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友と

維月は、その知らせを居間で受けた。

「王妃様。白虎の宮の妃、多香子様から到着のご挨拶が参っております。」

維月は、居間で侍女達がやっている明日の着物の準備を見ていたのだが、他の侍女がそう言って文箱を手に入って来るのを振り返った。

「まあ。多香子様がいらしたの?」

侍女は、微笑んで文箱を差し出した。

「はい。どうぞ、御覧になってくださいませ。」

維月は頷いた。

別の侍女が出て来て紐を解き、蓋を開けると維月は中から折りたたまれた和紙を取り出した。

そして、それを開いて中を見ると、多香子の美しい文字で、久方ぶりに二人でお話ができたら、と書かれてあるのが分かった。

…そうか、あれから会ってもいつも他の妃達が一緒だったから。

維月は、思った。

多香子は妃らしく話して振る舞わねばならず、多香子が婚姻してから一度も、月の宮で二人で過ごしたようには気楽に話せてはいないのだ。

維月は、侍女に言った。

「…では、奥宮前の応接室へ。茶でも飲みながらお話をとお誘いしてくれないかしら。私も今から着替えるわ。」

目の前で明日の着物を厨子へと収めていた、侍女達が驚いた顔をした。

「まあ王妃様、では御前失礼致します。すぐにお着物をお持ち致しますので。」

それらは、維月の着物の管理をしている侍女なのだ。

維月は、忙しい時に悪かったかなと思ったが、頷いた。

「頼みます。でも多香子様は月の宮にあった時からの友なので、軽い物で良いわ。仰々しくせぬように。」

侍女達は、一気に忙しくなってあちこちし始めた。

奥宮前の応接間に茶を準備しなければならないし、多香子に知らせに行かなければならない上に、維月を着替えさせねばならない。

夕刻になって夜番の侍女に変わろうかという時に、いきなり外出するとか言って悪かったなあと維月は思いながら皆を見ていたのだった。


夜番と昼番の入れ替わりの時であったのが逆に良かったのか、維月の侍女達が勢揃いしていたので手分けしてこなして、案外に一人一人の負担は軽く済んだようだ。

いつも多いと思っていたが、こんな時にはたくさん居て良かったと思う。

とりあえず残業になってしまった昼番の侍女には着物を下賜する手配をして、維月は奥宮を出た。


王の居間を出ると、真ん前に広い回廊があってその脇に、奥宮前の応接間はあった。

こっそり部屋着で出て来ても問題ないそこに、わざわざ訪問着に着替えた維月は向かった。

ほんの数歩で着いたそこに入って行くと、多香子がもう待っていて、白虎の侍女達を後ろに深々と頭を下げていた。

「まあ多香子様、ようこそいらっしゃいました。」維月は、近寄って多香子に言った。「お会いできて嬉しいですわ。」

多香子は顔を上げた。

「このようなお時間に申し訳ありませぬ。何分、王が夕刻から参ると仰って、つい先程着いたばかりでありまして。」

維月は、頷いた。

「よろしいのよ、我も王が宴に出て参られて、退屈しておりましたから。」と、侍女達を見た。「あなた達はもう良いわ。我は己で戻れますゆえ。あちらでやり残した事をして参って。」

侍女達は、頭を下げた。

「はい、王妃様。」

侍女達は出て行く。

多香子も、白虎の侍女達に言った。

「我も問題ありませぬ。あなた達も、荷解きもできぬ間に参ったゆえ忙しいでしょう。先に戻っておって。」

侍女達は、頭を下げた。

「はい、多香子様。」

白虎の侍女達も、そこを出て行く。

維月が王妃と侍女達に呼ばれるのは維心の正妃だからで、多香子が名で呼ばれるのは志心の妃だからだ。

そこのところは一夫多妻の神世では、きっちりしていた。

侍女達の気配が遠のくと、維月は言った。

「…久しぶりだこと、多香子。誠に長い間二人きりで会えずにいたわね。会えばなんとかなると思うておったけど、よく考えたら他の妃の皆様が揃うし。結局妃らしくしてなければならないわけよ。」

多香子は、ハァと息をついた。

「誠にの。月の宮でも他の妃が居ったら結局同じ。息が詰まるわ。…と言うて、最近では慣れて参ってあまり無理もしておらぬのだがな。」

維月は、フフと笑って立ち上がると、扇を閉じて襟に挿し込んで言った。

「お茶でも飲む?こちらのお茶は龍の宮の中でも特に良い物だから、月の宮で飲んだものより香りが良いわよ。」

多香子は、頷いた。

「龍王の口に入る物であるしな。ならば我が淹れようぞ。主にさせるなど、今ではどれほど失礼なことなのか分かっておる。」

維月は、笑って手を振った。

「何を言ってるのよ、そんな気遣いなどいらないわ。私は私よ。」と、茶器に歩み寄った。「これでもお茶を淹れるのは得意なの。維心様も褒めてくださるのよ?」

多香子は、笑った。

「そうか。ならばご馳走になろうかの。」と、自分も扇を閉じて、伸びをした。「…それにしても、妃という立場がこれほどに皆にかしずかれて面倒であるなど軍神であった時には思うた事もなかった。王の相手などコロコロ変わるし、そも相手であっても軍神なら軍神の責務があって、それから解放される事はなかったからな。我が姉も、軍神を務めながら夜は王の相手と忙しかったらしい。面倒だから別れる事にしたのだと、後に聞いた。女は務めを果たしながら子を産んだり育てたりと大変なのだ。」

維月は、茶を淹れながら言った。

「でも、あなたのお姉様は子育てしなかったのだと聞いておるけど?」

多香子は、頷いた。

「その通りよ。我もそう。産んだのだから良いだろうという考えで。何しろ我ら、前にも申したが腹に子を抱えておるからと務めがなくなるわけではない。王はお休みをくださるが、休んでおったら序列が下がる。下がった序列は簡単には上がらぬ。下がるのはすぐなのにの。ゆえ、楽に子を持てる男に育てる方は任せようと思うたのだ。今は…子の気持ちを考えたら、しっかり育ててやれば良かったかと思うておる。」

維月は、茶碗を多香子の前に置いて、言った。

「今は志幡殿をお育てになってるのでしょう。初めての子育てはどう?」

多香子は、息をついた。

「まあ、子とはこれほどに思うようにならぬのかと思うたわ。まだ赤子であるのに賢しい子で、我と王を見分けて我らにしか懐かぬでな。三人も居る乳母が難儀して結局我らが世話をすることになって。王は我が満足に眠っておらぬのを知って、時に代わってくださるようになっての。三月過ぎるまでは我も王も掛かりきりでフラフラであったもの。それが、ある時王がまだわからぬだろうと思うのに、志幡に向かって申したのだ…父は王。母にも務めがあるのだぞ、と。主にそれが分かる時、後悔するゆえ弁えよ、とな。すると、その夜から乳母に任せても大丈夫になった。それには誠に驚いたものよ。」

維月は、驚いた。

ということは、恐らく志幡には分かったのだ。

志心は、もう分かると思ったからこそ言ったのだろう。

「…誠に上位の王の御血筋とは大したものだわ。こちらでも、私が産んだとはいえ維心様の御血筋であるから、もう半年ほどで意味のある言葉を発するようになるの。しかも飛び始めるし。目が離せなくて。」

多香子は、驚いた顔をした。

「誠か。志幡は9ヶ月の今まだ飛ばぬが、飛び始めたら大変なことになる。あちこちされて目が離せぬわ。そうか…龍王の子も大変だの。」

維月は、頷いた。

「そうなのよ。優秀な血筋も、最初は大変よね。」

多香子は、茶を啜りながら窓の外を見た。

「…とはいえ、我は今思ってもないほど充実しておるのだ。子はあんな風だがかわいいし、王も我を気遣ってくださって愛されておるような心地にもなる。臣下も皆良うしてくれる。こんな我を、妃と崇めて大切にしてくれる皆の中で、己、というものに誠に価値があるのだと思わせてくれるのよ。あれほど案じておったが、白虎の宮に入って良かったと思うておる。」

維月は、それを聞いて暖かい気持ちになった。

志心は、確かに多香子を大切に扱ってくれているのだ。

「…良かったこと。」維月は、茶碗を手に微笑んだ。「あの方は絶対に大丈夫だと申したでしょう。芯は激しいけれど、穏やかで誠実なかただと思うわ。羨ましいこと。」

多香子は、呆れたように維月を見た。

「何を言うのだ。主こそ大層な地位のこれでもかと美しい神に己だけをそれだけ愛してもろうて。外から見ても分かる。龍王様はそれは深く主を愛しておる。誠に羨ましい限りよ。」

二人は笑い合って、しばらく月の宮でのことなど思い出話に花を咲かせていたのだった。

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