四十三話
ノエルSide
新たなパーティーメンバーを募るのにも限界が来た私達は、マグナスの提案により更なる邪悪に手を染める事になった。
ギルド関連の関係者から仲間を集めるのは止めて、もっと別のルートから人材を仕入れるようになった。
「………………」
部屋の中で物音一つ立てずに彼はただじっと佇んでいる。
命令を受けない限りは動かない。それが彼に仕込まれた習性だった。
日に焼けたかのような褐色の肌。ボサボサの銀髪の間から覗くのは翡翠色の鋭い眼光。相当数の修羅場を潜ってきたと思われるライザと並んでも見劣りしない程に恵まれた逞しい身体は夥しい数の戦傷に覆われており、しかしそんな沢山の傷を負っているのを感じさせないくらいに戦闘中には壁役&囮役として活躍してくれている。
そんな彼を見ながら安堵したようにライザが言う。
「一時はどうなる事かと思ったが、今度のヤツは長持ちしそうじゃねえか」
「奴隷を使うなんて最初は考えられなかったけど~結果オ~ライって感じ~?」
そう。シルヴィの言った通り、ついにマグナスは奴隷を戦闘に立たせる決断をしたのだ。自由意思のない奴隷なら勝手に逃げ出す事も無いし、命令には逆らわない。
いや、逆らえないと言った方がより正確だろう。奴隷には主人の命令に反しないように隷属の首輪というモノが嵌められている。これは魔道具であり主人が魔力を放てばそれに反応して強力な電流が流れるように出来ている。
マグナスはこの隷属の首輪を改造し、使用者が喋れなくなるように沈黙の魔法効果を更に追加、そして首輪では奴隷だという事が丸分かりになってしまうので腕輪にして服の下に着けさせている。
マグナスが奴隷を使う事を提案した当初はさすがに他の全員が躊躇し反対した。明らかにやりすぎだったからだ。
奴隷を買い使役する事自体は違法では無い。聖光国スピルネルでも貴族達は奴隷を買取って使用人として雇っている場合が多い。あるいはそれ以外の用途でも……。
ともあれ奴隷制度はどこの国でも珍しくない馴染まれているものなのだ。
ガタイが良かったり魔法の才に恵まれた者を買い取って戦闘奴隷として使役するのも無い訳では無い。
だが、それはあくまでも一般の冒険者の話だ。
私達は腐っても勇者パーティーだ。勇者が奴隷を使役して戦闘に勝利する姿を誰が見たいだろうか。
それはパーティーから抜けた冒険者経由で私達の実態が広まる事よりも看過出来ない事だ。
しかし、マグナスはそれも百も承知で計画していたのだ。
まず奴隷だという事は隠して表向きは新たなパーティーメンバーだという事にして参入させる。奴隷には特別制の隷属の腕輪を装備させて逆らえないようにし、更に喋れないようにして情報が漏洩したり奴隷が逃げ出す事を禁じた。
周囲の人間から何か言われた時は、彼は病気で喋れないんだなどと適当に理由付けて誤魔化した。
こうして現在のスタイルが完成する訳だが、それでも初めのうちは上手く行かなかった。単純に、奴隷が激しい戦闘の繰り返しに耐えられなかったのだ。
耐えられなかった奴隷がどうなったのか。
逃げ出しもせず逆らえも出来ない奴隷が三人も入れ替わった事を考えたら結末は容易に想像出来るだろう。
奴隷が死ぬ度に場所を変え新たな土地で新しい奴隷を仕入れ戦わせる。
もう駄目だった。
かつての勇者パーティーはもうどうしようもない所まで落ちぶれ果てていた。実態がまだ周囲に知れ渡っていないだけだ。
私は、私達はマグナスに抗議した。怒り、諭し、時に宥め道を聡そうと幾度となく話し合いを重ねた。
傲慢極まりなかったライザやシルヴィですら、最近は自分達のやっている事に疑問を感じ始めている様子だった。全ては、マグナスが仲間を氷漬けにし剣を向けてから始まった。
自分達が人としておかしい待遇を受けるようになってようやく彼らにもかつてのテイル君の立場や気持ちが理解出来るようになってきたのだ。
しかし、表向きは今まで通りに愚かで傲慢な姿を見せて振舞っている。全てはマグナスが原因だ。
マグナスは、力で人を従わせる事に躊躇しなくなった。そして仲間達の同意を得るのにわざわざ説得する事を止めた。そっちの方が遥かに早く楽に済むからだ。
私達の抗議と努力は彼の力によって呆気なく瓦解させられた。普通に考えればいくら勇者が相手とはいえこちらも一流の冒険者、一方的にやられる事は無い筈なのだが、どうもマグナスの戦闘力が以前とは比べ物にならない程に成長しているようなのだ。
冷徹で残酷な本性を見せるようになってから彼の氷雪魔法の威力は天井知らずに上り詰めていった。
私が居なければ彼の手によって二人は死んでいただろう。聖女である私を殺す訳にはいかず手加減せざるを得ないという事と、治癒魔法のお陰だ。
もはや彼には仲間に対する、いや、他人に対する情は無くなっていた。あるいは私達が気付かなかっただけで本質は前からそうだったのかもしれない。
だから私たちは密かに隠れて相談した。マグナスから逃げ出そうと。そしてその上でギルドへ投降しようと。
私達のやってきた事はもはや犯罪行為そのものであり裁かれねばならないものだ。ライザとシルヴィはそれには乗り気ではなかったが、私が根気よく説得すると少しずつ同意を示してくれるようになった。
戦闘中に倒れ回復魔法を当てても動かなくなった奴隷を、何の感慨もなく冷たく見下ろすマグナスの姿を目にして、彼らにも疑問と恐怖が浮かんできたのだ。
次は自分達かもしれない。死ぬよりかは、裁かれて監獄に入っていた方がまだマシだ。そんな風に考えたのかもしれない。
だが、マグナスも馬鹿ではない。叛逆されたり逃げ出される可能性も勿論考えているだろう。そして、それが発覚した時には実力行使する事を何ら躊躇しないに違いない。
だから私達は慎重に動かなければならなかった。
表向きは今まで通りに従順な仲間を演じ、裏では逃げ出すチャンスを伺っていたのだ。
そんな私達に一つの転機が訪れる。
それは、西のルフレ砂漠近辺で突如発生した魔物の異常発生だ。
強さは大した事は無いのだが数があまりにも多く人手が足りない為にギルド経由で大々的に冒険者達を募集していたのだ。
勇者としては大勢の冒険者達の集う場所で活躍を知れ渡らせるチャンスだった。そして私達にとってもギルド関係者や冒険者に助けを求めるチャンスだった。
私達の命運は、ルフレ砂漠で決まる事となった。
ノエル達は逃げ出す事を選択したようです
戦闘奴隷の風貌描写を付け加えました。
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