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神格化

維心は、言った。

「…ということは、あやつは生きておる間に神に。そうならずとも、次に転生する時は必ず神として生まれような。滅多にないことゆえ、考えてもおらなんだが、確かにイリダルの筋なのだから、簡単に神格化しよう。まして、神との間に子を成して、その子を育てて生きて来たのだ。接する濃度が他と比べて高過ぎるのよ。」

碧黎は、言った。

《その通りよ。ゆえに、あやつはそのうちベンガル城へ上がる事になろう。イゴールはまだ気付いておらぬが、遅かれ早かれ気付く事だろうと、今主らに申したのだ。》

維心は、頷いた。

つまりは、イシードはまだしばらく生きるのだ。

「…ならばやはり、記憶の玉は消しておくべきやも知れぬの。とりあえずは、イゴールにはヴァレーリアの記憶の中にまだ懸念が残る事を伝えて、あちらの出方を見よう。恐らくあやつは消すだろうが…イシードがそれで、生きる気力を失くさねば良いが。」

維月は、息をついた。

確かにこれまで、それをよすがに生きて来たのに、それを取り上げられてしまったら、それから何を頼りに生きたら良いのか。

ヴァレリーもまだ寝覚める様子もないし、このままでは何も悪くはないイシードが更に不幸なことに。

「…何か方法はありませぬか。」維月は、言った。「あまりにもイシードが哀れに思えて。ヴァレーリア様も黄泉で案じておるのではないでしょうか。そうなると、転生にも障りが出るのでは。」

碧黎が、ため息をついた。

《…分かった分かった、全く主は。ならばヴァレーリアと話ができたら良いか?》え、と維月が驚いた顔をすると、碧黎は続けた。《あちらでもヴァレーリアの転生は決まったが、今一歩が踏み出せぬのは、イシードやヴァルヴァラ、ヴァレリーの事を忘れてしまうからなのだ。アクサナはもう転生した。後を追っていくはずのヴァレーリアは、忘れてしまっては見守る事もできぬと躊躇しておる。黄泉では仙術も無効になるので、記憶を留めるのもできぬようぞ。あちらもあちらで困っておるし、こちらもそんな様子。ならば、イシードとてヴァレーリアに説得させて、その玉を手放すようにすれば良いのでは。さすれば納得もしておるし、恐らくそこまで消沈せぬだろう。》

維月は、思わぬところでヴァレーリアと話ができるかもしれない、と嬉々として言った。

「良いお考えですわ!でも…イシードを黄泉の道へ連れて参るのですか?」

維心が、ため息をついた。

「別に、呼ぶのがイシードならば、黄泉の門をこちらに開いたらヴァレーリアはそこへ来るわ。我らだから来ぬだろうというだけで。」と、碧黎に言った。「ならばそうするか。我が門を開き、そこへヴァレーリアを呼ぶ。あやつの気の大きさは、恐らくレイティアから継いでおろうから門まで辿り着けるだろう。それで気を消耗するので転生は四年ほど先になるが、それは良いのか。」

碧黎は、答えた。

《もっと長く転生せぬやも知れぬのに。四年で済むなら早い方ではないか?》と、維月に言った。《維月の粘り勝ちだの。主も話したいのだろうが。》

維月は、拗ねたような顔をした。

「そんなつもりはありませぬ。案じて申しただけのことで。ついでに話が聞けたなら、私は嬉しいですけれど。」

維心は、苦笑した。

「まあ良い、ならばそれも合わせてイゴールに書状を送ろう。あの玉を残しておくわけには行かぬのだからの。年明けは、何の懸念もなく迎えたいわ。さっさとやってしもうておこう。」

維心は、侍女に命じて鵬を呼んで来させた。

そして、イゴールへの書状を書かせて、北へと送ったのだった。


その書状は、夜明けのベンガル城へと届いた。

イゴールは目を覚ましたばかりで、着替えをしている時にアントーニがやって来て膝をついた。

「王。龍の宮より只今書状が届きました。」

イゴールは、また龍の宮かとうんざりした顔をした。

「…またか。終わったとここ最近は安堵しておったのに、また何ぞ。」

アントーニは、書状を差し出した。

「これを。我らには開けぬように封がございまして。」

…ということは、また面倒だな。

イゴールは思いながらも、巻物の封を切ってそれを開いた。

そして、あちらの文字を解読しながら、読んだ。

…イシードが神格化すると。

イゴールは、それを読んでハッとした。

言われてみたらイシードは、気がかなり育っていて神でもおかしくはない様になっている。

血筋のせいかと思っていたが、あれだけ長生きなのはイシードだけだ。

イヴァンも四百ほどで緩やかに老いて死んだが、イシードは未だに白髪が出ているぐらいで、若々しい外見のまま、もう六百にもなろうとしている。

神でなければおかしな様なのだ。

「…そうか。」イゴールは、呟くように言った。「確かにの。」

アントーニは、顔を上げた。

「何が確かに?」

イゴールは、息をついた。

「術の記憶が、まだ残っておるのだ。他には話すなと申したよな。イシードの相手のことぞ。」

アントーニは自然、声を潜めた。

「…は。旧アマゾネスの女王の血筋の女と。」

イゴールは、頷いた。

「その女の記憶の玉が、イシードの手に残っておる。それを始末しないことには、事は終わらないというのだ。確かにその通りであるし、イシードは連れて一度あちらの宮へ来いと言う。解決策があるようなので、本日あちらが夜明けになるのを見定めてから、龍の宮へ向かうわ。左様返事を。あちらは今は夜だろうし、夜中に押し掛けるのは無粋であるしな。」

アントーニは、頭を下げた。

「は!では、そのように返事をお返ししておきまする。」

イゴールは頷いて、イシードの所へ行って来よう、と、そのまま窓から城を飛び立って行った。


イシードは、犬達を外に出して、しばらく遊んでやってから、散策へ行って来いと森の中に送り出していた。

イゴールは、それを上空から見て、思った。

…やはり人の身の中に居るのでよく見てはいなかったが、気がほとんど神のそれに近くなっている。

いつも間近に過ごしていたのに、城の誰もそれに気付かなかったのだから、人の身というのはつくづく隠れ蓑になるのだとイゴールはため息をついた。

イシード本人は、こちらが教えていないのだから何も知らないだろう。

善良に生きて来たイシードなのだから、神格化しても何らおかしい事などないのに、もっと良く見てやるべきだったのだ。

そう思いながら見ていると、イシードはため息をついて犬小屋の片付けに入って行く。

イゴールは、そこへと降りて行って、地上へ降り立った。

すると、イシードがその気配に振り返って、開け放たれた犬小屋から急いで出て来た。

「イゴール様。いかがなさいましたか?ヴァレリーは、未だに目を覚まさぬで。」

イゴールは、頷いた。

「それはそうだろう。あやつはかなり深く霧に侵食されて、修復には時が掛かる。誰かに治療されておってもしばらく掛かるものを、自己修復しておるのだから、数年掛かってもおかしくはないのだ。それより、主に話があって参った。」

イシードは、不安そうな顔をした。

「何でございましょう。」

イゴールは、答えた。

「その、記憶の玉。」と、イシードの胸の辺りに感じる、記憶の玉を指した。「そこにあるのだろう?」

イシードは、服の中からペンダントの鎖を引っ張って玉を出した。

「はい。これが何か。」

イゴールは、言った。

「龍王が、その中に術の記憶があるのが懸念だと申して。それの処遇を考えねばならないのだ。」

イシードは、それを聞いて玉を守るように握りしめた。

「…唯一の心の拠り所なのでございます。決して術の記憶は見ないとお約束致します。それでも、処分しなければなりませぬか。」

イゴールは、息をついた。

「どうしたいのか、我にも分からぬ。が、主を連れて龍の宮へ参れと言われておるのだ。断るという選択肢はない。行かねばならぬ。龍王に逆らうと、主の命どころかヴァレリーも、いや、我らベンガルすら危うい事になるのよ。一応、主の希望は我から申してやろう。が、ヴァレリーの命を守りたいのなら、おとなしくついて参ることぞ。」

イゴールは、ヴァレリーの家の方を見た。

「…ですが…まだヴァレリーが目覚めておらぬのですし、たった一人で放置しておる間に目が覚めて、何かあってはと案じるのです。ヴァレリーが目覚めてからではなりませぬか。」

イゴールは、首を振った。

「今、龍王が言うて来たのだから今ぞ。ヴァレリーのことは、アントーニに言うて誰か付かせておくゆえ。とにかく参れ。夜になったらこちらへ軍神を迎えに来させる。それまでに、着替えを済ませて準備をしておくのだ。分かったの。」

選択肢はないのだ。

イシードは、頭を下げた。

「は。仰せの通りに。」

イゴールは頷いて、そうして城へと飛び立って行った。

イシードは、ヴァレーリアの記憶の玉を握りしめて、これを失って生きて行けるのだろうかと、遠くなって行くイゴールの背を見つめて思い悩んでいた。

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