフィムが首を振った。
「いいや。我らは婚姻を約したが、我は王座に就くつもりはない。これよりは女王であるヴァルヴァラを補佐して共にあの地を治めるつもりぞ。そのためには、主らとヴァルヴァラの間に生じた亀裂を塞がねばならぬ。新しく統治するためには、過去に何があったと知っておかねばならぬしな。主らがやったこと、ヴァルヴァラから聞いた。その他に、主らが知る事があるのなら申せ。」
アンジェラが、答えた。
「…我は、もとよりヴァルヴァラ様と共に新しい世を支える役目であり、つい最近までアイーシャ達の動向は知らされておりませんでした。アイーシャも、己がヴァレーリア様に命じられた事のみしか知らぬのです。もしも、発覚した時のためにそれぞれ違う任を負い、お互いの事には触れずに来たとのこと。ですのでアイーシャが知るのは、先ほどお話ししたことが全てなのでございます。」
アイーシャが、頷いて続けた。
「アンジェラの言う通りでございます。後はダリヤが。あやつが何かを知っておるのは分かっておりますが、それが何なのかまでは我には分からず。ダリヤを呼んで、話をさせましょう。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「ならばこれへ。連れて参れ。」
アイーシャは頷いて、そうしてアンジェラに頷き掛けてから、そこを出て行った。
残されたアンジェラは、思った。
今、打ち明けるべきなのかも知れない。
何よりヴァルヴァラは、隠し事があったことを知り、アンジェラへのこれまであった信頼すら失ってしまい、心を閉じている。
自分が知ることは、全て話してヴァルヴァラの気持ちを少しでも楽にするのが、今の自分にできる事なのではないだろうか。
なので、アンジェラは意を決して顔を上げた。
「…ヴァルヴァラ様。」ヴァルヴァラは、険しい顔のままアンジェラを見る。その顔に、ありありと不信感があるのを見ても、アンジェラは怯まず続けた。「実は、アイーシャから聞いた事で、まだお話ししておらぬ事がございます。」
ヴァルヴァラは、まるで知らぬ神に対するように、冷たく言った。
「続けよ。」
アンジェラは、頭を下げた。
「は。我も聞いた時には驚いて、いつお話ししようか迷うておりました次第。実は…ヴァルヴァラ様の御母上ヴァレーリア様と、我が母アクサナは、同じ時期に同じ男と子を成しておりました。ヴァレーリア様がヴァルヴァラ様を身籠ってから、我が母がその男との間に我をなしたのだと。つまりは、我らは同じ父親を持っておるのでございます。」
ヴァルヴァラは、目を見開いた。
つまりは、アンジェラとは姉妹ということだからだ。
「それは…つまりは、主は我の腹違いの妹と?」
アンジェラは、頷く。
「はい。我などと姉妹であるとは言い出せず…今になってしまい申しましたが、確かにアイーシャがそのように。父親は、殺せというヴァレーリア様からの命で始末されたと聞きました。」
だからか。
ヴァルヴァラは、思った。
同族である以上に、アンジェラとは気の色が似ていると常、思っていたのだ。
しかも、その父親はかなりの気を持っていたらしく、ヴァルヴァラもアンジェラも、その母親を凌ぐ気を持って生まれている。
特にアンジェラは、軍神の子であるのにかなり優秀で賢く、軍でも抜きん出て強かった。
恐らく二人共に、父親の筋から継いだ力のお陰でこの能力を持って生まれたのだろう。
その父親が何者であったのか、今はもう知る由もない。
が、母達が拐って来たのだから、恐らくはぐれの神であるはずで、それなのにそんな気を持っていたのは、何やら解せない。
どこかの城で問題を起こした、世を捨てたような心の持ち主で、だからこそそんなに優秀であるのにこんな場所に囚われて来て、利用されて死ぬ事になったのかも知れない。
「…そうか。」ヴァルヴァラは、頷いた。「分かった。主は我の妹。納得が行く。その父親はいったいどんな男であったのか…生かしておいた方が利があったのに。どこぞの城から追放されて、世を儚んでおった神であったのやもな。相変わらず我が母上は、短絡的であったようよ。」
アンジェラは、なんと答えていいのか分からず、下を向いた。
「は…。」
エフィムが、言った。
「確かに主らの気を見ても、簡単に拐われるような神ではなかったはずよな。それが、意に沿わぬ行為を迫られても拒絶することなく、アマゾネス二人と子を成す事に同意した上、殺されたというのだろう。残して説得しておれば、恐らく力になったろうし、安易に殺したとは確かにヴァレーリアとは浅はかなと思うもの。まあ、昔のアマゾネスの価値観ならば、男など共に生きるに値しないと思うたのやもな。生かして利用しようなど、考えもせなんだのだろう。」
昔のアマゾネスの価値観…。
アンジェラは、思った。
昔の価値観は、自分には分からない。
男だ女だという前に、同じ神なのだからという、考えがアンジェラにはあるのだ。
恐らく、それはヴァルヴァラも同じだと思われた。
烙…。
アンジェラは、何故か烙を思い出した。
真実いったいどういった命なのかも聞く事はできず、本当の名を聞く事もできずに別れた烙だったが、アンジェラの心にはいつも烙が居た。
烙が男であるからこそ、アンジェラは男というものを粗雑に扱おうなどとは絶対に思えなかった。
そこへ、アイーシャがダリヤを連れて戻って来た。
「女王。ダリヤを連れて参りました。」
膝をつくアイーシャの隣りに、ダリヤが膝をついて言った。
「女王。アイーシャより話を聞きました。我の知ることを、全てお話しせよと。」
ヴァルヴァラは、頷いた。
「その通りよ。申せ。隠し事はならぬ。我を女王と仕えるのなら、全てさらけ出せ。そうでなければ死ね。」
ダリヤは、項垂れた。
「は…。もとより我は、何かを謀っておったのではございませぬ。我に命じたのはアクサナ殿。ヴァレーリア様はご存知ではなく、知らぬ間にお亡くなりになり申した。我は、その当時見たことを決して漏らさぬようにと仰せつかりました。もし、話せと言われたら死ねと命じられておりまする。ただ一つ、アンジェラより問われたならば、答えて良いとだけ。」
アンジェラは、驚いた顔をした。
「…主は、ヴァレーリア様ではなく我が母上に仕えておったのか?」
ダリヤは、頷いて涙を流した。
「はい。我は幼い頃よりアクサナ殿に世話になり申した。母が早くに亡くなり申したので、母とも思うてお仕えを。一度我が失敗し、ヴァレーリア様に死ねと言われた時も、アクサナ殿が庇って下さったので生き延び申した。我の命はアクサナ殿のために。あの方が亡くなられた今は、アンジェラを守って生きようと、密かに思うておりました。なので我は、このままこの場で自害致します。」
ダリヤが、剣を抜く。
が、それを一瞬早くアンジェラが弾き飛ばした。
「待て!」と、ダリヤの腕を押さえた。「我はまだ生きておるぞ!我を守るのではないのか。我が命じる。今ここで、主に母上が命じたことを全て話すのだ!」
ダリヤは、潤んだ目でアンジェラを見上げた。
そして、言った。
「…色は違うがお顔立ちがアクサナ殿にそっくりぞ。お声までそのままのように聴こえるものよ。」と、その場にまた膝をつき直した。「ならば我の知ることを、今ここで申しましょうぞ。」
ヴァルヴァラが、頷く。
ダリヤは、顔を上げて話し始めた。