バランス
「…どうであろうか。」維心は、首を傾げた。「…我が神にあらざるほど長命で、敵う力を持つ神が他に居らずで面白うなかったからか?何しろ、婚姻などにも興味はなくて、それもそこらの女神だったら死ぬほど我の気は強かったしの。」
維月は、答えた。
「結局、父が申すには、維心様は我らに近しいがゆえに、己と対等の命が世に居らず、自然何にも興味が湧かない生まれであられたからです。ですがそれでは、それでも神であられる維心様の心のバランスは取れませぬ。維心様にも、月や地のように、陰陽となる対の命が必要でした。そしてそれは、神ではできない事でした。」
維心は、目を見開いた。
「それは…つまりは主は、我の心のバランスを取るための存在でもあると?」
維月は、頷いた。
「はい。父はそのように。これまでも、そうではないかと思われていたようで…何しろ、維心様はそれほどにご立派な神であられるのに、私だけを愛してくださいます。その他は、興味もないかのように。」
維心は、すぐに頷く。
「それはそうよ。興味どころか目にも入らぬ。意識に上ることもない。」
維月は、苦笑した。
「はい。それは決められた道であったからではないかと。私がバランスを取るという責務を持つ命であるので、維心様は私にそれを求めていらっしゃる。それが、天が敷いた理で、だからこそ私は維心様を愛し、維心様も私を愛してくださる。お側を離れる事になった時でも、まるで誂えたように闇の事件で私の記憶は、その決断をした箇所だけ綺麗に消えました。流れは、私と維心様を共にと促しているようですわ。つまりは、我らは対。いつも共に居るべきと、決められた命なのでございます。お父様は、私の記憶が失くなった事件の折、そのように十六夜に話してくれたそうですわ。つまりは最初から、離れようはずなどないのです。私が他の神に維心様を差し置いて、懸想するなどあり得ないのでございます。」
維心は、聞かされた事実に目を開かれる心地だった。
維月は宿命であり我が命。
そういうことだったのだ。
やっとそれが分かって来て、だからこそ今は、ヴァルラムの記憶が戻ったと聞いてもそこまで動揺しなかったのかも知れない。
「…そうか。」維心は、言った。「何を今まで案じて来たものか。主が離れることなどないのだ。結局は、流れは我らを共にと動くゆえ。離れても、また共になる。それはその定めであるからなのだ。」
維月は、頷いた。
「はい。ですからこれからも、己だけが神であるからなどと思われないでくださいませ。維心様は特別な命であり、私はお側に居るべく定められた命。他の神とは違うのですわ。十六夜やルシウス、お父様と同じく、対として定められておるのです。簡単に覆るものではありませぬ。これからもお側におりますわ。黄泉に渡っても、ずっと。」
維心は、維月を抱き締めた。
「そうだの。分かった。我はヴァルラムとも炎嘉とも違う。主と共にと定められた命。何より知りたかった事ぞ。維月、愛している。」
維月は、維心を抱き締め返した。
「私も愛しておりますわ。心から。」
維心は、心の底から安堵して、幸福を噛み締めた。
何があっても結局共に来たのは、そういうことだったのだ。
その事実が、何より維心を癒やして、その夜は疲れも忘れて維月と深く愛し合ったのだった。
それから、ソフィア改め智里は、月の宮で裕馬から教育を受けた後に、軍へと入って穏やかに落ち着いた生活をしていた。
イゴールからは、西の島南西の宮の翠明と、月の宮の蒼宛に、礼の品と書状が届き、それでイゴールと智里の縁は絶たれた。
とはいえ、同族という柵は残り、依然としてイゴールには、ベンガルである智里の保護義務はあった。
もしも蒼が宮を出すと決めた時には、智里の命の責任はイゴールにまた移る事になる。
それでも智里は幸福に、新たな生を生きていた。
そんな毎日だったが、龍の宮では七年に一度巡って来る大会合の準備が進められていた。
このためだけに増築した会合の宮があるので、臣下も慣れたもので慌てた様子はない。
長月の会合まで後二か月、龍の宮では参加した王達に持たせる土産の品の準備に忙しくしていた。
維月は、戻ってから初めての大会合であったので、今回の品を準備している職人達の部屋を回り、進捗の確認も余念がなかった。
やっとの事で王の居間へと戻って来ると、維心がもう会合から戻って来て待っていた。
「維月。」
維心が手を差し出すのに、維月は急いでその手を取りに歩いた。
「お待たせしてしまいましたわ。職人の棟を回って確認しておりましたの。」
維心は、頷く。
「分かっておる。どうであったか?数が多いゆえ、皆間に合わせようと励んでおるようよ。」
維月は、維心の隣りに座って息をついた。
「はい。とりあえず、厨子は間に合いました。問題は中身でございまして、そこへ収める茶碗や花瓶など、不公平があってはならぬので、全く同じ物をとこれまでは揃えておりましたのに、此度は上位の皆様だけでも、絵柄や形を変えてみようという話になりまして。炎嘉様や志心様は趣味がおよろしいので、さてどれをどこにと悩んでしまいましたの。それは出来の良い花瓶がございまして…それがあまりにも良く見えるので、これまた不公平ではないかと大騒ぎでありました。結局、その良くできた花瓶は鳥の宮に、後はまたそれらしい物ができるように励もうと決まりました。」
維心は、苦笑した。
「焼き物など時に思わぬ色が出たりするゆえ、一つとして同じにはならぬだろうに。とはいえ、それほどに出来の良い物なら炎嘉は喜ぶだろうの。あやつはあれで目が肥えておるから、滅多な物では納得せぬし、最近では喜ぶのは万華ぐらいのものであったからの。その花瓶、我も見てみたいもの。」
維月は、頷いた。
「もちろん、後で持ってこさせますわ。」と、侍女が持ってきた茶に口を付けて、ホッと息をついた。「…時に維心様、蒼が土産に持たせる品に困ってはと、タオルをたくさん贈ってくれましたの。本日月の宮から届きました。これで、厨子の空きスペースもきっちり埋まるので、皆大喜びで。礼を贈ろうかと思います。」
維心は、頷いた。
「蒼には頭が上がらぬな。とりあえずタオルを詰めておけば、どこも喜ぶゆえ助かるのよ。もちろん、何でも贈ってやるが良い。」
維月は、茶を飲みながら考えた。
「…ただいまは文月の中旬、暦の上では秋とはいえまだまだこれから暑くなりまする。ここはやはり、蝉の反物を送るのが良いでしょうか。それとも秋として万華の反物を?」
維心は、答えた。
「これから仕立てるのだから、本来なら秋として万華を贈れば良いのだろうが、しかし暑いゆえな。既に仕立て上がった物を贈れば良い。蒼の寸法は龍達は弁えておるゆえ、すぐに仕立てよるわ。我とてこの暑さであるから、やはり蝉ばかりを選んでおるしの。」
蝉という名をつけた布は、重い着物を嫌がる維月のために、龍達が開発した蝉の羽のように透けて軽いもので、今では神世の夏はみんな蝉だ。
維心は自分の回りの気温の調整が簡単にできるので、きっちり着物を着ている方だったが、見た目が暑いと最近では夏場はいつも、蝉だった。
今も龍の宮の中はクーラーでも効いているように涼やかだったが、そんなわけで臣下に至るまで、みんな蝉の着物を着ていた。
維月は、言った。
「ならばそのように仕立ての龍に申し付けますわ。」と、窓から庭を見た。「…お庭に出たいのは山々ですが、この時間でもまだ日が高いこと。宮の中が涼やかなので、足が向きませぬわ。蓮が綺麗に咲いておるのは知っておりますのに。」
維心は、苦笑した。
「夕刻を待たぬか。そういえば、北からヴァルヴァラが挨拶と共に送って参った薔薇が盛りであるようよ。庭師が薔薇園を作ろうと励んで、すぐに根付いておるそうな。まだ数は少ないが、そちらも見て参ろう。」
維月は、まあ、と笑顔になった。
「あれがもう咲いておるのですか?庭師達はよう励んだのですね。楽しみですこと。」
維心は頷いて、庭の方へと目をやった。
…やっと本神に会える時が近付いておることよ。
維心は、そんな風に思っていた。




