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7.反転世界

とうとうコメディが行方不明です。





  アネスト博士は随分と長い間、滅びゆく種族の最後の子どもという位置づけにあった。

 そして、博士が生まれてくれるまでの長い間、私がその地位にあった。



「朱に交われば赤くなるとはよく言ったもの。

 四六時中、サングゥインが側にいたから、アネストはあんなに反抗的な者に育ってしまった」


 自らの行いを棚にあげて、教導師長が私を責め立てる。

 手塩にかけて育てた者に裏切られたと未だに思っているらしい。

 最後の子だからと雁字搦めに縛り付け、象牙の塔に貯め込んだものをひたすら博士に注ぎ込めば、嫌われるだろう。私だって、嫌だった。

 未だに、お前達が大嫌いだ。


 いつでも引き出せる記憶媒体があるのだから、詰め込む必要などありはしないのに、入れ替わり立ち替わりひたすら講義し続けたのだ。自分たちの研究成果が、最後の子ども達の記憶に乗るのにふさわしいと思っていたに違いない。

 反抗する気力が私にはなかったが、博士にはあった。

 学ぶことに飽きたと、出奔の準備を始めた博士に私は喜々としてついていっただけだ。

 決して、そそのかしたわけではない。



 飛び出した博士が逃げ込んだ先は、世俗に塗れたと師長達が唾棄していた政府であった。昔は権謀術数がとぐろを巻いていたらしいが、飛び込んだ当時は古狸の巣窟ぐらいになっていた。

 思わぬ宝が飛び込んできたと狸達は、好々爺に早変わり。博士の願い事にいそいそと金と力を差し出したのだ。

 予算を出し渋るそぶりを見せたのは、博士との語らいを少しでも多く取りたかったから。進捗状況を詳しく知りたがったのも同じ理由である。

 報告の前に茶菓子が供される。話し合いは大抵引き延ばされ、気づけば大きくならねばなと、接待料理が饗された。見事な餌付けである。


 博士には大不評であった鎖国政策は、世界が荒らされるのを避けるためにとられた危急措置だった。異界の者に乗っ取られ、遺された者たちが辛い目にあうことがないように備えたのだ。

 彼等の中で、私達は別格なんだそうだ。博士と私が最後まで安全に暮らせるようにと心配ばかりしている人たちである。

 それは、私達が色々と仕出かしてきたことが理由ではないと、信じたい。




 刃傷騒ぎを引き起こされたほど、生まれたばかり赤児たちを見続けた博士が、ポツリとつぶやく。


「どれだけ邪見に扱おうとも、サングゥインが私の側を離れようとしなかった気持ちが理解できた」


「博士の方が可愛かったです」


 博士の愛らしさならいくらでも語ることができる。


 初めて見る赤児に、私は夢中になった。もう少し大きくなれば、駆けっこも水浴びも一緒にできるし、何よりも取っ組み合いの喧嘩ができると嬉しくて仕方がなかった。

 勉強だって、もう一人でしなくていい。色々と教えてくる奴らの全てが、後継者なのだからと何もかも託そうと鬼気迫ってくるのに嫌気がさしていた。


 博士は優秀だった。

 駆けっこでは早々に抜き去られることになった。一緒に水浴びしたいのに、一人で遠泳に繰り出していく。夢にまでみた取っ組み合いはコツを覚えられた途端にマットに沈められた。

 勉強も、全ての知識をその身に吸収するのが務めであると証を立てるかのように修めていった。


 必死になって、側にいた。文武両道に励んだ。生涯、側にいるのだと食らいついていった。

 でも博士は?

 私がいなくなったあと、博士は独りだ。一人になった博士を思うと、身が引き絞られるような痛みを覚えた。



 

 こたびの『アナシステム』稼働によって、隠居世代が現役に返り咲きぽこぽこと次代を産み落し始めた。

 誰かとの間に子どもを作りたいという情動が、からからに枯れ果てていたはずなのに。強者達に憑依されて、潤ったらしい。思わぬ効能だった。


 強者達の繁殖に対する執着、いや無頓着には惚れ惚れである。


 どのルートにも恋愛に類する要素が組み込まれていない。なのに、集うた者たちは恋を吐露し、愛を交わしあうのだ。

 素材さがしのどこに恋を拾い集める要素があるのだ。語りあわせたいのは拳なのに、繰り出す拳に情を乗せて愛を語りあい出す。

 貴種流離譚は結婚相手を捜してうろうろするわけではなかったはずなのに。



 次世代が生まれだしたということは、単純に考えれば博士が最後の子どもという立場を脱したということだ。

 でも、本当にそうなのだろうか。


 憑依次世代が、博士より長く生きるとは限らない。憑依の影響がどう出るのか、未知数なのだ。

 そして博士が、私より長く生きるとも限らない。博士の雌雄は未分化のままだ。それは長く生きていける因子になるうるのか、誰もわからない。


 私が最後の人に返り咲く要素が消えたわけではない。


 博士が何よりも心配していたのが、その点であったと知った時、前にも増して縋り付いてしまった。



「万が一、先に逝くことになったなら」


「聞きたくありません。そんなこと言わないでください」


「絶対、憑依しに戻ってきてやるから、待っていろ」


 気持ちが決壊した。




 『貴方は誰に憑依しますか』


 『貴方は誰を憑依させますか』







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