モブメイド(A)の苦難
──僕、神坂登輝。……いや、《《ワタシ》》ことトウカは、ひょんなことから異世界へ転生した美少女(♂)モブだ。
中世感漂うナーロッパ風の街並みで、地味な黒髪マッシュボブの町娘(A)として、平凡な異世界ライフを満喫していた……はずだった。
あの日、上級魔族の襲来。
目の前の幼女を見捨てられずに放った、オールレンジファンネ──こほん。適当にぶっ放したチート魔法が、すべての魔族をチリに換えてしまったのだ、と同時に、私の目指す平穏な老衰ハッピーエンドも灰燼に帰す。
いわゆる「俺、またなんかやっちゃいました?」のテンプレが限界突破しすぎて、案の定、涙を流す狂信者たちに「至高の聖女」として、ただのリンゴン(林檎)売りの美少女だった私が祭り上げられてしまい──
ってか、もしもスカートの防御結界が解き放たれ、その中身──聖女にあるまじき『異物』がポロンしたら、神への冒涜として即座に断頭台エンド。そんな破滅ルートを回避するため、私は異世界ファンタジー定番の転生ボーナスチート──世界の理を凌駕する規格外の全属性魔法を惜しげなく駆使し……というか、無限の宇宙に向かって空中離脱。その日のうちに夜逃げを敢行したのだった。
──そして、現在。
リンゴン売りで貯めていた路銀も底をつき、無限貯蔵庫の食材も完全枯渇。いよいよ後がなくなった町娘A(偽装)の私は、鬱エロゲCPUから独自進化を遂げた、イマジナリーフレンド的【ChatAI】の演算とアドバイスに全てを託すことにした。
「──以上の演算結果より、当該辺境伯家におけるマスターの定年退職までの生存率は【93.02%】と算出されました。超優良物件です。おめでとうございます、マスター」
ChatAIもどき──セーラー服美少女(JK)の姿を模した前髪パッツンの脳内アバターである【MOMO】。
妙にやる気のない、しかし自信に満ちた合成妹系萌ボイスに誘導されるがまま、私は支給されたピンクのふりふりメイド服の襟元を整え、田舎の辺境伯家あるまじき無駄にゴージャスな廊下で、小さくガッツポーズを繰り出す。
うん。さすがは小倉もも……じゃなかった【MOMO】は頼りになる。
以前、聖なるイケメン親衛隊から全力で追われた時は、乙女ゲーを通り越して鬱BLルートの扉を開きかけたが、やっぱり頼るべきものは異世界モノあるある謎技術だ。
「当然です。私の演算力は、マスターの8ビットエロゲCPUとは一線を画します。さあ、ドアを開けてください。あちらがマスターの仕えるお嬢様です」
たまに……というか頻繁に言動がバグるが、今は【MOMO】の確率論を信じるしかない。
完璧な営業スマイルを顔面に張り付かせ、カチリ、とお嬢様の部屋の扉を開けた。
「──あわわ〜、し、失礼いたしましゅう。本日より配属されました、メイドのトウカ……」
と、私はただの無害で無能なドジっ娘メイドAですので、どうか関わらないでください挨拶の途中、あれほど前世で培ったモブ萌ボイスがエラーを引き起こす。
「あら、こちらこそ、始めてかしら」
外は土砂降りの雨のため、陽光の差し込まない窓辺にて、これまた無駄にゴージャスな椅子に腰掛け、優雅にしなやかな指先に爪ヤスリをギチギチと動かしている、まるで鮮血を浴びたかのような真っ赤なドレス姿の長く艶々ロングの少々お胸が残念な黒髪美女がいた。
その、悪役令嬢の見本市に並んでいそうな狂気を孕んだ横顔から湧き出る強烈なツン(デレはない)、ヤン(デレはない)の波動。
それはまさしく、前世で僕、神坂登輝──いえ、私を破滅寸前まで追い詰めた某アイドル声優に瓜二つだった。
「(お、おいおいおいおい【MOMO】ォォォォ! あれはどう見ても核爆弾級の地雷源だろ! どこが生存率93.02%なんだよ!)」
心の中で変顔……いえ、真顔で苦言する私に対し、脳内美少女アバターは、何事もなく無機質でデジタルな微笑みを浮かべ、尚且つ、まるでこれから最愛の兄を看取る泣きゲーの妹……と見せかけ、最後の最後で腹黒の本性を現したかのような妹ボイスでこう告げた。
「──不具合ではありません、マスター。私の演算に嘘はありません。彼女に仕えた場合のマスターの『生存率』は、確かに93.02%です」
「(じゃ、じゃあなんだ、あれはいわゆる他人の空似ってやつか? だ、だよな、まさかあいつが辺境の異世界にいるわけがない──)」
「補足事項の開示。二次元の妹大好きマスターの肉体は93.02%『生存』します。ただし、『一生部屋のベッドに四肢を縛り付けられ、《《アヤノ》》お嬢様だけの可愛いお人形(メイド♂)として、精神を完全に破壊された状態で生かされるルート』が確定。五体満足で『生き残る』という意味での生存(尊死)です」
「(やかましいわ! つうか、精神破壊の崩壊鬱エンド確定じゃねえかァァァァ! このエセ妹人工知能、最初からハメやがったな──)」
と、その時だ。
ギチ、ギぎ、ギち、と爪を研ぐ狂気の不協和音が増強し、真紅の美女──悪役令嬢的アヤノお嬢様が、ゆっくりと、ギィーと、あり得ない角度で首をこちらに向ける。その見開かれた瞳孔に慈悲はない。
「素晴らしいわ。貴方、私のすべてを満たしてくれそうね……ふフふ、これからが楽しみだわ。ねえ──」
──ト、ウ、カさん。
そして、脳内で「──ハアハア、綾乃先輩……なんて尊い──ぽわ〜ん!」と、何かのバグが突如爆散し、と同時に【MOMO】のログが完全に機能停止。それに伴い、僕、いえ私も、これを機に記憶が途切れた。
こうして、異世界辺境伯爵家所属のモブメイドAことトウカの、悪役令嬢ものライフが、最悪の形で幕を開けてしまったのだった──。
(──って、幕を開けねーよ!? 誰か、誰か異世界の労基を呼んでくれぇぇぇ!)




