第227話 漂白呪
大炎球がすぐ上で爆ぜる。ロイの視界は紅蓮の炎で埋め尽くされ、周りは灼熱地獄と化した。
光と熱から一拍遅れて爆発の衝撃波と破裂音が……ロイには届かない。【維持】の仙力で空気の振動を抑え込んだためだ。
爆発というか、爆轟というべきか。『神焦炎』起爆による衝撃波は音より速いものではあったが、来ると分かっていればロイならば間に合う。
(『……だからその……もはやツッコむのも野暮ですね……』)
【維持】の消費霊力はかなりきついが、幸か不幸か【吸熱】と【苦楽】のコンボである程度相殺できる。数十セグ(秒)くらいならいけそう。
一方、【維持】では炎や衝撃の伝搬は止められるものの、輻射熱? とかいう奴は止められないので、熱い。炙られる。……昨日もそうだったが、無茶苦茶熱い!
(あっちちっ、あちちーっ!! 燃えてるんじゃ……ねえけどあちいっ!)
地獄の痛みだが、【吸熱】のおかげか実際に燃えたり失明したり焦げたりはしていない。単に痛いだけ。身に付けている服も変わらず。仙力とは不思議なものだ……助かるけど、熱い。
吸う空気についても灼熱なので、とりあえずは息を止める。あるいは木水の複合仙術に〈長息〉、呼吸動作無しに直接体内に空気を造る(これにより長時間水中活動も可能)という技もある。
というわけで、短時間であれば『神焦炎』もやり過ごせるはず。注意すべきは溶けかけた土中に埋もれること。爆発が終わった後でそこさえ何とかすれば……。
ごうごう……
ぐつぐつ……
ごごごご……
…………。
……あれぇ?
何故だ。10セグ(秒)近く経ったのに周囲が炎の海のままなんだが?
『神焦炎』って、燃え盛る大炎球として発現し、起爆。大爆発で何もかもを焼きながら吹き飛ばす……って術だったはず。
さっさと吹き飛べよおい、動けんだろうが! 【維持】を使い続けたら、昨日に続いてまた霊力おかしくなるだろ! それ以前に痛みで神経が保たん!
炎の海状態のままということはまさかまだ爆発前? ……いやどう考えてもさっきのは爆発だった。
確かに炎熱系の術は、炎球・炎塊のままでも移動はできるし、そのまま相手を燃やし続けるという戦法も無いことはない。『神焦炎』もそういう使い方は可能で、昨日の炎の蛇はそっち系の応用だった。
だがこの戦法、相手が魔術の使い手だと普通はやらない。魔力の消費が半端ないわりに、防御されやすいからだ。
魔術による防御障壁は単一種類の攻撃や一点集中攻撃に対しては結構強い。火で燃やす、衝撃波で吹き飛ばす、それらだけだと分かっていれば、二流の術師でも一流の術師に対抗できる。物理障壁術も、当たる位置だけ厚く守るように変更できる。
魔術障壁が苦手なのは、範囲が広い・数が多い・種類が複数・時間差が余りない、という類だ。これらが揃うと急速に弱くなる。
爆発は、炎熱に加え、衝撃、圧力差、無数の破片、窒息その他もろもろが同時発生するので典型的な苦手分野になる。爆発に対しては魔術結界を張るより物理的に物陰に隠れるほうがマシ。
だから炎熱型魔術は、魔力を食い潰す前にさっさと爆発させるのが定石。上位炎熱術は爆発と共に相手の魔術を乱す効果まで付いているので、即席の防御術ではまず守りきれない。それで範囲内全員に大打撃……が基本であり、『神焦炎』はその極致。
じゃあなんで拡散も火力低下もしてない? わけがわからんぞ。
……大地が溶けはじめて、下からも熱くなってきた。しかし全方位に【維持】を使わないといかん都合上、この場から余り動けない。
【天崩】で逃げる手がないこともないが、羅刹王の領域の中だと、闘争ではなく逃走だと見なされた場合に霊力消費がとんでもないことになりかねない。これは最後の手段だ。
しかし何故だ。半球状に張られた結界のせいか? でも『神焦炎』級の爆発を防げる結界なぞ、それこそ『万里長城』くらいしかないはず。王器や神器の仕業なら分かるが、この結界は魔術師団の仕業だよな? 純粋な魔術かというと何か変だが……。
この結界、魔術師団の意図としては爆発するまで一瞬羅刹王を足止めするためだったんじゃないのか?
(『それよりは瞬間的な高圧状態を造り出すための「燃焼室」の役割でしょうね、起爆と同時にに結界が「縮んで」さらに圧縮しようとしてましたから。おそらく意図としては圧力増加後短時間で崩壊し、その際に結界の魔力を転化させて炎に焚べることで、破壊力をさらに高める必殺の複合破壊術になる……はずだったのでしょう』)
……何か失敗したということか?
(『一度起爆はしましたが……戻ったんですよ、これ』)
戻った?
(『ええ。爆発する前の煮え滾る大炎球に戻ったんです。……これができるということは、この鬼の仙力は【領域】でなく【王圏】のほうで確定ですね。』)
つまり羅刹王の仕業か?
(『そうです』)
『……資格無き、分際わきまえぬ小童どもが、神儀の舞闘の邪魔をするとは』
……業火の帳の向こうから羅刹王の声がした。
正確に言えば、声そのものは【維持】で遮られるため聞こえない。代わりにヴァリスが霊的探査手段で得た情報を、念話で再現してくれている。
『彼我の差を測る能なく、誇りすらもないとは真に度し難い』
いや、あれだけ一方的に虐殺しといて誇りもないとかどの口で言うの?
あんな死に方量産してたら、そりゃ魔導師どもも発狂して不意打ちや卑劣攻撃の三つや四つ、やってくるだろうさ。資格だの神儀云々もロイなら何となくは分かるが、あいつらは全く知らんだろう。
幻妖でもないのに、さらにもはやナクシャトラの呪いもないだろうに、味方ごと殺ろうとするのはくっそ業腹だが、そこに至った理由自体は容易に理解できる。
たぶん、この鬼がロイと睨み合って動かなくなったのが、魔術師どもには仕掛ける好機に見えたのだろう。実際には虎の尾を踏むどころではない話になりそうだが。
……ま、この鬼にとってはあっさり『花』になるような相手は、余程でない限り目に入らんのだろうな。気にもしてなかっただろうし、そもそも死の価値も人間の常識より軽そうだ。
でも人間は、例え弱かろうとも死を素直に受け入れたりしない。プライド高いならなおさらだし、何よりこの鬼の場合は殺し方がエグ過ぎる。ありゃ誰でも嫌だわ。
(『いつも思いますがご主人様、達観し過ぎですよね。……(ぼそっ)【救世】というのはそういう精神だからこそ使える仙力なのかもしれませんね。暴走したら悪夢ですし……』)
『それに何だ。この湿気た炎は。これが『神焦炎』だと? 足りぬ。全く足りぬ。我を焼くにはほど遠く、式の限界にもまだ遠い』
え、これでまだ本来の威力じゃないのか?
(『この星の魔術を人間が使う場合、弱体化と上限がかかると思われます。上位魔術になるほどきついはずです。本来の『神焦炎』は……おそらくですが、規模や温度共に、少なくとも一桁以上は上の代物かと)
本来もっと熱いのかよ。なんでそんな事になってるんだ……。まあ今のでも多くの人間には過剰だと思うけどさ。
(『人間でも声帯を竜仕様にするか、尻尾か翼を生やすか、もしくは一人当たりの腕が四本以上あるか、あるいはそれらを再現したうえで、正しい手続きを用いれば、本来の威力で発動できると思いますよ』)
大元が人間向けじゃないって事か。
『叶うなら赤の紅神鳳か、白龍巫様でもお呼びして、真の『神焦炎』を見せて貰うがいい……まあ、貴様ら慮外者どもにその日は永劫に来ぬが』
その言葉と同時に、周辺の炎が渦を巻き……縮んでいく。半球の結界も霧散し、緋髪の羅刹がその姿を現した。
熱さが和らぎ、息もつけるようになる。危ない危ない。また霊力がおかしくなるところだったぜ……。
縮んでいった炎は……消えた? ……いや、羅刹王の右手の掌上に、黒い球状の塊が浮いている。そこからかなりの魔力が感じられるが……。
(『圧縮立体積層魔法陣。起爆どころか発動直前の術式と魔力そのものに戻されて、さらに組み替えられて収縮させられた状態ですね』)
まさか、術の時間を巻き戻したのか?
(『あくまで擬似的に無理矢理戻したので元の魔力よりは結構減ってますね。それでも普通は無理なんですが、今この辺り、特に地表付近は「彼の世界」です。彼の意思が法なんですよ。本気になった【王圏】はかなり理不尽ですし、抗うには上位仙力への覚醒か、あるいは霊的干渉を抑えられる装備が必要です。魂なき術式単独では耐えられません』)
もしかして、あいつがその気になると、魔術は効かない、発動できないどころか……これみたいに主導権を奪われる?
(『ええ、仙力も弱いのはそうなりえますよ。さっき言った『税金』といいますか、あれが跳ね上がって、払いきれない場合、単に発動しない以外に一時的に『持っていかれ』る事があります。【王圏】自体が、【傲慢】、【暴食】や【強欲】の機能限定複合版なんです』)
うわー……。
(『領域内の格下相手には無双できる。それが【王圏】の仙力です。これが進化して【神治】になり、星全体の創造物とその子孫に対して連鎖行使できる者を、一般にはその世界の主神と呼ぶんですよ』)
そういう神様は、地上の万物の生殺与奪が思いのままで、下剋上対策もばっちりってわけか。強いね。
(『ご主人様が私にやってる【掌握】も大概アレな能力なんですが? 対個体ならこっちのほうが凶悪ですよ。というか、それで私に元々かかっている私の創造主の【神治】を無効化してる状態なんです』)
そうなの?
(『もしご主人様が死んだら、【掌握】は自動解除され【神治】が復活して、私は元の主の指令を再開せざるをえなくなります。そうなったら私、この世界の神から見逃して貰えないですからね。よって円満に【掌握】と【神治】を解除してもらうのが今の私の目標です』)
円満? 少しずつ霊力溜め込んでるだろ、お前。分かってんだぞ。
(『そこは、まー、本質的には私とご主人様の関係はブラックな契約で縛られたビジネスライクな奴ですからー。いずれ契約が終われば別れる定めですので、退職金を積み立てているんですよ、はい』)
ちゃんと仕事するなら多少は構わんけどな……あくまで多少だ。体の痛みの件もあるし、できるだけこいつを使わないに越したことはない。
(『仕事については信用はしていただいて構いません。愛とか友情とか信頼とかは別料金でお願いします』)
はいはい。それでこれからどうなる? あの『神焦炎』は?
(……【王圏】は階梯自体は上の下くらいで、同等以上の仙力持ちには効きが悪いはずなんですが、この鬼のは最上位仙力持ちのご主人様にさえそれなりに効いています。かといって【神治】には至ってなさげなので、おそらく【王圏】や【活流】以外の隠し玉があります』)
さっき現れた巨大な「口」や、ニンフィアの力を避けた技やらも、そのせいか?
(『おそらく。そしてまさに今から、奴は何かやるようです。ご主人様の目でも注意して見てみてください、何か私に分からないものが感じ取れるかもしれません』)
目前の羅刹王がロイを横目で睨みながら呟いた。
『少し待て、戦士よ。先に慮外者どもに罰を与えねばならん』
・・・
その頃、万里長城内部では攻撃を主導した魔術師団副長のテスファイエと魔術師たちが、経験した事のない現象にパニックを起こしかけていた。
「炎と結界が……消えた」
「何が起こった? 何故爆発しなかった!」
「消えたのではありません……あ、あの鬼が、鬼がっ!」
「魔力が圧縮されています……『神焦炎』を封じて魔力に戻した?」
「そんな事できるはずなかろう!」
「できてるじゃないですか!」
「狼狽えるな! 『神凍霧』だけでも早く発動しろ。まだ熱いうちに放たねば!」
『神凍霧』は一見雪や雹に見える遅延型凍結術式の塊を無数に降らせる術で、その効果は降り注いだ地表付近の空気が一部液化し濃霧が生じるほど。冷気系最強術の一角である。
そして熱いものを急冷すれば酷く脆くなるし、柔らかいものも凍った所を衝撃波系の術式で追撃すれば粉々だ。そうなれば幻妖の凝核を一括で物理破壊することもでき、復活もない……。
なるほど完璧な作戦であった。実行するための実力不足と、そもそも羅刹王相手の場合不可能だという点に目をつぶれば、だが。
そうした連続攻撃の一環として凍結系、衝撃系の大技を用意していたものの……。
「魔力充填できていません、あと30セグ(秒)はかかりますっ」
「何故充填しておかなかった!」
「とにかく初撃に全力を込めよと、先程おっしゃられてっ、急遽っ」
「……いいから急げっ!」
「テスファイエ殿! 早くスヴェルを! あの呪わしい反撃が来る前にっ!」
師団副長代理のアシュヴァン郡侯爵が、混乱しかけていたテスファイエに王器スヴェルの護りを起動するよう促した。
「そ、そうだな……!」
テスファイエの左腕にはめられた腕輪が輝く。彼は仮の主でしかないが、定常駆動の範囲であれば使う事ができる。
『地王器・スヴェル・定常駆動・構成『戴銀山嶺』』
そうして『万里長城』の結界の一回り内側に、王器による凍てつく結界が出現する。
スヴェルは本来北方方面軍の王器だったが、現在は魔術師団側が管理している。この王器は定常駆動でさえ極めて大規模な対軍防御結界を生成できる特性があり、『万里長城』と合わせる事で無敵の防御となる事が期待されていた。
無理を言って、しぶる師団長から借り受けた切り札の一つ。スヴェルの護りであれば、仙力に由来する可能性が高い奴の奇怪な技も防ぎきれるはず──
さらに、奥の手もまだ残ってはいる。
「テスファイエ殿、今こそ『迴理法典』の起動を師団長に決断いただくべきかと」
「確かに。アシュヴァン卿、至急具申を! おい、お前たちは魔力充填を早く! 準備でき次第教えろ、放つ瞬間だけスヴェルの結界をずらす。あと、スヴェルが奴の技を防いでいるうちに急ぎさっき何があったか解析しろ! その次は……」
そしてやるべき事に没頭したテスファイエは、周囲の変化に気が付かない。
「空がっ」
「まさかさっきの……いや、違う」
「騒ぐな! 攻撃と解析を進めろ!」
「しかしっ」
「いいからとにかく急げ、攻撃は最大の防御だ。『迴理法典』が使えれば威力は何倍にもなる。まずは『神凍霧』だ。次に『神掌破』……そうだ、『神朽霖』の術式も用意しろ!」
「あれは禁呪です!」
「今使わずしていつ使うのだ!? それに相手は人間ではなく屍鬼の同類。あれ自体が禁呪の産物の如きもの、ならばこちらも使ってなにが悪い!」
『神掌破』は衝撃波系統の最強術、そして『神朽霖』は呪毒術だ。万物を腐らせる呪詛の雨にて敵味方の区別なく骨すら溶かし尽くす術で、さらに土地そのものを汚染して死の腐海に変えるゆえに禁呪とされている。
通常であれば、こんな人里近くで使うなど絶対にあり得ない代物だが……。
「仕掛けた以上勝たねばならんのだ。負ければ無惨に死ぬしかない。手段を選ぶな、全力を尽くせ!」
「はっ、はい……」
興奮物質で思考が充満したテスファイエは、視野狭窄し血走った目で矢継ぎ早に命令を発し続け……。
「いいか! 諦めず足掻けば必ず光が──」
──それが、彼の最期の言葉となった。
「なんだあれはっ」
「で、でかい!」
「副長っ、きますっ!」
部下のその声に思索を止め、覗き窓の向こうを見る。遥かな彼方より蒼く、
光が、
──『万里長城』もまた羅刹王の世界のうちだった。ゆえに彼等は既に『捕捉』されており、『逃げるという発想ができなかった』
羅刹王が、不遜にも神儀を邪魔した小人たちに気を留め、彼らに逃走を許さず……『骸花』とは別の形の罰を望んだがために。
・・・
少し時間を戻す。
羅刹王はロイに待てと告げたのち……。
『もう少し後にするつもりであったが……ヒトどもには今少し、現状理解が足りぬな。そも、数を頼みにするだけの戦では、我ら星霊に勝つ事能わぬと知るがよい』
そして羅刹王は掌にあった黒い玉を上空に放り投げ……第三の目を──開く。奇怪な虹に渦巻く瞳が空を観て──
──神影描出
『目を覚ませ』
大地が揺れる。
その上空が揺らめく。
──神體現像
『気付けだ、喰らうがいい』
黒い球体が、上空で霧散して消えた。そしてそこに。
──鬼神幻創
黒い亀裂が走る。
亀裂は、その向こうから現れた赤銅の五つの手によって……拡げられ。
GiGigi...Cinsha...Gyariiiiii!!
硝子が無理矢理軋むような甲高く不快な不協和音とともに、暗き深淵の裂け目が広がり、そこから巨大な人型の何かが現れる。
地に降り立ったは、うっすらと透けた半透明ではあるが……身長が先ほどの球蓋の高さほどもある、赤銅の肌の巨躯だった。黄金の毛皮を繋ぎ合わせたような何かを袈裟懸けに着た、その体より生える腕は、六本。
……阿修羅と呼ばれる上位鬼種……いや、上位鬼種などではない、これは──
その纏う霊力は、魔力は、今の羅刹王自身よりもさらに上。明らかに、神域に足をかけた……すなわち亜神『六大鬼王』
《蒼天引キ裂ク修羅神、ダーナヴァーリヤ》
この世界における古き龍の時代の亜神・六大鬼王とは……羅刹王、修羅王、夜叉王、餓鬼王、紅血王、地煞王の六柱からなる。
そのうち修羅王は阿修羅、六本の腕を持つ戦闘術を極めた鬼種の王であり、何らかの武器に熟達している事が多い。今回呼ばれたダーナヴァーリヤの場合は、巨大な木製の槍を一本携えていた。
そう、木の槍だ。それも大きさや形からして、丸太を尖らせただけと言っていいような、槍というより棍や長い杭に近い素朴で無骨な代物。
ただ、本体の鬼神と違って半透明でない。そして少し特別なのは、その丸太が元は建木の枝……現在崑崙と呼ばれる地にある「世界樹」から切り出されたものということ。
(『やっぱり、神降ろし! しかもこんなやり方からなんて……反則すぎる!』)
『愚か者らは、其処だ』
羅刹王の示す先に向けて、大なる阿修羅は一つの腕にて槍を投げる構えを取る。そして残りの五つの腕は……呪印を組み、あるいは空に魔法陣を描き……槍に『力』が宿る。
──第七段階付与魔術『神咬閃』
槍先に紫電が纏わりつく。「建木」は雷鳴司る神樹、その枝は五行でいう木属性素材の究極であり、風や雷と極めて相性がよい。槍が発し始めた魔力は、先の『神焦炎』よりも遥かに高密度で……。
「四本以上の腕で……本来の魔術ってやつか」
さらに亜神の霊力すらもそこに加わる。槍の穂先あたりの空間が軋み、揺らめき……。
──鬼神技『至天滅殺』
『撃ち抜け、流るる星の如く』
──神罰、執行
唵!!
大なる阿修羅が一喝と共に、『万里長城』の一角……テスファイエらのいる場所に向かって木槍を投じた。
投擲の直後に鬼神の姿はふっと掻き消える。しかし放たれた槍はそのまま飛翔し、白く眩く輝いて爆発的に加速。地上の流星となって雷光の尾と衝撃波を軌跡に残し、一直線に『万里長城』に向かう。
──もしここにリュースら護法騎士がいれば、この技は一部の神器が扱う神技、『梵天神箭』系列や、幻魔王の『終焉の吐息』らと同質の絶技だと看破しただろう。
単純な破壊技ではない。この種の力を護法騎士らは『漂白呪』と呼ぶ。生命や物体はもとより、実体なき術式や霊気、妖物も含めたあらゆる存在を破壊する力。しかも与えた傷の回復再生を許さない。
立ちはだかる全てを分解、消去、浄化のうえ、情報レベルで世界から除外し、痕跡すら「漂白」して滅ぼす、破壊神や創世神に由来する力だ。
例え小規模であれ、漂白呪を矢や槍という形で収束させる場合、その貫通力は絶対である。むしろ収束させるのは範囲を限定するためであり、さもなくば破滅が連鎖し都市や国レベルが滅びかねない。
神域存在ですらまともに受ければ無傷で済まない。『万里長城』のような防御術も、それが人の魔術の範疇でしかないものは概念ごと分解されて終わる。
存在を漂白する技への対処法は、回避か同格以上の技での相殺しかない。なお矢や槍型の多くは範囲限定の代わりに追尾能力を持つので、逃げ切るのも難しい。
そこから何とかできるとすればそれこそ神域の能力か、王器・神器による護りくらい。つまり今回の場合、有効だったのは……王器スヴェルの技だけだった。
だが所詮、仮の使い手による定常駆動の護りでは、神器の超過駆動に匹敵する一撃を防ぐには全く足りなかった。そもそも王器スヴェルの性質──広く薄く守る範囲展開型──では、相性も悪すぎた。
結局、修羅王の投槍は『万里長城』の結界を無効化し、内側のスヴェルの凍気結界を刹那で破砕。そのまま槍は土壁に激突し……
「「あ゛っ」」
ジュッ!
土壁は、蒼白い光の中に消えた。
万里長城の当該部分や周辺の大地は、槍の激突位置から半径300シャルク(約200メートル)ほどが、発現した雷嵐と灼熱のプラズマ、及び【魂滅】の呪詛によって分解され、ほぼ一瞬で消滅。
その区域にいたテスファイエとアシュヴァン以下の魔術師ら、およそ50人ほども蒼白の光に熔けて消えた。数十万度の高熱と呪にて物理的、霊的に蒸発したのだ。骨や魂の一片すら現世には残らなかった。
さらに……羅刹王に『捕捉』されていた魔術師たちには、別の罰も用意されていた。
彼等は幻妖に殺された。ゆえに幻妖になるという資格を満たすが、それと同時にその在り方が縛られた。
聖なる星霊の儀式を邪魔したと見なされた彼らについて、龍脈での記録には、羅刹王による印が残された。そうした者は幻妖として再現されたとしても、最下級の、知性なき動く肉塊にしかならない。そして、そんな印を受けた存在であることが霊気を読める者からは一目瞭然。
これは、この星の本来の住人達、鬼種や竜人からすれば、星とその輪廻から永劫に呪われし者という意味になり、本人のみならず親族さえも軽蔑される対象になるという重大な罰であった。
現時点での人間にとっては、余り罰とは言えないかもしれないが……人々がこれの真に残酷なる意味を知るのは、今少し後のことになる。
……そして修羅王が消え、テスファイエらの体と魂が蒸発したあとも、槍本体は消えなかった。
槍は長城を越えて、背後にあった平野をも抜け、奥の帝都にまで到達。衝撃波で帝都西端部の街壁は吹き飛び、帝都西部の家々のうち、千戸以上が全壊、その数倍が半壊した。
槍はやや上向きに、帝都中央の帝城の上空を掠めてさらに東方の空の彼方へと飛び去って、蒼天の果てに見えなくなる。その際の余波だけで帝都中の硝子窓が割れたり壁が崩落するなどし、多くの怪我人が生じた。
そうしてこの投槍での被害は、死者だけで兵や魔術師、そして帝都の民を合わせ三千ほど、負傷者はその十倍を超えた。一撃によるものとしては、それまでの帝国史上で最大の被害だった。
「……おお」
「なんてことだ……」
「あ……」
帝国軍の大半のものが、この被害を見て呆然と立ち尽くした。
なお、一角が完全に消滅した『万里長城』だが、そこ以外は無事だった。槍の直撃箇所近傍以外は衝撃波や高熱も余波でしかなく、防御術が機能したのだ。
残った部位から少しずつ土が盛り、土壁が修復されていく。だがその速度は亀の歩みのように遅い。うたい文句では『万里長城』は撃ち抜かれても十セグ(秒)ほどで元に戻るはずだったが……。
これは、神の呪にて『漂白』された空間は、魔素や霊気持たぬ「死の土地」となったからだ。そうした空間では当分の間、魔術や霊的な干渉が非常に困難になる。土魔術や防御結界も例外ではなく、仙力もある程度は影響を受ける。
……結果的に『万里長城』の復活には数時間を要することになる。それも結局直撃部は復元できず、そこを囲むように壁を遠巻きに作り直すことになった。
不幸中の幸いだったのは、その穴を突破した幻妖はいなかったこと。これは当該部分が下方向にもえぐれて深い溶岩の池になっていたこと、加えて「死の土地」となった所は幻妖にとっても龍脈の力が届かず動きにくい空間であり、敢えてそこを行こうとする幻妖が殆どいなかったためである。
だが、仮に長城が復旧できたとしても……それが一撃で撃ち抜かれ、帝都にまで攻撃が到達した事実は消えない。中にいた人員が蘇ることもない。
ナクシャトラや羅刹王によって散々削られてきた帝国軍の士気に、トドメが入ったのは、この時だったと言える。魔術師団の大言壮語を、全く信用できなくなったのだ。
──魔術師たちよりも、幻妖のほうが強いではないか。『隕石招来』も失敗するのではないか? このままではただ殺されるだけではないか? ここで命を賭ける意味があるのか──
『紅刃』と『白皙小姐』が倒れ、後背の古竜も一体を倒せそうな状況にも関わらず、軍としての統制はここで半壊した。以後は脱走する兵や命令違反者が後をたたず、軍と魔術師団、そして兵部省の計画は砂上の楼閣のように崩れていくことになる。
だが、それでもまだ、隕石が落ちるその時まで、ある程度は帝国軍は戦う集団であることを維持できた。理由は二つ。
一つは、この神罰の投槍の破壊が、実は最悪の結果ではなかったから。
それは王器であるスヴェルが起動し、防御していたためだ。王器の結界は一瞬で破壊されたものの、槍の軌道をほんの僅かだけ上側に向ける事に成功していた。
この角度の変化なくば、破壊は帝都西端どころか中心付近にまで届き、死者だけで数万に届いたはずだ。帝城も硝子窓や壁の崩落どころか構造体の大部分の倒壊に至っただろう。
ゆえにテスファイエやアシュヴァンの行為のうち、最後のこれだけは結果的に正しかった。
だが、ここで彼らと共に分解された王器が健気にも果たした役割に気付いた者は、人間の中にはいなかった。
内部の状況を説明できる者も全員死亡した。中にはその後幻妖として蘇った者もいたが、羅刹王の呪いにより、いずれも弁明などできぬ知能無き動く屍でしかなかった。
ゆえにテスファイエらは歴史書においては救いがたい愚物として記される事になる。不意打ちへの警告もなく、味方や英雄を危機にさらした。さらに羅刹王を不用意に怒らせ、反撃に全く対処できず、貴重な戦力を使い潰して被害を拡大した。無能な働き者とはまさにこの事ぞ、と……。
そして、もう一つの、そして最大の理由は。
「……なるほど、そういうことか」
金剛夜叉伝、「破落星の戦い」の第三幕『鬼花蓋世』に続く物語。『万里長城』の一時崩壊から始まる第四幕──『凶鬼帰泉』
下天の夢幻は無限に非ず。黄泉より来たる凶鬼ならば、泉下に帰すが道理なれ。
そう。ほどなく、羅刹王ヴェルルグルカーンにも最期の時が訪れたためである。
黄砂といふ現象は仮定された自然環境破壊のひとつの黄色い証明です(あらゆる透明な病源の複合体)……これから二千年もたつたころはそれ相当のちがつた科学が流用され相当した証拠もまた次々過去から現出し、みんなは二千年ぐらゐ前には、そらはいつぱいの砂にて黄色かつたとおもひ……嗚呼かがやきの四月の気層のひかりの上、地に唾してはぎしりゆききする、あれはひとえに砂なのだ(ミヤザ・ワッケンジー著『春と砂』民明書房刊 より)
やっと杉と檜が減ったと思いきやよ、ぐぇー……
『神焦炎』について
……これの詳細は第198話の後書きで解説しています。また、リミッター解放した存在が使った場合については前作の27話に描写があります。具体的には今回のものに対し、温度が約20倍高くて蒼く、威力では3000倍を超えて原爆級になり、それが同時に32個発現します。
なのに弱いのが1個だけとなればそりゃ羅刹王も湿気てるといいますわ。ただ前作だと敵も化け物なので、これでさえ殆ど効いてなかったのですが。なお、『神朽霖』も前作の25話で使われています。こちらも敵には殆ど効いてない……。
至天滅殺 アスラ・グニー・ウルカー
……サンスクリット語で「魔を降す星」という意味になるようにした言葉。……使ってるやつが魔だって? まあそこはそれ。
漂白呪 アカースド・ブリーチ
……滅びの呪い、神の漂白剤。ブラフマーストラ系列はインドの英雄譚に数あるアストラの中でも使い手が多いせいか、色々追加効果盛られていて大変なことになってます。それをモチーフにした技をどう表現したものか、ということで、本作では漂白と評しています。……どっかの死神が主人公の漫画がそういうタイトルでしたね。なんてそんな名前だったのか、最後まで分からんかったですが……。
他の言い回しの候補としては界滅呪スウィーパーとか卸載術アンインストーラとか考えましたが、いまいちしっくりこず。前者はどこかの野球星人の技っぽいし、後者はこの星の塵の一つだと今の僕には理解できなくもないけど、恐れを知らぬ戦士にはなれそうもないし、で。
王器スヴェルの受難
……ひっそりと蒸発した悲しみの王器。まあ王器は人間と違って分解されてもいずれ復活しますが、漂白呪によるものだと百年はかかります。グッバイ。
光が、
……夢とロマンを噴射して飛べたらいいのに(反語)、的な某名作のラストのオマージュっぽい何か。本話のは、敵役が光の中に消えてから爆発するよくあるアレですが……。




