混乱
「…だからピンクダイヤモンドのネックレスを維月に贈って来たのだの。あの時に、もしやと思うたのに。それからも折に触れてあれこれダイヤモンドを贈って来るのに、おかしいおかしいと…素知らぬ顔をしておるゆえ、違うのかと思うておったのに。」
維心が言うと、ヴァルラムは頷いた。
「これを言うて主らの関係がおかしくならぬと良いが、維月は我が記憶を持っておるのを知っておる。」え、と皆が目を見開くと、ヴァルラムは続けた。「だが、我は維月を娶りたいだの思うておらぬ。もうそんな心地ではないゆえ、ただ維月が喜ぶのなら良いと思うて贈っておるだけ。維月も維心がそれを知って、気に病む事を恐れて言わずにいたのだろう。ゆえ、蒼も言わなかったと思われる。我は特に、あれらに言うなとは言っておらぬからな。」
維月は知っていた。
維心は、衝撃だった。
もちろん、今は維月の心が己にあるならと、他をどうのと言う心地は前に比べたらそう、大きなものではない。
が、ヴァルラムとなればまた話は別だった。
月の眷属や友の神とは違い、ヴァルラムの事は深く知らないし、本心がどこにあるのか分からず、維月の心をいつか持ち去ってしまうのではないかと、分からないだけに心が騒いで仕方がないのだ。
が、炎嘉が割り込んだ。
「…とにかく、ヴァルラムならばこの落ち着いた治世も頷ける。こやつが今は維月云々言わぬ事は主とて知っておる事であろう。今はソフィアぞ。ヴァルラムや維月のことはまた後に。動揺するでない、維心。」
気が乱れていたか。
維心は、炎嘉がそれを気取ったのだと知り、努めて気を落ち着かせた。
しかし心中穏やかではなかった。
何しろ今も必ずヴァルラムは、維月の誕生日には必ずダイヤモンドを贈って来るのだ。
が、維月は知っているにも関わらず、それを突き返す事も無く、ただ礼の文を送って洋服などを仕立てて返していた。
とはいえ、それ以上の事はない。
が、ルシウスがサイラスの領地の中に城を持っている以上、これまでとてそちらで会っていてもおかしくはなかった。
維心は知らなかったことに心の中が激しく乱れて止まらなかったが、そんな様子を見て、事情を知らないイゴールがただ困惑しているのを見て、ひたすらに落ち着かねばと、そればかりを考えていた。
しばらくして、維月が奥から出て来て、頭を下げた。
「維心様。ソフィア様を月の宮へ移送するご準備ができました。」
維心は、頷く。
「ご苦労だった。」
が、顔を上げた維月は、何やら雰囲気が違うのを気取って、何事かと問うような視線を維心に向けた。
しかし、維心は何も言わない。
炎嘉が、脇から言った。
「…後で良い。それより、ソフィアはどうやって運ぶ。我らが軍神に運ばせるか?それとも、十六夜がサッサと運ぶか。どちらでも良いがの。」
すると、黙って聞いていた、十六夜が言った。
《オレが運ぶよ。》と、維月に言った。《維月、ソフィアをそこへ連れて来い。一応、挨拶ぐらいはしとかにゃならんだろうが。このままハイさよならか。》
維月は、黙っている維心が気になったが頷いた。
「そうね。お呼びするわ。」と、扉を開いた。「ソフィア様、お着替えは終わりましたか?」
ソフィアは、答えた。
「はい、維月様。今、参ります。」
ソフィアが、奥から出て来た。
イゴールの城から着て来たドレスを見に纏い、髪は適当にまとめただけだったが、きちんとベールを被って頭を下げた。
「…王。これよりは、月の宮へと参ります。これまで、お世話になりました。」
何やら、ソフィアからは清々しい気を感じる。
霧を孕んでいるとは思えないような様だった。
イゴールは、無表情で頷いた。
「これよりは、解放されて望み通り己の生を生きるが良い。蒼殿には我が眷属が世話になると、礼の文を送っておく。」
ソフィアは、答えた。
「はい。お気遣いに感謝致します。」
維月は、ソフィアの手を取った。
「では、共に。」と、維月は維心を見た。「王、我は十六夜に送ってもらって月の宮へソフィア様と共に参ります。すぐに宮へ戻りますので。」
維心は、頷いた。
「分かった。」
十六夜の声が言った。
《じゃ、さっさと送る。蒼が待ってる。》
二人は、十六夜の光に捉えられたかと思うと、スッとその場から消えた。
呆気ない最後に皆で立ち尽くしていると、ヴァルラムが言った。
「…では、終わったの。」と、イゴールを見た。「どちらにしろこれで、主の城から面倒はなくなった。引き続き、己の眷族が面倒に巻き込まれぬよう、しっかり見張っておるが良い。もうこんなことは懲り懲りであるからの。」
イゴールは、頭を下げた。
「いろいろお世話になり申した。では、我はこれで。城の方にも、ソフィアの顛末を話しておかねばならぬ。」
炎嘉が、言った。
「腹の玉に障りがあってとだけ知らせるが良いぞ。」え、とイゴールが驚いた顔をすると、炎嘉は続けた。「またベンガルが仙術の餌食になって利用されておったなど、世に広まって良い事はない。我らが何のためにここまで隠しておいたと思うておるのだ。ここは、主の胸一つに収めておくが良い。世にベンガルとは利用のし甲斐がある輩と思われたいのか。」
イゴールは、確かにそうだ、と思い直して、頷いた。
「は。ではそのように。」
そうして、イゴールはそこを出て行った。
ヴァルラムは、だんまりな維心に言った。
「だから、気にするでないわ。これまでとて、何もなかったであろう。我は、今は維月をどうの思うておらぬと申すに。愛しておるのは確かだが、だからといって娶りたいと思い詰めるような心地は今生ない。主と我とは違うのだ。警戒することはない。そも、そのつもりならここまで隠し通して来たのに、わざわざ今明かさぬでも良いだろうが。その気がないゆえこうして申したのよ。」
焔も、頷く。
「その通りだぞ、維心。そのつもりなら、これまで通りに隠して維月を狙っておったら良かったのに、これはわざわざ今明かしたのだ。だいたい、月の宮と別居しておる時に通っておったらもしやということもあったのに、それも無かったではないか。ヴァルラムは、誠にそんな気はないのよ。」
維心は、頷く。
が、黙ったままだった。
そこへ、別の声が割り込んだ。
《主はまだそんなことを思うておるのか、維心よ。》げ、と炎嘉と焔が目を見開いた。ルシウスの声だったからだ。《そっちのドラゴンは、維月に会いに来た事もないし、そも面倒な気を維月に向ける事もない。ゆえ、今話しを聞くまで我とてそのドラゴンが維月を愛しておるなど知らなかったほどぞ。ダイアモンドとか申す鉱石も、維月がそれを手にした時にそれは嬉しそうにするので、我も他の闇達も、地下へ潜って採って来ることがあるぐらい。この神が維月にそれを贈って来るので、我らもそれを知った次第ぞ。維月を疑うでない、維心。主は維月が己を愛しておったらそれで良いのではないのか。維月は誠に主を愛しておるわ。だからこそ、我は主を守ったのだぞ。そんな事も分からず、また維月を煩わせようというのなら、維月にそのまま申して十六夜に月の宮に囲わせるぞ。》
維心は、今までなら慌てて弁明したのだろうが、落ち着いた様子でルシウスに答えた。
「いや…そういう事ではない。ただ、維月がヴァルラムを今、愛そうとしておらずでも、このように離れて見守る様は維月の心の琴線に触れる可能性が高いゆえ、心を分ける未来があるのやもしれぬと感じて動揺してしもうたのよ。が、今は分かっておる。主が言う通り、これまでも会っていたことが無いのなら、ヴァルラムの存在が、我を維月の心から押し出してしまう事はないの。」
炎嘉は、思いのほか落ち着いた様子の維心に、怪訝な顔をした。
「…主、それだけか?ヴァルラムの記憶が戻っておるのを、維月は知っておって主に言わずでいたのを責める心地はないか。」
維心は、ため息をついた。
「それは、隠し事があったのかと思うと心は騒ぐが、しかし以前の我がそれを気に病むと思うたからであろう。蒼もだから我らに言わずにおった。言わずでも問題なかったからぞ。」と、宙を見た。「ルシウス、主には分かるまい。主らは闇と陰の月という関係で、我らとは違う。代わりが居らぬ存在であるからぞ。だが、我の代わりなど、維月の心さえ向けばいくらでも居るのだ。だからこそ、動揺もする。が、今は分かっておる。維月は我を愛しておるし、それを信じておるから。問題ない。」
維心は無表情で、真実どう考えているのか、外からは見えない。
が、ルシウスは言った。
《…ならば良い。余計な事を言うたの。》
ルシウスからも、維心の気は落ち着いて見えたのだろうか。
炎嘉は維心の本心を計りかねていたが、そのままヴァルラムに見送られて、島へと共に帰って行ったのだった。




