アクサナの命
ダリヤは、アンジェラを見つめて言った。
「…アクサナ殿は、後を残さねばと言う女王の命に従って、我と共に北の大陸の中、目ぼしい男は居らぬかと、探して回りました。女王の希望は美しく、気の大きな男でありましたが、そんな男を我らが捕らえるのは至難の技。そんな男は皆結界内に居り、その王に守られて生きていて、拐えるはずもないのです。それでも女王の命は絶対で、我らははぐれの神の中に、そんな奇跡がないかと探して回りました。そんな毎日の中で、偶然にもこの近くの結界脇に、ポツンと一つだけ粗末な屋敷があるのを見つけました。それらはそんな環境でも品よく生きていて、それぞれが機を織り、服を縫い、それなりにまともに生きておりました。その中に、まだ少年から青年の間ぐらいの歳の、黒髪の男が居ました。その男はそんな場所に居るのに美しい見た目で、大変に珍しい黒髪に赤い瞳で。我はひと目でこれだ、と思いました。が、アクサナ殿は少し、渋られました。」
ダリヤは、遠い目をしてその時のことを思い出しているようだった。
「アクサナ殿?どうされた、あれなら歳も若いし我らでも拐える。女王がお待ちなのだ、早う連れて参ろう。」
しかし、アクサナ殿は渋い顔をした。
「…しかし…あれにも生活がある。こうして見るとまだ百年ほどの歳、子を成すことを強要するのは気が咎める。」
しかし、連日女王に叱責されて、もう面倒だと思うておった我は言った。
「そのような!これ以上の機はない。女王の命に逆らわれるのか。どうせ役目を終えたら死ぬ命、そのような気遣いは無用でありましょう。」
アクサナ殿は、しばし悩んでいたが、ため息をついてその男の前へと降りて言った。
…いきなりに、攫うのではないのか。
我が驚いていると、アクサナはその男に言った。
「…主、我を信じてついて参らぬか。」相手の男が、驚いた顔をした。アクサナは続けた。「どうせ、我が拐わずとも他の女がやって来て、主は有無を言わせず連れ去られよう。主にしたら嫌なことやも知れぬ。が、どうしても我が女王には後継ぎが要っての。その歳で考えられぬことやも知れぬが、飲んでくれぬか。」
相手の男は、まだ幼さの残る顔で、言った。
「…主が我を連れて参らぬでも、他の輩が参ってそれらが無理に捕らえるのだと主は言うのだな。」
アクサナ殿は、答えた。
「その通りよ。主は、結界内にも入っておらぬし、その歳では抗えぬだろう。我らはアマゾネス、聞いておるのではないか?」
その男は、それを聞いて分かったようだった。
アマゾネスがどんな種族なのか、伝え聞いているのだろう。
「…分かった。」その男は、頷いた。「主らは男など、物のように思うておるのだろう。どうせ後は殺そうと考えておるのではないのか。それなのに、なぜにわざわざ我にそうやって同意を求めておる?」
アクサナ殿は、答えた。
「…主がまだその歳であるし、我はそこまで非情ではないからぞ。だが、我が女王の命には逆らえぬ。我が逆らっても他の軍神が主を捕らえに参る。その時、もっと扱いは悪いだろう。そう思うと、我が主を連れて参った方が良いと思うた。驚かせたくはない。我が居れば、理不尽には扱わぬ。ゆえに我を信じてついて参れと言うのだ。」
その男は、フッと笑って答えた。
「…そうか。」と、こちらを見上げた。「あの軍神は?」
アクサナ殿は答えた。
「我の部下。あれは信用できる。我と、あれの言うことだけを信じよ。後は…堪えてくれとしか、言えぬがな。」
その男は苦笑した。
「まあ良い。退屈で、なぜに生きておるのかと、最近己の存在の意味を考えておったのだ。こんな場所で隠れ住んでおっても意味はないしの。ついて参ろう。別に死んでも、我にはもとより何もない。」
なんと賢しい神。
こんな歳でそんなことが言えるその男に、何やら畏怖すら感じたが、我はアクサナ殿に従って、その男を連れて洞窟へと戻った。
そして、女王はその男を大層気に入って、すぐにヴァルヴァラ様を身籠る事になったのだ。
腹の子が女だと分かった時、女王は言った。
「…残念なことだが、あやつの役目は終わった。」アクサナ殿に、女王は命じた。「殺すが良い。長く飼っておるわけには行かぬし、そのうちに気がもっと育つと何をするか分からぬ。あやつは諸刃の剣ぞ。」
アクサナ殿は、言った。
「女王、我にも後を継ぐ子が必要です。」女王が眉を上げると、アクサナ殿は続けた。「女王のお子をお守りする神が。我もあなた様の御為に子を成しまする。あの男を使う事をお許し下さい。」
女王は少し考えたが、アクサナ殿は女王に一番忠実な幼い頃から仕える神だ。
なので、頷いた。
「…確かにあの気が主の子にも伝われば、我が子にとり良い力になるに違いない。ならばそうせよ。が、終われば必ず殺せ。分かったの。育って後に、あの男は何をするか分からぬ。我にも抗う事はなかったが、しかしあれは賢しい奴ぞ。力が満ちるのを待っておるだけであるやも知れぬからの。下手な情は不要ぞ。」
アクサナ殿は、頭を下げた。
「は!」
そうして、その男は女王の手から、アクサナ殿の手に渡った。
他の軍神達も物欲しげにしていたが、女王の次に力のあるアクサナ殿に逆らえるはずもなく、そうして男は、アクサナ殿に仕えてしばらく過ごした。
我は、アクサナ殿とその男が共に過ごすのを遠目に見ていた。
女王は子を成すだけの物としてその男を扱っていたが、アクサナ殿は違った。
普段から任務の時も外へ連れ出し、他の軍神達に隙を与えなかった。
そして、二人で何をするでもなく、ただ話しながら森の中を歩いていたり、我から見たら想い合う男女のように見えた。
アクサナ殿は、いつも険しいお顔をされていたのに、その男と居る時は、笑顔を見せられるようになった。
男もアクサナには笑顔で対していたし、女王と居る時とは違う、生きているという表情に我には見えた。
そのうちに、女王はヴァルヴァラ様を出産し、それでもアクサナ殿には身籠る様子がなかった。
遂に、女王は言った。
「…いつまでそのままにしておるつもりよ。相性が悪いのなら、他の男を探せ。その男は始末せよ。長く留め置いてはならぬ。」
アクサナ殿は、悩んでいた。
その夜、アクサナ殿はその男に言った。
「…すまぬ。このまま主と過ごす事は敵わぬ。子ができねばと思うたが、女王は主を殺せと命じた。もう、一刻の猶予もならぬ。」
男は、答えた。
「…ならば、できぬようにと調整しておったが、子を成そう。我は主との子なら欲しいと思う。あやつの子など知らぬがの。」
アクサナ殿は、相手を見上げて言った。
「しかし…主を殺す事などできぬ。我は我が子に父を殺したなど言えぬ。そこらの男ならばこの限りではないが…我は主を大切に思うておるのだ。」
我は、影から割り込んだ。
「アクサナ殿。」アクサナ殿は、驚いた顔をした。我は言った。「想い合うておるなら子を。そして、我がこれを殺したとして元居た場所に帰して参ります。そうすれば、また会う事もできましょう。」
アクサナ殿は、戸惑った顔をした。
「だが…そんなことをしたら、発覚した時に主の命が。それに、我とて…。」
我は、首を振った。
「我がお仕えしておるのはアクサナ殿。お二人が共に過ごすのを、他の奴らに知られぬように見張りをしておったのは我でございます。誰もお二人の仲を知らぬのだから、我が勝手にこれに懸想してそうしたのだと皆に思わせたら良いのです。問題ありませぬ。そのうちに、機を見てあの近くの結界の王にこれらの存在を知らせるように謀りましょうぞ。さすれば結界内に守られて、この男に手は出せぬようになりまする。アクサナ殿、大丈夫です。これを限りに想うた男なのですから。我が力をお貸し致します。」
アクサナ殿は、黙って聞いていたが、頷いた。
「ならば、我も覚悟を決めよう。」と、男を見た。「我が主を守る。我が命の限りの。案じるでない、主は必ず生き延びる。」
そうして、アクサナ殿はアンジェラを身籠った。
その子が女であると分かった時に、我とアクサナ殿は男を連れ出し、あの見つけた屋敷へと連れて行ったのだ。




