三十四話
ピピの背中から飛び降りた僕は一直線に真下の泉へと落下して突っ込んだ。水面とはいえこれだけの高さから飛び降りれば普通ただでは済まないのだが、そこは強存強栄の力で強化された肉体、何のダメージもなく泉の底へと沈んでいく。
懐からアイルから借りた短刀を取り出すと腕にあてがい突き刺す。
「!?」
しかし、なんという事か短刀の刃が肌に通らない。そこまで自分の身体が強化されているとは夢にも思わなかった。僕に剣術スキルなどの攻撃力を上げるスキルがあれば鉄壁の防御を破り傷付ける事も出来たのだろうが、あいにく僕には純粋な攻撃強化スキルはない。
だがこのままでは血を流す事が出来ない。どうしようかと、しばし考えた後同じ強化された自分の身体の一部なら問題ないだろうという結論に達し、思い切り手の甲を自らの歯で噛みきった。
傷付いた手から流れ出た血液が泉の水に溶けていく。
そうしてしばらく状況を見守っていると、泉の中が眩い光に包まれる。
瞬間、意識が何かと接続するのを感じた。今の僕ですら足元にも及ばない程のとてつもない強大な何者かの気配。
視線が、僕を捉えている。気配の主にゆっくりと値踏みするように全身を観察されているようだった。
『素晴らしい……』
思わずといった感じで感嘆の声が泉に響き渡る。声の主の気配を探ってあちこちに視線を巡らせると、目と目が合った。
見据えた相手のあまりの存在感あまりの大きさに硬直し思考が真っ白になる。
『待っていろ。今すぐそちらに行く』
声の主の気配が消える。息が続かなくなった僕は水面に上がり顔を出して呼吸をした。
泉の水面から顔だけを出して地上の様子を伺うと空を埋め尽くすワイバーンの群れにピピが単身勇猛果敢に攻め入っている。
「クエエエ~~~~!!」
「ギイイッ」
「ギャウゥッ」
ピピの放つ衝撃波は空気を震わせワイバーン達を弾き飛ばす。だが、それだけだ。腐っても竜族の一員であるワイバーンに炎は殆ど効いていない。そして、衝撃波自体のダメージも空中にいるが故に何かとぶつかるという事もなく、体制を崩す程度の効果しか上げられていない。
しかし、ワイバーン達の注意を向けて結界から引き剥がす事には成功している。結界の中ではヘルメスとアイル達が交代で休みながら順に結界を貼り直し強化しているのが見えた。
作戦は今の所上手くいっている。このままいけば竜が到着するまでは時間を稼げるに違いない。
だが……。
別種の不安が忍び寄ってくるのを感じる。竜の召喚自体は上手くいった。これ以上ない程に上手くいった。
だが、上手く行き過ぎてしまったのではないだろうか?
あの気配の主の力量が僕の感じた通りなら、ワイバーン達はおろか僕達全員が全て束になってかかっても敵わないのではないか?
そんな恐ろしい妄想が浮かんでくる。馬鹿な。それは一体どれだけの力の持ち主だというのか。それこそ伝説に語られる魔王クラスの存在ではないのか?
僕は、魔王を呼び寄せてしまったのか?
ビリリ、と電流にも似た何かの予兆が全身に走った。
僕だけではない。ワイバーン達も、ピピも、ヘルメスもアイル達も全員がその気配を感じ動きが止まる。
そして、その気配は凄まじいスピードでこちらに近付いて来ている。
それまでピピや結界に意識を向けていたワイバーン達の動きが乱れ混乱し始める。明らかに怯えているのだ。これからやってくる何者かに。
ピピも攻撃を止め全身の羽根を小刻みに震わせていた。アイルが顔を真っ青にして呟いた。
「テイルさん……一体、貴方は何を呼んでしまったんですか」
それは今の時点では誰にも分からない事だった。こちらに向かってくる張本人以外には。
しばし呆然と成り行きを見守っていた僕だったが、竜を呼び寄せる事自体には成功したのだ。いつまでもここに留まっていても仕方ないし、水の中では思うようには動けないのだから今のうちに陸地へ移動しておかなければ。
そう思って泳いで泉を移動していると、不意に大きな影が差しているのが見えた。大きな、竜の形をした影。
気が付くと、僕は竜の手の中に攫われていた。鳥が空中から水面の魚を捉えるように、急降下してきた竜が僕をその手に捕まえ攫ったのだ。
『見つけた……』
間近で聞こえた竜の声は、泉の中で聞いた声と同じものだった。
「クエエエ~~~~ッ!!!!」
僕が竜の手の中に捕われている事に気付いたピピは、血相を変えてこちらに向かってくる。
「ダメだピピッ!! こっちに来るなっ!」
いくらピピでもこの竜には叶いっこない。ピピが目の前でやられる姿なんて僕は見たくない。だが、それはピピにとっても同じ事で、覚悟を決めた表情で特攻をかけようと猛スピードで迫ってくる。
そんな焦る僕達の事はまるでお構い無しで、現れた竜はどこか感慨深さを感じる声でこう言った。
『ようやく会えたな……我が花嫁』
竜の告げた一言に、その場の空気が固まった。
花嫁とは一体……うごごご




