四十二話
シェイランの協力と活躍により、無事にレンカは救出され僕達の元へ戻って来た。シェイランには出会ってから助けられっぱなしだ。そんなシェイランが、僕に一つの問いかけをしてきた。
「さて、婿殿。黒竜の奴も逃げたようじゃし、ワイバーン達も全て倒した。ここでやるべき事は全て終えたと見ていいかの?」
「うん、そうだね」
「これからどうするつもりじゃ?」
「どうって……」
そうだ。そもそもフラム族の集落に来たのは竜族と契約を交わす為だ。思わぬトラブルに見舞われたが、今僕の目の前には竜族で最強の王であり神竜の子孫でもあるシェイランがいる。
彼女と契約を交わせば飛躍的に力が増すのは間違いない。だから僕は深く考えずに彼女に契約を持ち掛けた。
「そうだ、僕と契約して欲しいんだ、シェイラン」
「ふむ?」
「僕は強い竜を契約を交わす為にここまで来たんだ。シェイラン以上に相応しい相手はいない」
「ふむふむ。なるほど、そういう事じゃったか。儂としてもそう言って貰えるのは嬉しい。が、しかし……」
「?」
何故かシェイランはいいと即答してはくれなかった。何かを躊躇っている様子だった。
「婿殿よ。契約するのは構わん。構わんが……
人間を止める事になっても良いのか?」
「え?」
「強存強栄とやらの効果によりそなたは今の状態ですら人間の範疇から逸脱しかけておる。この上儂と契約を交わせば間違いなく人間を止める事になるぞ?」
全く予想だにしていなかった言葉に思考が停止する。人間を止める……そう言われても全く実感が湧かないのが本音だ。
「何かそれで問題があるのでありますか?」
そう尋ねてきたのはレンカだ。炎の勇者として覚醒し圧倒的な力を得た今の彼女は自信と誇りが漲っており以前とはまるで別人のようだった。
「私も勇者として覚醒したから言うでありますが、別にそれで私自身が別の何かに変わった訳でもなし、姿形は普通の人間と何も変わらない。肩書きだけ人間じゃなくなったとして、それで何か問題があるのでありますか?」
「ふむ。そうじゃな……例えばじゃが」
そう言ってシェイランはレンカの疑問に応える形で例を示す。
「一番分かりやすいのはやはり『勇者』かの。勇者とは人間達の希望の象徴であり魔王に対抗しうる唯一の存在。そなたらが放っておいてくれと言っても周囲の人間は放っておいてはくれんじゃろう」
氷の勇者マグナスとパーティーを組んでいた僕だから分かる。確かにシェイランの言う通り、勇者は勇者個人の意志だけではなく人類全体の思惑と無関係では居られない立場にある。マグナスのように全面的な国の支援を受ければ当然その国の意向通りに動かなければならなくなるし周囲の目も気にしなければならない。
「私は元々テイル殿の旅についていくつもりでありましたし。テイル殿がかつて臥竜鳳雛で魔王打倒の旅に出ていた事も承知しております。テイル殿が望むなら魔王と戦う事には別に何も躊躇はないでありますよ」
「レンカ……」
「まあ、テイル殿と引き離されるのは勘弁なので、そこは色々上手く立ち回らねばならないでありましょうが」
レンカがそこまで覚悟を固めて僕のパーティーに加わってくれたとは思っていなかったので素直に僕は驚いた。レンカは勇者になっても離れる気は全くないと言ってくれているのだ。
それは、かつてパーティーから追放された身としては涙が出る程嬉しい言葉だった。
「ふむ。レンカは大丈夫そうじゃの。では婿殿はどうじゃ? 魔獣使いは、魔獣を使役する職じゃ。危険視する輩も少なくは無いじゃろう。主人が未熟ならば魔獣は容易く人にも危害を加える」
その通りだ。使役する者がきちんと魔獣をコントロール出来なければその力は簡単に人を傷つける。だから冒険者の中には魔獣使いを忌み嫌う者もいる。魔物を絶対悪と見なす主義の人間には魔獣使いは受け入れられるものではない。
「それは、魔獣使いになった時に既に乗り越えた問題だ。それくらい、覚悟してるよ」
「では、そなた自身が討伐対象として冒険者ギルドに指名手配されるというのはどうじゃ?」
「「!!」」
驚いた僕とレンカを笑い飛ばしながらシェイランが言う。
「なんじゃ、これくらいの事で驚くのかの? 考えても見い、今のそなた達の戦力の凄さを。それは下手をすれば個々で国を滅ぼしかねない程の力じゃ。それがどこに手網を握られる訳でもなし個人の意志で好き勝手に行動しておる。恐ろしいと考える者がいても不思議ではあるまい?」
「それは……」
「テイル殿や私が力を私利私欲の為に使うというのでありますか?」
「もちろんそなたらの人となりをよく知る者ならそんな風には考えんじゃろうが、人はよく知らぬ物には恐怖を持つものじゃ。それが力ある者なら尚更の」
そこまで言われるとレンカも言い返せず黙り込んでしまう。するといつの間に外に出てきていたのか、ヘルメスが更に口添えをしてきた。
「テイルさん、永遠の命を得られると言われたらどうしますか?
私のように不死者となって永劫の時を歩めると言われて、それは欲しがる者にとってはこれ以上ない得がたいものでしょう。
しかし代わりに生きた人間としての身体も尊厳も失います。外道に堕ちると言ってもいい」
兄であるゲオルクと共に不死者の王であるリッチーとなり長年生き長らえてきた彼女の言葉には強い説得力があった。
「シェイランさんが仰っておられるのはそれと同じ事です。人間離れした強さを持つという事は、人間らしさ、人間として大切なものを失う可能性を秘めているという事です。
今のあなたに、それを失う覚悟はありますか?
それを失ってまで成し遂げたい目的があるのですか?」
それは重い言葉だった。
強くなりたい。ただそれだけの理由で強い魔物を探し求め旅してきた僕には、その問いに答えられるだけの覚悟も目的も見い出せそうに無かった。
暗い影を落とし顔を俯かせる僕を慰めるようにシェイランは明るく励ましてくれる。
「まあ、何も今すぐ答えを出す必要はないのじゃよ。婿殿はとりあえず今まで通りにSランクモンスターと契約を交わしてゆけば良い。儂と契約しなければすぐに人間を止めるという事にはなるまいて」
「うん……」
「儂との契約は保留という事にしておこう。安心せい。契約はせんでもパーティーには加わって力を貸してやる。怖いもの無しじゃ」
「それなら確かに怖いもの無しでありますな」
「時間はまだまだある。ゆっくりと考えるがよいて。七つの冠を揃える時までの」
「七つの冠?」
シェイランが口から出た『七つの冠』というよく分からない単語について尋ねたのだが、シェイランは思わせぶりな顔をするだけで教えてはくれなかった。
「なに、焦らんでもいずれは分かる」
ニヤニヤしながらそう言うシェイランに、今の僕は首を傾げるばかりだった。
シェイランと契約したら人間止めるらしいです
『おれは人間をやめるぞ!
マグナス───ッ!!』




