リンゴン(林檎?)売りの少女
※本作は、拙作『オレンジボイス』の異世界ifストーリー(番外編)です。とはいえ、本編を知らなくても100%問題なく楽しめる独立した内容になっておりますので、ぜひ頭を空っぽにして、トウカの必死なサバイバル(迷走)を笑っていただけると幸いです!
「──いらっしゃいませー。甘くて美味しい王都のリンゴンだよ〜♡」
エプロンスカートの裾を軽く持ち上げ、ボク──いえ、私はこれ以上ないほど無害で素朴な(美)少女の声を張り上げていた。
異世界モブ町娘ボイスの調子は完璧。
ピッチも安定。前世で培った《《女装》》声優としての技術は、異世界に転生した今、私の唯一無二の生命維持装置ライフラインとなっていた。
神坂登輝かみさかとうき――それが私の前世の名前だ。そして現在の名は、トウカ。
このナーロッパ………いや、中世ヨーロッパ的な煉瓦建物が並ぶ辺境の街で、細々と毒々しい色合いの怪しげな丸い果物……この地の名産というリンゴン(林檎?)を売る、平たい顔族の黒髪マッシュボブ、地味な十四歳(詐称)の少女(という設定の♂)である。
なぜ、こんなことをしているのか。理由は単純明快。この過酷な環境下で生き残るためだ。
私、トウカがこの世界に目覚めたとき、脳内には謎のインターフェースが浮かび、物理系のレベルは一般人レベルだったが、いわゆる魔法系に関しては、世界の理を凌駕する規格外のチートスキル──魔法適性:全属性(地水火風、光闇、時空、神聖)の適性レベルがカンストしているスキルがさりげなく鎮座していた。
普通の転生者なら、ここで、よっしゃこれで賢者タイム……じゃなかった賢者無双と歓喜するのだろう。
だが、私の脳内に埋め込まれた【エロゲ・RPG複合型CPU】は、即座に最悪の演算結果を弾き出した。
『警告:異世界ラノベ及びダークRPGにおける「男の魔法チート冒険者」の生存率、0.04%』
『初期イベント:ギルドでの絡まれ(喧嘩)⇒貴族の陰謀に巻き込まれ⇒強制的な勇者任命(魔王討伐デスゲームへの強制参加ルート並びに理不尽なパーティ追放、さらには断罪、処刑ルートの可能性大』
って、冗談じゃない。
私は前世で、選択肢を一つ間違えただけでヒロインが狂い、主人公が五体不満足の廃人にされる2000年代の鬱エロゲを浴びるほど見てきた。そして、リアルでも悪役令嬢、腹黒、地雷etc.に散々な目に遭わされてきたのだ。この世界の「システム」が、そんな甘っちょろい爽快感だけで回っているわけがない。
強いスキル?
罠だ。
使えば寿命が縮むか、終盤でラスボスに精神を乗っ取られる呪いのフラグに決まっている。
だからこそ、私は転生初日、収録帰りに、女装姿のままで、いきなり森の中でゴブリン群れに囲まれ、それで逃げ回りつつ……いや、冷静にチート魔法スキルで対処──それでも衛生管理上、やむを得ず戦線離脱。そこで改めて決意した。
──絶対に、男の冒険者になんかならない。
後々のハーレムルートという妄想……じゃなかった男としての恋愛フラグ、および英雄フラグを根こそぎ叩き折るための究極の選択。それが、この「モブ町娘への擬態(アルプス少女風)」だった。
私は魔法チートスキルを完全に封印した。
ステータスは偽装……もなにも、周りにはわからないし、毎日泥にまみれてこの毒々しい林檎もどきを並べていた方が何かと気楽だ。
通りかかるイケメン騎士や爽やかな冒険者が話しかけてきそうになれば、脳内CPUが「 恋愛イベントの強制発動! 選択肢を間違えればこいつの正妻に刺される可能性大!」とわざわざアラートを鳴らすため、わざと変な訛りで喋って全力でフラグを折り続けた。
完璧だった。
このまま無害な町娘として、世界の終末からも修羅場からも逃げ切り、平穏に老衰ハッピーエンドを迎えるはずだったのだ。
あの日、あの瞬間までは──
「──ギャアアアアア! ま、魔族だ! 上級魔族が街に現れたぞ!!」
突如として街並みに響き渡った悲鳴。
王都(行ったことはないが)から遠く離れたこの街に、あろうことか天災規模の魔物の群れが襲来した。衛兵たちは一瞬で蹂躙され、平和だった街には獄炎に包まれる。
目の前で、いつもリンゴンを買ってくれる小さな女の子が、上空の魔族にロックオンされて、あろうことか、巨大な爪に引き裂かれそうになっていた。
私の脳内エロゲ、鬱ゲー、はたまたテンプレ異世界転生ラノベCPUが、過去最悪の速度でエラーログを吐き出す。
「──逃げろ! ここで幼女を助けたら青少年保護条例的に詰む! 異世界スローライフが崩壊する!」と、ロジカルな思考が叫ぶ。
しかし、私の、偽装町娘の貧相な身体は、脳内の計算よりも早く動いていた。
前世の泥臭い生存本能が、「目の前の子供を見殺しにするバッドエンド」だけは拒絶したのだ。
「──くっ……!」
私は、以前一度だけ使用し、あまりにも凶悪なため即座に使用禁止にしたチートスキル、光魔法(神話級)を解放した。
MP消費250(ちなみに残量9981)の光の珠が複数、灰色の上空に次々と顕現。
「いけ、ファンネルたち! ……じゃなかった、ええっと、その……か、神々の下僕たち!」
それら拳大の光の珠は、街を滅ぼすはずだった上級魔族の人型竜、群がるグリフォンの一団をオートロック&同時マルチロック&一斉狙撃──直後、天空を真っ白に染め上げた極大の熱線が、暗黒に淀んだ雲ごと敵の群れを文字通り「消滅」させた。悲鳴を上げる暇すらなく一瞬にして空中で爆散……というか、蒸発した。文字通り、塵一つ残さず、光の中に消える。
街を覆う禍々しい渦が晴れて、し~ん、と静まり返る街。
焦げ付いた大地の中央で、私はハッと我に返った。エプロン姿のまま、冷や汗が滝のように流れる。
やってしまった。
あきらかに、モブ町娘の火力ではなかった。怯え、震えながら周囲を見渡すと、街の住民たち、そして駆けつけた神殿の神官たちが、信じられないものを見る目で私こと──リンゴン売りの少女(偽)を見つめていた。彼らは一斉にその場にひざまずき、涙を流しながら、狂信的な目で私を仰ぎ見た。
「おお……おお、神よ! 災厄を払いしあの聖なる光……間違いありません!」「予言に聞く、世界を救う『至高の聖女』様が、こんな辺境にお隠れになっていたとは……!」
へ……? ちょっと待ってくれ。
聖女?
私が……僕が?
脳内CPUが、見たこともない真っ赤な警告文字で埋め尽くされる。
『エラー:モブルート完全消失』『強制イベント発生:神殿への強制拉致及び「聖女」拝命ルートへ突入』『世界設定の開示:神殿の戒律により、奇跡を扱う聖女は「純潔の乙女」でなければならない。もし(♂)であることが発覚した場合――神への冒涜(国家反逆罪)として、即座に断頭台(処刑エンド)』
……って、おい、嘘だろ。
周囲の割れんばかりの歓声と、神の奇跡を称える賛美歌の中で、私は、ガタガタと震える唇を必死に噛み締めていた。
目立たない町娘から、一瞬にして国の最高権力職である聖女(乙女ゲーの主役)への最悪のクラスチェンジ。
しかも、スカートの中身アレがバレた瞬間に首がハネられる、超極限の縛りプレイが幕を開けてしまったのだ。
「ああ、《《聖女》》様! 我らをお導きください!」
狂信者たちの声が響く中、私の脳内CPUは、生き残るための「狂気の選択肢」を、涙目で必死に弾き出し始めるのだった──




