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炎嘉は、義心に奥で起きた事を話して聞かせた。

義心は、ならばやはり維心とヴァルラムが盾の呪文で必死に押し返して跳ね返した時、あちらではアナスターシャがその跳ね返された術をそのまま受けて内からああして焼かれて死んだのだと悟った。

あちらとこちらは時差があって、あちらはこれから夜明けだがこちらはもう昼を過ぎて、日は南から回って西へと傾き始めている。

明花達が、奥から出て来て維心に頭を下げた。

「王。我らが出来る事は全て終わりました。傷は完璧に塞がり、ソフィア様は安定して呼吸をしており、穏やかなお顔に。服も着替えさせて参りましたので、我らのお役目はこれまでかと。」

維心は、頷く。

「ご苦労だった。控えに戻るが良い。」

明花と二人の女神達は、また深々と頭を下げた。

「はい。御前失礼致します。」

三人は、そこを辞して行った。

ヴァルラムが言った。

「…ということは、イゴールはまだ迷うておるか。日が暮れるまでには決めねばな。もし月の宮へとなったら、移動させねばならぬだろう。」

維心は、頷く。

「そうだの。霧となれば暗くなるとまた面倒ぞ。まあ、紫翠が居るからなんとかなるやも知れぬが。」

紫翠は、首を振った。

「あちらへ帰るのなら我より維月殿の方が。あの方の言うことを聞かぬ霧は居らぬので。」

それはそうかもしれないが。

炎嘉が、言った。

「ここまでやっただけでも大したものよ。我らにはできぬ方法であったしな。あまり紫翠に期待し過ぎると、こやつが病むわ。とにかくイゴール待ちぞ。まだ日暮れまで数時間ある。それとも義心に護衛させて紫翠と明花達だけでも帰すか?」

維心は、答えた。

「それでも良いが…となると、月の宮へ行くと言い出したら、十六夜達に見ておいてもらいながら帰らねばならぬな。霧だけは、我とて扱えぬしの。」

十六夜が割り込んだ。

《そうなったら維月が見てるってさ。疲れてるだろうし、明花達と紫翠は帰してやったらどうだ?イゴールがどっちを選んでも、維月がなんとかするってさ。》

維心は、窓から空を見上げて言った。

「維月は見ておるのか。なんと申しておる?」

十六夜は、答えた。

《まあ、生かして欲しいのは確からしいが、イゴールの決断に任せるってさ。ソフィアは三百に成りたてぐらいの歳だし、このまま月の宮に籠められて身の内の霧を調整しながら残りの時間を生きるのは、それも辛いのが分かるから。何しろ結婚だってできねぇぞ?腹ん中が霧だから、誰かとそういう事もできねぇからなあ。本神に聞いてみたほうが良いのかもしれねぇってこっちでは話してる。》

維心が、眉を上げた。

「全て話してか?」

十六夜は、むっつりと言った。

《お前らがどう思ってるのか知らねぇが、どっちにしろ月の宮に籠めるんならその理由だって言わなきゃ納得できねぇだろうが。婚姻もできねぇし、理由も知らずに禁止されたらなんでだよって思うだろうが。そもそもお前らがソフィアの立場だったら、何も知らされずにハイわかりましたって言えるのか。月の宮から出るな、女とヤルなって言われて。》

炎嘉が、顔をしかめた。

「だから言い方ぞ、主は全く。もっと膜に包んで言わぬか。相変わらず直接的だの。」

十六夜は、むくれたようだ。

《どんな言い方しても内容は同じだろ。》

ヴァルラムが、言った。

「まあ、十六夜が言うはもっともな事ぞ。とにかく、イゴールに任せておるのだし、しばし待たぬか。急がせるでない。命が懸かっておるのに。うちは別に構わぬから。」

維心は、ため息をついた。

「まあ良い、とにかく義心、紫翠と明花を島へ送り届けよ。それから、帝羽に代わってアマゾネスの城を見張らせておけ。主は宮の務めを。」

義心は、頭を下げた。

「は!では御前失礼致します。」

義心は、立ち上がる。

紫翠も、頭を下げてから義心について出て行った。

焔が、言った。

「あやつは頼りになるのう。うちにも一人あんなのが欲しいわ。」

炎嘉が、苦笑した。

「それは誰もが申すことよ。言うても仕方がないわ。」

そうして、維心達はまた奥を伺った。

イゴールは、まだ悩んでいるようだった。


イゴールは、今はただ眠っているだけだと聞かされたソフィアの、段々に良くなって来る顔色を見つめていた。

あんな大事があったのに、ソフィアはまだ何も知らない。

腹の中を掻き回されたのに、そんな事も全く知らないのだ。

本来なら、もう命はないはずだった。

なので、贅沢は言ってはいけないと思うのだが、どうにも踏ん切りがつかない。

ソフィアの命は、霧のお陰で持ちこたえた。

霧を消してしまったら、ソフィアは一瞬で死に至る。

だが、生かす道を選んでも、霧を身の内に持つ限りはもう、月の勢力圏から出られないのだ。

明花達が言うには、婚姻もできないのだという。

霧に触れる事になるからだ。

そういった事に関わる部分が、全て霧で構成されているので、一切無理なのだということだった。

イゴールは、頭を抱えた。

…それで、生きていると言えるのだろうか。

誰と触れ合う事も叶わず、ただ淡々と生きねばならない。

それが、どれほどに孤独なのだろうと、イゴールは考えたが想像もつかなかった。

イゴールが寝台の脇で座って頭を抱えていると、ふと声がした。

「…王?」

イゴールは、ハッとした。

ソフィアが、驚いたようにこちらを見ていた。

「まあ、我としたことが。すっかり寝入ってしもうておりました。侍女に起して欲しいと申しておきましたのに。」

体を起こそうとするソフィアに、イゴールは慌てて言った。

「良い、無理をするでない。」と、寝台にソフィアを押し戻して、言った。「ソフィア…具合はどうか。」

ソフィアは、答えた。

「何も。ただ眠気が参りまして。寝ておりましただけなのです。昨夜遅くまで訓練場に居たのが悪かったのですわ。申し訳ありませぬ。」

いつものソフィア。

イゴールは、涙が浮かんで来るのを感じた。

が、ただならぬ様子にソフィアはまた体を起こした。

「王?何かございましたか。そのように…ドラゴンと言い争いでも?」

イゴールは、首を振った。

「違うのだ。ソフィア…」イゴールは、覚悟を決めた。このままでは、決められないからだ。「…話さねばならぬことがある。主の、身のことぞ。」

ソフィアは、驚いた顔をした。

「我の?」

イゴールは、頷く。

「一から話す。よく聞くが良い。」

イゴールは、訥々とここ数時間で起こったこと、龍の宮でのことを、話して聞かせた。

ソフィアは、じっとその話に耳を傾けたのだった。


その頃、蒼は維月から事の次第を聞いていた。

蒼は普段から、何か言われないと月から見ていることがないので、その時は政務を終えたばかりで、ドラゴン城の事は何も見ていなかった。

《…だから、今十六夜とルシウスがあちらを見ていてくれておるの。ルシウスは紫翠の指示では甘いところがあるから、綻びが出ないように、ソフィア様の腹の中の霧は密かにしっかり固定しておいたと言ってる。でも、今は平気でも段々に霧が侵食し始めるのは確か。こちらへ来るのなら、私が臓器の回りに膜を敷いて、月の結界から守りつつ、外に波及しないようにするしかないわ。でも…いくら私の膜でも、身の中にあるのに心に及ぼす影響までは消せないの。霧は、憑かなくても側にあるだけで影響を及ぼすものでしょう。それを身の中に持つのだもの…月の宮の中に居ないと、まずい事になるわ。》

蒼は、ため息をついた。

「それしかなかったんだから仕方ないよね。別にオレは良いんだよ、ソフィア殿なら軍神だってできるだろうしさ。でも、問題はソフィア殿の心だ。ここに籠められて外には出られないし、婚姻もできないわけだろ?それでも生きていたいなら良いけどさ…一度本神に聞いてみたほうが良いんじゃない?」

維月は、答えた。

《うん、十六夜ともそう話していたの。結局価値観次第なのよね。ソフィア様はどうしたいのか。それでも生きたいのなら、私達が口出しすることではなないんだし。イゴール様はどうなさるかなのよね…イゴール様はソフィア様を愛していらっしゃるみたいだし、死んでほしくないのよ。でも、生きていても側に置く事はもうできない。どう判断なさるのかしら。》

蒼は、言った。

「別に、そこは任せる。魔法陣はもうないんだし、当初の目的は果たせただろ?こっちに来るんなら受け入れるし、黄泉に渡るならそれで。オレは構わないよ。そう言っといて。一応そのつもりで、こっちは準備しとくからさ。」

維月は、頷いたようだった。

《分かったわ。ありがとう、蒼。あなたもいろいろ引き受けて大変ね。》

蒼は、苦笑した。

「もう慣れたよ。」

蒼は、空を見上げた。

月からは、維月が言ったように苦悩するイゴールと、話し合う維心達が見えていた。

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