四十一話
レンカSide
絶叫と共に黒竜の身体が二つに裂かれ戦いの決着が着いた……かに思われた。
だが、黒竜は身体が斬られ分かれた瞬間に自らの腕でもって無理矢理身体を繋ぎ止めた。焔によって焼かれ溶けた切断面は強く押し付けられる事によってどうにか接着し繋ぎ止められていた。
「グギャアアアアアアアアア!!!!」
黒竜は凄まじい叫びを上げ痛みに耐えながら死にものぐるいで生き延びた。もちろん、生物としてそれが異常な状態である事は言うまでもない。
恐らくはワイバーン達から吸収した生命力が黒竜の身体を変質させたのだろう。切断面から黒い煙を上げながら二つに斬られた身体は再び一つへと戻った。身体の繋ぎ目に醜い火傷を残して。
フラフラと身体を左右に揺らし今にも倒れ込みそうになりながらその瞳は凄まじい眼光でこちらを睨み付けていた。
「許さぬ……! 絶対に許さぬぞ! 貴様の身体を私がそうされたように二つに裂き、一つずつ食らうてやるわ!!」
今にも飛び掛ってきそうな血走った目をしながらも黒竜は自身の周囲に新たな魔法陣を展開し、その身体が消えていく。
「覚えていろ……! シェイランもだが、貴様は必ず殺す!! 必ずだ!」
さすがに九死に一生を得た今の状態では戦えはしなかったのだろう。正直な所、私も火の勇者として覚醒したのはいいが、慣れない力を使い過ぎて今にも倒れそうだった。
足元がふらつき立っていられなくなり、崩れるように倒れ込んだ。新雪の柔らかく冷たい感触が火照った身体を優しく冷やしていった。
そうして私は目を閉じた。
◆
テイルSide
レンカが黒竜達に攫われた事を知って僕達は慌てて追跡に出た。シェイランの背に仲間が、ピピの背中に僕が乗りすぐさま空に飛び出した。
どうやら黒竜は仲間の半数を捨て石にしてレンカを攫い逃げていったようだった。シェイランが気付いた時には既に姿が消えており肉眼で見て追っていくのは不可能だった。
だが。
シェイランの額の間にある第三の瞳、それは千里眼でありあらゆるものを見通し察知するのだと説明された。
シェイランはさっそくその千里眼の力を使い攫われたレンカの居場所を突き止めた。そうして急いで目的地に向かっている途中で、シェイランが安堵のため息をついた。
「ふむ、安心するがいい婿殿。どうやらレンカは自力で黒竜達を退けたらしい。」
「自力でって……どういう事?」
確かにレンカは頼もしい強い味方ではあるが、単身で竜の群れを相手にするなんて不可能な筈なのに。
するとシェイランはそんな僕の疑問を吹き飛ばすように大きく笑うとこう言った。
「覚醒したのじゃ。レンカは火の勇者じゃった。危機に瀕して隠された力が表に出てきたのじゃな」
「火の……勇者?」
あんぐりと口を開けたその時の僕の顔は他人から見たらさぞ間抜けに見えた事だろう。それくらい、信じられない事だったのだ。身近な所から新たな勇者が現れるなど、夢にも思わなかった。
信じられない思いではあったが、逆に考えるとそれくらいの理由と力がなければ竜達を退けるなど不可能だろう。
とにかく、レンカは生きている。今はただその事実が嬉しかった。
やがてレンカがいると思われる雪山の山頂付近に辿り着くと、景色に不自然な点が現れていた。
レンカがいる周辺だけ雪が溶けて地肌を晒していたのだ。
「火の力を持って戦ったのじゃろう。激しい熱と炎の力で周囲の雪は溶かされ蒸発してしまったのじゃな」
「なるほど……」
「しかし、ちと困った事になった」
「え?」
シェイランが言うには、レンカの火の力によって周辺の雪が溶けた為に雪崩をとても起こしやすい状態になってしまっているという。
降り立ったら最後、レンカごと雪は周囲のものを巻き込み崩れ落ちていく。
「仕方がないのう。氷雪のブレスはあまり得意ではないんじゃが」
そう言うとシェイランは口元に魔力を集中させると、本来吐き出される筈である火炎の代わりに氷雪を吐き出していった。
まるでマグナスが使う氷雪魔法のように冷たく凍える吹雪が荒れ狂い、溶けた穴を再び雪で埋めていく。
レンカ自身は火の力を未だ身に纏っているのか雪による影響は見られなかった。全く動く気配がないのでもしかしたら気を失っているのかもしれない。
レンカの周囲1メートル程を残して雪山に空いた穴が塞がれる。シェイランはブレスを吐くのを止めると、今度は魔法を唱えて地面に横たわるレンカの身体を宙に浮かび上がらせていく。
どんどん上に登ってくるレンカの身体を優しく両手で受け止めると、シェイランは踵を返し雪山の麓まで降りていく。
レンカの居た辺りは新雪が深く降り積もる場所だったので降ろすにも降ろせなかったのだ。4メートル以上は積もっているようだ。
しっかりとした大地に降り立って、ゆっくりとレンカの身体が降ろされた。仲間達も降ろした後シェイランはゆっくり息を吐くと竜の姿から再び人間の姿に変身した。
そうして意識を失い眠るレンカの頭を優しく撫でると、
「全く、心配をかけおって……」
とシェイランが慈しむような笑顔でレンカを見ていた。
「随分気に入ってるんだね? レンカの事を」
不思議に思って尋ねるとシェイランはうむ、と頷いた。
「理由はどうあれ儂に食ってかかる輩などここ数世紀出会った事が無かったのでな。大層気に入っておるぞ」
「数世紀って……。シェイランって幾つなの?」
「『レデー』に歳を尋ねるのはマナー違反じゃぞ、婿殿」
「レディーをレデーとか言っちゃうようじゃ説得力ないよシェイラン」
「むぅ?」
何故駄目なのかよく分かってないようで首を傾げるシェイランだが、見た目は幼い少女なのだ。詐欺である。
「ん……」
僕達の会話に反応してか、レンカが意識を取り戻したようだった。僕とシェイランが並んで見下ろしている図を見て、ぼんやりと佇んでいる。
そんなレンカに僕は笑顔で声を掛ける。
「おかえり、レンカ」
「……ただいまであります、テイル殿」
そうして、レンカは僕達の元へ戻ってきたのだった。
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