女王
それを、維心、炎嘉、焔が脇の侍女控えに無理やり入って見ていた。
「…何がジジイぞ。マトヴェイのヤツ、口の悪い事よ。」
維心が、脇で眉を寄せた。
「こら、近いぞ、焔。なぜにそんなに寄って来るのよ。袖が触れておるではないか。」
焔が、頬を膨らませた。
「煩いわ、ここが狭過ぎるのだ!主らがそこから覗くから、我の場がないではないか。結局見えなんだわ。声だけぞ。」
炎嘉が、その仕切り布の側から離れた。
「まあ、わかっておったが若いの。男でもあの若さでは回りに舐められるのに、女王ではマトヴェイが言うように良いようにからかわれる。まだ三百そこそこであるような。とりあえず美しいゆえ、そこで惑わされてホイホイ言うことを聞く輩もおりそうな。」
維心は、歩き出した。
「まあ、騒ぎを起こさぬのなら良い。エフィムとは上手くやっておるようで、あやつが補佐しておった。あれならまあ、此度は務められるのではないか?」
焔が、それについて歩きながら言った。
「女であるからなあ。こちらの価値観では難しかろうぞ。あの様子ではマトヴェイとエフィムが上手いことやりそうだし、騒ぎにはならぬと思うぞ。ま、良い良い。ならばそれで。」
炎嘉が、遅れてついて来ながら言った。
「だが…やはりレイティアに似ておるような気がする。」維心と焔が振り返ると、炎嘉は続けた。「そら、我は主らよりレイティアを知っておろうが。あやつの相手をしろと言われて、しばらくレイティアが我の宮へ通うて来ておった時があった。あの折、しっかり顔を見ておるので知っておるが、やはりあれはレイティアの筋で間違いないようぞ。が…その他に、何やら覚えがあるような気が。」
維心が、眉を寄せた。
「…なんぞ。何の気だ?」
炎嘉は、首を傾げた。
「誰の気だったかの。何やら覚えがあるのだが…アマゾネスの誰かであったか?いや…あの辺りの気配とはまた違った様子で。」
焔が、顔をしかめた。
「似ておるが違うのではないのか。いろいろ混ざって分からぬようになっておるのよ。そも、レイティアとて多くの男を奴隷としておって、そのうちの一人の気であったら我らは知らぬで当然よ。」
炎嘉は、歩きながらうーんと考えた。
「確かにそうだが…そも、ヴァルヴァラはレイティアの血筋であろうが、レイティアの子にしては若過ぎるゆえ娘の子なのであろうが、その娘は誰との間に子を?」
維心は、首を振った。
「知らぬ。どうせそこらの男ではないのか。潜んでおって、まともな縁があるとは思えぬからな。普通の男なら、そんなはぐれの神の相手をすることはないゆえの。」
焔が、言った。
「別に、その男が名乗り出ぬのなら良いではないか。子ができておるなど知らぬだけやもしれぬしな。美しい女なら、行きずりで相手にした男も居ったやもしれぬし。ちなみに、我はそんなめんどくさい事になりそうな縁は持たぬと決めておるから、我ではないぞ。」
炎嘉が、ブンブンと首を振った。
「我もないわ!…そうだの、気のせいやもしれぬ。何やら、どこかで感じた気が混じっておるように思うたのだが。あのような環境で、まともな男が父親とは思えぬな。」
三人は、納得したわけではなかったが、特に興味も薄れてもう、そんな事はどうでも良くなり、今回の大会合の議題はなんだとか、そんな話題に終始しながら、王の居間へと戻って行ったのだった。
一方、維月は大会合の客の流れが想定通りになっている事を確認してホッとしていた。
臣下も軍神も優秀なので、おかしなことにはならないとは思うが、それでも心配だったのだ。
何しろ、客を迎える時にその接待などを指揮するのは王妃の役割で、不都合があれば維月の責任になる。
維心は維月を咎めたりしないだろうが、それでも龍王妃が愚かとか噂になったら維心の顔に泥を塗る事になるのだ。
明日は島の神ばかりが来る予定出し、それはいつもの事でおかしな事になりようはなかった。
みんな慣れているからだ。
維月が肩の力を抜いて宮の中を会合の宮から本宮に向けて歩いていると、後ろから声がした。
「維月か。」維月が振り返ると、そこにはユージーンが維月を追って歩いて来ているところだった。「ああやはり。特有の気を感じて、近くに居るかと出て参ったのだ。」
維月は、微笑んで頭を下げた。
「お久しぶりでございます、ユージーン様。本日は皆様お揃いで、今夜の大会合前の宴ては、是非楽しんでくださいませ。」
ルユージーンは、頷いた。
「もちろんよ。なかなかにこのように、皆に会える機会もないゆえな。それより主が寄越した闇達は、誠にようやってくれておるぞ。あちらでは霧の被害が激減して、天使達も退屈になるほどよ。感謝しておる。」
維月は、答えた。
「そちらへ参っておるのは、アダルベルトとカルロでございますね。あの子達も、皆に親切にしてもろうて、守りたいと思うのだと申しておりましたわ。そちらの方々が、あの子達を良く扱ってくれるからなのです。こちらこそ感謝しておりますわ。」
ユージーンは、言った。
「…前に一度こちらの七夕の催しに参った時に、主と維心が何やら仲違いして我のせいかと気になっておったのだが、今はこうして戻って参っておってホッとしておるのよ。」
え、と維月は口を押さえた。
…七夕祭り…覚えてない。
「あの…ユージーン様。」維月は、正直に言う事にした。「実は我は、性質の悪い闇と戦いました時に、記憶をいくらか失くしておりまして。その、七夕祭りでのことも、今仰られて初めて何かあったのかと知りました心地で。なので、我からは覚えておりませぬのでお気になさらず、としか申せませぬ。」
ユージーンは、驚いた顔をした。
「誠か。ならば良かったと申すべきなのか…とりあえず、良かったのだろうの。主はこうして戻っておるし、壮健そうぞ。これよりはなかろう。」
維月は、頷いた。
「はい。何事もなるべくしてなっており、我はそれを忘れるべきであったのですわ。なのでユージーン様にも、お忘れ頂いて。」
ユージーンは、頷いた。
「ならばそれで。」と、庭を見た。「庭でも歩かぬか?それとも、誰かの妃を誘うのは良くないか。」
維月は、少し考えたが、頷いた。
「…そうですわね。侍女が共に居りますし、少しだけなら。」と、一人に言った。「王にユージーン様とお庭に居りますとお伝えして。」
侍女は、頭を下げて奥へと戻って行く。
他の侍女達は、維月の真後ろに近付いて来た。
王妃が王の他の男と共に居るわけで、侍女達には守る義務があるのだ。
ユージーンは、維月に手を差し出した。
「では、参ろうか。」
そうして、回廊の窓から二人は庭へと出て行ったのだった。
維心と炎嘉と焔は、居間に戻っていたのだが、そこへ維月の侍女が入って来て頭を下げた。
「王。王妃様よりユージーン様とお庭に出ております、とお伝えするように申しつかりました。」
え、と焔がそちらを見た。
「ユージーン?あやつはまた、維月に懸想とかではないだろうの。」
しかし維心はら落ち着いて言った。
「分かった。維月の所へ戻るが良い。」
侍女は頭を下げて、退出して行った。
炎嘉が、言った。
「なんぞ、落ち着いておって気味が悪いの。」
維心は、答えた。
「別に。維月はそんな気でユージーンと話しておるのではない。それにユージーンも、話しておることを聞いておったら色好いことなど何も無い。我の結界の中であるのに、我が見ておるのは知っておる。何かあることなどないわ。」
炎嘉と焔は、顔を見合わせた。
「…気味が悪いほど落ち着いて。なぜにそんな風に言えるのよ。これまでの主なら、大騒ぎであったのではないのか。」
維心は、苦笑した。
「まあ、我は分かったのだ。」
炎嘉は、眉を上げた。
「分かった?何がぞ。」
維心は、答えた。
「維月が我から離れようがないことが。我らは決められた命であり、他の神とは違う。離れようがないのだ。維月が碧黎から聞いて参ったのだがな…ま、良い。また話す。」
焔が、むっつりと言った。
「こんなに暇な時もないのだから、何か話すなら今であろうが。」
炎嘉は、焔を止めた。
「こら。もう良いわ。」と、維心を見た。「何にせよ維心が落ち着いておるのは良い事ぞ。主とて知っておるように、陰の月との婚姻など我らには無理。遠く眺めて鑑賞する程度がちょうど良いのよ。ゆえに維心がその面倒を喜んで引き受けてくれておるのだから、良しとしようぞ。確かにこれらは、決められた命に見える。維心でなければこれまで維月と共になど無理であったわ。だから良いのだ。」
焔は理由を聞いたそうだったが、仕方なく頷いた。
維心は、しかし何を話しているのかは、結界から遠く脳裏の中に見て、聞いていたのだった。




