VSドラゴン! ドゥラーゴの戦い
朝。
顔に朝日を浴びたぴるぴるが目覚めると、既に夕霧はベッドにいなかった。
浴室からシャワーの音が聞こえる。人間ってやつは朝にも風呂に入るのかぁ、なんて思うぴるぴる。
まだ少し眠い彼は、夕霧が上がってきたら起きようともう一度ベッドに入った。
すぅ、すぅ、と安らかな寝息。
しばらくして、浴室からの水音が途絶える。
ちゃぷん、と音がしてそれっきり。
ぴるぴるは目覚めない。
そしてそのまま、ぴるぴるから数十センチ離れたところに日溜まりができた頃。
「夕霧、いい加減起き……いない」
リヴィだ。ノックもせずに部屋に入った彼は夕霧の姿を探す。しかしベッドにいるのはぴるぴるだけだ。
「……ぴるぴる」
ん、と寝ぼけ眼をこすりながら目覚めるぴるぴる。
「夕霧は?」
先ほどのように辺りを見回し、ぴるぴるは思い出したかのように浴室を指さした。
「……お風呂か」
はぁ、とため息をつくリヴィ。
さすがに浴室に入るのは忍びない。というよりもさすがに夕霧も怒るだろう。
「あとでまた来るよ」
お風呂にいるなら起きてるんだろうしね、と部屋を出る。ぴるぴるはひとりでいてもつまらないのでリヴィの肩に飛び乗った。
「君がいなかったら夕霧は心配するんじゃないかな? まぁ、そうしたら急いで出てくるかな」
夕霧の部屋の隣はトーガだ。しかし彼は既に起きて、ソラニテの蔵書にかじりついている。彼は意外に読書好きで、珍しい本が大好きだ。その点に関して、トーガとリヴィは似たもの同士といえるだろう。
「……お腹すいてるよね」
リヴィがふと口にした言葉だ。ぴるぴるはこくこくと頷く。
「じゃあ、何か作ってあげるよ、かき氷なんてどうだい?」
あまり嬉しそうな顔をしないぴるぴるを見ると、リヴィが一言、
「……僕、かき氷くらいしか作れないよ」
ぴるぴるの朝食はもう少し先になりそうだ。
遅い。
トーガも蔵書室から出てきたというのに、夕霧は何をしているのだろうか。
あれから、リヴィは時間を置いて二回ほど夕霧の部屋へ行ったがいなかっった。既に上がってどこかへ行ったのだろうかとも考えたが、その割には部屋の中はまったく変わった様子がない。
とすれば、残るは……
「お風呂場で寝てるのかもしれない……」
トーガだ。リヴィもその答えにたどり着いていたようだが、二人とも男だ。ちなみにぴるぴるも雄。
入っていって起こすわけにはいかない。
「ソワレに頼もうか」
ということで、ソワレを連れてきたトーガ。
「もぉ、私まだ眠いのにぃ……」
ねぼすけは血筋らしい。ソワレは眠そうに目をこすりながら夕霧の部屋へ入っていった。
「夕霧? あ、お風呂だっけぇ」
ぶつぶつとひとりごとを言いながら浴室に入ったソワレ。
「きゃぁああああ!夕霧、恥じらいを知りなさぁい!」
なにがあったのかと見に行きたいが行けない二人。
「そ、ソワレ? ! わわわ、ごめん! 出る、今出るから待って!」
ばしゃばしゃと水音が聞こえて、そのすぐあとにソワレが部屋から出てきた。
「どうしたの?」
トーガが不安そうに尋ねる。
「夕霧ったらぁ、女の子なのに大股開きでお風呂に入ってたのぉ。私ぃ、びっくりしちゃったぁ」
なんとも言えない気まずさが二人を包んだ。
それから少し遅れて、中からばたばたと準備をする音が聞こえて、夕霧が飛び出してきた。二人の顔を見るやいなや、
「すいまっせんでしたぁああああ!」
ぺっこり九十度、謝罪の言葉を口にする夕霧。
髪の毛を乾かすどころか櫛も通していないようで頭はボサボサ、ジャージの上着もきちんと着れていない。刀も背中にかけられるように紐を通したというのに、右手に持ったままだ。焦った感じがありありと見て取れる夕霧の格好に二人は、
「だ、大丈夫だよ、夕霧頭上げて?」
「……次はないからね」
と、怒る気が失せてしまった様子。
それを見届けたソワレはふわぁ、とあくびを一つして、
「私はぁ、もうちょっと寝るわねぇ。おやすみぃ~」
と、自室に帰っていった。
ぴるぴるは夕霧の肩に飛び乗ると、彼女の髪の毛のハネを一生懸命直し始める。
「あ、ありがとうぴるぴる」
よしよし、と頭を撫でた。
「……出発がだいぶ遅れたね。また野宿かな」
はぁ、とため息をつくリヴィ。
「あ、ソラニテが移動呪文かけてくれるって言ってたから、ソラニテのところ行こう!」
トーガの言葉で、一行はソラニテの部屋へと向かった。
服装を整え、刀もしっかり背中にかけた夕霧は、この村ともお別れか……と少し感傷に浸る。
数日しかいなかったが、ここが自分の故郷なのだ。仕方ないのかもしれない。
ソラニテの部屋をノックしようと、トーガが手を出すと。
「夕霧のねぼすけは母さん譲りで私譲りだ。許してやってくれ」
と、ドアが開いてソラニテが笑った。
だいぶ眠そうだ。
「寝てしまっては起きれないから、少し眠そうな顔をしていて申し訳ないが起きていさせてもらったよ。さて、では君たちをドゥラーゴの村へ送ろうではないか」
ソラニテはソワレとまったく同じ仕草で目をこすり、呪文を唱え始める。
やはり強い魔法のようで、少し詠唱に時間がかかるようで夕霧にはまったく意味がわからなかった。
「~ドゥラーゴ山」
三人の体が光る。
ソラニテが、しまった! という表情をした。
トーガとリヴィも青い顔だ。何もわかっていない夕霧とぴるぴるは、魔法すごいなぁ、なんて暢気なことを考えている。
時既に遅し。
三人は、ドゥラーゴの村ではなく、そのすぐ近く、ドラゴンが出たというドゥラーゴの山に飛ばされてしまったのだ。
ごつごつした岩場。世界が赤い。溶岩が地表に出そうになっている。
卵でも乗せたら一瞬で焦げた目玉焼きになってしまいそうだ。
そんな所に三人と一匹は飛ばされてきた。
「熱い! 暑いじゃなくて、熱い!」
夕霧が叫ぶ。ちりちりとジャージが焦げているような気さえする。ぴるぴるは落ちた瞬間焼き狸だろう。美味しく頂かれないためにも彼は夕霧にしがみついた。
「夕霧」
リヴィだ。
珍しくぽかん、というアホ面を晒している。
「ゆ、ゆ……」
トーガは夕霧の名前すら呼べていない。顔が恐怖でひきつっている。
「なんだよ」
眉間に皺を寄せ答える。二人の視線はどうやら夕霧の後ろを向いているらしい・・・そっと後ろを向く夕霧。
黒いつぶらな瞳と目が合った。
そしてその瞳とは対象的に、大きくてごつごつした赤い鱗。
もしかして、と夕霧の頬を冷や汗が伝う。
「……ドラゴン」
実物は初めて見る彼女だが、本能がこう告げている。逃げろ、と。
大きく吼えたドラゴン。山が轟き足下が揺れ、岩が割れて溶岩が吹き出す。
「逃げるよ!」
リヴィの一声で走り出す三人。
後ろで飛翔する音が三人の耳に届いたが、振り返る暇はない。
少しでも遠く、遠くへ、ドラゴンの鋭い爪や炎が届かないところまで。
背後からゴォ、と熱風が押し寄せる。
炎だ――もうおしまいだ、そう思ったが、リヴィが厚い氷の壁を作り出し炎を遮った。ドラゴンはその壁にぶつかり更に吼える。
「さすが」
聞こえたかどうかはわからないが、夕霧が呟いた。
「僕だからね」
ちゃっかり聞こえていたようである。
トーガは何も言わない。ひたすら足を動かしている。しかしその表情は何か考え込んでいるようにも見えた。
少し平坦な登山道に出ると、ドラゴンの翼音が聞こえなくなり振り返ると、もう追ってきてはいないらしい。
「はぁ……はぁ……もう、無理……」
刀を降ろすと、ごろんと寝ころぶ夕霧。
「とんだ災難だね、ソラニテが行き先を間違えた上、飛んだところにドラゴンがいるなんて」
リヴィも肩で息をしている。
「…………」
トーガは少し息が切れているだけで、ドラゴンがいた場所を見つめていた。何か、思い悩んでいる様子だ。
しばらく休憩して、三人の体力が戻ってきた頃、リヴィが、
「逃げ切れたことだし、そろそろ行ってドゥラーゴの村に降りようか。準備もしないといけないし、あのドラゴンはやっぱり一筋縄ではいかなそうだよ」
リヴィと夕霧は下の方に向かって歩き出す。
しかしトーガはぼーっと山の方を見つめ、動かない。
「トーガ?」
夕霧が声をかけると、トーガははっとしたように二人に駆け寄ってきた。
「ご、ごめん。ちょっと疲れちゃって」
と、苦笑い。いつもなら、こんな危険なところにいるときは一刻も早く立ち去りたがるトーガだ。どおうしたのだろう、と心配になる夕霧。
しかし、尋ねてもきっと教えてくれないだろう……と悟った夕霧は、何も言わずにリヴィの後に続いた。